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京都の王  作者: 宇井九衛門之丞
第3章 妖女(毛見郷編)
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復村

「あんた……妖喰いなのか!」

半兵衛は驚嘆と共に、目の前の"妖"に尋ねる。


「何だ?よもや、まだ気づいておらなかったと?」

"妖"は嘲りの意を含む言葉を、返す。


「ああ……妖かと思ってたぜ!」

半兵衛が返す。


目の前の、半兵衛と広人の刃を受け止めし"妖"の身には、滾らんばかりの青き殺気が纏われ。


同じく炎のごとく殺気を纏いし半兵衛らと、力にて押し合う。


その刹那。

"妖"の後ろより、呻き声が聞こえる。


「うう……な、つ……」

「!? ……な、何!」

その、虻隈の呻き声に乗せられ放たれし言葉に、半兵衛らは耳を疑う。


「ま、まさか……夏、ちゃんなのか!」

半兵衛は"妖"に、またも問う。


「ふん……まあよい、いずれ分かることだしな。」

刹那、"妖"は、飛び上がり。

くるりと後ろへ宙返りし、虻隈の元へ降り立つや。


"妖"の身体はまばゆき殺気に包まれ、瞬く間に人の姿へと変わる。


その姿は間違いなく、地主・伊尻の娘、夏である。

「何で……何でだ、夏ちゃん! そいつは君の村や、お父上を苦しめる奴なんだぞ!」


半兵衛は信じられず、夏に声を荒げる。

「言ったろう、半兵衛。……私は虻隈に、救われた。であれば私が、次には虻隈を守る!」

夏は力を込め、そう言い放つ。


「そんな……夏ちゃん!」

半兵衛はまたも、夏を呼ぶ。


夏もまた、何やら悲しげに半兵衛を見つめるが。

「な、つ……ここは退こ、う!」

虻隈はふらつきながらも、何とか幾つかは治りし蜘蛛の足にて立ち上がり。


腹より伸ばせし糸を、洞穴の天井につけ。

そのまま上へと、飛び上がる。


「待て!」

「広人、あんたが待ってくれ!」

紅蓮を虻隈に向け、殺気の刃を伸ばさんとせし広人を止めしは、半兵衛である。


「何故だ、半兵衛!」

「夏ちゃんに、当たっちまう!」

驚き、問う広人に、半兵衛は訴える。


「……次には、どちらかが死ぬまでやり合おうぞ!」

夏も飛び上がると、虻隈により、蜘蛛の足により抱かれ。


そのまま天井にぶつかり、砕き割る。

上よりたちまち、石が、砂が、降り注ぐ。


「くっ!この!」

「外へ逃げるぞ!」

広人を引っ張り、半兵衛が洞穴の外へと出る。


二人がようやく、穴な外へと逃げし頃には。

穴の入り口より塵が、周りを白く染め上げるほどに多く舞い。

穴は塞がってしまった。


「……大事ねえか。」

半兵衛が問うと、広人から返りしは、言葉ではなく。


「半兵衛!」

「くっ!」

鋭き、拳であった。


「な、何を……」

するのかと半兵衛は問いかけるが。

明らかに先ほど、夏と虻隈を逃せしこと故と思い当たり、口をつぐむ。


「そなた……何を考えておる! 前のそなたであれば、こんなことは!」

広人は地に伏せし半兵衛の、胸ぐらを掴み。


尚も半兵衛を、責め立てる。

「あの女子も、あの場で捕らえるか何か、せねばならなかったであろうに!」

「……」


半兵衛は返す言葉も拳もなく。

ただただ、広人の心のままに任せ、責められ殴られた。




「何、と……それは誠ですか! ……あ、いえお侍様を疑っている訳では……しかし……」

伊尻邸に戻りし半兵衛らより、事のあらましを聞きし伊尻は、驚きのあまり問いかける。


「ああ、……信じがたいかもしれんが、誠だよ。」

半兵衛も言いつつ、まだ自らも信じられぬ様にて伊尻に返す。


「……まさか、我が娘が……妖などに……」

伊尻も大きく、狼狽えておる。


「……伊尻殿、心中お察しいたす。」

広人はそんな伊尻に、言葉をかける。


「ははっ、恐れ入ります。……申し訳ございませぬ、私も考えがまとまりませぬ故に…」

伊尻は涙目にて、俯く。


「……伊尻さん、夏ちゃんはあの虻隈という男に、救われたと言っていた。……話してくれないか、夏ちゃんが何故妖喰いの力を持っているのか、何故虻隈に恩義があるのか、そのことに心当たりはないかを!」

やや躊躇いつつ、有無を言わさぬ勢いにて半兵衛が問う。


「お、お侍様…」

伊尻はその様に、怖さを憶える。


「これ、半兵衛!」

広人が窘める。


「……すまねえ。でも伊尻さん! 早くしないといけねえかもしれないんだよ! 夏ちゃんは虻隈に、すっかり心奪われて……もう間に合うか分からないんだ、だから!」

「お侍様……」

はっとしつつ、半兵衛は尚も求める。

伊尻もその言葉には、拒む方なしといった様である。


「……分かりました。お話ししましょう。」

伊尻は観念し、語り始める。



ことの起こりは、夏がまだ幼き日。

今より八年ほど前になる。


まだ五つほどであった夏は、いつも屋敷の中を駆けて遊んでおった。やがて夏は、蔵の中に辿り着く。


そこには鉤(カギ状の刃を持つ刀)の形の妖喰い・蒼士(あおし)が仕舞い込まれており、断じて触れてはならぬと言いつけられていたのであるが……


「夏はその妖喰いを見つけて取り出だし、そして……私が駆けつけし時には。」

伊尻の話は続く。


伊尻が駆けつけし時には、何と夏はその妖喰いを呑んでいた。


あまりのことに半兵衛も、広人も。

言葉を失う。


「私もその時は、夏はそれにて亡くなりしものと思っていました。しかし……」

夏はなんと、目を覚ました。


それを気味悪がりし伊尻や、噂にて知った村人たちは。

夏をそのまま蔵に押し込めてしまった。


しかし、そのまま殺すには忍びなく、飯は与え身体は養った。


そのまま月日が流れ、やがて夏の弟となる伊尻の息子が生まれ。伊尻は息子を可愛がりつつも、やはり夏は疎んじたまま育て続けた。


「……まあ頭ごなしに、責められることじゃないかもな……」

一通り聞き終えし半兵衛も、返す言葉が見つからぬ。


「し、しかし…我が子を閉じ込めるなど……」

広人も未だ、自らの心まとまらぬ様であるが、やはり伊尻をひたすらに責める気には、なれぬ。


「……あの虻隈って男は、いつからこの村に?」

半兵衛は話を、変える。


「はい、あの男は。二月ほど前に、この村に現れ。

……夏を世間に出すこと、そして、誰にでも優しくあるようにとの掟を出し、破れば村ごと妖にて喰い尽くすと……」

そこまで言いかけ、伊尻も堪えられぬようになったか。

大きく、しゃくり上げる。


「……悪かったな、伊尻さん。そんな苦しい思いを……」

半兵衛は何とか言葉を見つけんとするが、見つからぬ。


「……まったく、半兵衛。誠にこの男は……」

広人も半兵衛を責めんとするが、やはりこの場を変えるだけの言葉を思いつけず。


そのまま、半兵衛も広人も黙りこくる他なし。


「いえいえ、申し訳ございませぬ……しかし我らはもう、終わりでございますな……」

伊尻は泣くを止めたようではあるが、やはり悲壮な思いを漏らす。


「……伊尻さん、夏ちゃんやあの男を捕らえられなかった体たらくで申し訳ないが……今一度この村を、守らせてはくれやしないか!」

「な……お侍様!」

半兵衛が手をつき、勢いよく放ちし言葉に、伊尻が驚く。


「そうだな……伊尻殿、私からもお願いする!」

広人もまた、手をつき頼み込む。


「……私はできればもう、あなた方の手をさらに煩わせるなどしたくはないのですが……」

伊尻はすっかり恐縮し、断り文句を口にする。


「……伊尻さん、まだ諦めないで……」

「……はい、しかし私も、ここで諦めとうないというも誠であれば……どうかお願いいたします!」

半兵衛が挙げかけし声に、伊尻の方より手をつき、頼み込む。


「伊尻さん……!」

半兵衛は嬉しさのあまり、声を上げる。


「ふ、ん!愚かな者、共め!ならば咎を受けさせるのみよ!」

外より太い声が、響き渡る。


村人たちの騒めきも聞こえる。

半兵衛が外へ出れば、そこには。


「……虻隈、か!」

両の腕につきし妖の、翼を広げ空に浮かぶ、虻隈である。


「夏ちゃんはどこだ!あの子に何かしたら許さねえぞ!……いや、この村を弄んだってだけで、もう許せねえがな!」

半兵衛は空に向け、怒りの声を放つ。


「ふ、ん…案、ずるな!夏は俺の、愛しき、娘。その幸せ、のためならば!何だってする!」

虻隈が、返す。


「まさか、それでこの村を弄んでんのか! 夏ちゃんに惨めな思いさせた伊尻さんや、村のみんなを苦しめて! それで夏ちゃんのためになるとでも!」

半兵衛はさらに、怒りの声を上げる。


「ふ、ん……そう、だ。夏を苦しめし報、い!とくと、味わせる!」

虻隈は言うや、先ほどまで空に止まりし様より変わり、空を飛び回る。


「くっ!何を!」

半兵衛は地より見上げ、追いかける。


「聞、け! 毛見郷の、者共! 明日こ、の、毛見郷を攻め。

落と、せし暁には! ここより、都、を、攻める! せいぜい、首を、洗っておけ!」

虻隈は叫ぶと、どこかへと飛び去る。


「待て! ……くそ、逃げられたか……」

半兵衛は追わんとしたが、追いつける筈もなく。


そのまま伊尻邸へと、帰る。

「お、お侍様!……この村を落とすなどと、我らは果たして何をすれば……」

伊尻は顔を真っ青にし、既に落ち着きを失っておる。


「案ずるなって、伊尻さん! …しかしこうなったら、帝にもお知らせしないとな。それは俺がやる。だから伊尻さんは、ひとまず皆を集めてくれないか?」

半兵衛は伊尻を宥め、頼み込む。


「か、かしこまりました……で、では、皆を!」

伊尻は言うや、屋敷を出て行く。


「……しかし半兵衛、帝にどうお知らせするのだ?」

伊尻を見送り、広人が半兵衛に問う。


「ああ、こうするのさ!……こんなこともあろうかと義常さんとの繋がりを、直しておいた!」

「……繋がり?」

半兵衛の言葉が、広人にはさっぱり分からぬ。


「まあ、見てろよ!」

半兵衛は広人に、笑い返す。





「何と、それは誠か!」

内裏にて帝は、驚きの声を上げる。


「はっ! ……水上義常の語りし所によれば、妖喰いの殺気を通して半兵衛殿からの声を聞いたと!そして語られしが、今の言葉でございます!」

水上兄弟の目付けに任ぜられし陰陽師の一人が、帝に話す。


半兵衛より知らされしは虻隈、そして夏のこと。そして何より、明日奴らが毛見郷へと攻め入ることである。


「直ちに衛士らを集めよ! ……いざという時のため、水上兄弟も待たせておけ!」

「はっ!」

帝からの命を受け、内裏中が騒めく。


「皆! 焦ることはない! 落ち着き、備えるのだ!」

帝は騒めく従者や公家、女官らを宥め、促す。


「帝、案ずることはありませぬ! ……半兵衛や広人が、きっと。」

摂政道中が、帝を宥める。


「……うむ。」

帝はしかし、物憂げな顔をする。


「……いかがなさいましたか?」

摂政は訝る。


帝は俯き、言う。


「……さらに大きな嵐の前の、ほんの小さな嵐であるように感ぜられるのだが。」





翻り、夕暮れ時の毛見郷。

伊尻邸の前には、村中より人が集まる。


「これで、全てでございます。」

伊尻が、皆を前にする半兵衛、広人に言う。


「ああ、ありがとう。……行くぞ、広人!」

「お、応!」

示し合わせるや、二人は。


目にも止まらぬ早さで、村の皆の群れを、搔きわける。

「な、お侍様!」

「きゃっ!」

半兵衛は村人の、老いも若きも幼きも。男も女も、全てその身を調べ、"ある物"を見つけるや、素早く斬り伏せ。


そのまま村人の間を駆け回り、"ある物"を見つけては、斬り伏せ、全て調べ終わるや元の、皆の前に戻る。


僅かな間の出来事であった。

「お、お侍様……? これは?」

伊尻が聞くや、半兵衛は伊尻の身体も掻き回し、"ある物"を見つけ取り出だす。


「お、お侍様!」

驚き叫ぶ伊尻をよそに、半兵衛はその"ある物"ーー妖を操る札を、皆に向けて掲げる。


「皆、ご無礼をすまない! だが聞いてくれ! これは妖や人を、傀儡のごとく操る札だ! それを今皆に仕込まれていたものを探し出し、こうして斬り伏せた!」

半兵衛は札を、ぱっと離し。


漂いし札を、広人が紅蓮の刃にて斬り伏せる。

札はたちまち、赤い血肉となり、紅蓮の刃を赤く染める。


「な、何と……」

驚き伊尻は、言葉もない。


「だが案ずるな!こうして札を仕込み、この村から裏切り者を出さんとするあの男、虻隈の企みは斬り伏せた!これからどんな企みをしようと、俺たちが幾らでも斬り伏せてやる!」

半兵衛は紫丸を引き抜き、その刃を掲げる。


妖も札も既にないため、刃は妖しくも、(しろがね)に輝く。


村人は沸き立ち、声を上げる。

目の前の妖喰いの使い手たちを、讃える。



「お侍様!」

話を終えし半兵衛の元に、男の子が駆け寄る。

それは、昨夜あの大蜘蛛に捧げられる所であったあの男の子であった。


「おお!生きててくれて、よかったよ。おっ母は?」

半兵衛は男の子の頭を撫で、尋ねる。


「向こうで待ってて……もう行かなくちゃ。」

男の子は寂しそうに、半兵衛に言う。


「そうか……戦が明けたらまた会おう、おっ母によろしく!」

「うん!」

半兵衛に励まされ、男の子は走り去る。


「坊主、名前は?」

弥助(やすけ)!」

去り際、男の子に半兵衛が名を尋ね、男の子が返す。


「弥助、か……」

「ふーん、随分と懐かれているではないか。」

弥助に名残惜しげな半兵衛を、広人は少しからかう。


「何だよ、妬みか?」

「な、違う! こう見えて私は!」

「半兵衛様、でございますか?」

二人の言い合いに、割って入りしは。


一人の、男の子を抱き抱えし女である。

「あ、ああ……あんたは?」

「失礼つかまつります。……私は伊尻の妻で、夏とこの子の母でございます。」

半兵衛の問いに夏の母は、返す。


「あ、これはこれは……伊尻さんから聞いた。ようやく出て来れたんだな。その子が寝付いて。」

「はい。」

半兵衛は夏の母に、小声で返す。

無論、夏の母が抱えし夏の弟を慮ってのことである。


「……広人。」

「……うむ!」

半兵衛より言葉を受け、広人が夏の母と、夏の弟より札を取り出だし。


そのまま二つの札を、斬り伏せた。


静かに紅蓮が音を立て、血肉となりし札を喰らう。

「……さぞかし夏ちゃん、ご心配だろう。」

半兵衛は夏の母に、声をかける。


「……はい。私共がもっと、気をつけていたら……」

夏の母は涙ぐむ。


「案ずるなって! ……ただ、お母上様よ。夏ちゃんが帰って来たら、抱きしめてやってくれ。」

「……はい!」

夏の母は、その声と共に涙を拭い。

屋敷へと、戻る。


「ふん、気障な真似を。」

広人はからかいげに半兵衛に、嫌味を言う。


「……いいじゃねえか!さあ、明日は戦だ、備えるぞ!」

やや照れつつ半兵衛は、照れ隠しに声を上げる。





「ふん!まったく、あんな村になぜこだわる?」

半兵衛らが村人たちを奮い立たせし頃、長門の屋敷にて。


高无は向麿に、苛立ち混じりに問う。


「まあ、よもやあの女そのものが妖喰いであったとは……しかし、確かにあんな村にこだわる訳は分からぬな。」

伊末も、首をひねる。


「まあまあ、お父上の邪魔立てを、あないな連中にさせんがため。目くらましには、丁度ええやろ?」

向麿はにこやかに、返す。


「しかし、あの妖喰い共に、果たしてあの虻隈がどこまでやれるか見ものであるな。」

伊末は鼻で笑いつつ言う。皮肉のつもりである。


「ほっほっほ……案じなさるなや。明日は面白いものが、見れまっせ!」

向麿はいつものことながら、まったくゆとりを崩さぬ。


「……此度は、何を企んでおる?」

伊末と高无は、共に尋ねる。


「明日のお楽しみや……しっかし阿保な奴らやなあ!あないなことも見抜けぬとは!」

「……?」

向麿の言葉が、ますます分からぬ長門兄弟である。


向麿の真の企みは、この時はまだ向麿しか知らぬーー



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