爪女
「使い手、共!倒す、倒す倒す!」
虻隈は大蜘蛛の足を八方に振り回し、半兵衛らに向かう。
「くっ、さすがに蜘蛛か…足が多くて厄介だな!」
半兵衛は足を一つ避けては、また迫り来る足を受け止め。
延々とそれが、続く。
「広人!あんだけ大口叩いて、まさかできないなんてないよな!」
同じく攻め、守る広人に、半兵衛が問いかける。
「ふん、当たり前だ!そなたの師匠として、恥ずかしき様は見せられぬ!」
「その嘘、後で白状しとけよ!」
返す広人に、半兵衛は軽口を叩く。
「ふ、ん!話して、おる時か!」
虻隈はそんな二人の様に、苛立ちを覚え。
次には糸を、大蜘蛛の腹より吐く。
「避けろ!」
「言われずとも!」
半兵衛と広人は難なく避けるが、またも蜘蛛の足が、二人に迫る。
「くっ!」
「ぐぬぬ!」
二人はまたも受け止め、大きく振り払い、避ける。
「へっ、こんなものよ!」
「広人、来るぞ!」
広人が図に乗り、わずかに気を緩めし刹那。
次には蜘蛛の糸が、再び二人に迫る。
「くっ!」
「広人!ぐわっ!」
糸は広人に迫り、彼を守らんと割って入りし半兵衛諸共、捕らえてしまう。
「ふん!腰抜、けが!」
虻隈は鼻を鳴らし、二人を嘲る。
「何を!」
「止めろ!…まあ、嘘じゃないし。」
嘲られ怒る広人であるが、半兵衛の言葉にすっかり、
面目なしと言わんばかりに肩を落とす。
「さあ、終わり、だな!使い手共!」
虻隈はゆっくりと、二人に迫る。
「さあて、このままじゃ二人とも、あいつの餌食だな!」
「何を笑っておる!このままでは…」
「あんたこそ何狼狽えてんだよ!元はといやああんたのせいだろ!」
ゆとりを崩さぬ半兵衛に広人は苛立つが、またも返りし半兵衛の言葉に、返す言葉なし。
「まあとはいえ…このまま大人しく喰われろ?それこそクソ喰らえだ!案ずるな、そんなこたあ俺がさせねえ。」
「な、何か策があるのか?」
ゆとりを崩さず、むしろ尚も立ち向かわんとする半兵衛に、広人は尋ねる。
「いや、全く…あのな…」
「…な、何?」
何やらヒソヒソと、話し込む半兵衛と広人である。
「…話、は…済んだか!」
虻隈は既に、縛られし二人に迫る。
「…行くぞ!」
「お、おう!」
半兵衛が叫び、その刹那。
半兵衛より八方に殺気の刃が、放たれ。
たちまち彼らを捕らえし糸を、断ち切る。
「くっ、な、に!」
虻隈が驚き、蜘蛛の足を数多差し向ける。
「おりゃあ!」
半兵衛はたちまち、紫丸を八方に振るい、足を全ていなす。
「ぐっ…このお!」
虻隈は尚も蜘蛛の足に力を込め振り下ろすが、またも半兵衛に全て、いなされる。
「ぐっ…ならば!」
虻隈は素早く腰より下の大蜘蛛ごと飛び上がり、
蜘蛛の腹より糸を放ち洞穴の天井に貼り付け、
そのままぶら下がる。
刀を目にも止まらぬ速さで八方に振るう半兵衛に、虻隈はもはや、全ての蜘蛛の足を使わねば追いつけぬ。
「ええい!」
「それを待ってたぜ!」
次には虻隈も、全ての蜘蛛の足を目にも止まらぬ速さにて、半兵衛に繰り出す。
半兵衛も負けじと刀を素早く振るい、抗う。
「ふ、む…これでは、埒、が…!」
虻隈が痺れを切らす。
「いいや、埒ならすぐ明かしてやるぜ!」
「ふ、ん!強がりを!」
半兵衛と虻隈は尚も、斬り合いを続ける。
「忘れたのか!俺は、一人じゃないんだぜ!」
半兵衛が高らかに言う。
「な、に!」
虻隈ははっとする。
その、刹那。
「いただき!」
半兵衛と虻隈の斬り合いに、乱入者が躍り出る。
そのまま乱入者・広人は虻隈の蜘蛛より出る糸を、切り裂く。
「くっ、お、のれ!」
虻隈はそのまま、地にどうと落ちる。
その隙を、半兵衛も広人も見逃さぬ。
「とどめだ!」
と、そこへ。
「虻隈に手を、出すな!」
声と共に洞穴の入り口より、何者かが躍り出て。
虻隈の後ろより迫る広人に、爪を振り回す。
「くっ…ぐあ!」
なんとか手元の紅蓮にて防いだものの、そのまま洞穴の壁へ、叩きつけられる。
「広人!」
「人を案ずるゆとりはないぞ!」
広人の身を案ずる半兵衛に、その"妖"は、またも爪を振り回す。
「おおっと!」
半兵衛はこれをどしりと受け止め。
そのまま、力比べの様相を呈する。
「ふん、まだだ!」
"妖"は次には、今半兵衛に振り翳せし右腕の爪ではなく、左腕の爪を振り下ろす。
「くっ!」
半兵衛は、"妖"のわずかに力の緩みし隙を見逃さず、自らの刃にのしかかりし"妖"の爪を振り払い、続けて迫る左腕の爪も振り払う。
「半兵衛!」
「ふ、ん!こちらが相、手だ!」
半兵衛の身を案ずる広人に、ようやく起き上がりし虻隈の蜘蛛の足が迫る。
「くっ、この!」
広人は迎え討つが、蜘蛛の足による勢いは凄まじく、防ぎきることで精一杯である。
「く、そ!」
半兵衛もまた、"妖"との戦により広人を助けられぬ。
「虻隈を、邪魔立てするな!」
"妖"より再び、声が響く。
「ふん、やはり話せるじゃねえか!昨日は話さなくなっちまって、どういうつもりだ?」
半兵衛は尚も"妖"の爪を防ぎつつ、"妖"に問う。
「口ではない、刃で問え!」
"妖"は手を緩めることなく、ひたすら攻め続ける。
「ああ、そうだな!」
半兵衛も負けじと、刀にて防ぐ。
しかし、どうもこの"妖"の声、聞き覚えがある。
が、声の主には何故か思い当たらぬ。
声といえば、紫丸の音も何やらおかしい。いつものごとく呻きや風のごとき音だが、それが何やら、乱れておる。
「どうした!防いでばかりでは戦にはならないぞ!」
半兵衛の考えをよそに、"妖"は尚も彼を煽る。
「そうだな…ならば!」
と、半兵衛は刀を大きく振り払い、"妖"を突き放して大きく間合いをとる。
「くっ!」
"妖"は大きく突き放されし勢いを、足を地につけ、擦ることで削ぎ、立ち止まる。
「防いでばかりじゃ戦にならねえ…なら一息に、お互い攻め合って勝ち負け決めようぜえ!」
半兵衛は高らかに、"妖"に叫ぶ。
言うまでもなく、早く虻隈と戦っておる広人の元へ行くためである。
「ふん、いいだろう…行くぞ!」
言うや"妖"は、少し後ずさる。
そうして勢いを込めて、半兵衛を睨む。
半兵衛もまた、睨み返す。
そして妖は、素早く動き出す。
そのまま、目にも止まらぬ速さで半兵衛に迫る。
が、半兵衛はといえば、洞穴の岩壁まで大きく後ずさる。
そのままピクリとも、動かぬ。
「!?…ふん、終いだな!」
"妖"は少し戸惑うが、相手が何もせぬとあれば止まることは要らぬとばかり、そのまま半兵衛に迫る。
このまま、終わるー
「今だあ!」
あわや"妖"が、半兵衛を手にかけんとせしその時、半兵衛が叫ぶ。
と、その刹那。
にわかに半兵衛が、目にも止まらぬ速さで横へと避ける。
「な、何!」
"妖"は狼狽える。
既に勢い付いているため、にわかに動く獲物を捕らえるなどできるはずもなく。
そのまままっすぐに、岩壁へと突っ込んでしまう。
「くっ、くそ…」
"妖"は悔しげに、唸る。
爪が岩壁に刺さり、身動きを封じられたのである。
何とか抜かんと、暴れる。
「…くっ…」
広人は、虻隈の攻めを何とか防ぎきるも、
既に後手後手に回ってしまっており、こちらも身動きがとれぬ様である。
「ふ、ん!これで、終い、だな!」
虻隈はもはや遠慮は要らぬとばかり、蜘蛛の足の一つを、広人に向けー
「広人!」
恐ろしさ故に目を瞑っていた広人は、横より聞こえし声に目を開く。
「…半兵衛!」
見れば半兵衛が、横より虻隈の胴へ蹴り込む所であった。
「くう!」
虻隈はそれにより、岩壁へと叩きつけられる。
「広人、くたばってないだろうなあ!」
半兵衛が広人に、問う。
「見れば分かろうに!遅いぞ!」
広人は半兵衛に、憎まれ口を叩く。
「話は後だ!…さあ、行こうか!」
「応!」
半兵衛は壁に叩きつけられし虻隈を見、広人を促し攻める。
「くっ…図に乗るな!」
虻隈は何とか立ち上がりし時であるが、立て直しきれてはおらず。
そのまま半兵衛らは、虻隈へ容赦なく攻めをかける。
「たあ!」
「おりゃ!」
「お、のれ!」
虻隈は争うが、足を上げる度に半兵衛により、広人により足を削がれ。
「とどめだ!」
半兵衛、広人はそのまま、虻隈を討ち取らんとするが。
「させるか!」
にわかに虻隈の前に、影が立ちはだかり。
「はっ!」
「くっ!」
影ーあの"妖"は、半兵衛らの刃を、自らの爪にて受け止める。
「あんた…」
「言っておろう、虻隈に手は出させぬと!」
半兵衛らに"妖"は、力強く言い放つ。
そのまま"妖"は、爪を大きく振るい。
その力により半兵衛らは、虻隈より引き離される。
「何でだ!何でそんなにそいつに!」
飛ばされながらも何とか地に足をつけ、踏ん張りし半兵衛は"妖"に問う。
「虻隈は私を助けてくれた!であれば私は虻隈を助ける!これに何らおかしき所はなかろうが!」
"妖"より、さらに力強き声が返る。
「そなた、その虻隈とやらに良きカモにされておるだけかも知れぬのだぞ!」
広人が"妖"に、声をかける。
「ふん!何も知らぬくせに!そなたらなど!」
"妖"は言うが早いか、再び素早く、半兵衛らに迫る。
「くぬぬ!」
「くっ!」
"妖"の爪を再び受け止め、半兵衛、広人は再び踏ん張り。
そのまま押し合いとなる。
「やはり…強いな。」
半兵衛は感嘆する。
半兵衛は昨日の戦を思い出す。頼庵と自らの刃を一遍に
相手取って尚、この"妖"は少しも引かなかった。
やはり出し惜しんでいる場合では、ない。
「広人!こいつとは力の限りやり合わねえと、いつまでも甘く見られたままだぜ!」
半兵衛は心を決め、広人に言う。
「何と!それは受け入れられぬな!」
広人も半兵衛に、返す。
「おりゃー!」
「うおー!」
紫丸と紅蓮に、炎のごとく殺気が滾る。
「ふん!ならば…こちらも!」
"妖"が言い放ち、刹那。
「な、何…!」
半兵衛と広人は、自らの目を疑う。
"妖"の体中に、青き殺気が滾る。
その色は紫丸を思わせるが、より濃い青の色であった。
「な、そ、そんなことがあるわけが!」
広人も信じられず、叫ぶ。
しかし、青き炎のごとき殺気を纏いし"妖"からは、呻きとも風ともつかぬ音が、響く。
「…間違い、ないな。」
半兵衛が呟く。
こいつは"妖"ではない、妖喰いである。




