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京都の王  作者: 宇井九衛門之丞
第2章 喰宴(水上兄弟編)
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流罪

「此度、中宮を救いしこと。誠に……大義であった。」

 いつもの通りと言うべきか、内裏の謁見の間にて帝と半兵衛が相見える。


「う、うん。まあ、俺は何もしてないんだが。救ったのは……」

「そなたである、半兵衛。」

 半兵衛が言わんとせしことを、帝が遮る。


「いや、だからその、俺が着く頃には、大勢……というか、既に戦そのものが終わって……」

「いずれにせよ、そなたらがあの兄弟を助けねば、中宮は助けられぬままであった! 半兵衛、此度もそなたの武勲であるぞ、だというのになぜ煮えきらぬ!」

 再び半兵衛が言わんとせしことを帝が遮る。


「……頼む、帝! 此度の武勲はあの兄弟にあるものなんだよ! 俺は戦が終わった後でのこのこやって来て……だから帝! その武勲に免じてあいつらを……」

「できぬ。」

 もはや迂遠な言葉が煩わしく、半兵衛はいっそまっすぐに自らの言葉をぶつけてるが、やはりその心持ちを知る帝は、半兵衛の言葉を遮る。


「……中宮様を救っても、できないか?」

 半兵衛は帝に、尚も言葉をぶつける。


「半兵衛! 言うておろう、此度のことは帝お一人の御心のままには……」

「摂政も、少し黙っておいてくれぬか?」

「ほら、帝もこうおっしゃって……な、何と!」

 半兵衛を窘めんとして自らが帝に窘められ、摂政は言葉を失う。


「……こほん! では半兵衛、改めて。此度の中宮を救いし武勲と、水上兄弟を捕らえし武勲、合わせて褒美を取らすべきである。そして、やむを得なかったとはいえ、縛られし縄を破り、妖喰いを持ち出した水上兄弟……何より私を殺さんとせし罪も合わせて、もはや佐渡への流罪では雪げぬ罪と見た!」

 帝は改めて、高らかに言う。


「な、それは!」

 半兵衛は思わず大声を上げる。

 流罪では雪げぬ?ならば、あとは――


「……半兵衛、これよりそなたへの褒美と、水上兄弟への咎、二つとも言い渡す。」

「……へ?」

 帝より続いて出でし言葉に、半兵衛は次には思わず間の抜けし声を上げる。


 自らへの褒美と、他の者たちへの咎を時同じくして言い渡す?いつもならばあり得ぬ。ここには水上兄弟は、無論いない。咎とはいつもであれば、受ける者たちに直に言い渡すものでは――


「……うむ、訳が分からぬという顔をしておるな。」

 帝は半兵衛に、返す。


「……はっ! あ、いや! ご、ご無礼を働いたのなら……」

 半兵衛ははっと気づき、慌てる。


「いや、然るべきである。……しかし半兵衛、水上の兄弟がこれより受ける罰が、そなたへの褒美でもあるが故に。どうしても今この場にて、そなたに言わねばならぬのだ。」

「……?」

 帝よりさらに出でし言葉は、さらに半兵衛を悩乱させ、返す言葉もない。


 ますます分からぬ。罰が褒美?

「……そなたへの褒美として、離宮にするつもりであった屋敷と、従者たちを授ける。そして水上兄弟への罰として……そなたの従者として、軍門に下り都を妖より守る任につける!」

「……な、何と! ! !」

 帝の言葉に驚きしは、半兵衛ばかりではない。摂政も、そしてその場に居合わせし公家らも、一斉に声を上げる。





「……なるほど、これが我らの"流罪"か!」

 屋敷の渡殿に雑巾をかけ走りつつ、頼庵が叫ぶ。


「……私には、褒美であるやも知れぬ!」

「な、兄者!」

 同じく雑巾をかけつつ、義常も走る。

 頼庵は兄の言葉に、呆気にとられ。


 半兵衛の与えられし屋敷にて、二人がまず命じられしは掃除であった。従者たちは二人だけではないが、やはり罰であるためか、広い屋敷の多くは水上兄弟の手にて清めるよう命が下っておる。


「まったく、しかしこれだけの広さの屋敷を我らだけで綺麗にせよなどと……此度の主人は誠に、人使いが荒い。」

 頼庵はポロリと、愚痴をこぼす。


「これ頼庵! 我らは罪人の身である。誠であれば島流しか、はたまた死罪となっていた所を帝と半兵衛殿に救われた! ならば我らもこのご恩に、命に代えてでも報いるべきである!」

 義常はそんな弟を一喝する。


「それはまあ……確かにありがたがらねばならぬところよ。ただ兄者、これまで父の仇として追ってしまったために、その者が我らの主人になったなどとどうにも……」

 頼庵が返す。


 兄弟がこのような、他愛もなき話をしておると。

「やあご兄弟方! 捗っているかね?」

 彼らが主人・半兵衛が顔を出す。


「あ、主人様! 申し訳ございませぬ、つい話し込んでしまい……」

 疚しさより目を背けし義常である。


「……う――ん、義常さん! やっぱりいいわ。俺、そんな人の上に立つような器じゃねえし。だからいいよ、前の通りで。」

 半兵衛が宥める。


「な、め、滅相もございませぬ! そんな決まり悪きこと……

 」

 義常はやはり、未だ渋っておるが。


「そうであるぞ兄者! 半兵衛もこう……」

「あ、いや。あんたにはちゃんと恭しくしてもらわねえとなあ、頼庵! 否、我が家臣よ! なんてな!」

「な、そ、そのような……」

 兄を同じく宥めんとせし頼庵は、半兵衛より来し言葉にタジタジである。


「何だい?主人様のご命令が聞けないってのかい?」

「い、いえそのような……」

「も、申し訳ございませぬ! 弟には私より……」

「いや、だから! 義常さんはいいんだって! ……ああ〜、なんか面倒だなあ!」

 兄と弟とで向き合い方を変えるとは、なかなか器用さを要する。半兵衛は難儀せし様にて。


「……もう、わかったよ! 頼庵もこれまでの通りでいいや! ただし、俺の命令にはちゃんと、従ってくれよ!」

 しびれを切らせし半兵衛は、頼庵にそう言う。


「え……何とそれはかたじけない! では半兵衛、これからもよろしく頼む!」

 頼庵はすっかり気を良くし、半兵衛に返す。


「う――ん……やっぱり頼庵には恭しくしてもらわねえとなあ!」

 半兵衛は今一つしっくり来ぬ様にて、頼庵に言う。


「な……半兵衛! 男が一度申せしことを変えるなどと……」

「これ、頼庵! 図に乗るな! ……申し訳ございませぬ主人様、私から……」

「いや、だから……ああもう!」

 頼庵が言い、義常が謝り。もはや先ほどと同じ流れになりつつあることに、半兵衛はすっかりまいる。


 このやり取りはしばし、繰り返された。


「は――! やはり一仕事終えし後の茶はうまいな、兄者!」

「うむ……しかし頼庵、そなたはもっと人の従者であるとの自覚を持たぬか!」

 掃除が終わり一息つき。弟を窘めし義常である。


「……なんか、良かったな。」

 そんな兄弟を遠目に見て、半兵衛が言葉を漏らす。


 あの日、内裏にて水上兄弟への咎と、半兵衛への褒美が時同じくして言い渡されるなどという、まったく聞いたこともないことがありし日。


 あの後半兵衛が訳を尋ねると、帝より返りし答えは、こんなものであった。

「……また島流しなどしては、同じくあの二人が狙って来ぬとも限らぬ。それにもはやあの兄弟を御せるとすれば、半兵衛しかおらぬであろう?どこへ流したとて持て余すのであれば、いっそ半兵衛の屋敷へ流してしまおうではないか!」

 何故か、半兵衛や公家たちより目をそらしての、言葉であった。


 但し、やはりこれは二人への咎である。

 二人は勝手には出歩けぬ。半兵衛がついて行かねばならぬ。


 二人の腕には今、妖喰いの力を封じる縄が巻かれておる。

 巻かれし人には切れず、主人たる半兵衛の意が無ければ切れない。


 この縄を、事が有れば切り、事が済めばまた巻く。

 これにより二人への、枷としておる。

「……それにしたって、流罪じゃなきゃ死罪になってただろうところを。まったく、帝ってのはつくづくいい人だな。あるいは……中宮様の働きかけがあったか。」

 半兵衛がポツリ、呟く。


 とはいえ、未だ全ての罪が許されしとは思えぬ。二人が罪人であることには、変わりない。


「兄者、そろそろ聞かせてはくれぬか?……治子のこと。」

 弟のこの言葉に、思わず飲みかけし茶を吹きそうになる義常である。


「ごほっごほ……な、何?」

「……治子は生きておるとは誠か?そして兄者との間に娘というのも……」

 義常はむせ返り、一時は惚けんとするが頼庵に阻まれる。


「ま、待て頼庵。お、落ち着くのだ!」

「兄者こそ、何を今更慌てることがある?あの時言いしことは誠であろう?え?」

 義常は尚も宥めんとするが、頼庵は止まらぬ。


「お二人さん、随分楽しそうじゃないか!」

「あ、主人様!」

 やって来し半兵衛に、義常は驚く。


「えっと……治子さん、だっけ?義常さんの前の奥方?その話、お聞かせ願いたいなあ。」

 半兵衛はやや図々しくも、義常に聞く。


「な……ご、ご存知で⁉︎ 」

 義常は顔を赤らめ、またも驚く。


「あんたが海でそれ言った時、俺とあんたは殺気で繋がってたからなあ……ま、差し支えなければってことで。な?」

「は、はい。……では。」

 弟と主君にここまで迫られては、もはや答えるより他、ない。


 義常は語り始める。

 治子は義常、頼庵の再従兄弟にして、幼馴染にして。

 そして、乳母子であると。

「乳母子……?ってことは」

 半兵衛が問うや。


「はっ、治子には我らと生まれ年を同じくする兄と弟がおりましたが、どちらも夭折いたしました。殊に、生まれてより幾日と経たぬうちに弟を失いし嘆きは深く、治子はその悲しみを埋めるかのごとく我らと真の兄弟のように育ちました。」

 義常は尚も続ける。


 しかし、義常が元服せし、彼が十五の年。

 治子は自らの父母、祖父母に至るまで一息に滅ぼされた。滅ぼせしは義常・頼庵の伯父である、あの夕五である。


「またあの伯父貴か! なんで……」

「夕五はその時より、水上の家を乗っ取らんとしておりました。しかしそのためには我が父のみならず、尾張の地にて高き信任を得ていた我らの大伯父すなわち、治子の祖父が邪魔と考えたのです。」

 半兵衛の問いに、義常は滔々と答える。


 治子たちの一門は、夜襲により屋敷ごと焼かれた。そのまま治子も、死んだと思われた。

「そうじゃ、兄者……治子は生きておったのだな!」

 頼庵は身を乗り出し、兄へと体を近づける。


「ああ、治子ただ一人が我が父にて助け出された。……そして主人様、私が父により治子と密かに会わされしは、大伯父の一門が滅ぼされし日より一月ほど、後のことであった。」

 その日二人を引き会わせし父は、治子と義常に、夫婦となるよう命じた。


「な……父上が!」

 頼庵が驚嘆する。まさか二人の婚儀を促せしは、父であったとは。


「……父上はおっしゃった。大伯父の一門の血を絶やさぬよう、そして何より治子を守れるよう計らうには、これより他なしと。」

 義常は言う。

 その目は頼庵も半兵衛も見つめておる。先ほどの赤らめし照れ顔が嘘のようである。


「それであんたらは娘を儲けたと。でもお父上が殺されて、離縁されたって。」

 半兵衛は義常に言う。


「はっ。私は今はそれより他なしと思いし故に。治子も初姫(はつひめ)も、追われる我らと共に来ようと、幸せにはなれぬ。」

 義常は言う。初姫というのが、娘の名らしい。


「……今、奥方と初姫さんは、どこにいる?」

 半兵衛が問う。


「……尾張の山の中にて、農民に身をやつしております。侍女もおります故、暮らしには困らぬでしょう……」

 義常はそう言い終えるや、顔が見えないほど項垂れ。

 泣き声を、漏らす。


「……悪かったよ義常さん。話すことで辛かったろ。」

 半兵衛は義常の肩に、手を置く。


「……半兵衛のせいではない、私が兄者に……」

「これ頼庵、主人様であろう。」

 半兵衛を庇いし頼庵の声に、義常が窘めの言葉を漏らす。


 半兵衛は義常よりそっと手を離し、次には手を組み。

 やがて水上兄弟に向け、話す。

「今すぐにでも尾張に連れて行ってやりてえんだが……さすがに遠出すぎて、帝にも認められるかどうか……それに、今都を離れれば、妖の大軍がいつ押し寄せるかどうかもわからん。」


「構いませぬ! 我らは罪人の身! そのような身に余る贅沢、させてくれようなどと考えていただけるのみにても、身に余る光栄でございます!」

 義常は手を、膝をつき。半兵衛に頭を下げつつ、礼を言う。


「……あ、主人様……私からも礼を! そのような光栄を!」

 頼庵も慣れぬ様だが、半兵衛に頭を垂れる。


「まあ苦しゅうない……と言いてえのも山々なんだが、まあそう堅くならず。」

 半兵衛は二人に、頭を上げさせる。


「とはいえ、もっと妖を倒す手柄を上げれば罪は雪げるかも知れねえし! 広人も、他の奴らも鍛えれば、俺たちが少しばかり都を空けても良くなるかも知れねえ! だから、その……これからも共に、戦おうぜ!」

 半兵衛は言う。これより共に戦う従者、否、仲間に。


「はは――! ! ! ありがたきお言葉!」

 水上兄弟は共に、力強く答える。


「だから堅いって! ああ……もう! 恥ずかしいな!」

 半兵衛はそんな兄弟に、タジタジである。





 長門の屋敷。そこにて二人、震える者たちがいる。

 それぞ長門伊末、高无の兄弟である。


 二人のいる部屋は、御簾越しに女御冥子――兄弟の妹が横たわりし部屋である。


 そこに迫る足音は父・道虚のものである。

 自ら汚名を雪がんとせがんでおいて、敗れ帰るという体たらく。もはや何を言われるか、分かったものではない。


「……入ってよいか。」

 襖の向こうより、ついに父の声がする。


「……はっ、父上!」

 少し間を置き、伊末が叫ぶ。

 未だ体は、震えしままにて。


 襖が開き、そこには父と――向麿の姿が。

「ち、父上! 何故向麿と⁉︎ 」

 先ほどの震えはどこへやら。

 思わず長門兄弟は揃って叫び、立ち上がる。


「まあそう案ずるな、座るがよい。」

「あっ……も、申し訳ございませぬ!」

 立ち上がりし二人の息子を、父は優しく宥める。

 二人もはたと気づき、慌てて座る。


「……此度のことは、まああまり褒められるものではないな。」

 道虚も座り込むや、長門兄弟にそう言う。


「も、申し訳ございませぬ! 我ら自ら言い出しておきながらこの体たらくとは……」

「うむしかし、そう堅くなるな。」

 再び叫ぶ長門兄弟に、道虚はまたも優しく諭す。


「……そなたらはまだ若く、学びが足りぬというだけよ。故にこれより暫くは……この向麿の元で働き、学ぶがよい!」

 道虚は自らの傍らに座る向麿を手で指し、言う。


「な……何故でございます!」

「これ、高无!」

 思わず立ち上がりかける弟を宥め、伊末はこう言う。


「はっ……我らに学ばせていただけるなど、この上なき幸せ、大変光栄に存じます。」

「ふふふ……よろしい。聞き分けのよいことよ。……では、向麿。既にそなたの種がまた一つ、芽吹きしと聞いたが?」

 道虚は伊末の言葉に笑みを浮かべ、次には向麿の方を向き、言う。


「はっ! ご安心なはりませ。……虻隈(あぶくま)が今、やってくれとりますれば。」

 向麿は笑みを大きく、浮かべる。





 あれはどれほど前のことであったか。

 未だ幼き自らが、入るなと言われていた蔵に入り、そこであの刃を見つけしは。

 と、そこへ。自らの父がやって来て。

「止めろ……止めるのだ!」


 しかし止められなかった。気づけばその刃から何やら惹きつけられ、そのまま刃を口に――


 はっと目を覚ます。

 脂汗が滲み、息が切れている。


 落ち着かぬまま、起き上がりしまま、泣いておると。

「……夏。案、ずるな。」

 傍らより、男の声がする。

 男は口元より脚まで、長き布にて覆っておる。


「虻隈……私は、私は!」

 夏と呼ばれし女子(おなご)は、傍らの虻隈と呼ばれし男にすがりつく。


「夏。……お前、守る。だから案、ずるな。」

「……う、うん。」

 虻隈の腕の中にて夏は、泣きじゃくる。


 向麿のまきし種、今芽吹かん――

次回より、第3章 妖女開始

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