表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
京都の王  作者: 宇井九衛門之丞
第2章 喰宴(水上兄弟編)
20/192

決着

「さあどうした! まさか辞世の句もなしに死か?」

 妖より水上兄弟を挑発せしは、長門兄弟の弟・高无である。


「私は……」

 義常が言いかけし刹那である。


「義……常さ……! 聞こえるか!」

 どこかより声がする。


「な、何だこれは!」

 義常は驚きのあまり声を上げる。


「何だ?何があった?」

 妖より問いの声が聞こえる。


「兄者?」

 頼庵の声に振り返ると、頼庵の顔も訝しげである。


「もしや……」

 この声は自らにしか聞こえぬのか。ならばもしや殺気を介して?


「……半兵衛殿か。」

 義常は小声にて答える。


「ああ、すまねえ! 今摂政様とそこに向かう道すがらなんだが……恐らく俺たちが来る頃には、大勢は決しているな。」

 声が返る。やはり、半兵衛であった。


「いや、既に決しておる。我らと中宮は共に捕らわれ……あとは死を待つのみよ。」

 義常は半ば諦めし様にて、そう言い放つ。


「そっか……しかし聞いてくれ義常さん! 今こうしてあんたと話せるってことは、まだあんたとの繋がりが生きているってことだ! ただ、その繋がりはあと、少ししか保たねえ!」

 半兵衛は義常に、訴える。


「それで?その、あと僅かな繋がりを使い、我らに別れを告げんとしておると?それは、かたじけない。」

「諦めんな! ……いいか、義常さん。てことは、その繋がりを使えばあんたらをまだ助けられるかもしれない! ただしほんの一時限りとは思うがな! だからまだ、諦めんな!」

 またも諦めの声を返す義常を、半兵衛は激しき言葉にて励ます。


「何……?」

 義常は訝る。


「この繋がりであんたらの妖喰いを操って! 一時だけだが助けられるかもしれない! ただし一時だけだ! 後はあんたが中宮様も、頼庵も助け出す! できるだろ?」

 半兵衛は尚も、励ます。


「……私にできるのか?弟が帝を刃にかけんとするのでさえ止められなかった私が……」

 しかし義常は、未だ煮え切らぬ。


「ああ……もう!」

 半兵衛も呆れる。しかし、兄弟も中宮の命も諦める訳には行かぬ。果たして如何なる言葉をかければよいか――


 と、その刹那。

「ふふふ、はははは!」

 にわかに笑い声が、響く。


「な、何だ!」

 妖の中の伊末も、高无も驚き、周りを見渡す。

 声の主は彼らでは、ない。


「ち、中宮様!」

 頼庵が驚嘆する。声の主は、中宮であった。


「水上の兄弟よ……確かにあの者たちの言う通りであるな! 私がいるから手を出せぬなどと、愚か者どもよ!」

 中宮は、鼻をも鳴らす勢いにて、そう言い放つ。


「な、何と……」

 義常もその様には、驚嘆する。


「殊にそこの兄の方よ! 弟は自らの望みを言うた! ならばそなたも、自らの望みを言わぬか! そなたの誠の心に従わぬか!」

 中宮は尚も、言い放つ。


「お、おのれえ! いかに中宮と言えど勝手に口を開きおって!」

 あまりの様に呆けておった高无も、ようやく声を上げる。

 そして中宮の縛りを、より強め。


「くっ……! おのれ!」

 その縛りに悶える、中宮であるが。


「やめよ! ……わかった、私の辞世の句を言おう! それを聞いてからでも、中宮様を痛めつけるは遅くはなかろう!」

 義常は、声を上げる。


「ふん……そうであったな! まったくたかが終いの一言に時間をかけすぎおって! さっさと申せ!」

 妖の中より伊末が、声を上げる。


「……半兵衛殿、そなたにはこれで幾度めであるか分からぬが、一時のみ助けていただくこととする! 私が合図を送る!」

 義常は小声にて、半兵衛に告げる。


「……ふん、どうせ言うんだからもっと早く言え! 心得たよ!」

 半兵衛は義常に、笑いながら言い放つ。


「……かたじけない。」

 義常は小声にて、礼を言い。

 次には妖を睨み、息を大きく吸い込み。


「……私は水上の家を立て直したい! そして再び治子に会いたい! ……頼庵よ、死んではそなたの望みは叶わぬぞ! 何故なら治子は、生きておるのだからな!」

 義常はそう、高らかに叫んでおった。


「な……兄者! この期に及んで戯れなど! 何を!」

 頼庵は我を忘れ、兄の言葉に向かい叫んでおった。


「戯れなどこの場で言うものか、頼庵! ……私は治子と婚儀を結び、娘を設けた! しかしあの父上が殺されし折、私はあの者たちの身を案じ、離縁したのだ!」

 義常はそんな弟に、返す。


「な……治子と夫婦(めおと)に⁉︎ しかも……娘……と!」

 頼庵はもはや、悩乱の極みである。


「はっ、そなたら! 何を勝手に話しておるのだ! よくも我らに、逆らいおって!」

 またも目の前のことに呆けてしまっておった妖の中の長門兄弟も、はたと気づき。声を荒げる。


「……今である、半兵衛殿!」

 義常は此度は小声ではなく、高らかに叫ぶ。


「何、半兵衛だと!」

 驚嘆の声を上げしは、妖の中の伊末であるが、その刹那。


 海の中より数多の矢が、にわかに飛び出す。

「な、これは……!」

 伊末、高无が驚嘆する間にも。

 矢は水上の兄弟を捕らえし妖の血肉を捉え、緑の光に染め上げ、兄弟を解き放つ。


「頼庵! そなたは舟に乗れ! 私は中宮様を助け出す!」

 義常は海へと落ちる頼庵に声をかけ、自らは。

 海より飛び出す矢の一つに、飛び乗る。


「……心得た、兄者!」

 頼庵は海に落ちるや、素早くひっくり返りし舟を起こし、

 飛び乗る。未だ心の内は穏やかならぬ様であるが、今はただただ戦うのみと、思い直す。


 矢は水上兄弟を上手く避け、尚も妖に襲いかかる。

「くっ、矢が止まぬ!」

「高无、引け、引け!」

 長門兄弟は迫る数多の矢を捌ききれぬと見て、妖諸共、より沖合に下がる。


「半兵衛殿、かたじけない!」

 義常はそのまま、矢に乗り、未だ宙に括り付けられし中宮を助けに向かう。


「中宮様!」

 義常は中宮に叫ぶ。そして乗りし矢が、今にも中宮に迫らんとする所で飛び降りる。


 矢は中宮を捕らえし縄を緑の光に染め上げ、抉り取り。

 中宮は解き放たれ、海に落ちんとする。


「くっ、中宮様!」

 義常は中宮を受け止め。

 そして今にも海に落ちんとせし所で、頼庵の舟に受け止められる。


「……おのれえ、忌々しき奴らめ!」

 妖の中より高无が叫ぶ。


 妖は尚も迫る数多の矢を受け続けるが、やがてにわかに矢が止む。

「……よし、これにて!」

 高无が叫び、そのまま水上の兄弟らに向かわんとするが。


「止めよ、高无! 妖は深手を負っておる。一度海の中にて休めるぞ。……なあに、案ずるな! 奴らが妖のからくりを見抜けぬからには所詮、我らには勝てぬよ!」

 伊末はそんな弟を止め、宥める。


「……は、さすがは兄上!」

 高旡はそんな兄を讃え、妖を海に潜らせる。



「……中宮様、お怪我は?」

 義常らの舟はそのまま浜に上がり、義常は抱えし中宮を、頼庵が自らの上着を敷きし上に横たえる。


「……私は大事ない。それより先ほどは、すまぬことを言ったな……」

 中宮は義常に、謝る。


「……謝らねばならぬは、我らの方にございます! 私は、貴女様を、殺さんと……」

 頼庵は勢いよく頭を下げ、中宮に詫びる。


「私も帝の命を狙いました! 我らの罪、せめてここで命をかけての戦いにて……それで雪げるなどとは考えませぬが、せめて我らのけじめとして!」

「そなたら……よい、そなたらが悪い輩でないことは、私が先ほど知った。」

 義常からも謝まられ、中宮は二人に、そう言葉をかける。


「中宮様……」

「しかし、私を殺さんとせしことはともかくも、帝のことはまだ許せぬ! それは帝が許して下さらねばな。」

 中宮はしかし、そうも言葉をかける。


「しかし先ほどは、誠に申し訳ない……」

「いえ、むしろありがたきことです! あのお言葉がなければ、我らは今頃……」

 義常は中宮に返す。


「……兄者、あやつが!」

 頼庵が、海を向き声を上げる。


 義常が振り返ると、先ほどの妖が海より、飛び出す所であった。未だこちらを恐れてか、間合いはとり、やや沖合いにいるが、それでも傷は、既に癒えし様である。


「ふむ、水上の兄弟たちよ! 我らを相手取りながら、よくぞ戦った! だが……ここまでである!」

 妖より声が、響く。


「いや……ここからこそ始まりぞ!」

 義常は手に殺気を纏う。刹那、妖喰いの弓・翡翠が呼び出される。


「我らが父を殺し、我らを誑かせし報い……しかと受けよ!」

 義常は殺気の矢を取り出だし、弓につがえる。


「ははは、あれだけの力を使っておりながら何を申すか!」

 妖より嘲りの言葉が、返る。


「ふん、負け惜しみを!」

 頼庵は妖に返すが、刹那。

 目の前にて兄が、膝をつく様を見る。


「兄者!」

 頼庵は駆け寄る。


「……案ずるな、未だ私の力はある。ただ、確かに残りは少なかろう。……頼庵、せめてこの力、そなたと中宮様を救うことに使い尽くさせてもらう! 私が時を稼ぐ間に、そなたは」

 言いかけ、再び弓を向けんとする義常の腕を、頼庵は抑える。


「兄者! まだ言うか! ……兄者こそ案ずるな、いざ死ぬのなら、我らは共にある!」

「頼庵……」

 弟の言葉に、義常も心を改める。


 と、その刹那。

 翡翠より、ひときわ強き緑の光が放たれる。

「⁉︎ 」

「くっ、この光は!」

 水上兄弟も、妖の中の長門兄弟も、中宮も思いもよらぬことである。皆揃って、目を塞ぐ。


「⁉︎ ……これは!」

 頼庵は自らの手に何やら持たされしものを感じ、目を開く。


 それは緑の、弓と矢の形をせし光。

「これは、よもや翡翠が!」

 頼庵は兄の手元に目をやる。


 しかし翡翠は、未だ兄の手元にある。

「これは……二人揃いて仇を討てとのことのようであるぞ、兄者!」

 頼庵は未だ目を塞ぎし兄に、叫ぶ。


「何……何と! 弓がもう一つ! これは……」

 義常は弟の言葉に目を開くや、弟の手に握られし弓を見て叫ぶ。


「恐らくは殺気が形をとりしもの……兄者、共に仇を射抜くぞ!」

「うむ……しかし、私もお前も力を多く使っておる。このままでは……」

 自らの言葉を聞いても尚渋る兄に、頼庵は。


「我らそれぞれにではない! ならば互いに、殺気を流し合いつつ戦おうぞ! それに治子のことをはじめ、未だ聞かねばならぬこともあるのだからな!」

 兄を奮い立たせる。

「頼庵……」



「ふん、なるほど……未だ力を残しておったか!」

 その声に水上兄弟が再び海に顔を向ければ。


 妖も既に、戦わんとしておる。

「兄者、行くぞ!」

 頼庵も向かわんとするが。


「まあ待て。……札を狙わねば、話にならぬぞ!」

 義常が宥める。


「ははは、その通りである! ここまで数多ある札、そなたらに捌ききれるか!」

 妖より笑い声が聞こえ、刹那。


 二つ首の人魚のごとき妖は、真ん中より裂け、二つに分かれる。

「さあ高无……そなたは弟を狙え! 私は兄を狙う!」

 伊末は弟に、命ずる。


「心得ております、兄上!」

 高无も、応じる。


 そのまま二つになりし妖は、それぞれに迫る。

「くっ、この!」

 頼庵は矢を放つが。


「ははは、愚か者め!」

 妖の中より高无が叫ぶや、妖は海に潜る。


「ええい、逃げおって!」

 頼庵はそのまま放たんとするが、思い止まる。


 海に潜られては狙いようがない。

「くっ……何とすれば……」

 義常も矢を放つが、やはり同じく避けられ。

 手をこまねく様である。


「半兵衛殿、聞こえるか!」

 義常は半兵衛に呼びかけるが、返る言葉はない。

 既に繋がりは、絶たれしようである。


「……さようであるな。既にここは我らのみにて。考えよ、考えるのだ……妖が数多分かれし時の様、あれは……」

 義常は心を改め、自らを落ち着かせ。


 考える。あの妖の札は――

「兄者!」

 頼庵が叫ぶ。


 義常が目を開けるや、目の前には。

 海の中より出でて跳ね上がる、妖の姿が。


「これで終わりであるな!」

 妖の中より叫ぶは、伊末である。


「兄者!」

「自らの身が疎かであるぞ!」

 頼庵にも妖が、迫る。


「そなたら!」

 水上兄弟の遥か後ろより中宮も、叫ぶ。


「⁉︎ ……見えた!」

 言うや義常は、つがえし矢を放つ。


 矢は二つに分かれ、一つは伊末の妖に刺さる。

「くっ! 何!」

 伊末は揺らぎ、そのまま妖に身を翻させ再び海に潜る。


「兄上!」

 高无は慌てる。兄が慌てし様にて、海に潜ったためである。そのまま義常の矢のうち一つを食らいそうになるが、何とか宙返りにて躱す。


 が、次の刹那。

「隙ありである!」

 頼庵が叫び、矢を放つ。


 矢は高无の妖を捉える。

「くっ! おのれ!」

 札が捉えられし訳ではないが、矢を刺されしことにて高无はこれまでより更に揺らぎ、もはや取るものもとりあえずそのまま海に潜る。


「兄上! わ、私は……」

 海に潜りし高无は、そのまま兄の元へ妖を泳ぎ行かせるが。


「このたわけし弟め! ……私も不覚にも揺らいでしまった。奴ら、この妖のからくりに気づきしようじゃ!」

「な! ではあ、あ、兄上え、も、もう我らは……!」

 兄の言葉に高无は、もはや悩乱の極みにて取り乱す。


「ええい、落ち着かぬか! 案ずるな! 奴らがからくりに気づきし所で、我らは負けぬ!」

「え……そ、それは……!」

 伊末は高无を宥める。高无はその言葉の訳が分からず、未だ取り乱すが。



「兄者!」

 妖が二つとも海に潜りしすぐ後に。

 頼庵が義常の元へと、駆け寄る。


「頼庵! あの妖の数多ある札のからくり、読めたぞ!」

「な、何と!」

 義常は頼庵に、叫ぶ。


「あの妖は二つ……いや、今は二つに分かれしことで、一つずつしか札は持ってはおらぬ!」

「何! ……しかし兄者、あの妖は数多の札あると言いしは兄者では……」

 兄より告げられし妖のからくりを、頼庵は訝るが。


「ああ、私とてそう思っておった! だが、妙だったのじゃ。あの妖、数多に分かれし時も全て、繋がっておった! 

 札が数多あるならば、ばらけておってもよかろうに!」

「な……では兄者、まさか」

 頼庵が聞くや、兄の言葉は未だ続く。


「あの妖の二つの札は、それぞれ数多の切り込みを入れられ、網の目のごとく引き伸ばされておった! 札が数多あるように感ぜられしは、その網の目の中を真の札が素早く移り、名残を数多残して行きしためよ!」

「な、何と……」

 兄の言葉に、頼庵は驚嘆する。

 自らはそこまでは、気づけなかった。

 なぜ兄はそこまで――


「ふむ、よくぞ分かったな! 褒めて遣わそう!」

 刹那、声と共に妖が海より出でる。心なしか出でし所は、より浜より離れておる。


 妖は元と同じく、二つ首を備えし姿である。

「しかし、知ったところで何ができよう! そなたらがいかに真の札の在処を突き止めしところでそなたらが矢を弓につがえ放つ頃には、また他の所に真の札が移りし後よ! さあ、いかんせん!」

 妖より高らかに響くは、伊末の声である。


「くっ! ……確かに、さようであるな……」

 頼庵は返さんとするが、返す言葉もない。

 やはりここにても、翡翠の飛び道具であるが故の欠点が露わとなる。


「ふふふ……元はそなたらを、せめて苦しませぬよう死罪にするつもりであったが……我が妖に深手を負わせし報いとして、終いまで生きようともがきながら死なせてやろう! せいぜい足掻くがよい、はははは!」


 妖より再び聞こえし笑い声と共に、次には妖はそのまま、水上兄弟に迫る。しかしその間にも妖は二つに分かれ、また戻りを繰り返す。真の札の在処を、より分かりにくくするためか。


「兄者! こうなれば数多の矢にて奴を……」

「頼庵! もはや我らの力は、あと一矢ずつしか放てぬ! ここからは我ら、それぞれに真の札を暴いて放つより他なし!」

 頼庵の言葉は遮られ、兄より返りしはその言葉であった。


「なっ……できぬ! 妖のからくりも見抜けぬ私には……それにいくら札を暴いたところで! 矢を放たんとしても」

「話す暇はない! あとはやるのみよ。案ずるな頼庵、そなたも研ぎ澄ませれば分かる! それに何も、矢を放たずともよい!」

 またも頼庵の弱音を遮り、兄は叫び。

 兄は目を瞑る。そして研ぎ澄ます。


「くっ、さようか……」

 頼庵は兄へのこれよりの言葉は諦め。

 自らも研ぎ澄ます。真の札の、在処――


「ふむ、これにて死罪とする! さよう、心得よ!」

 言葉と共に、妖がついに、水上兄弟に迫る。

 妖は今は、二つ首を備えし姿にて。


 水上兄弟はそれぞれに矢をつがえし様であるが、放たんとするどころか、ピクリとも動かぬ。


「そなたら! 死ぬな!」

 水上兄弟の後ろより、中宮が叫ぶ。

 よもやこのまま、二人は。


「我らの勝ちですな!」

「さようであるな!」

 伊末、高无も既に、勝ちを確信する。


 と、その刹那。

「見えたぞ頼庵! そなたはどうじゃ!」

 義常は目をカッと開き、弟に叫ぶ。


「心得ておる、兄者!」

 頼庵も、返す。


 そして、にわかに。

 水上兄弟は妖の前より、消えるがごとく素早く動き。

「高无! 分かれるぞ!」

「はっ!」

 長門兄弟もそれに対し、妖を二つに分ける。


 しかし、長門兄弟に揺らぎはない。

 もはや勝ちは確かである。いくら札を暴いたところで、矢をつがえ放つまでの時の差があれば――


 と、そこへ。

「頼庵!」

「兄者!」

 後ろより水上兄弟の、声がする。


「ふん、無駄である! 所詮矢を放つしかなきそなたらでは……」

 声と共に振り返りし伊末、高无は、言葉を失う。


 そこにいる水上兄弟は、どちらも矢をつがえてはおらぬ。

 矢を刀のごとく逆手に持ち、今にも突き刺さんと迫り――

「矢は何も、放たずともよい。」

「お、おのれえええ! ! !」

 長門兄弟の声がこだまするが、間合いが近すぎるがため、もはや避けられぬ。


 そのままあるだけの殺気により作られし矢はそれぞれの真の札を、貫く。

 刹那。妖の矢の刺さりし周りは、緑の光に染め上げられ。

 妖はその全てが血肉となり、崩れる。


「はっ!」

 そのまま水上兄弟は、浜へと降り立つ。

 兄弟の目の前には妖の血肉が、次々と緑の光と化す様が広がる。


 水上兄弟はその様を、睨みつける。

 二人の握りしめし弓は、眩き緑の光を放つ。


「くっ、この!」

 妖の血肉が舞う中新たに降り立ちしは、長門兄弟である。

 未だその顔は、翁の面にて隠されておる。


「そなたら……もはや諦めよ! そなたらの負けじゃ!」

 頼庵が長門兄弟に、叫ぶ。


「おのれえ……認めぬ、認めぬぞ! 我らが敗れるなどと!」

 長門兄弟も揃いて、叫ぶ。

 そのまま水上兄弟に、迫るが。


 その時である。

 二つの兄弟の間に、にわかに雷のごときものが降る。


 義常は咄嗟に頼庵を庇う。

 砂煙が大きく、舞う。


「ごほ、ごほ! 頼庵! 大事ないか!」

「兄者こそ……待て、あ、あれを!」

 兄の自らを案じし声に言葉を返しかけておった頼庵は、砂煙の中に浮かぶ人影を、指差す。


「な、あれは!」

 義常もその方を見、驚嘆する。


 人影はぼんやりとしか見えぬが、その手に持たれし刃は、暗き紫の色にて。

「おのれ……父の仇!」

 義常が叫ぶが、次の刹那人影は、はたと消える。


 砂煙が晴れし頃には長門兄弟の姿も、見えぬ。

「くっ、あの翁の面の男どもめ……」

 水上兄弟はかろうじて、立ち上がるが。


「動くな、罪人どもめ!」

 後ろより声が響く。

 振り返るやそこには中宮を抱きしめし摂政と、数多の従者たち、そして、半兵衛の姿が。


「よくぞ、生き抜いてくれたな……」

 従者たちの張り詰めし様とは裏腹に、半兵衛は水上兄弟に笑いかける。


「……かたじけない、半兵衛殿!」

 義常もやはり、従者たちの様をよそに、半兵衛に返す。


 海は波打つ。それはあたかも、これより都に迫る"波"のごとし。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ