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京都の王  作者: 宇井九衛門之丞
第1章 夜京(中宮編)
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影動

「……まあいいや、獲物が斬れるならなんでもなあ!」

 男は青き刃――名こそ紫丸のようであるが――を振りかざし、鬼に向ける。


  鬼を獲物と呼ぶ者が正気の沙汰とは思えぬ。御者は、そして中宮は、昔話としてしか聞かぬ妖を前に、ただいることしかできぬといった風情である。


「……嫜子、大事ないか!」

 中宮の父・道中が自らの牛車を抜け出し、中宮の牛車に声をかける。それにてようやく中宮も、幾分か気を取り戻し。


「……無事でございます、父上こそ。」

 中宮は父を、自らの牛車に引き上げる。


 鬼は、脇にいる中宮の一行には目もくれず、ただひたすらに自らに向かう不届き者を喰わんと迎え討つ。

「ようし、これでこそ戦よ!」

 男も恐れを知らぬ様子で迎え討つ。


 男の刃を、鬼はまたも爪で弾く。だが、男はすかさず次の刃を向け、また一度鬼はそれを弾かんとして。

「おおおりゃあ!!」

 自らの刃を弾かんとした鬼の爪を、男は刃で地に打ち込む。と、自らはその勢いで飛び上がる。


「上が留守だなああ!!」

 すかさず男は鬼の頭を狙い、鬼も残る片腕の爪を弾かんと構えようとするが。


「もらう!!」

 男の刃は、鬼の爪ではない、肉を捉えた。

 鬼が咆哮を上げる。


「頭は討ち損じたな。」

 鬼はかろうじて頭を防ぐが、爪先までは間に合わず、翳した指の三本を男の刃に取られた。


「さて、次!…ん?」

 男は刃を構え直すが、その刃の色は――


「妖の赤き血と相混じりて、青き刃が……」

 紫に染まっておる。


 時は百鬼夜行の、時の帝の世、あの鍛治師が刀を打ちあげた頃に遡る。

 鍛治師は自らに忍び寄る妖を思わず斬り捨てたが、その刃はいつか見た花の色よりも、更に濃い紫に染まった。


「これは……必ずや妖を討つ力となる!私が打ったこの刃が……」

 その時である。斬り捨てたと思った妖が、呻き声を上げ起き上がる。


 鍛治師は、再び刃を構え直す。

「私はここでは果てぬ!そうだ、この刃があれば妖など!」


 妖が血を流し襲い来る。鍛治師は身を屈め、妖を引きつけ、そして。

「恐るるに足らぬ!」

 その身を二つに斬り伏せた。


「これぞ妖を喰う、"妖喰い"の刀!その青き刃は妖の血の赤きと相混じりて紫に染まる!故に名付けよう、その名は」


「紫丸、ってか。」

 男は呟く。

 今上の帝の世、中宮が鬼に襲われし時に戻る。


 刃の、妖の血に染まりしを見て、男はその刀の名を噛み締める。

 が、すぐ後にはまた青き刃に戻る。


「なるほど、まだまだ喰いたりねえってか!それでこそ男よ!」

 男は、更に声を上げる。

 同じく、人如きに斬られし屈辱に悶えていた鬼も声を上げる。


「そっちも殺りたいってか、それでこそ男よ!」

 男は相変わらず恐れを知らぬ様子で、鬼に斬りかかる。


 と、そこへ。


「何を、無礼な!」

「中宮!」

 声を上げたは、中宮とその父である。


 男が見れば、もう一匹鬼が、牛車より中宮を引きずり出し抱えておる。


「おのれ、中宮様に!」

 先ほどの御者が斬りかかるが、鬼は蝿を払うように退け、そのまま口を開け、中宮を掲げる。


 中宮を掲げたる鬼・男が斬らんとする鬼、どちらもそろって咆哮を上げる。


 あたかも男を、嘲笑うかのように。

 そのまま中宮は自らを掲げる鬼に喰われんとして、男も自らが斬らんとする鬼に喰われんとして。


 その刹那、

「自ら顔を斬られに来てくれるたあ、どうも!」

 男は自らに迫る鬼の、両の目を切り裂く。


 そのまま痛みに悶える鬼の顔を踏み越え、中宮を喰わんとする鬼に迫る。


 あわや鬼の口に入りそうになった中宮を抱え、男はその鬼の両の目も斬り裂き、顔を踏み越え地に足を付ける。


「大事ないかい?」

「ぶ、無礼者!早く下ろせ!」

 中宮は声を荒げる。


「はああ、分かったよ。」

 男に下された中宮は、そのまま駆け出す。

 しかし、そこへ。


「おいおい、匂いでわかるってか!」

 両の目を潰されたはずの二匹の鬼は、尚も中宮に向かう。


「嫜子!」

「中宮様!」

 道中も、従者たちも、果ては中宮自らも。

 中宮の死を悟った時――


 中宮は後ろで、刃の斬る音を聞いた。

「これから喰われる奴らが、今更もの喰ったって仕方ねえってよ。」

 中宮が振り返れば、自らに向かっていた鬼たちが、男の刃により二つに斬り伏せられておる。

 と、刹那。


 咆哮とも、嵐ともつかぬ音が響き渡り、鬼たちの身体は擦り潰された果物の如く崩れた。


 その擦り潰された、血とも肉片ともつかぬものは男の刃へと、吸い寄せられる。青き刃は妖の血と混じりて、再び紫に染まった。


 どれほどの時が経たか。妖の血肉が吸い尽くされ、刃が妖しく美しき紫に染まりきった時、その様を立ち尽くし見ていた皆の目に光が戻る。


「……ああ、満たされたみてえだな。うん、思いがけず二匹も喰えて、よかったよかった!」

 紫に染まりきった刃を鞘に納めるその音すらかき消すほどに、男は高く笑う。


 しかし、次には男は中宮の従者たちにとり囲まれた。

「そなた、何者だ!その刀はいずこで得た!」

「よもや妖物ではなかろうな!そのような力、ただの人には……」


「ごちゃごちゃうるせえな、喰っちまうぞ?」

 男は、先ほど戻した刀を引き抜かんとする。

 恐れをなしたは従者たちである。


「こ、こやつ!ついに真の姿を!」

「もはや無礼者どころではない、ここで」

「無礼者はそなたらではないか!」

 慌てる従者たちを止めたは、道中の声である。

 そのまま、男の元へ歩み寄らんとする。


「せ、摂政様!なりませぬ!」

「その者の力、先ほど我らと共に……」

「見た、この者が我らを救うをな!」

 またも怯える従者たちに、道中は尚も声を荒げる。


「我が下の者たちが、無礼を働いた。」

 道中は男に、恭しく首を垂れる。

 摂政の位にあるものがすることではないその行いに、従者たちはより怯える。


「い、いけませぬ摂政様!」

「だから、静かにしておれと――」

「ああもう、喰うなんてただの戯れだっての。」

 またも怯える従者たちを嗜めんとする道中に対し、男も少し苦々しげに言葉をかけ、文字通り刃を収める。


「すまぬ、見苦しき様を――」

「謝まられ慣れてねえから止めてくれよ。」

 尚も続ける道中に、男は飽き飽きした様子である。


「そうであったな、我らと、我が娘を救いし恩を言い忘れて――」

「礼も言われ慣れてねえから。」

 男は長居は無用とばかり、そのまま立ち去らんとする。


「待て!そなた、家はあるのか?」

 道中の言葉に、男は足を止める。


「失礼だなあって言いてえが、あんたの思う通り住む場所はねえ。」

 振り返って男は言う。

「さようか、ならば今宵は我が屋敷へ来てはどうじゃ。」

 思いもせぬ道中の言葉に、男のみならず従者も、中宮も驚く。


「な、なんと摂政様!なりませぬ、このような」

「屋敷の主人は我なるぞ!そなたらの決めることではなかろう。」

「し、しかし」

「あーもう!俺は泊まらねえべきか、泊まるべきか!?」

 また始まった道中と従者のやりとりに、男もまいったといった様で声を上げる。


「こやつ、また無礼を!そなた如きに決められるわけがなかろう!」

「決められるわけがなきはそなたらだ!……わかった、真に選ぶべきは泊まる者であろう。さあ、何なりと泊まるか泊まらぬか選ぶがよい。」

 またも声を上げた従者を嗜め、道中は男に選ばせる。


「俺が泊まれば、どうなる。」

 男は恐る恐る、道中に問う。

「それで我が心は満たされよう。」

「……もし泊まらなければ。」

 男が尚も問うと、

「……この者たちを許せぬやも知れぬな。」

 道中は傍らの従者たちに目をやる。


 それで男の心は、固まったのであった。

「……世話になる。」

 この答えに、道中は満足した様子である。


「よし、では我が屋敷へ参ろう。明日には帝にもそなたをお目通りしたい。そなた、名は何と?」

一国(いちくに)半兵衛(はんべえ)。」

 男、いや半兵衛は道中に答える。


「討ち損じたと?誰がそのような言葉を持って来いと申した!」

 御簾ごしに女御冥子は、声を荒げる。


「にわかに、あの噂に聞く"妖喰い"が現れたんや。」

「黙れ薬売り!次にしくじればもう……」

「薬売りやのうて、向麿(むこまろ)やっちゅうに。」

 向麿と名乗る御簾ごしの男が、ため息をつく。


「黙れと言っておろう!私を誰と心得る、父上の力でそなたのようなものなど……」

「そのお父上に、それがしが力が要るんやろ?他に誰がおるんや、妖を操れる者なんて……」

「ふん、そうでなければそなたなど、ただの蛙男じゃ!

 全てが済めばいかようにもしてくれる!」

 女御は目の前の蛙のごとき醜き男-向麿をはたと見、すぐに瞳を逸らす。


「そもそもそのような顔で、よく生きておれるものだな!」

「聞き捨てなりませんなあ、お后。お后様になるんやったら、そら顔が命なんやろ。けどな、顔がなんぼ良かて、力なきものは生きられん。そら、お后も薬売りも、同じやろ?」

 向麿は女御に、笑みを向ける。


 女御は少し慄くが、向麿は見ず言葉を続ける。

「ふん、知ったような口を。」

 先ほどの荒々しい言葉は抑え、敢えて穏やかに言う。


「……それにお后が怒るべきは、あの中宮やろ?」

 向麿のこの言葉に、女御はまた言葉を続ける。


「そうだ、あの女に我が長門一門を侮辱した行い、しかと恥いらせてくれよう。いざとなれば私が自ら手を下さねばな。そうだ、"影の中宮"――あの女を揺さぶるため吹聴したただの噂だが、私がなって良いのかも知れぬ。"影の中宮"に――」





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