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京都の王  作者: 宇井九衛門之丞
最終章 京王(再びの百鬼夜行編)
192/192

最終話 次代

 ――な……何!?


 幻明は我が目を、耳を――いや、もはや五感の全てを――疑う。


 鬼神――一門が長・長門道虚。

 二人の翁面――道虚が長子・伊末と次子・高无。

 そして狐面の影の中宮――道虚が娘にして帝が女御・冥子。


 さらに半兵衛自らが明かしし、自らがかつての百鬼夜行が首魁・白郎に育てられし子であるということ。


 明かされし二つの秘事や長門一門の計略に翻弄されし都の守護軍であるが。


 それでも半兵衛が都を守らんがために戦うと改めて宣いしこともあり、再び戦を続ける。


 左様な中で道虚との壮絶なる斬り合いの後、半兵衛はこれに勝つ。


 だが、止めを刺す前に隼人を殺しし時について道虚に問い、返って来た答えにより。


 半兵衛は影の中宮が"中宮の影武者"、すなわち氏式部内侍であることに気づく。


 そうして大内裏にて、中宮を斬らんとする氏式部内侍――もとい、氏原随子。


 随子は異母姉・中宮が嫜子に牙を剥き。

 襲いかかるが、そうはさせじと半兵衛が、妖喰い使いらや刈吉・白布、刃笹麿が立ち塞がる。


 そうして中宮を都の外に逃しし後。

 鞍馬山より天狗を伴い帰って来た広人・夏を迎え。


 ようやく妖喰い使いは、亡き義常に代わりその娘・初姫がその穴を埋め揃う。


 今、妖喰い使いらと刈吉・白布、刃笹麿。

 更に、随子に騙されし鬼神・道虚も加わり。


 随子と都にて相見えていたが。

 にわかに都中より、色とりどりの光が溢れ。


 妖喰い使いら、刈吉・白布、刃笹麿。

 随子、道虚は動きを止められている。


 この術――極みの傀儡の術を使いし者は。


 阿江刃笹麿が祖たる、阿江幻明。

 彼は半兵衛らと同じく、白郎の子であったという。


 そして、かつての百鬼夜行も再びの百鬼夜行も自らの手により起こして来たことや、妖喰いを創るよう仕向けしも自らであったことなどを明かす。


 そうして、これまで自身が取り憑きし器であった向麿を古着のごとく捨て。


 長きに渡り、自らの子孫の血を操り生まれし子である刃笹麿の子を新たな器として求めるも拒まれ、やむを得ず新たなる器となる妖・夜行を創り出し妖喰い使いらを襲う。


 そうした中、道虚の次子たる高无は夜行に襲われかけし兄・伊末や妹・冥子を救い命を落とす。


 それにより道虚は、我が子らと長閑に暮らすという本懐を見出しつつも。


 夜行諸共幻明を葬り去るべく、割って入りし異父妹・随子と共に。


 妖喰いの力を自らをも滅ぼしかねぬほどに高め、夜行へと捨て身の攻めを仕掛けた。


 しかしそれすらもまるで通じず、幻明とその器たる夜行は未だ健在である。


 半兵衛は左様な幻明に抗するべく、妖喰いにより器が保たぬようになりつつある他の使い手に代わり。


 自らが、全ての妖喰いの力を纏う。

 しかし、常に千里眼を使い全てを見抜くことのできる幻明に、半兵衛は苦しき戦いを強いられた。


 が、半兵衛は。


「驚いているかい……幻明兄者よお!」


 先ほど、上より夜行に斬りかかると見せかけ。

 その実下より、殺気の剣山にて夜行を貫きその中に入り込んだのである。


 そして幻明は先ほども述べし通り。


 ――何だ……何だこれは!


 大いに揺らいでいる。


 自らの周りには、何もないのである。

 これまでも、いや、これからも。


 彼に見えぬものなどないはずであった。

 しかし、今は。


 自らの周りに広がるは、途方もなき闇。

 声のみは聞こえる。


「どうだい……俺の中は!」


 ――何!? そなた……私を呑み込んだのか!


 半兵衛の言葉に、幻明は叫ぶ。


 果たして彼は、義弟(おとうと)の――半兵衛の中にいた。


「あんた……まだ分かんねえんだな、何でこうなっているのか。」


 ――な、くっ……


 幻明は義弟の言葉に、頭の中が混沌とする。

 自らこそ絶対であり、見抜けぬものなど何もないという誇り。


 言い換えればそれは、何者をも見通す力なのである。

 いや、何者をも見通すはずなのであるが。


 今は。


 ――なっ……何も、何も見えぬ!


 幾度見ようとも、幻明には何も見えぬ。

 そう、今こうして自らが、弟に喰われしことも。


 幻明ならば、半兵衛に言われずとも知れるはずであった。


 いや、予め知れるはずでもあった。


 半兵衛が自らを喰いしこの時を、いや、半兵衛が自らを喰わんとしているならば、その考えを見抜けたはずなのである。


 そもそも、上から斬りかかると見せかけて下より攻めるなどという策も容易く見抜けたはず。


 しかし、幻明にはかような先は見えなかった。

 それは、何故か。


「見えなくて当たり前さ……俺はずっと考えていたんだ、この策を。……この夜行とやらの元になった、宵闇の欠片を使って()()()()()()()()()な。」


 ――!? 


 半兵衛は嘲笑う。

 夜行に取り込まれし、宵闇の欠片。


 それは、今は亡き長門一門が長・道虚が使いし力。

 そして道虚と、一度は無限輪廻にて魂が結びつきし半兵衛は。


 その宵闇を介し幻明と繋がっていたのである。


 しかし。


 ――さ、左様なことあるはずがない! 私と繋がっていたなどと! 左様なことをすれば……それこそ筒抜けであろう!


 幻明は、更に当惑する。

 それに答えんとして、半兵衛は続ける。


「どうしたよ、兄者よお? 分かんないなら、教えてやるよ。……あんたにはたった一つだけ、見抜けねえ物があったのさ!」


 ――!? わ、私に……見抜けぬ物だと!?


 幻明は半兵衛の言葉を解せず、戸惑うばかりである。

 いや、解せぬのではない。


 彼には受け入れられぬのである。


「分かんねえかな……あんたが今見てんのは、俺の中さ。……いや、俺はあんたを喰ったわけだから。()()()()()()()、とも言えるかな。」


 ――……何?


 半兵衛の言葉に、幻明は戸惑う。

 戸惑い――これも、かつての幻明ならばないはずの心。


 しかし今は、何も分からぬ。


「じゃあよ、……その()()()()()()()ってのが見えてないってことは?」


 ――ま……まさか……まさか!?


 幻明はこの言葉に、はたと気づく。

 まさか。


「……ようやく、分かったかい。賢いあんたにしちゃあ、遅かったねえ。」


 半兵衛は、息を吐く。


「あんたは……自分(てめえ)のことがまるで見えてなかったのさ!」

「な……何い!」


 幻明には、次のその言葉も到底受け入れられぬ。

 自らを全知全能と僭称ししこの男には、自らに自らのことはまるで見えていなかったなどと言うことは。


 何より。

 今、何も見えぬ。


 真っ暗闇にいるなどということは。


「いや……そもそも最初(はな)っからおかしいと思うべきだったよ! あんたが誠に全て見えてんなら……この世の人っ子全て、あんたの傀儡にするなんて夢が如何に阿呆臭いか分かっているはずだもんな!」


 ――な……何!?


 幻明は、激しく否む。

 そう、半兵衛は道虚に怒りし時の幻明の有様から分かっていた。


 ――幻明よ……母への仕返しなど今や些事とは言っていたがそなたも! つまるところ未だ母への未練を引き摺りし者ではないのか? ……人を一人残らず傀儡にするなどと宣いつつも、未だそなたとて折り合いをつけられておらぬのではないのか!


 ――……ふふふ、はははは! 異父弟よ……左様に分かりやす過ぎる煽りになど、誰が乗るものか!



 幻明は、真の自らに触れられ怒ったのだと。

 真の自らを、受け入れられていないのだと。





 ――私の夢が……望みが阿呆臭いだと! 取り消せ……取り消せえ!


「うぐっ、おえっ! ……あんまり騒ぐなよ、吐き気がすんだろ!」


 ――ぐっ!


 今も幻明は、自らの愚かさを見れていない。


 半兵衛は、左様な幻明のいる腹を、紫丸の柄で叩く。

 幻明は、苦しみの声を上げる。


「まあ、そんなあんたと繋げた心で真の策を考えて……繋げてねえ心では嘘の策をあんたに筒抜けしてたって訳さ!」


 ――くっ……ううっ! この……


 幻明は苦しむ。

 今の半兵衛の言葉は、まさにその通りであるから。


 しかし、それを受け入れられぬからである。

 自らが、愚かだったなどと。


 ――くっ……いや、しかし半兵衛! そなたに私は倒せぬ! 妖喰いは、妖と人の子は喰わぬからなあ!


 それでも。

 幻明は苦し紛れながらも、半兵衛を笑う。

 そう、妖喰いは妖と人の子は喰わぬ。


 いや、喰わぬはずであったが――


「一国、半兵衛……勝手に六道への道を開くとは!」

「おうや綾路ちゃん……少し遅かったね!」


 ――な……死神! 何故!


 幻明はその声に、驚く。

 半兵衛は十拳剣の力を使い、黄泉比良坂の六道の道を開いていた。


 全ては綾路を、誘き出すため。

 これも、幻明には全く見えてはおらぬことであった。


「さあて……もうすっかり満たされちまった見てえだな紫丸……いや、全ての妖喰い!」


 半兵衛が紫丸に唱えるや。

 その刃には蒼き殺気のみならず。


 白、黄、緑、闇色の殺気も光る。

 そう、ここには全ての妖喰いの力が集まっているのだ。

 しかし、その光は鈍い。


 ――あ、妖喰いが……満たされただと!?


 幻明は驚く。


「ああ……俺がさっきの戦で、散々妖喰いを使った挙句に、夜行に喰らいつかせた。今ゆっくりだがこの夜行は、妖喰いに喰われつつあるんだよ。」


 ――おのれえ!


 幻明は怒る。


 ――それでは極みの傀儡の術は!


「まあできねえな。けど……それよりあんた自らを憂いたらどうだ?」


 ――何?


 しかし半兵衛は、またも紫丸に語りかける。


「だけどよお……今ここには! 極上の匂いの死神嬢ちゃんがいる! さあ……どうするかな?」


 その刹那。

 たちまちくすぶりし妖喰いの殺気が、伸び。


 夜行を内側より貫く。


「そうれ!」

「……ん?」


 半兵衛はそのまま、綾路を斬る。

 しかし、何も起こらぬ。


 ――くっ、何を


「すまねえな妖喰いたち! この嬢ちゃんは……喰えねえんだよ!」


 半兵衛は、おどけて見せる。

 すると。


 紫丸より、白・黄・緑・蒼・闇色の殺気が伸びる。


「ああ、怒ってんなこりゃあ……皆、騙したのはこの俺だ、半兵衛だ! さあ……憎いだろ?」


 半兵衛がそう呟くや。

 たちまち紫丸は、更に殺気を溢れさせる。


 ――何を……何をしたのだ、半兵衛!


 幻明は相変わらず、何も分からず半兵衛に問う。


「今、満たされつつあった妖喰いたちは。俺への憎しみを新たに持った。……これでこいつは、半兵衛喰い――ひいては、幻明喰いになったんだよ!」


 ――くっ……ぐうう!


 その刹那、幻明には再び全てが――正しくは自らの先が、末路が見えた。


 それは死。

 彼がこれまで、一度も恐れしことのないもの。


 しかし今は、恐ろしい。


 ――私が……死ぬだと! ふざけるな……ふざけるな、私がああ!


「……重ね重ね、頭がいい割には愚かなお人だねえ……まあでもせいぜい、永遠にこの恐ろしさを味わいな! 」


 ――黙れ……黙れ黙れ黙れえ! 私は……私は全てを見ぬく全知全能の身であるぞ! 左様な私が!


 幻明は半兵衛の言葉にも、耳を貸さず。

 事ここに至っても、未だ自らが見えぬ。


「さあて、死神の嬢ちゃんよお。……ここはこの場、外してくれねえか?」

「……うむ。」


 半兵衛の言葉に、死神・綾路はさして躊躇いもなくその場を後にする。


 ――ふ、ふざけるな! 私を……滅ぼすというのか!


「道虚兄者や随子……隼人に毛見郷の村の人たち! 虻隈、そして義常さん……兄者の子や薬売り。」


 ――……何?


 幻明は、半兵衛が今挙げし名に訳がわからず。

 首を傾げるが。


「……あんたが散々弄んだ人たちが皆、今際の際に味わったものだ!」


 ――や、止めろ半兵衛! 我が義弟よ! 望みは何か? 私の力であれば何でもできるぞ! だから、何なりと申せ!


「そうだな……それも悪くねえ! ……分かった、俺の望み聞いたら命は助けてやろう!」


 言いつつ半兵衛は、紫丸を逆手に持ち高々と振り上げる。


 ――や……止めよと言っておる! の、望みを


「じゃあ叶えろ、俺の望みは!」


 振り上げし紫丸を、半兵衛は凄まじき勢いにて振り下ろす。


 自らの、腹へと。


 ――や、やるつもりではないか! く、口と行いが合っておらぬぞ!


「俺の望みはただ一つ!」


 言いつつ刃は、腹に迫る。

 あと三寸。


「あんたが」


 あと二寸。


「俺と」


 あと一寸。


「地獄に道連れになってくれることだ! ……かはっ!」


 ――ぐ……ぐああ!


 刃は半兵衛の、腹を中の幻明諸共貫く。


 ――ふ、ふざけるな……左様な望みは


「ああ……誰が助けてやるもんか、阿呆が!」


 ――……う、うわああ!


 その刹那半兵衛、そして夜行――すなわち幻明は。

 紫丸より噴き出しし殺気に、包まれる。


 鮮やかなる、蒼き殺気の中へと。


「(ああ……まったくよ。あの刀屋のオヤジは……何が紫丸だよ、こんなん”青い"丸じゃねえか……あ?)」


 薄れゆく意の中にて半兵衛は、紫丸を売りし刀屋のことを思い出し罵る。


 しかしその蒼き殺気がみるみる、紫へと染まりゆく有様にふと合点する。


「(なるほど……それで紫丸だったな。)」


 半兵衛は、自らを嘲笑う。





「半兵衛、半兵衛え!」


 都にて。

 半兵衛と幻明の、終いの戦より一夜明け。


 ようやく都に舞い戻りし中宮は、傷みし羅城門より入り。


 半兵衛へと、呼びかける。


 しかし。


「……どこに、いるのだ? ……半兵衛!」


 無論、返る言葉はない。

 すると。


「半兵衛!」

「半兵衛様!」

「!? ……そなたら、無事であったか!」


 にわかに幾人かの声が響き、見れば。

 数多の烏天狗らに抱かれし刃笹麿・頼庵・広人・夏・刈吉・白布らが空より、呼びかけていた。


 彼らは鞍馬山に帰り、そこに先に戻りし天狗らに助けてもらっていたのである。


「! ち、中宮様!」


 刃笹麿らも中宮を見つけ。

 烏天狗らに、そこまで送らせる。


「中宮様、お怪我は!」

「いや、私は何もない……して、半兵衛は何処に!? そなたら……共に戦っていたのではないのか!」


 自らの身を案じし刃笹麿の言葉に返しつつ、中宮は尋ねる。


「……そ、それが我らは……」

「……何!?」


 刃笹麿は恐る恐る、戦の全てを話す。

 全てを操りし元凶たる、自らの高祖父・阿江幻明が妖・夜行を生み出し襲いかかりしこと。


 道虚と随子が身を捨て夜行を倒さんとししものの叶わず。


 生き残りし他の妖喰い使いらは半兵衛により逃され救われしことを中宮に告げる。


「では……あの随子は」

「はい……中宮様の妹御はもう。」

「……うむ。」


 中宮はその言葉に、俯く。

 刃笹麿らは知らぬが、随子は氏式部内侍。


 中宮の侍女でもあった。

 半兵衛と同じく、中宮も妹が傍にいながら気づかなかった。


 その引け目もあり、何より妹を失いしことにより。

 中宮は、悲しみに沈む。


「では……半兵衛は何処に!」

「……申し訳ございませぬ。」

「……くっ!」


 中宮は更に、悲しみに閉ざされる。

 半兵衛は、どこにいるのか。


「! み、皆! これを!」

「!? な、夏殿!」


 その時にわかに、空より夏が叫ぶ。

 夏は再び、烏天狗に頼み込み。


 都を空より探し、()()()()を見つけるのである。




「こ、これは……?」

「紫、丸……?」

「こ、ここには宵闇と……十拳剣が!」

「まさか、半兵衛は……?」


 都の真ん中に移りし中宮と妖喰い使いらは。

 そこにて夏が見つけし紫丸や、各々に別れし宵闇や十拳剣を見つける。


「半兵衛……」

「……何も感じぬ。これは……ただの鎧や剣、刀だ。」


 中宮の傍らにて、紫丸や宵闇、十拳剣に触れて調べし刃笹麿が皆に言う。


「この紫丸からも、我らの妖喰いと同じく殺気が失われた……?」

「で、では半兵衛様は……?」

「……半兵衛!」


 広人や涙ぐみし白布、刈吉も周りを見渡す。

 しかし無論、半兵衛はいない。


 中宮は泣き叫ぶ。



 ――……処断を受けに、戦が終わったら戻るからさ。


「そなたは……誠に嘘つきであるな!」


 中宮の頭に浮かびしは。

 半兵衛と、今となりては今生の別れとなりし時。


 彼より終いにかけられし、言葉だった。


 





 それから、帝をはじめとして皆が都に帰って来た。

 刈吉・白布は奥州に帰り、夏は広人と共に氏原に仕え始める。


 頼庵も初姫や、治子・竹若を伴い尾張に赴いた。


 刃笹麿はその後に産まれし、自らと上姫の子を可愛がる。

 

 皆、それぞれに心には何かしらを抱えつつも。

 力を合わせ都を立て直し初める。

 全ては、少しなれど前へ進むためであった。

 




「その者が、終いまで都を守りしその姿は……まさに、”都を守りし王"の姿――”京都の王"そのものであったと伝えられております。……はい、これが『京都の王』のお話の全てです。」

「ははうえ……そのお話は、誠ですか?」


 幼き頃の今上の帝は、母・上東門院に尋ねる。

 そう、今上の帝――再びの百鬼夜行の時より幾十年か後の世にとりての、今。


 今の帝――今上の帝である。

 尤も、まだこの頃は皇子であったがさておき。


「さあ……もはや誠であったのか否か、思い出せませぬ。」


 母たる上東門院嫜子(しょうし)は、空を見上げつつ言う。







「何故かは分からぬが……御伽話には思えぬなあ。」

「帝、どうなさいました?」


 帝の呟きに牛車の御者は、尋ねる。


「いや、何でもない。……亡き母から聞きしことを、思い出していたのだ。」


 今上の帝は牛車の御簾を上げ。

 かつて幼き頃、母が自らの前にてそうしていたように。


 空を見上げる。





 あれから、長閑なる世は続き過ぎた。

 そのために静氏によるこの世の治めは長引き、軒並み高き位を占めし静氏一門の者たちは、増長を極めた。


 この三年ほど前の年には、鹿ヶ谷にて法皇すら静氏打倒を目論み、処断されかかったほどである。



「どけ、我らを何と心得ておる!」

「我らこそ、天下の静氏(せいし)一門であるぞ。"静氏にあらずんば人に非ず"! 即ち、人でなしはどけ!」

「ははは!」


 都の市場を静氏一門の侍二人が、我が者顔にて歩く。


「へえ、噂には聞いていたが……ここが都か。」


 その近くを、どこからか来しみすぼらしきなりの若者が一人。


 若者は懐に手を入れる。

 なけなしであるがそこには、彼の持つ全ての財が。


「さあて……オヤジさん! 刀を一つくれや!」


 若者は刀屋のオヤジに、声をかける。

『京都の王』は、これにて終了となります。

一年半以上の応援、ありがとうございました!


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