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京都の王  作者: 宇井九衛門之丞
最終章 京王(再びの百鬼夜行編)
187/192

本懐

「高无い!」

「ぐ……兄、上……」


 伊末は、声の限り叫ぶ。

 目の前には弟・高无が貫かれし惨たらしき様が。



 鬼神――一門が長・長門道虚。

 二人の翁面――道虚が長子・伊末と次子・高无。

 そして狐面の影の中宮――道虚が娘にして帝が女御・冥子。


 さらに半兵衛自らが明かしし、自らがかつての百鬼夜行が首魁・白郎に育てられし子であるということ。


 明かされし二つの秘事や長門一門の計略に翻弄されし都の守護軍であるが。


 それでも半兵衛が都を守らんがために戦うと改めて宣いしこともあり、再び戦を続ける。


 左様な中で道虚との壮絶なる斬り合いの後、半兵衛はこれに勝つ。


 だが、止めを刺す前に隼人を殺しし時について道虚に問い、返って来た答えにより。


 半兵衛は影の中宮が"中宮の影武者"、すなわち氏式部内侍であることに気づく。


 そうして大内裏にて、中宮を斬らんとする氏式部内侍――もとい、氏原随子。


 随子は異母姉・中宮が嫜子に牙を剥き。

 襲いかかるが、そうはさせじと半兵衛が、妖喰い使いらや刈吉・白布、刃笹麿が立ち塞がる。


 そうして中宮を都の外に逃しし後。

 鞍馬山より天狗を伴い帰って来た広人・夏を迎え。


 ようやく妖喰い使いは、亡き義常に代わりその娘・初姫がその穴を埋め揃う。


 今、妖喰い使いらと刈吉・白布、刃笹麿。

 更に、随子に騙されし鬼神・道虚も加わり。


 随子と都にて相見えていたが。

 にわかに都中より、色とりどりの光が溢れ。


 妖喰い使いら、刈吉・白布、刃笹麿。

 随子、道虚は動きを止められている。


 この術――極みの傀儡の術を使いし者は。


 阿江刃笹麿が祖たる、阿江幻明。

 彼は半兵衛らと同じく、白郎の子であったという。


 そして、かつての百鬼夜行も再びの百鬼夜行も自らの手により起こして来たことや、妖喰いを創るよう仕向けしも自らであったことなどを明かす。


 そうして、これまで自身が取り憑きし器であった向麿を古着のごとく捨て。


 長きに渡り、自らの子孫の血を操り生まれし子である刃笹麿の子を新たな器として求めるも拒まれ、やむを得ず新たなる器となる妖・夜行を創り出し妖喰い使いらを襲う。


 そして今。


「高无!」


 夜行は都の外に飛び出し、逃げるさなかであった長門兄妹を襲い。


 手始めに長子・伊末を狙うが、彼の弟たる高无が庇い、深傷を負う。


「兄、上……」

「た、高无……」


 伊末は高无に這い寄る。

 夜行の爪は抜かれ、高无は今地に伏している。


「何故じゃ……何故!」

「かはっ! あ、当たり前でございましょう……兄、上を救うは……愚鈍、な弟たる私の」

「止めよ! 話すな!」


 伊末は高无を止める。

 愚鈍? 誰が。


 この弟がか?

 伊末は自らに問う。


 何が愚鈍か。

 今、自らが夜行に狙われ。


 その恐ろしさに動きすら儘ならぬ様であったのに。

 この弟が、助けてくれたというのに。


 何故――

 誰だ、誰がこの弟を愚鈍などと言った。


 それは。


 ――まったく……この愚鈍な弟めが!


 私だ。


「私だ……私だああ!」


 伊末は慟哭する。

 何故だ、何故。



 ――ふふふ……まあよい。さあて、次こそ!


 左様な伊末にも構わず。

 夜行は、腕の一つを再び振り上げる。


 次こそ伊末を、潰さんとしているのである。

 と、そこへ。


「ふん!」


 ――ぐっ! ……ほう、弟よ……間に合ったか!


「ち、父上!」

「てめえ!」

「!? あ、妖喰い使いら!」


 そこへ、兄妹の父・道虚と。

 半兵衛らを乗せし刃白が辿り着く。


「伊末……高无と冥子を連れ逃げよ!」

「ち、父上……」


 伊末は父の言葉にも、すぐには応じれぬ。

 先ほど父らが割り込みしことで夜行より引き剥がされし高无は。


 血が夥しく出て、止まらぬ。





「何故じゃ……何故じゃ! 何故、我が子を!」


 道虚は夜行に攻めを加えつつ問う。

 すると。


 ――くくく……異父弟よ! そなたが変わる前に、戻すためよ!


「な、何?」


 幻明の答えを、道虚は解せぬ。

 変わる前?


 ――そなた、半兵衛に言ったな? 半兵衛が母上を、変えてしまったと。人への憎しみに萌えし母を、半兵衛がまるでその面影なき姿へ変えてしまったと。


「……ああ。」


 ――しかしな……道虚よ! 憎しみにただただ燃えし姿より変わってしまいしはそなたとて同じよ! 伊末・高无・冥子……そなたがその"道虚"という"偽りの子"を創りし昔とは違い! 今の世では誠に子を成した……それがそなたを、変えてしまったのよ!


「何……? くっ!」


 道虚は幻明の言葉に、歯軋りする。

 自らは、我が子らのせいで弱くなったというのか?


 ――ああ……そなたは誠に子を持ちしことにより弱くなった! 宵闇を巡る戦に敗れし時も、その後に成せなかった戦の数々も……皆、そなたの甘さ故よ! 子など持つからだ!


「何を……」

「ち、父上……」


 幻明の更なる言葉は、道虚のみならず伊末までも追い詰める。


 そこへ。


「黙れよ! ……人を傷つけといて何なんだその言い草は!」


 ――おや?


 刃白が夜行の周りを駆け巡り、他の妖喰い使いと共に攻めつつ。


 半兵衛は幻明に向かい叫ぶ。


 ――そうか……そなたらもいたか!


「ああ……忘れんなっての!」


 半兵衛は尚も、夜行に攻めを加える。


「兄者! そして、伊末さんとやらよお! ……早く女御さんと高无さん、だっけ? 連れて逃げろ!」

「!? 半兵衛……」


 地に転がりし息子や娘たちを前に呆けし道虚は。

 半兵衛の言葉に、はたと気がつく。


「あんたの子たちだろ! 今あんたが守れなくてどうすんだ!」

「ぐっ……私は……」


 道虚は半兵衛の言葉を受けつつも、やはり途方に暮れる。


 自らに、この子らを守るなどできるのか?

 むざむざ随子より、そして幻明より騙されて自らもこの子らも危うき目に合わせた。


 今も、次子が命危うき有様である。

 かような自らが――


「ち……父、上……」

「!? た、高无!」


 その時。

 道虚の後ろより、息も絶え絶えの高无の声が聞こえる。


「高无!」

「兄上……」


 伊末も、弟を案ずる。


「申し訳、ございませぬ……私は子としても、弟としても。……兄としても、愚鈍な者でありました。」

「高无……」


 次子の言葉に、道虚は涙を流す。


「……何故、そなたなのだ?」

「……はい?」

「……何故、そなたなのだ! そなたが愚鈍ならば……何故、そなたが私を庇う! 愚鈍ならば……むしろ庇われているであろうに!」


 伊末は弟に、怒る。

 いや、自らに怒っている。


 愚鈍であったは、むしろ自らであったのだと。


「兄上……いけませぬ。兄上は、私にとりてずっと……聡明な方なのですから……」

「高无……もうよい!」


 尚も言葉を紡ぐ次子に。

 道虚は、叫ぶ。


「父上……申し訳ございませぬ。……兄上、いけませぬよ。……何卒、冥子とは仲良く……」

「高、无……!」


 伊末も叫ぶ。

 冥子と仲良く。


 その言葉は。


 ――兄上・私、そして冥子とでは……母が違う身とはいえ、同じ父上の子! ならば、より仲良くしてもよいでしょう?


 かつて、再びの百鬼夜行に向かう前の集まりにて、高无が言いし言葉である。


 高无は、かような時でも兄と妹の身を案じたのである。


「まったく……何が愚鈍か! そなたは子としても……弟としても、兄としても聡明な者だ!」


 伊末は高无に向かい叫ぶ。


「……高无?」


 高无からは、何も返らぬ。


「ち、父上……」

「……うおおお!」


 道虚は慟哭する。

 そうして、振り返る。


 そこには、今刃白を迎え討ちし夜行の姿が。


「幻明……そなたが、そなたがあああ!」


 道虚は宵闇より殺気を炎の如く滾らせ、吼える。

 たちまちその勢いは、刃白と夜行にまで伝わる。


「父上……」

「烏天狗ら! ……否とは言わせぬ、伊末を高无を冥子を! 我が子らを、遠く害なき所へ連れて行け! 必ずじゃ!」

「父上……」


 伊末は、有無を言わせず都に見える烏天狗に助けを命じる父の姿を見る。


 だが伊末は、望みが持てぬ有様である。

 天狗らは、長門一門に含む所のある者たち。


 助けてくれるなどと。

 そう諦めかけし、その時であった。


「!? あ、あれは!」

「……来たか。」


 果たして、天狗らは都より数多やって来る。

 そうして長門兄妹を掴み、空へ飛び上がる。


「な、何じゃそなたら! 我らの望みを」

「いや、勘違いをするな! 我らはただ、あの妖喰い使いの娘御と若者の頼みを聞き入れしだけじゃ!」

「何……?」


 伊末は烏天狗の言葉に、夜行の方を見る。

 今、夏と広人は夜行に立ち向かっている。


 先ほど、彼らは天狗らに叫び。

 長門兄妹を助けるよう、働きかけていたのであった。


「くっ……かたじけない!」

「礼を言うな! 罪人の一門が!」

「そなたらなど、どこぞの田舎にでも放り出してやる! 文句は言うまいな?」

「……うむ。」


 烏天狗らはあくまで、長門兄妹には冷たく当たる。


「あ……ああ……」

「高无……冥子……私にも武の心得があればよかったのか?」


 伊末は、相変わらず心を病み禄に話せぬ妹と。

 冷たくなりし弟を見比べつつ言う。





「すまぬな我が子らよ……もはや迷わぬ!」


 道虚は宵闇より尚も獄炎を噴き出しつつ言う。

 今、刃白と妖喰い使いらに迎え討たれし夜行を前にして。


「はあ!」


 ――ふうむ、緩いぞ!


「ぐっ!」

「はあっ!」


 ――ははは、そんなものか!


「ぐあっ!」


 しかし夜行の隙なき動きに、他の妖喰い使いらは大いに苦しんでいる。


「……幻明!」


 ――おや? ……はははは! あの子らは逃げたか、異父弟よ! 


「黙れえ!」


 道虚は身に纏いし凄まじき獄炎にて。

 自らを刃と化し。


 そのまま夜行を貫かんとする。


 ――なるほど……やはりそう来るか!


「ぐう……くうっ!」


 しかし夜行は、数多の腕をざわめかせ。

 道虚の攻めを、弾き返す。


「幻、明……」


 ――ははは、異父弟よ! つまるところ、そなたは自らの枷を捨てられなかったのであるな!


 幻明は道虚を、嘲笑う。


「ああ……そうであるな! 私は弱くなったやも知れぬ、だが! ……元より弱かった者が、更に弱まりしのみの話じゃ!」


 ――……ほう?


 道虚の言葉に、幻明は耳を傾ける。


「私は……弱い! 無念であるが半兵衛の申しし通りにな! ……私は母を我が物にしようなどと、弱く小さき男であった! ……左様に小さな私が……今の人や妖を、この世諸共作り替えるなどと大それた夢を! 為せる訳がなかったのだ!」


 道虚は高らかに、宣う。

 そして、続ける。


「我が願いはただ一つ! ……我が子らと、死ぬまで苦楽を共に過ごすことであった! 伊末と、高无と、冥子と……だが、もはやそれは叶わなくなった! 幻明……我が望みを阻みし罪、ここにて贖わせてくれる!」

「ぐうっ!」


 道虚は再び、宵闇より殺気の波を放つ。

 それは、夜行にも伝わる。


 しかし。


 ――くくく……はははは! ……分かり切りしこととは言え、思いの外つまらぬ者であるな異父弟よ!


「ああ……よい! 私はつまらぬ! 我が一人守れぬほどに、小さき男よ……」


 幻明は、左様な道虚を笑い飛ばす。

 道虚はそれでも、更に臆せず返す。


「が、幻明よ……母への仕返しなど今や些事とは言っていたがそなたも! つまるところ未だ母への未練を引き摺りし者ではないのか? ……人を一人残らず傀儡にするなどと宣いつつも、未だそなたとて折り合いをつけられておらぬのではないのか!」


 ――……ふふふ、はははは! 異父弟よ……左様に分かりやす過ぎる煽りになど、誰が乗るものか!


 道虚の言葉に。

 幻明は返す言葉とは裏腹に、怒りを滲ませし声にて夜行の腕を振るう。


「ぐっ!」

「おりゃあ!」

「!? あ、妖喰い使いら!」


 そこへ。

 刃白に乗りし妖喰い使いらが、割り込み。

 夜行の腕より道虚を守る。

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