夜行
「あ、あれは!?」
半兵衛らは我が目を疑う。
再びの百鬼夜行が起こりし時。
鬼神一派は、皆それぞれに付けし面を取り長門一門としての素顔を晒す。
鬼神――一門が長・長門道虚。
二人の翁面――道虚が長子・伊末と次子・高无。
そして狐面の影の中宮――道虚が娘にして帝が女御・冥子。
さらに半兵衛自らが明かしし、自らがかつての百鬼夜行が首魁・白郎に育てられし子であるということ。
明かされし二つの秘事や長門一門の計略に翻弄されし都の守護軍であるが。
それでも半兵衛が都を守らんがために戦うと改めて宣いしこともあり、再び戦を続ける。
左様な中で道虚との壮絶なる斬り合いの後、半兵衛はこれに勝つ。
だが、止めを刺す前に隼人を殺しし時について道虚に問い、返って来た答えにより。
半兵衛は影の中宮が"中宮の影武者"、すなわち氏式部内侍であることに気づく。
そうして大内裏にて、中宮を斬らんとする氏式部内侍――もとい、氏原随子。
随子は異母姉・中宮が嫜子に牙を剥き。
襲いかかるが、そうはさせじと半兵衛が、妖喰い使いらや刈吉・白布、刃笹麿が立ち塞がる。
そうして中宮を都の外に逃しし後。
鞍馬山より天狗を伴い帰って来た広人・夏を迎え。
ようやく妖喰い使いは、亡き義常に代わりその娘・初姫がその穴を埋め揃う。
今、妖喰い使いらと刈吉・白布、刃笹麿。
更に、随子に騙されし鬼神・道虚も加わり。
随子と都にて相見えていたが。
にわかに都中より、色とりどりの光が溢れ。
妖喰い使いら、刈吉・白布、刃笹麿。
随子、道虚は動きを止められている。
この術――極みの傀儡の術を使いし者は。
阿江刃笹麿が祖たる、阿江幻明。
彼は半兵衛らと同じく、白郎の子であったという。
そして、かつての百鬼夜行も再びの百鬼夜行も自らの手により起こして来たことや、妖喰いを創るよう仕向けしも自らであったことなどを明かす。
そうして、これまで自身が取り憑きし器であった向麿を古着のごとく捨て。
長きに渡り、自らの子孫の血を操り生まれし子である刃笹麿の子を新たな器として求めるも拒まれ、やむを得ず新たなる器を自ら創り出す。
その名は。
――さあ、これぞ我が新たなる器! 妖も妖喰いも超越しし者……一つにして百鬼夜行に匹敵する凄まじき力、"夜行"である!
幻明は誇らしげに言う。
大内裏の東に聳え立つ、大いなる影。
単眼鬼面百臂、半人半馬。
宵闇の欠片が、再びの百鬼夜行を取り込みしことにより生まれし妖・夜行。
「くっ……えい!」
半兵衛は殺気の柱により抑えつけられし中にても、死に物狂いにて抗い立ち上がる。
「皆も……負けるな!」
「は、はい! ……初姫、行けるか!」
「はい、叔父上! ……はああ!」
「白布、我らも!」
「はい、刈吉!」
「夏殿に……まだ言っておらぬ!」
「そうだな……私も! 広人から何も聞いていない! うおお!」
半兵衛の呼びかけに、頼庵が、初姫が。
刈吉・白布が。
広人が、夏が立ち上がる。
「私も……随子のみならず、そなたも! 我ら一門を愚弄しし罪許すまいぞ、幻明!」
道虚も、今も尚幻明に平身低頭する我が子らを見て奮い立つ。
「私も……よくも私までも操ってくれましたわね! 異父兄上え!」
随子も苦しみつつ立ち上がる。
「はざさんも……行けそうかい!?」
半兵衛は刃笹麿にも、声をかける。
「ああ……言われずとも! 我が高祖父の罪は……玄孫として、この身を以て雪がねばなるまい!」
刃笹麿は熱り、返す。
――ははは、我が玄孫よ! 何を申すか? これは罪ではない!
「いいえ、我が高祖父よ! 先ほども申しし通り……あなたはこの都に仇なす大罪人! であれば我らが……しかと裁かせていただきます!」
刃笹麿は幻明に、尚も臆せず返す。
――……ふうむ。やはり逆らうか、我が玄孫よ、兄妹よ! 妖喰い使い共よ!
幻明は叫ぶ。
「ああ……行くぞ!」
「応!」
半兵衛の呼びかけに応じ。
たちまち頼庵・初姫、白布が自らの殺気を帯びし矢を数多夜行へと射掛ける。
――なるほど……分かり切りしこととはいえ、やはり逆らうとは無念の極みであるな!
幻明は声に心を滲ませつつ叫ぶ。
たちまち頼庵らの矢は、夜行に迫る。
しかし。
「くっ! 矢が全て!」
頼庵は歯軋りする。
彼らの放ちし矢は、尽く吸い込まれてしまう。
「やはり、あなた方では役不足でございます! ……白郎!」
「随子、引っこんでおれ! 私が先だ!」
随子は白郎の尾を九つ、道虚は宵闇の殺気の刃を伸ばす。
が。
――ふうむ……そなたら! 所詮はこれしきか!
「くっ……!」
「やはり……そうそう効くものではありませぬか!」
道虚・随子は歯軋りする。
二人の攻めを受けつつも、夜行は微動だにせぬ。
――そういえば、今そなたらは、誠の力を出せぬのであったな! ……よかろう!
「くっ! ……! 殺気の柱が、消えた?」
半兵衛はふと身体が軽くなり、気付く。
他の妖喰い使い皆も同じく、身体が軽くなる。
殺気の柱は消えたのである。
それと共に。
「……!? よ、頼益様!」
「……? ……!? た、隆綱! 我らは何を」
「正気に戻ったか、頼益殿ら!」
広人が駆け寄る。
頼益率いる守護軍の第一陣が、極みの傀儡の術より解かれたのである。
「我が子らよ!」
「……!? ち、父上……?」
「わ、我らは……?」
「……あ、あああ……」
道虚の呼びかけに、守護軍と同じく術より解き放たれし長門兄妹が気付く。
冥子は尚、自らを失いし有様に戻るが。
「おや? 再びの百鬼夜行が……?」
「!? な、何だあれは!」
守護軍や長門兄妹は術にかけられし間の出来事は分からず、戸惑うが。
振り向き様に夜行の姿が見え。
驚き惑う。
――ふふふ……目覚めたか皆よ! さあて……試しに我が夜行の糧となってもらおうかのう!
「何!?」
「この声は……? ……広人殿お! そもそも、彼奴は何者じゃ!」
「あ、いやそれは……いや、話している暇はないな!」
「うわっ!」
広人は夜行目がけ、殺気の剣山を生やし。
迅雷の火槍により、殺気の槍を飛ばす。
「広人! 私も!」
夏も、広人に加勢せんとばかり。
殺気にて鱏を形作り、飛ばす。
たちまち、火槍と鱏が合わさりて夜行目掛け飛んで行く。
――ふふふ……やはりこの技を使うかあ!
「くう!」
「やはり……及ばぬのか!」
夏と広人も、歯軋りする。
二人の攻めも、夜行は赤子の手も捻らんばかりに。
数多ある腕の一つの、指先にてあしらう。
――ふははは! ……やはりまだ、真の力を出し切れておらぬのか! ならば……さあ!
幻明の声と共に。
夜行は馬の前足二つを上げ、嘶くがごとき姿勢となりし後。
飛び上がる。
「くっ! あの妖……こちらに!」
「あ、兄上え!」
「くっ……おのれ!」
夜行が落ちんとしている所は。
都の第一陣が集まりし所である。
と、そこへ。
「はああ!」
「!? あ、あれは……大天狗!?」
「何!」
広人や夏を始め、皆が驚きしことに。
夜行は上にて、今にも落ちんとしし所を後ろ足を捕らえられる。
その後ろ足を捕えし者は大天狗。
前夜まで、広人・夏と鞍馬山にて相見えし天狗らの長である。
尤も、妖傀儡の札を取り出されし傷はまだ癒えておらぬはずであったが。
しかし、彼のみではなく。
「はあ!」
「この!」
「か、烏天狗ら!」
配下の烏天狗らも、夜行を宙に留めている。
先ほど、再びの百鬼夜行が夜行の元となりし折には難を逃れたようである。
――ううむ……これは厄介であるな! はははは!
「くっ……さあ早く!」
烏天狗らは夜行を抑えつつ、半兵衛らに言う。
「かたじけない……皆、逃げよ!」
広人は守護軍に呼びかける。
しかし。
「な……待て! 何やら分からぬが……あの妖が、今我らが相対すべき仇なのであろう?」
隆綱は、広人に異を唱える。
「うむ、広人殿! 我らも共に!」
「くっ……うう」
「ぐああ!」
「!? て、天狗ら!」
頼益からも異を唱えられ広人は難儀するが。
宙に止められし夜行は、百手を伸ばし天狗らを襲っている。
「頼益さんたちい! すまねえ……妖喰いを持たねえ者じゃ、こいつらには当たれねえんだ! だから」
「左様、そなたらは引っこんでおれ!」
半兵衛も頼益らを説き伏せんとするが、道虚がそこに現れる。
「うおお!」
そのまま夜行の腰より下を斬りつける。
「父上!!」
「伊末、高无! 冥子を連れて早く逃げよ!」
息子たちより声が響き、道虚は彼らに返す。
「いえ父上! 我らも」
「息子たちよ! ……今、半兵衛が言いし通り。ここには妖喰い使いしか戦には当たれぬ! ならばそなたらは……早く逃げるのみであろう?」
「ち、父上……」
伊末・高无は父の言葉に、暫し逡巡する。
詳しくは分からぬが、今父を脅かす妖を倒し父を助けたい。
しかし、こちらには。
「ああ……か、顔にも……腕にも……」
心を病みし、冥子もいる。
「……承知致しました、父上!」
「あ、兄上!」
「さあ……行くぞ!」
伊末は言うが早いか。
冥子を背負い、高无を促す。
「うむ……息子たちよ!」
「私をお忘れですか!」
「む! ……随子!」
道虚が息子や娘らを見送りつつ戦いし所に。
随子が式神・白郎を伴い夜行を攻め始める。
「私が……この者を討ち取らねば!」
「随子……そなたへの仇討ちは、またの機じゃ!」
道虚は、随子には今は矛を収めることとし。
ひとまず共に、夜行を攻める。
「く、兄者に随子! ……俺も!」
半兵衛は、夜行の下――都の第一陣へと急ぐが。
中々、早くは辿り着けぬ。
「半兵衛!」
「半兵衛様!!!」
「半兵衛小父様!」
「!? は、はざさん!」
急ぐ半兵衛の前に、背負われし壊れかけの屋形に刃笹麿・頼庵・初姫・刈吉・白布を乗せし刃白が。
「乗れ! さあ……共に行くぞ!」
「応!」
刃笹麿の呼びかけに応じ、半兵衛は刃白に乗る。
半兵衛も乗せし刃白は、走り出す。
たちまち、凄まじき速さにて朱雀大路を駆け。
羅城門の近くへと辿り着く。
再びの百鬼夜行によってか。
羅城門は少なからず、傷みし有様であった。
「守護軍の方々よ……お聞きください!」
「おお……陰陽師殿よ!」
刃白の中からの刃笹麿の呼びかけに、頼益らは応える。
「先ほども申し上げし通り! あの妖・夜行はあなた方の手には余る! ここは妖喰い使いに!」
「くう……しかし!」
刃笹麿の更なる声にも、頼益は食い下がる。
「今は生き延びて欲しい、あなた方には! ……どうか!」
「くう……」
刃笹麿は、詳しき訳も話さずに虫がよく思われることは承知ながらも、頭を下げる。
皆は立ち尽くしている。
「まずい……天狗らも兄者も随子も! あんまり保たねえぞ!」
「何!? ……くっ、早く!」
半兵衛の声に刃笹麿は、空を見る。
すると。
「ぐう! この!」
「離せ、離さぬか!」
「この!」
夜行はゆっくりとではあるが、地へと降りつつある。
邪魔立てをする天狗らを百手のうちいくらかで絡め取り、更に道虚や随子をもその手にて捕えたからである。
「皆、早く!」
「く……皆、都の外へ逃げるぞ!」
「な……よ、頼益様!」
頼益は自らも退がりつつ、兵らを都の外へ導き始める。
「隆綱ら四天王も早く兵を率い逃げよ! 早くせねば……我らは瞬く間に捻り潰されるぞ!」
「く……かしこまりました!」
隆綱は後ろ髪を引かれる思いながらも、主人たる頼益の命に従う。
第一陣は、ようやく逃げ始める。
「さあて……行くぞ皆!」
「応!!!!!」
刃笹麿は逃げる第一陣を守らんと、夜行へと向かう。
――はははは! 道虚よ……せめて、そなたには味方になってもらいたき物よ!
「くっ……誰がそなたなどに与するか!」
夜行に絡め取られつつ、幻明に言われし言葉を道虚は拒む。
――案の定、か……まあよい! ……ならば、これならどうか!
「ぐわっ!」
「ぐうっ!」
「!? 兄者、随子!」
「くっ……夜行が、高く飛んだか!」
夜行は掴みし大天狗を含む天狗ら、さらに道虚と随子も放り出し。
より高く飛ぶ。
狙いは。
「あそこは……な、長門一門か!?」
刃笹麿は目を凝らし、驚く。
夜行が飛びし方には、一足早く都を抜け出しし長門兄妹が。
「くっ……! 何を!」
道虚は地に伏しつつ、夜行を睨む。
しかし動けぬ。
――ははは……そなたが子らが危うき目に遭えば、心持ちも変わるであろうなあ異父弟よ!
「止めよ、幻明!」
道虚は叫ぶ。
しかし無情にも、夜行は長門兄妹の下へ降り立つ。
「ぐあっ!」
「兄上! 冥子!」
凄まじき勢いにより、伊末、高无、冥子は巻き上げられ地に倒れる。
彼らが使いし妖は、先ほど夜行の糧になったのである。
――お初にお目にかかるぞ……我が甥よ姪よ!
「くっ……何? 甥、姪だと?」
伊末はかろうじて起き上がり、幻明に問う。
目の前にてゆっくりと起き上がりし、夜行。
声はそこより、響いている。
――ああ、そうじゃ……私こそ、そなたらが祖母・白郎が初めて産みし子・阿江幻明! ……そなたらの叔父じゃ。
「な!?」
「な……阿江幻明!? あの陰陽師が高祖父が……我らの叔父だと!」
幻明のこの言葉に、伊末は戸惑う。
まさか。
しかし、そこへ。
「兄上!」
「ん……ん!? な!」
何と夜行は、腕の一つを振り上げる。
――すまぬのう……我が甥・伊末よ! そなたが父を抱き込むには、これしかないのだ!
「くっ……」
「兄上! ……がはあ!」
「ん……!? た、高无!」
伊末は目を瞑る。
しかし、夜行の攻めは。
彼を庇いし高无により、防がれる。
が、高无は胴を貫かれる。
「高无い!」
伊末はその悍ましき有様に、叫ぶ。




