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京都の王  作者: 宇井九衛門之丞
第2章 喰宴(水上兄弟編)
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死罪

「……では、半兵衛。此度のこと改めて、私に話してはくれぬか?」

 帝は謁見の間にて、再び半兵衛と相見える。


 時は水上兄弟による謀反より三日余り後。

 水上兄弟は牢に入り、今その処遇は話し合われているさなかである。


 帝もその心労か、いささか具合が良くないようであり、少し床に臥せる時は多くなっていた。しかし帝は、その体を押し、半兵衛と謁見している。


 全ては水上兄弟の、真意を知らんがためである。


「……何から話せばいい?」

 半兵衛は恐る恐る、帝に問う。


「決まっておろう、全てじゃ! 全て話さんか!」

 声を上げしは、帝の傍らの摂政である。


「……だよな。」

 半兵衛はため息と共に、全てを打ち明ける。


 水上兄弟の父が殺されしこと、そしてその殺せし者は紫の刃を備えし妖喰いを持ちしこと。そして兄弟は伯父より命を狙われし所を二人の男に助けられ、帝により父を殺されしことを聞かされしこと。


「……話は既に、頼庵より聞き及んでおった。しかし、今初めて聞きしは、水上の父を殺せし者が紫の妖喰いを持ちしということよ。」

 帝は驚嘆の意をにじませし声にて、半兵衛に返す。


「……ああ。しかし、俺は帝からそんな命を受けた覚えもなければ、尾張にも行ってねえ。それは皆、ご存知の通りだろ?」

 半兵衛は確かめる。


「……であれば、まさか。」

 摂政は口元に拳を当て、考え込む。


「……俺の他に、紫の妖喰いを持つ奴がいるってことだ。なあ帝、紫丸の他に紫の妖喰いって、心当たりないか?」

 半兵衛は摂政を見つめ、すぐに帝に目を移し、問う。


「……紫丸の他に、紫……?」

 帝も考え込む。が、やがて。


「⁉︎ ……まさか……しかし、あれも見ようによれば紫……」

 帝は何やら、気づきし様である。


「……やはり心当たりがあるんだな?」

 半兵衛はその様に気づき、帝に問う。


 が、帝より返りし答えは。

「……いや、知らぬ。とんと見当もつかぬ。」


「……何で、この期に及んで……?」

 半兵衛は食い下がるが。


「……半兵衛。」

 半兵衛をこう制せしは、摂政である。


 その口ぶりに、半兵衛は摂政の言わんとせしことを全て悟る。

「……また踏み込み過ぎたよ、すまない。」

 ここで踏みとどまるより他、なし。


「帝。……その他に、あの水上兄弟についてなんだが。」

 半兵衛は話を変える。


「どうか処遇を……あまり重くないものにして……」

「できぬ。」

 またも恐る恐る言葉を投げかける半兵衛に、帝は斬るかのごとく早く答える。


「既にこれほどの罪を犯しておる。かくなる上は、よくとも流罪、悪ければ……死罪であろうな。」

 帝は努めて、穏やかに話す。


「……頼むよ、帝! あいつらは騙されていただけなんだ、咎を真に負うべきは、その騙した奴らで……」

「騙されていれば、それにて罪が許されるのか?」

 半兵衛は尚も食い下がるが、帝はまたも遮る。

 その言葉にはいささか、強い語気を感ずる。


「私や皆を裏切り、傷つけしこと、殺さんとせしこと。……それらはあの二人が騙されておった、そのことのみにて許されることなのか?」

 帝は尚も続ける。その言葉を続ける度、より強き語気が込められて行く。


「帝、どうかお鎮まり下さい!」

 声を上げしは摂政である。

 話をする帝の顔を見、ただごとではないと感ぜしためである。


「……すまぬ、半兵衛。そなたに強く申せしところでどうにもならぬというのに……」

 帝ははっとし、口をつぐむ。顔色はやはり、よくないようである。


「……いや、すまない。」

 半兵衛も謝る。


「……よいか、半兵衛。此度のこと、帝お一人の御心にて決められることではないのだ。」

 摂政は半兵衛に向き直り、諭す。


「此度のことで傷つきしは多くの者たちである。その者たちに申し訳を立てるためにも、あの二人へはそれなりの咎を課さねばならぬのだ。」

 摂政の言葉に半兵衛も、項垂れる。


 謁見の間での話はこれにて終いとなり、半兵衛はそのまま立ち去る。


「半兵衛、待っておったぞ。」

 半兵衛は声に振り返る。


 そこには、既にいつもの通りと言うべきか、氏式部を装いし中宮の姿が。


「……久しぶりだな。」

 半兵衛は笑いかける。


 その様に中宮も、笑い返す。


 そのまま空部屋に移りし二人は。

「……これを、返さねばな。」

 中宮が半兵衛に寄越せしは、半兵衛より広人に、広人より中宮に託されし、あの小刀である。


「……さあ、何のことだか。」

 半兵衛はしらを切らんとするが、

「知っておるぞ、広人に託したのであろう。いざとなれば、私や帝を守らんとして。」

 中宮は逃さぬ。


「……広人から聞いたのか。」

 半兵衛は兜を脱ぎし様にて、小刀を受け取る。


「そなたが隠し事が下手なだけじゃ。」

 中宮は勝ち誇りし様にて、半兵衛に言う。


「……かもな。しかし中宮様、斬りかかろうとする侍相手に立ちはだかるなんざ、無茶するようになってきたねえ。」

 半兵衛は讃えるともからかうとも取れし言葉を投げかける。


「……そなたもむしろ、望んですらあったであろう。しかし、半兵衛。……実は話があり、参った。」

 中宮はにわかに、声の調子を変える。


「話?」

 半兵衛は中宮に返す。何やら中宮の声に、尋常でないものを感ずる。


「……私に、刀を教えてはくれぬか?」

「……」


 中宮のこの言葉には、半兵衛は言葉を失う。

 それはかつて一度は中宮よりお願いされ、断らんとせし矢先に中宮自らより断られしことであったからだ。


「……半兵衛?」

「……」

「……これ、半兵衛!」

「……」

「……この阿保兵衛!」

「……うるさいな。」

 黙りを決め込みしか、全く何も返さぬ様の半兵衛に、堪りかねし中宮が声を上げ、ようやく半兵衛より言葉が、返る。


「声は先ほどより掛けておろう! 何故蔑ろにする!」

 中宮はすっかり、怒り心頭に発せし様にて。


「……すまねえ。ただ、何故だ?前に中宮様から、その話はお断りされてただろう。」

 半兵衛は、当然の問いをぶつける。


「……そうであるな、すまぬ阿保兵衛などと……」

「いや、改めて言うなや。なんか腹が……」

 立つ、と言いかけて半兵衛は口ごもる。このままでは中宮の腹を、立たせんことになりかねぬからだ。


「……すまぬ、訳を話さねばならぬな。私は此度のことにて気づいた。私が力を欲せしことに。」

 中宮は気をとり直し、半兵衛に向き直る。


「……それなら前も聞いた。今だって中宮様を取り巻くことは、あの頃と大きくは違わないはずだ。」

 半兵衛は中宮に返す。


「うむ……しかし、私が戦わざるを得ぬこと、この後もやって来るやも知れぬ。であれば……」

 中宮が話しておるさなかであるが、半兵衛は立ち上がり、そのまま襖へと。


「半兵衛! 聞かぬか!」

 中宮もさすがに、怒りを堪えきれぬ様である。


「……ご無礼お許し願いたい、中宮様。あと、あの時戦わせる目に合わせてしまったことも謝る。……でもなあ、中宮様。此度のようなことがあったからこそ、俺はよりあんたを、巻き込みたくないと思った。」

「半兵衛……」

 詫びつつ自らの考えを語る半兵衛に、中宮はやや痛み入る。


「……だからこれからは、あんたを戦わせるようなことにはしない! それだけさ、じゃあ。」

 半兵衛はそれだけ言うや、襖を開け、立ち去る。


「……待て! ……くっ」

 中宮の声も間に合わず、襖はぴしゃりと閉まる。


「……私は弱き者だと言うのか。」

 中宮は自らただ一人になりし部屋にて、ぽつりと呟く。





「帝。……その御心、お察しいたします。」

 摂政は帝の、先ほどよりもさらに青ざめたるを見て、言葉をかける。


「……叔父上には、お話しせねばならぬな。今、この都の……否、この国全てに関わるやも知れぬ、災いについて……」

 帝は他の者の、謁見の間より出でしを見渡して確かめ、摂政に小声にて話す。


 摂政は居ずまいを正し、帝に向き直る。

「……それは、あの紫の妖喰いのことでしょうか?」




 暗き紫の光を放ちし刃を携え、男が屋敷の渡殿を歩く。

 そしてとある部屋に、入る。


 その部屋には御簾にて仕切られし、場所がある。

 そこに横たわりたるは女御――冥子である。


 男は暗き紫の刃を、振り下ろし、そのまま女御に斬りかかる――


 ことはせず。そのまま腕を下ろす。紫の刃も時同じくして手の内より、消える。紫の刃は妖喰いの、殺気が形を取りしものであった。


「冥子……我が娘よ……」

 男は横たわり動かぬ女御に、声をかける。

 男は長門道虚。この屋敷の、主人である。


「父上、入ってもよろしいでしょうか?」

 襖の向こうより、声がする。


「うむ、入るがよい。」

 道虚は襖越しに、声をかける。


 襖が開き、入りし者は。否、者たちは。

 長門道虚の息子、伊末。

 そして同じく息子にして伊末が弟、高无。


「父上、遅くなりまして申し訳ございません。」

 伊末は深々と、頭を下げる。

 高无もそれに倣い、恐る恐る頭を下げる。


「いや、私も只今参りしばかりであれば。さあ、楽にするがよい。」

 道虚は二人に、優しく声をかける。


「……父上。此度のしくじり、誠に申し開きの次第も……」

 伊末は早々に、手をつき自らの過ちを詫びる。


「はい、我らのしくじり、誠に……」

 高无も続けて、手をつく。


「何を申し開きする必要があろうか。此度のこと、そなたらのしくじりではなかろう。」

 道虚は事も無げに言う。


「はっ、ありがたきお言葉……身に余る光栄にございまする。しかし、我らは……」

 今度は伊末、高无共に答える。しかし未だ、礼は崩さぬ。


「そなたらに恥じ入る所などないと言っておろう! しくじりしはあの、……水上という兄弟である。」

 道虚は尚も二人を宥めるが、言葉の終わりのみ声の調子を、陰らせる。


「……はっ! しかしその兄弟を見出だせしは我らなれば! この落とし前、我らにてつけさせていただきたく……」

 伊末も父の言葉に恐れをなし、自ら戦いを申し出る。


「お、お願い申します!」

 高无もそれに倣い、頭を下げる。


「……うむ、いい子らじゃ。落とし前などと考えることはないが、そちらがそこまで申すのであれば……」

 道虚は満足げな笑みを浮かべる。

 そうして襖の向こうへ、声をかける。


「向麿よ、妖を支度せい!」




 内裏が襲われし時より、三月あまり後。

 この日、内裏の一角にて、水上兄弟の処遇を言い渡す予定になっておる。


 内裏の一角にて相見えるは、水上兄弟と検非違使(けんびいし)(帝直属の捜査官)である。


「……水上義常、頼庵よ。そちら、此度の帝への謀反並びに多くの衛士らを傷つけ、中宮様をも傷つけんとせしこと、誠に許しがたきことである……」

 検非違使は罪状を読み上げる。


 水上兄弟は微動だにせず。淡々と罪状のことを聞く。

 やがて内容は、処遇についてに移る。


「……これによりそなたらには、流罪を申し渡す! さよう、心得よ。」

 検非違使のこの言葉にも、水上兄弟は尚も微動だにせず。ただ淡々と聞き入り、粛々と頭を下げる。




「……流罪って、どういうことさ帝!」

 半兵衛は帝に、食ってかかる。


「……言葉の通りぞ、半兵衛。あやつらは佐渡へ流罪となる。私や内裏の者たちに刃を向けし罪にて、な。」

 帝は淡々と返す。


 内裏の渡殿のさなかにて、帝と半兵衛は立ちしまま話をする。渡殿を行く半兵衛を従者を引き連れし帝が呼び止め、水上兄弟の処遇について告げたのである。


 当然半兵衛は、納得がいかぬ。

「そんな処遇、あいつらだって承服しないだろ! 今にきっと、妖喰いの殺気を使って……」

「あやつらは今、妖喰いは使えぬ。」

 半兵衛の言葉を遮り、帝が返す。


「なっ……それはどういう……」

「……あやつらが妖喰いの力を使えるのであれば、既に使っておるとは思わぬか?」

 訝る半兵衛に、帝が返す。


「あやつらには、妖喰いの力を封じる術を施せし縄が縛りつけてある。それにてあやつらは、今はただの人じゃ。……これにて流罪も、滞りなく行えるというもの。」

 帝はまたも淡々と述べるや、そのまま立ち去らんとする。


「帝! ……すまない、この通りだ。どうか今からでも……」

 半兵衛は帝の前に立ち塞がるや。その場にて土下座し、嘆願する。


「……此度のことは、あいつらだけじゃねえ。何も知らずあいつらを帝に引き合わせちまった俺も責を負うべきだ。頼む、せめて……」

「そなたは此度、よく働いてくれた。さあ、何なりと欲しいものを申すがよい。」

 半兵衛の嘆願も、帝のこの言葉にて遮られる。


「帝! そんなのあまりにも……」

「半兵衛殿、ご無礼が過ぎますぞ!」

 土下座せし自らを避け、そのまま行かんとする帝に、半兵衛は縋り付かんとするが従者たちに止められる。


「半兵衛! ……ここまでの無礼には目を瞑ろう。さあ早く、立ち去るのだ。」

 帝は穏やかに、しかし強く半兵衛に言う。

 そして立ち去る。


「……帝。」

 半兵衛は顔を上げ、ただ見送ることしかできぬ。




「かような時に屋敷へ来い、とは……父上は果たして何を、お考えなのか?」

 牛車に揺られつつ、中宮は思い巡らせる。


 にわかに父より屋敷に来るよう命が下りしは、つい先ほどのことである。かような時に何の御用かと、やはり訝って然るべきであるが。


「父上のことである、きっと何かお考えが……」

 と、その刹那である。


 にわかに外より、悲鳴が響く。

 何事かと外を見んとする中宮であるが、さような暇もなく。


 中宮の牛車の屋根が、壊される。

「な、妖……!」

 中宮の見る先には、二つの頭を備えし異形のもの――妖が。


 妖はすかさず中宮を捕らえるや、宙に舞う。

「離せ、この無礼者!」

 中宮が抗っていると、妖の中より二つの人影が。

 二人は着物に、それぞれに翁の面を被り。


 中宮はその姿に見覚えこそないが、聞き覚えはあった。

「そなたらは、水上兄弟を……」

 誑かせし者。既に聞き及んでおった。


「……これはこれは中宮様。ご無礼な真似、お許しください。」

 翁の面の男たちより、共に言葉が返る。


「……そなたら、何を……」

 中宮が問いかけしその時。

 妖の身体が二つに裂け、中に中宮が取り込まれる。


「ち、中宮様!」

 周りで怯えるのみであった従者たちも、ようやく刃を構え直すが。


「案ずるな! 中宮様は死んではおらぬ。……さあ、行かねばな。中宮のお父上に伝えよ、姫を返して欲しくば、これより催される宴に来るように、とな!」

 左の翁の面の男が、従者たちに告げる。


「う、宴だと!」

 従者たちは騒めく。


「そうじゃ、あの罪深き水上の奴ら。あやつらの処遇が流罪とは、生温い。……だが、案ずるな! 我らがあんな大罪人どもなど、この手で死罪にしてくれようぞ!」

 右の翁の面の男が、次には告げる。


「……さよう。では、あやつらを佐渡へと流す舟の、船着場にてお見せしよう!」

 次には左の翁の面の男が告げ、そのまま二人の男と中宮を乗せし妖は素早く、泳ぐように消える。


 妖のなりは、二つ首の人魚のようであった。



「何と! それは誠か!」

 氏原の屋敷に舞い戻りし従者より事を聞きし摂政は、驚嘆する。


「私が屋敷に中宮を呼び出し……?さようなこと、私はしておらぬ! そなたらは騙されたのじゃ!」

 摂政は憤る。

 その怒りは従者たちに、半ば八つ当たりのごとく向く。


「はっ! 摂政様には申し開きの次第も……」

 従者たちも平謝りである。


「くっ……すまぬ、そなたらに言ってもどうしようもないことであるな……ひとまず行かねばならぬ、あの兄弟が佐渡へ流されんとしている、船着場へ!」

 摂政は我に返り、皆を促す。


「……そこへは、俺も行かせてもらうぜ!」

 既に屋敷に帰っておった半兵衛も、顔を出す。


「は、半兵衛! そうであるな。中宮を救って欲しい! そなたに。」

「いや、恐らく俺が着く前に……あの兄弟が、救ってくれるさ!」

 半兵衛に中宮を救うよう頼み、半兵衛に遮られし摂政は。


「な……できぬ、あの罪人共になど!」

 こう半兵衛に返す。


「いや、できるさ。……さあ、何はともあれ早く行かねえと、宴は終わっちまうぜ?」

「ううむ……」

 摂政は未だ納得のいく様ではないが、終いにはやむを得ぬと思いしか、頷く。




 翻って、船着場。

 既に引き立てられし水上兄弟は、今舟に乗せられ、漕ぎ出せしばかりであった。


「ここからは少し、長き旅となると聞く。ここより能登(現石川県)の港を経て、更に……」

 義常は弟の気を紛らわさんと思いしか、話を始める。

 しかし旅路の話は、言うだけにても気が遠くなりそうであるため、止める。


「……兄者、死ねばあの世にいる治子(はるこ)に会えるのだろうか?」

「止めよ頼庵!」

 弟の、自らの命を諦めんとするがごとき言葉に、義常は声を荒げる。


「……兄者、すまぬ。しかし、治子に会いたいというは誠である。」

 頼庵は言い、すぐに遠くを見るがごとき目になる。


「……今でも恋しいか?」

「……ああ。」

 義常の問いに、頼庵は小さいが強き声にて、答える。


 二人の間に鬱々とせし空気が漂いし、その時。

 にわかに大きなものが、空より二人の乗りし舟のすぐ近くに、落ちる。


 舟はたちまちひっくり返り。

「くっ……ぐわああ!」

 腕も縛られ身動きの取れぬ義常、頼庵、さらに船頭も。

 海に投げ出される。


 が、その刹那。

「くっ……ん?な、何を……」

 義常、頼庵は驚嘆する。

 彼らを縛りし妖喰いの力を封じる縄は斬られ、何やら肉紐のごときものに捕らえられ。


 そのまま二人のみ、舟に戻される。

 肉紐も解け、離れる。


「こ、これは……?」

 義常、頼庵が驚嘆しておると。


 水の中より、先ほど空より落ちしものが浮き上がる。

 それは二つの頭を備えし、異形の妖であった。

 と、その中より二人の男が出る。


 その姿を目に捉えし義常、頼庵は息を呑む。

 それはあの、翁の面の男たち。長門伊末、高无の兄弟である。


「そなたら……」

 義常は睨む。


「……見つけたぞ、間抜けな水上の兄弟よ!」

 翁の面の男たちは、二人を嘲る。


 海の中にて、今因縁がぶつかり合わんとしておる。

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