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京都の王  作者: 宇井九衛門之丞
最終章 京王(再びの百鬼夜行編)
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化狐

「くっ、父上! いずこに」


 伊末は父を呼び続ける。


 鬼神一派が率いし、再びの百鬼夜行。


 鬼神一派は、皆それぞれに付けし面を取り長門一門としての素顔を晒す。


 鬼神――一門が長・長門道虚。

 二人の翁面――道虚が長子・伊末と次子・高无。

 そして狐面の影の中宮――道虚が娘にして帝が女御・冥子。


 さらに半兵衛自らが明かしし、自らがかつての百鬼夜行が首魁・白郎に育てられし子であるということ。


 明かされし二つの秘事や長門一門の計略に翻弄されし都の守護軍であるが。


 それでも半兵衛が都を守らんがために戦うと改めて宣いしこともあり、再び戦を続ける。


 左様な中で道虚との壮絶なる斬り合いの後、半兵衛はこれに勝つ。


 だが、止めを刺す前に隼人を殺しし時について道虚に問い、返って来た答えにより。


 半兵衛は影の中宮が"中宮の影武者"、すなわち氏式部内侍であることに気づく。


 そうして大内裏にて、中宮を斬らんとする氏式部内侍――もとい、氏原随子。


 その刃より半兵衛は中宮を守り、また、道虚も大内裏へと駆けつけ。


 今に至る。


 話は、随子が大内裏の真上に浮かび上がりしすぐ後。


 鞍馬山にて一人戦う夏を助けるべく広人が送り込まれしこともあり戦いの激しくなる中、大天狗を彼らは救わんとしている間の出来事である。


「中宮様……行こう、ここは危ねえ!」

「う、うむ!」


 半兵衛は中宮に声をかける。


 大内裏の中。

 中宮は躊躇いつつ、半兵衛に答える。


 中宮の目の先には。

 未だ取り乱しし冥子と、倒れる道虚の姿が。


「ああ、そっか……おい、鬼神さん! いや、兄者よお! やっと死んだか?」

「……ふん、誰があれごときで!」


 半兵衛の戯れつつの呼びかけにより、道虚は起き上がる。


 未だ、宵闇の胴と草摺の隙間より血は滴るが。

 先ほどよりは多くない。


「じゃあよ、あんたらも早く逃げろ! 戦はひとまずお預けだ!」

「ふん……言われずとも!」


 半兵衛は中宮を抱え、言いつつ大内裏を出る。


「ああ……ああ……」

「……冥子、すまぬことをした。」






「ち、父上え!」

「な……あれは、中宮様か!?」


 都の守護軍第三陣、静氏一門。


 空に浮かび上がりし随子の顔が中宮と瓜二つであることに、静清栄・重栄父子は大変驚く。


 妖らを相手取る中にても手一杯であるというのに、これは如何なることなのか。


 と、その刹那である。


「清栄さん!」

「ん? ……! そ、そなたは半兵衛え!」


 にわかに声と共に、清栄らの前に現れしは。

 中宮を抱きかかえし、半兵衛であった。


「そ、そなた……我らを騙しし罪にてここで!」

「うわっ、待った!」


 清栄は半兵衛の姿を見つけるや、斬らんとする。


「(誠であれば、我らが一門のため()()に都を守るべきそなたが……!)」


 今こうなりしも、全て半兵衛のせいだ。

 清栄の心は、今や半兵衛への逆恨みに満たされていた。


 その罪、今ここにて――


「お待ちなさい、太政大臣殿!」

「!? な……ち、中宮様!?」


 しかし、半兵衛の腕より飛び出ししは。

 既に、帝と共に福原へと逃げ延びしはずの中宮であった。


「な、何故」

「左様なことはよいではありませんか!」

「まあ、そう言うことだ。……さあ、中宮様を頼む。」

「え?」

「な、半兵衛!」


 しかし呆けし間にも。

 勝手に中宮を託され、清栄は慌てる。


 中宮も勝手に静氏一門に託され、怒る。


「中宮様。あんたは早く生き延びろ! ……さあ、清栄さんよ。中宮様だ。……分かるよな? さすがに傷つけたら帝も黙ってねえことぐらい」

「ぐっ……分かっておるわ!」


 半兵衛に釘を刺され、清栄は慌てる。

 未だ頭は、こんがらがっている。


 何故ここに中宮が?

 それのみならず、何故あそこに浮かびし随子なる女と顔が似ている?


 しかし、左様な清栄を半兵衛は知ってか知らずか。


「……まあ、癪だが中宮様を口実に。隙を見て福原に逃げてくれよ、それがあんたらのお望みだろ?」

「なっ……は、半兵衛!」


 半兵衛に言い当てられ、清栄は慌てる。

 しかし、それのみではなかった。


「ぐっ!」

「な……ち、父上!」


 清栄は左頬に痛みを覚え倒れる。

 重栄が駆け寄る。


「なっ……半兵衛!」


 中宮も驚き、半兵衛を見る。

 半兵衛が右腕にて、清栄の左頬を殴ったのである。


「……いつか言ったよな。互いにやり合おうって。」

「……くっ! 半兵衛え!」


 清栄も起き上がり、半兵衛を睨みつける。

 そう、あれは京での二つ目の大乱のすぐ後のこと。


 ――……いずれ、誠にやり合うやもしれぬな、半兵衛。


 ――ああ……精々その時まで、お互い死なねえようにしようぜ。


 この時は互いに刀を抜かぬままであったが、半兵衛はここにて戦を吹っかけたのである。


「半兵衛え!」

「ああ、まあ処断はいずれ受けるが! ……今はただ、中宮様と御自らの身を守ってくださいなってな、太政大臣様よお。」

「くっ……」


 清栄は口の端より血を流しつつ歯軋りする。

 今は周りが妖だらけにて、半兵衛を処断する暇などある訳なし。


「くっ……重栄! 中宮様をそなたが馬の後ろにお乗せせよ! 皆、我らは中宮様を守り、福原まで退く!」

「……応っ!!」

「さあ、中宮様。お乗り下さい!」


 清栄は腑に落ちぬ思いながらも。

 中宮を守らねばそれこそ、自らや一門に先はないと悟り一門に命じる。


 一門の皆も躊躇いつつ、清栄の言葉に従う。


「半兵衛!」

「まあ案じなさんな、中宮様も清栄さんも! ……処断を受けに、戦が終わったら戻るからさ。」

「ふん……せいぜいくたばるはその時にせよ! 者共進めえ!」

「応!」


 別れ際の言葉を、半兵衛は中宮と清栄に掛ける。

 清栄は歯軋りしつつ返す。


「半兵衛……」


 中宮は遠ざかる半兵衛の姿に、涙を堪える。





「……ふん、異母姉上(あねうえ)のみ、惚れし女のみにても逃がそうなどと……重ね重ね私の邪魔立てばかりしてくれますわね、義兄上(あにうえ)!」


 随子は自らの斜め下に見えし中宮の姿に、怒る。

 おのれ、あの義兄め。


「式神・白郎……やっておしまいなさい!」


 随子は、自らが乗りし式神・白郎に命じる。

 たちまち白郎の尾の一つは、中宮を連れし静氏一門めがけ伸びる。


「くっ……皆、中宮様を」

「はっ!」

「くっ……半兵衛!」


 尾の先が迫りし中宮の前に、守りに入るは。

 紫丸と、いつの間にか大内裏より持ち出しし十拳剣を持つ、半兵衛である。


「半兵衛……」

「まあ……元より、あんな奴から中宮様を静氏一門が守れるたあ思っちゃいねえ! 退路は守ってやるよ!」

「……かたじけない、半兵衛!」


 重栄の馬上より、中宮は半兵衛の背へと礼を言う。


「ふん……まったく、どこまでも邪魔立てを。義兄上、私の先を悉く阻むおつもりですか?」

「ああ……悪いが、そのつもりだ!」

「ふんっ!」


 随子がまたも差し向けし白郎の尾を。

 半兵衛は言葉と共に、紫丸より殺気を、十拳剣より光の刃を伸ばし斬り払う。


「どうだい!」

「なるほど……十拳剣。古の神代よりある剣、そして神器・草薙の剣を取り込み新たなる神器となりしものですか!」

「くうっ!」


 尾を払われつつも、随子は他の尾、また同じ尾を差し向ける。


 半兵衛は尚も、紫丸と十拳剣にて防ぐ。


「半兵衛……」

「よし、退路は守られた! 皆、急げえ!」

「応!」


 これ幸いとばかり、清栄は一門を率いて馬の足を早める。


「ふふ……私を足止めしたとて、妖は未だいますのよ!」

「くっ! 随子!」


 しかし随子は、情け容赦なく次の手を仕掛ける。

 たちまち操られし妖は、静氏一門の行く手を塞がんと立ちはだかる。


「くっ、此奴らもあの女の術でか!」

「くっ、中宮様!」


 静氏一門に妖が迫りし、その時。


「はあっ!」

「ん! 皆!」

「ほう。」


 にわかに、数多の緑と黄の光の矢が雷を帯びて迫る。

 静氏一門の退路を塞ぎし妖らは、立ち所に血肉となる。


「今だ! 抜け出せ!」

「はっ!」


 静氏一門はこの機は逃さぬとばかり、都より抜け出す。


「半兵衛……必ず帰れ。」


 半兵衛の後ろ姿が遠ざかる中、中宮は振り向き半兵衛を名残惜しげに見る。





「……ふう、逃がしましたか。」

「ああ……かたじけない、皆!」

「半兵衛様!!!!」


 半兵衛の後ろに、頼庵・初姫・白布・刈吉・刃笹麿が刃白に乗り来る。


「すまねえ、俺は」

「睦み合う場ではございませんよ!」

「くっ、随子!」


 半兵衛は刃白に迫りし白郎の尾を、紫丸と十拳剣にてまたも受け止める。


「くっ、半兵衛様!」

「半兵衛小父様!」

「半兵衛様!」


 刃白より頼庵・初姫、そして白布は矢を放つ。

 再び、緑と黄の数多の矢が随子に迫る。


「ふん、かようなものなど!」


 随子は白郎の残りの尾にて、矢を払って行く。





「くっ、妖らが言うことを聞かぬようになりつつある!」

「あ、兄上え!」


 都より離れし、再びの百鬼夜行が後方の陣にて。

 都に浮かぶ随子を睨みつつも、勝手に都の第一陣を襲い始めし妖らに長門兄弟は手を焼く。


「くっ……かような時に父上がいて下されば!」


 と、その時であった。


「我が息子たちよ……そなたらが父はここじゃ!」

「おお……父上! よくぞ! ……おや!?」


 にわかに妖らの動きに、再び統率が生まれる。


 伊末らに声をかけし父の声は、彼らの乗る蛸の足の下より来る。


 そこには、新たな大章魚の足先に乗りせり上がるさなかの父・道虚が。


 しかし伊末らが、驚きしことに。

 道虚の腕の中には、抱きかかえられし冥子の姿が。


 が、何やらおかしな有様である。


「ああ……顔の傷が! 腕の傷がああ!」

「なっ……父上! 何故妹がそこに!」


 伊末・高无はその有様に驚く。

 そこには、かつて兄たちに嫌味の一つも言っていた頃の妹の面影はない。


 そこにありしは、兄らには解せぬことを喚き取り乱す妹の姿であった。


「うむ……息子たちよ、我が言葉を聞いて欲しい! ……あの都の上に浮かびし、氏原随子なる女は我が母にしてそなたらが祖母・白郎の娘である!」

「なっ……!?」


 父の言葉に、長門兄弟は我が耳を疑う。

 まさか。


 しかし、父が嘘をつくはずがない。


「そして……息子らよ、申し訳ない! この愚かなる父を斬れ……」

「!? な……ち、父上! 何を」


 が、長門兄弟は次には目を疑う。

 なんと、父は兄弟と娘を前に。


 膝と手を地につき、さらに頭をも地に擦り付けているのである。


「何をなさっているのです、父上!」

「これはこれは……ご挨拶が遅れまして申し訳ございませぬ。可愛い甥よ、姪よ。」

「!? ……随子とやらか!」


 しかし、都より声が響く。

 振り向きし長門兄弟の目の先には、大内裏の上に浮かぶ随子の姿が。


 今は、乗りし式神・白郎の尾により。

 下より来る妖喰い使いの攻めを防いでいる。


「そなたか……冥子をかような目に!」

「待て! ……叔母上よ。お初にお目にかかります。」

「……ほう?」


 しかし、伊末は。

 叔母にあたる随子に、努めて穏やかに言う。


「止めよ、伊末! 彼奴は……そなたが敬うべき相手ではない!」

「ち、父上!」


 今尚地に伏しし道虚は、伊末に叫ぶ。

 高无は振り返り、父を案ずる。


「ほほ……まあそうでしたわね。……よく聞きなさい、愚かな長門一門よ! そなたらがその愚かな姪と思いし影の中宮は、他ならぬこの私なのですよ!」

「な……何!?」


 高无も伊末も、これにはやはり耳を疑う。


「その姪――冥子とやらが心に傷を負いし間に! 私は其奴の心を全て掌握し、今まで傀儡として、影武者として仕立てていたのですよ!」

「な……おのれえ!」

「何と……」

「くっ……すまぬ我が子らよ! むざむざ私は、そなたらを……」


 随子のこの言葉に、高无は激しき怒りを露わにし。

 伊末は頭の中が悩乱し、言葉に詰まる。


 妹が、あの女の影武者?

 では、私が今までいがみ合いしは――







「な……ま、誠か半兵衛!」

「ああ……そうらしい。」


 再び都の第三陣にて。

 随子に妖喰いによる攻めを加えし刃白の中より、刃笹麿が半兵衛に問う。


 半兵衛は曖昧に答える。

 より言うならば、あの随子は中宮の影武者だったのであるが。


 そのことを知らぬ刃笹麿らに言うことでもあるまいと、今は口を噤む。


 と、その刹那であった。


「おや? ……あれは!」

「ぐっ!」

「ぐう!」


 それまで妖喰い使いの攻めを防ぐのみであった随子は、にわかに顔を明るくし。


 たちまち白郎の尾を広げ、妖喰い使いらの攻めを押し切ったかと思えば次には妖喰い使いらに尾を差し向ける。


「くっ、皆!」

「案ずるな!」

「半兵衛様、我らは大事ありませぬ!」

「半兵衛様、我らも!」

「そうか……ん!? あれは!」


 半兵衛は白郎の尾を防ぎつつ、皆に問う。

 同じく攻めを防ぐ刃白より、刃笹麿・頼庵・初姫・刈吉・白布の声が返り安堵する。


 しかし、それも束の間。


 半兵衛は義妹へと寄るかのごとく飛んで来し影を、訝る。


 その影は、無論。


「薬売り……よくぞ戻りましたわね。」


 随子は自らに寄って来し、鳥の妖に乗る向麿を見る。

 鞍馬山より、帰ったのである。


「さあ……ほなやろか!」

「ええ……我らにてやりましょう。真の百鬼夜行を!」

「ぐっ!」


 勢い付きし随子は、さらに激しく白郎の尾にて攻める。


「くっ……半兵衛、乗れ!」

「ああ!」


 刃笹麿の呼びかけに、半兵衛は刃白に飛び乗る。


「うおりゃあ!」


 乗りし半兵衛は、早々に刃白の尾より蒼き殺気の刃を伸ばし振るう。


「ふん、左様なものなど!」


 随子は白郎の全ての尾を向け、殺気の刃と鍔迫り合いとなる。


「今だ、頼庵! 初姫、白布ちゃん!」

「はっ!!!」


 半兵衛の合図により、呼びかけられし者たちは刃白より矢を放つ。


 狙うは、随子である。


 しかし。


「ふんっ!!」

「くっ!」


 放ちし矢は、向麿の乗る鳥の妖の羽ばたきにより防がれる。


「ありがとうございます、向麿よ。」

「いやいや……それがしの仕事やしな。」

「何……?」


 随子と話す向麿の声に、半兵衛は何やら聞き覚えがあったが。


「さあ……義兄上! 異母姉上より先に逝かせようとしましたが……いいでしょう、あなた様から!」

「くっ!」


 刃白の尾の刃は、たちまち白郎の尾に押される。


「半兵衛! 頼庵らよ!」

「はっ!!!」


 刃笹麿の呼びかけに、再び頼庵らは構えるが。


「そうはさせるかいな!」

「くっ!」


 その前に向麿の乗る妖が現れる。

 また、羽ばたきに――


 と、その刹那である。



「くっ! ……これは……?」

「皆よ! さあ……撃ちまくれ!」

「応!」


 にわかに空より攻めを喰らいかけつつも、何とか避けし随子が首を傾げる間に。


 空より数多の火玉が、再び迫る。


「くっ……ふん!」

「うおっと!」

「うわああ!」


 随子はやむ無く、その場を離れ。

 半兵衛との鍔迫り合いからも尾を引く。


 向麿は慌てる。


「!? 夏殿、広人!」

「何? ……戻ったか!」


 刃白より空を見上げし頼庵が気づき声を上げる。

 半兵衛もその声に空を見上げ、声を上げる。


 しかし、彼らは驚く。


「!? そ、それは!」

「ははは、半兵衛! 驚いたか!」


 広人は誇らしげに微笑む。

 夏と広人は、数多の天狗らを伴い空からやって来たのであった。


「(……ふふふ。これで、()()()()揃ったか。)」


 この有様に、心の中にてほくそ笑みし者がいることを。


 半兵衛らは未だ知らぬ。

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