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京都の王  作者: 宇井九衛門之丞
最終章 京王(再びの百鬼夜行編)
178/192

天狗

「随子……」


 半兵衛は義妹の姿を見上げる。

 それは、白く輝き神々しさすら感じさせる。


 鬼神一派が率いし、再びの百鬼夜行。


 鬼神一派は、皆それぞれに付けし面を取り長門一門としての素顔を晒す。


 鬼神――一門が長・長門道虚。

 二人の翁面――道虚が長子・伊末と次子・高无。

 そして狐面の影の中宮――道虚が娘にして帝が女御・冥子。


 さらに半兵衛自らが明かしし、自らがかつての百鬼夜行が首魁・白郎に育てられし子であるということ。


 明かされし二つの秘事や長門一門の計略に翻弄されし都の守護軍であるが。


 それでも半兵衛が都を守らんがために戦うと改めて宣いしこともあり、再び戦を続ける。


 そして今鞍馬山にて一人戦う夏を助けるべく広人が送り込まれしこともあり戦いの激しくなる中。


 道虚との壮絶なる斬り合いの後、半兵衛はこれに勝つ。


 だが、止めを刺す前に隼人を殺しし時について道虚に問い、返って来た答えにより。


 半兵衛は影の中宮の、真実に気づいたのであった。

 それは。


「さあ妖たちよ…… 長門一門など、私の目当てのためにこき使ってやりしのみのただの道化共! 私こそ、かつての百鬼夜行を率いし妖・白郎の娘にして正統なる後継、氏原随子(うじわらのずいし)! そなたらの誠の主人はこの私である!」


 氏原随子――かつての摂政・氏原道中とかつての百鬼夜行が首魁・白郎の娘であり、中宮・嫜子が影武者・氏式部内侍でもあった者。


 すなわち中宮の影武者――影の中宮である。


「なっ……あ、あれは!?」


 再びの百鬼夜行がはるか後方より都を見し長門兄弟も、この有様には目を瞠る。


 あの中宮に似し娘――氏原随子などという者が、誠の百鬼夜行の主人?


 無論、解せる訳なし。


「あ、兄上え! こ、これは」

「ええい、黙らぬか弟よ! これは……父上がいらっしゃらねば!」

「は、はい! ……し、して、父上は……?」

「くっ! この……」


 伊末は高无を宥め、父の導きを求めるが。

 父は都の中には見当たらぬ。


「そ、そういえば冥子も……?」

「くっ! あの妹め……どこに行った! かような時に……」

「く、薬売りもおりませぬ!」

「くっ……どいつもこいつも!」


 伊末は更に苛立つ。

 父がおらぬばかりか、妹も向麿も。


 果たしてどこに行っているのか。


「あ、兄上……まさか、そのどいつもこいつもとは父上に向けられし言葉では……」

「……そんな訳なかろう! まったく……この愚鈍な弟めが!」

「ひいい、も、申し訳ございません!」


 高无は、激しく怯える。









「おやおやあれは……とうとう影の中宮様が御自ら動かれたんやな。」


 遠く都の上に見えし白き光を眺め、向麿が言う。

 鞍馬山にて。


 大天狗が妖傀儡の術に抗うなどという素振りを見せ苛立ちし向麿であるが。


 都の上に影の中宮が、白郎と共に宙に浮きし様を見て。


 今こそ機であると、意気込む。


「ふふふ……さあて、大天狗! さっさとそないな妖喰い使いらはやってしもて都に攻めるんや!」


 向麿は大天狗に、再び命じる。





「ぐっ……ぐううっ!」

「!? 夏殿、来るぞ!」

「広人……ああ、そうであるな!」


 大天狗を前に。

 広人と夏は、それぞれに妖喰いの力を引き出し構える。


「な、にをしてお、る……早くや、れ……い、や……やる、な!」

「大天狗様!」


 未だ、妖傀儡の術に抗い続ける大天狗に。

 配下の烏天狗らは、憂いを向ける。


「大天狗……」

「ぐっ……あ、妖喰い使いとやら共! ……私、を……やれ!」

「!?」

「なっ……」

「何と、大天狗様あ!」


 しかし、大天狗が言いし思いもよらぬ言葉に。

 広人と夏、更には烏天狗らも驚く。


「この、ままでは……我が血は配下共にも掛かり! 配下らも妖傀儡の術にかけられてしまう……なら、ば……頼、む!」

「……しおらしいが、妖い! 左様な手口で我らを騙そうなどと」


 大天狗の言葉に、広人は罠を疑う。

 そうして、自らの紅蓮を構える。


「大天狗様は、我らが!」

「この身と命に替えてでも、お守りいたす!」

「くっ……そなたら!」


 広人の動きを見し烏天狗らは。

 大天狗らを守らんとして、前に出る。


 しかし。


「止めよ、広人!」

「!? な、夏殿……」


 天狗らに突き出されんとしし広人の、紅蓮を構えし腕は。


 夏に抑えられる。


「大天狗とやら。……そなたをその術より解き放つには、その身に宿りし妖傀儡の札を壊せばよい。そうだな?」

「……如何にも。」


 広人とは違い、刃を向けぬ夏の問いに。

 大天狗は、しおらしく頷く。


「広人。話に聞いたのだが、私が海賊の島に流れし折。阿江殿が、妖傀儡の術を探らんとして札のみを蛟から抜き出した。その後札は壊れたが……蛟は残った。そうであるな?」

「う、うむ……」


 夏は続けて、広人の方を向き。

 刃笹麿が刃白の元となりし蛟を捕えし折の話をする。


 そういえば、あれは夏がいぬ間の話であったか。

 広人は思い出す。


 確かあの時刃笹麿は、妖傀儡の術が何かとは違うと言っていたか――


「広人、ならば我らの手にて! 札のみ取り出だし、大天狗を救うぞ!」

「!? あ、ああ、夏殿……ええっ!?」


 少しばかり呆けし広人は、夏の言葉によりはたと気づき。


 そのままはずみにて肯んじかけるが。

 言葉の意を些か吟味し、慌てる。


「ま、待て夏殿! こ、此奴は妖であるぞ! 我らの任は」

「ああ、無論忘れし訳ではない! ……だがな、広人。此奴らは、進んで再びの百鬼夜行に加わらんとする者たちではない!」

「な、何?」


 しかし夏の言葉に、広人は次には首を傾げる。


「私は聞いたのだ。此奴らが、天狗らがあの鬼神一派が誘いを受けても断っていた所を!」

「なっ……何!?」


 夏は広人を諭し始める。

 そう、夏はしかとその耳で聞いたのである。


 再びの百鬼夜行が起こりし時より、幾分か前の日。


 ――お心は変わりましたかいな? 大天狗様の。


 鬼神一派のあの男――薬売りが鞍馬山の天狗らを誘う場を、夏は影より見ていた。


 ――幾度尋ねられても、我らにはそなたらに従う意などない! 帰れ。


 しかし、鬼神一派より誘われし再びの百鬼夜行への加勢を。


 天狗らは、素気無く断る。


 ――あちゃー、つれんお方々やなあ。再び、あの百鬼夜行が起こるんやで? あんたらは新しき世が来る刹那に、立ち会えるんやで?


 尚も食い下がる、薬売りであったが。


 ―― 帰れと言っておる! 帰れ、もはや二度とその醜き面を晒すな!


 烏天狗らは拒み通した。


「広人、しかし奴らは……卑しくも密かに妖傀儡の術を天狗らの棟梁・大天狗に仕込み! 今こうして天狗らを、強いて再びの百鬼夜行に加勢させようとしているのだ!」

「くっ……鬼神一派めえ!」


 夏の言葉に、広人は鬼神一派への怒りを滾らせる。


「な、何と!」

「ま、誠ですか大天狗様?」

「……う、む! 此奴らの、言う通りじゃあああ!」

「!? お、大天狗様あ!」


 烏天狗らもこれには驚き、大天狗に問う。

 にわかに大天狗が、都攻めをするよう心変わりししことには解せぬままであったのである。


 しかし、烏天狗らの問いに答えて直ぐ後。

 大天狗は先ほどよりも更に、苦しむ。


「こ、これは」

「お喋りが過ぎるんや、大天狗様や!」

「く、薬……売り!」

「な!?」


 広人・夏も訝りし間に。

 大天狗よりも更に大きい木の上より降りて来しは、薬売り・向麿である。


 面などは付けてはおらず、その醜き蛙顔を晒している。


「そ、そなた……まさか!」

「ああ、久方ぶりにお目にかかるな化け物娘……いや、ちゃんとお会いするんは初めてやったかな?」

「くっ、薬売りか!」

「な……そなたが!」


 夏が気づき、夏も広人も構える。

 此奴が、虻隈や海人らの仇か。


「ああ、お初にお目にかかるなあ……我が名は向麿や! 鬼神一派、すなわち長」

「この、醜き者め!」

「うおおっと!?」


 しかし、向麿が自らのことを語りし時。

 主人・大天狗の仇と、烏天狗らが刀にて斬りかからんとする。


「まったく……それがしも少しはお喋りしたかったんやがなあ!」

「うおおお!」

「ぐうっ! お、大天狗様!」


 が、向麿は素早く大天狗を動かし。

 烏天狗らへの、盾とする。


「くっ……向麿とやら! 卑しき手ばかり使いおって!」


 広人はその有様に、声を上げる。


「ははは、ええやないか! さあ、さっきは妖を助けるとか甘っちょろいこと抜かしとったみたいやが……あんたらの()()()! 妖を喰うもんでどうやって妖を救うや言うんや!」

「くっ……そういえば……」


 向麿は広人らを笑う。

 広人も、痛き所を突かれたとばかり考え始める。


「もはや、癪に触るが……頼む、我らが大天狗様を救ってくれ!」

「大天狗様を救わねば……承知せぬぞ!」

「くっ……」


 先ほどの向麿の煽りに加え、烏天狗らからも脅しを含む懇願をされ。


 広人は思い悩む。


「広人! あの時、妖傀儡の札のみ阿江殿が取り出ししやり方は何だったのだ? 広人!」

「な、夏殿……そうか!」


 だが広人は夏の言葉に、ふと糸口を見つけし思いである。


 そう、刃白の元となる蛟を捕らえし時。

 ひいては、妖傀儡の札のみがその蛟より取り出されし時。


 あの時は――


 ―― ……妖魔降伏、式神招来急急如律令……妖魔降伏……


「!? あ、阿江殿のまじない……そうか、陰陽術をかけられしもの……これか!」


 広人はようやく、合点する。

 ならば、あれを使えば。


「……おやおや、何も思い浮かばんのかいな! とんだ買い被りやったみたいやな……ええわ、化け物娘! その槍使いと仲良く逝けや!」


 向麿は痺れを切らし。

 大天狗を動かす。


「くっ、大天狗様!」

「くっ、このままでは!」

「……殺気、剣山!」

「!? な、何!?」


 しかし、烏天狗らは大天狗の攻めより逃げつつ。

 広人の言葉に、耳を疑う。


 広人は紅蓮の力により剣山を地より生やし。

 大天狗の攻めを防ぐ。


「あ、妖喰い使いい!」

「大天狗様を、屠らんとするかあ!」


 烏天狗らは訳が分からず、離れし所より広人を罵る。


「ほほほ……もはやお笑い種やなあ!」

「……はああ!!」

「!? な、何!?」


 この有様に向麿は更に笑うが。

 にわかに剣山を突き破り、その陰より飛び出しし広人と夏を見て驚く。


 広人と夏は、共に鞍馬山に広人が来し時の折鶴形の式神に乗っていた。


「さあ行くぞ、夏殿!」

「ああ……妖傀儡の札か!」


 広人と夏を乗せし式神は、そのまま大天狗の胴を貫かんと向かう。


 妖傀儡の札。

 広人にとりては友の、夏にとりては愛しき者たちの仇。


 いや、正しく都に仇なす仇そのものである。

 許すまじ。


「うおおお!!」

「くっ、大天狗!」

「がああ!」


 向かい来る広人らに、向麿は慌てて大天狗に命じるが。


 式神の嘴は、そのまま大天狗の胴を貫く。

 嘴の先は腹から背へと貫き、更に札を貫き取り出す。


 背を貫きし嘴の先に、札が飛び出す。

 大天狗の後ろにいる、向麿の前である。


「くっ……札をまた」

「はあああ!」

「!? なっ!」


 向麿は慌てて、札を大天狗の中に戻さんとするが。

 大天狗を飛び越え、夏が殺気の爪を生やし飛びかかる。


「はあっ!」

「ぐああ!」


 夏は向麿諸共、妖傀儡の札を切り裂く。

 たちまち札は血肉となり、蒼き殺気の色に染め上げられる。





「大天狗様、大天狗様!」

「ぐうっ……」

「お、大天狗様あ!」

「よ、よくぞ!」


 倒れし大天狗に駆け寄りし烏天狗らであるが。

 大天狗に息があることを確かめ、安堵する。


「か、かたじけない! 妖喰い使いたちよ!」


 烏天狗の一人が振り返り、広人・夏に礼を言う。


「うむ……夏殿、向麿を斬りし時には」

「ああ……手応えがなかった。」

「……くっ!」


 しかし、広人は悔しがる。

 やはり、これまでにものらりくらりとやり過ごされし薬売りか。


「!? 皆、仇はあそこじゃ!」

「! くっ……」


 その刹那烏天狗らが空を見上げ、気づく。

 空には。


「はーっ、ははは! ……いやあ、大天狗はあまり保たんかったなあ烏天狗らよ!」

「くっ……皆、もはや手抜きはいらぬ! 撃ちまくれ!」

「応!」


 鳥の妖に乗り高笑いする向麿に、烏天狗らは錫杖の先を数多向け。


 火玉を数多放つ。


「ははは! 当たらんなあ! ……さあて、それがしは都へ帰るでえ!」

「くっ、待て!」


 向麿はそのまま、火玉をやり過ごし。

 凄まじき速さにて都へと戻る。







「あれは……」


 再び、都にて。

 半兵衛は、空に浮かびし義妹の姿をまだ見上げるが。


 義妹へと寄るかのごとく飛んで来し影を、訝る。

 その影は、無論。


「薬売り……よくぞ戻りましたわね。」


 随子は自らに寄って来し、妖に乗る向麿を見る。


「さあ……ほなやろか!」

「ええ……我らにてやりましょう。真の百鬼夜行を!」

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