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京都の王  作者: 宇井九衛門之丞
最終章 京王(再びの百鬼夜行編)
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護心

「一国、半兵衛! 都を守るなどという出来もせぬことを、認められもせぬことを題目に掲げ我が母を殺しし罪! 私がその首を落とし今ここにて雪いでやろう!」

「ぐっ……うわあああ!」


 都にて。

 半兵衛と鍔迫り合いをする道虚は、その身に纏う殺気獄炎の鎧にて半兵衛を焼かんとしている。


 鬼神一派が率いし、再びの百鬼夜行。

 鞍馬山にて一人戦う夏を助けるべく広人を送り込みし矢先。


 鬼神一派は、皆それぞれに付けし面を取り長門一門としての素顔を晒す。


 鬼神――一門が長・長門道虚。

 二人の翁面――道虚が長子・伊末と次子・高无。

 そして狐面の影の中宮――道虚が娘にして帝が女御・冥子。


 そうして道虚は、半兵衛に斬りかかり。

 半兵衛の秘事たる、彼が妖の――それも、かつての百鬼夜行の棟梁たる白郎の――子であると、皆に暴き立てんとするが。


 半兵衛は自ら、そのことを明かし。

 皆がどう思おうと、都を守ると宣う。


 さらに、母を自らが手にかけしことも明かす。

 そのことに、かねてより半兵衛を母のことについて妬ましく思っていた道虚は怒り。


 半兵衛を自らの手で滅ぼさんとする。


 しかしその矢先、大内裏より十拳剣による光の刃が聳え立つ。


 それは密かに大内裏に忍び込みし中宮が、何故か目の前に現れし十拳剣を振るいしことによるものである。


 それに活気づけられし鞍馬山の広人・夏は今、天狗らを相手に戦っているが。


 半兵衛は未だ、自らの罪について考え続けていた。

 母に罪はなかった。


 春吉や吉人の村を焼きし彼らを始め村人を皆殺しにしし罪も、半兵衛は今では自らのせいと思っている。


 自らは都を攻める気もなき母を、罪もなき母を斬った。


 左様な自らが――

 と、その刹那であった。


「うおおお!!」

「皆、死してもこの都を守れ!」

「!? くっ、これは!」


 半兵衛と道虚は、にわかに周りにて響きし声に驚く。

 都の守護軍第一陣・第二陣。


 そして、第三陣・静氏一門までもが動き出したのだ。


「半兵衛殿お! 早く左様な右大臣など、鬼神など押し除けて! 早く我らに力を!」

「半兵衛殿、力を!」


 尚も都を攻めんとする妖らを迎え討ちつつ、第一陣の頼益や四天王らが騒ぐ。


「さあ半兵衛! いつまでかかっている!」

「そうですぞ半兵衛様! 我らにはあなたが要るのです!」

「半兵衛小父様、早くしませんと妖は私たちが全て食べてしまいますよ!」

「半兵衛様、それでは奥州を救ってくれしお方の名折れですぞ!」

「半兵衛様、お早く! 私の心に対する半兵衛様のお気持ちをお伝えください!」

「皆……」


 第二陣の刃笹麿や妖喰い使いら、そして刈吉・白布も式神・刃白の上にて叫ぶ。


「半兵衛え! 我らを重ね重ね裏切りし罪は思いが……今はただ、我らを助けよ! そなたを処断するは私の役じゃ! その憎き鬼神など、右大臣などにさせるな!」

「……清栄さんかい。」


 北に未だ残る妖に立ち向かいし第三陣からも、清栄の声が響く。


「ふん……そなたらあ! 何とおめでたき奴らか、分からぬか! この者はかつての百鬼夜行が棟梁に育てられし子じゃ! そなたらが人と信じ都の守りを託したというのに裏切りし者! かような者に都を尚、預ける気なのか!」


 道虚は都中に叫ぶ。

 しかし。


「裏切り者はそなたであろう!」

「そうじゃ、よくも我らを騙したな!」


 第一陣より声が返る。


「半兵衛! 左様な奴は早く倒せ! 我らには其奴だけでなく、再びの百鬼夜行もあるのだぞ!」

「そうです半兵衛様!」

「半兵衛小父様!」

「我らをお救い下さい、半兵衛様!」

「半兵衛様!」


 第二陣からも、声が返る。


「半兵衛え! その右大臣はそなたが処断せよ! そなたの処断は後でじゃ! これは太政大臣の命である!」


 第三陣からも声が返る。


 しかし、それでも。


「(くっ、誠に許されるのか……俺がこの都を守るなんざ……)」


 半兵衛は尚、思い悩む。

 が、ふと頭に母の言葉が浮かぶ。


 ――我が子らを、止めてくれ……


「(我が子()……まさか! ……そうか、そういうことか!)」


 そう、言われし時には。

 半兵衛が母の下を去り、置いて行くしかなかった妹のことしか分からなかった。


 しかし今、その言葉の意をようやく解した。

 そう、我が子()とは。


 妹ともう一人。


「……兄者よおお!」

「ぐっ……! 何だ、にわかに……ぐっ!」


 半兵衛はにわかに身体を起こし、凄まじき力にて今鍔迫り合いし道虚を跳ね飛ばす。


「……兄者! 俺は……あんたを止める!」

「ふん、そなたが兄者などと……呼ぶなああ!」

「ぐう!」


 半兵衛の呼びかけに、更に怒りを滾らせし道虚は。

 鎧の獄炎を膨れ上がらせ都を再び火の海にせんとする。


「させるか!」

「ぐっ! 小癪な!」


 半兵衛は道虚に斬りかかる。

 紫丸からは、かつて都中の殺気の獄炎を払いし白の混じりし蒼の殺気が溢れる。


 たちまちその白と蒼の殺気により、宵闇の獄炎は払われて行く。


「兄者! 俺はあんたを止めなけりゃならねえ! ……母さんに今際の際に頼まれたんだ! あんたを止めてくれってなあ!」

「……何!?」


 半兵衛と再び鍔迫り合いとなりつつ、道虚は大きく揺らぐ。


 母が頼んでいた?

 自らを止めよと?


 半兵衛に。


「……誠に、そなたは何故そうも母に拘られた!? 御自ら産んでくれし私ではなく、そなたなどに!」


 道虚は怒りを、益々滾らせて行く。


「そんなん知らねえ! でも、母さんは……恐らく子は全て気にかけていた! だから兄者、あんたも! 気にかけられていたんだ!」

「ほざけえ!」


 道虚の怒りにより強まりし殺気の獄炎は、しかし半兵衛より出る白と蒼の殺気により打ち消されて行く。


「あんたは悲しいんだな……だから、止める! 母さんを止めた時のように! この都を守るために!」


 半兵衛は改めて口にする。

 その言葉は、揺るがぬ心に裏打ちされていた。


「黙れ! 母に捨てられし私の心持ちなど……そなたごときに分かるかあ! 母を捨てしそなたが!」


 道虚は半兵衛に、尚も怒る。

 誠に、何故此奴なのか。


 母よ。


「はあ!」

「ぐっ!」


 道虚は半兵衛に組み伏せられつつも、すぐに身体を起こし半兵衛を引き剥がす。


「もはや、長々と語る時ではないな一国半兵衛……いや、半兵衛! 忌まわしき我が義弟(おとうと)よ! そなたの守心、今ここにて打ち砕く!」


 闇色の殺気の刃を構え半兵衛を睨みつつ、道虚が叫ぶ。


「ああ……打ち砕かれねえ! 兄者! 俺はあんたを止める! ……さあ、死合おうぜ!」

「ふん! ……はああ!」

「うおおお!」


 半兵衛と道虚は、斬りかかり合う。

 互いの刃は、互いに胴を捉えんとし――




「……氏式部殿、ご機嫌麗しく。……いいえ中宮様、ご機嫌麗しく!」

「!? か、影の中宮か!」


 大内裏にて。

 先ほど十拳剣を振るいし中宮は、にわかに現れし影の中宮――女御・冥子に驚く。


 にわかに影の中宮が現れしことに。

 そして、何より自らが中宮であることを知られていることに。


「男の下へ行かれるために侍女を装うとは! 国の后ともあろうお方がなんということか!」


 冥子は刃を抜き、先を中宮に向ける。

 中宮も十拳剣を構える。


「そなたとて! 女御でありながら都を脅かすなどと! ……如何に父の命だとて、許されぬ!」


 中宮も負けじと返す。

 しかし、冥子は。


「ははは! いいえ、これは父・道虚の命ではございませぬ……全ては、私自らの意のままに!」

「な……何!?」


 中宮は冥子のその言葉に、揺らぐ。

 その、刹那である。


「ふん!」

「ぐっ!」


 中宮は隙を突かれ、十拳剣を飛ばされ。

 そのまま冥子により、刃先を向けられる。


「さあ中宮様……お覚悟!」

「くっ……」


 中宮は刃を前に、震え上がる。






「ぐっ!」


 半兵衛はすれ違い様に脇腹へと刃を喰らう。

 所は、都の第二陣。


 皆が都の外側は再びの百鬼夜行を睨む間、半兵衛と道虚は終いとばかりに斬り合いをするが。


 今半兵衛は脇腹へと斬りを喰らってしまった。


「ははは! ……ぐうっ!」


 しかし、傷は道虚の方が深い。

 宵闇の胴と草摺の隙間を捉えし半兵衛の刃は、前であれば殺気により満たされ弾かれしその隙間にも入り。


 殺気を打ち払いしことにより、道虚の身を捉えていたのである。


「……かはっ!」


 倒れしは、道虚であった。

 宵闇も道虚の身体より離れ、消える。

 斬り合いを制ししは、半兵衛である。


「何故、だ……何故だ何故だ! そなたなどに……母上の力を最も受け継ぐべきであるこの私が!」


 道虚は口より血を流しつつ、叫ぶ。


「俺は……褒められたやり方じゃねえが、母さんとはひとまず折り合いをつけられた。まあ、あんたの言う通り全てじゃねえかも知れねえ。……だが、何も折り合いをつけられてねえあんたよりは、まあマシってことかな。」

「……ふん、言ってくれる……」


 道虚は蹲る。

 しかし次には、身体を投げ出す。


「! 何のつもりだ?」

「……早く止めを刺せ! もはや、戦は決した……」

「……その前に、一ついいか?」

「……何だ?」


 道虚は潔くも、止めを刺されんとする。

 宵闇を脱ぎ捨てしも、その意の現れか。


 しかし、半兵衛は道虚の眼前に紫丸の刃先を翳しつつ問い始める。


「あの日――俺が初めて帝と相見えた日だ。あん時隼人を、術で妖に変えたのはやはりあんたか?」

「……ああ、そう申したはずであるが。」


 半兵衛は確かめる。

 そう、せめて終いにと。


 仲間の妖喰い使いらの愛しき人を葬りし罪を懺悔させようとした。


 ならばと、更に問う。


「なるほど……なら、前の夜もあんたらだな?」

「……何?」

「ん? おいおい、この期に及んでお惚けか?」


 しかし、半兵衛のこの問いには。

 道虚は訝しげなる顔をする。


 これには鏡合わせのごとく半兵衛も、訝しげなる顔になる。


「前の夜だよ! 俺が初めて都に来た日だ。あの夜、俺の寝床を隼人に襲わせたのもあんたらだなって話なんだが?」

「……何だと?」

「……へ?」


 しかし、道虚の訝りは更に深まる。


 半兵衛が今話ししは、都に初めて来し日の夜のこと。

 あの日、寝床の番を広人と代わるという口実にて。


 妖傀儡の札に操れし隼人が、半兵衛の寝る部屋に入れば。


 "獲物"がすやすやと寝息を立てておる。この機を逃すまいと力を入れ、刀を振り下ろす。


「人を夢から、覚ましてんじゃねえ。」


 "獲物"が、小さいがよく通る声を上げて刀を防ぐ。


 すやすやと寝息を立てていたのみに見えた"獲物"は、既に刃を構えていた。


「くっ!」


 隼人は慌てて"獲物"――半兵衛を狙うが、半兵衛の刃が先に自らに迫る。


 刹那、紫丸は隼人……ではなく、その背後の"影"を捉える。


 小さくも嵐にも咆哮にも似た音が響く。刃の青き光に照らされ、"影"の姿が少し見えた。


 この"影"こそ、隼人を操りし妖傀儡の札であったのだ。


 この次の日、半兵衛が帝に初めて謁見しし場に隼人はにわかに現れ。


 妖傀儡の術にて鬼に変えられ、半兵衛の手によりやむ無く葬られたのであった。


 この謁見の場にて隼人を操りし者が道虚だったならば、その前夜に隼人に半兵衛を襲わせしも道虚か鬼神一派の者かと思ったのであるが。


「私は、左様な命は出しておらぬ。仮に、我が子らが勝手にやったとしても、報くらいは上げるはずじゃ。」

「な……」


 道虚は言い切る。

 半兵衛は道虚の目を見るが、嘘をついている様には見えぬ。


「な、何を」

「そもそも、妖傀儡の術――あの隼人とやらを操りし術は、術者が近くにおらねばならぬ。あの日そなたは確か、氏原の屋敷にいたのであるな? 氏原の屋敷に忍び込むなどという大事を成しておいて私に報せぬなど、考えられぬが。」

「な……」


 道虚の続けての言葉に、半兵衛は尚も思い悩む。

 しかし、半兵衛は知らぬことであるが。


 これまで妖傀儡の術が使われし妖や人の近くには、必ず術者がいたのである。


 例えば今も、夏と広人が事に当たりし鞍馬山には向麿配下の術者がいる。


 半兵衛もそれは知らぬとは言え、道虚の口振りからしてそれが嘘とは考えていない。


 ならば、誰が。


 半兵衛は、今一度氏原屋敷にいた人の内訳を思い出し始める。


 しかし、そこにてふと頭に浮かびしことが。


「……待てよ。影の、中宮……? ……そういうことか!」

「ん? 我が娘が何だと言うのだ?」


 半兵衛はようやく、合点する。

 まさか、自らを襲わせしは――


「すまねえな、右大臣さん! 止めはお預けだ!」

「何……? 待て、一国半兵衛! ……ぐっ!」


 半兵衛はにわかに、その場より走り出す。

 何ということか。


 初めより、答えは示されていたのだ――







「やはり……ここは自ら手を下すのがいいと思いましたわ、異母姉上(あねうえ)

「!? 異母姉上?」


 所は再び、大内裏にて。


 冥子は中宮を斬らんとして、中宮に思いもかけぬ言葉を放つ。


 冥子などと異母姉妹である覚えのない中宮は、驚いて影の中宮を見つめる。


 すると、にわかに冥子は倒れる。


「あ、あああ!」

「!? こ、これは……?」


 にわかに苦しみ出しし冥子を、中宮は訝る。

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