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京都の王  作者: 宇井九衛門之丞
最終章 京王(再びの百鬼夜行編)
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紫闇

「あれは……氏式部内侍、か。」


 影の中宮・冥子は大内裏を見つめて言う。

 新たな神器となりし、妖喰いに似て非なる力を持つ刃・十拳剣。


 その十拳剣より伸びる光の刃が聳え立つ所である。


 鬼神一派が率いし、再びの百鬼夜行。

 鞍馬山にて一人戦う夏を助けるべく広人を送り込みし矢先。


 鬼神一派は、皆それぞれに付けし面を取り長門一門としての素顔を晒す。


 鬼神――一門が長・長門道虚。

 二人の翁面――道虚が長子・伊末と次子・高无。

 そして狐面の影の中宮――道虚が娘にして帝が女御・冥子。


 そうして道虚は、半兵衛に斬りかかり。

 半兵衛の秘事たる、彼が妖の――それも、かつての百鬼夜行の棟梁たる白郎の――子であると、皆に暴き立てんとするが。


 半兵衛は自ら、そのことを明かし。

 皆がどう思おうと、都を守ると宣う。


 さらに、母を自らが手にかけしことも明かす。

 そのことに、かねてより半兵衛を母のことについて妬ましく思っていた道虚は怒り。


 半兵衛を自らの手で滅ぼさんとする。


 しかしその矢先、大内裏より十拳剣による光の刃が聳え立つ。


「あれは中宮の侍女では……? 何故かような所に!?」

「あの力は十拳剣? くっ、何故あの女子ごときがあの力を使えるのだ!」


 その様を見し高无、伊末は揺らぐ。

 しかし。


「兄上方……ここはお任せいたしますわ。」

「なっ……冥子! そなた私に命じるのか!」


 にわかに去らんとする妹に、伊末は怒る。


「申し訳ございませぬ……しかし、あの女とは浅からぬ縁がありましてね。」


 冥子はしおらしく、兄に言う。


「ふん……よかろう! 父上が勝たれる時に立ち会えぬかも知れぬが、精々後々にはそのことを悔しがるがよい!」

「ふふふ……ありがとうございます。」


 伊末の嫌みを含みし許しに、冥子は笑顔を返し去る。


 そうだ、あの女はこの手で葬らねばならない。

 あの女だけは、この自らの手で――





「あれは……(そうか、中宮様がいつの間にか)」

「あれは、中宮の侍女か……一国半兵衛! あれはそなたを連れに行きし者だな! 力無き女子を戦場に連れて来るなどと!」

「いや、あれは……知らねえうちについて来ちまったみてえで。」


 大内裏を見、氏式部の姿を見し半兵衛も道虚も驚く。

 今、殺気の炎を纏い燃え上がりし鎧・宵闇を纏う道虚。


 そして、紫丸を構え対峙する半兵衛。

 紫色と闇色、二つの殺気が睨み合う。


「まあよい……さあ、私が憎いだろう? ……広人とやらの友を妖に変え、水上の兄弟らの父を殺し! 更には夏とやらの懐いていた虻隈を葬らせ、野代とかいう蝦夷の男子も死なせしこの私が!」


 道虚はすぐに半兵衛に向き直る。


「! ああ……そういえばそうだったな。」


 半兵衛は道虚の言葉に、頷く。

 そう、この者は妖喰い使いらや刈吉・白布全てにとりての仇である。


 しかし。


「だけど……もう今は憎しみはいい! 今は……この都を脅かす仇として! 都を守るために俺は戦う! ……母さんと戦った時のように!」

「! ……そうか、母上もその甘い覚悟の下葬り去ったか!」


 あくまで憎しみではなく、都を守る心を説く半兵衛に。


 道虚は、更に怒りを憎しみを、滾らせる。


「ああ……母さんはあんたらに! 再びの百鬼夜行に加勢しようとしていたからな! だから、都を守るために俺は!」

「なっ……ふふふ……はははは! 一国半兵衛、どこまでもおのれはあ!」

「ぐっ!」


 半兵衛のこの言葉に、道虚は斬り込む。

 その刃の勢いは、殺気の炎も纏いしがためにこれまでの比ではない。


「ははは! 半兵衛……母上はなあ! 私の、再びの百鬼夜行への加勢の誘いを断られた! そなたによって変えられてしまいしせいでなあ!」

「なっ……!?」


 道虚のこの言葉に、半兵衛は絶句する。


 ―― 先頃、そなたと争いし者たちより誘いを受けた。……再びの百鬼夜行に、加勢してほしいとな。


 半兵衛が山にて対峙しし時の、母の言葉である。


「……ったくよ、つくづく嘘つきだな! 母さんは!」

「ぐっ……押し返すかあ!」


 半兵衛はたちまち、母への怒りにて力を増し道虚の刃を押し返す。


「くっ……あれが嘘だっただと! じゃあ俺は……何のために母さんを!」


 半兵衛は叫びつつ、道虚との鍔迫り合いを続ける。


「ああ……その通りだ! そなたは徒らに母上の命を奪いしのみよ! 憎しみは要らぬなどと、都を守るためなどという脆い言い訳を、甘い覚悟を並べ立ててなあ!」

「くっ……だ、ま、れえ!」


 半兵衛は怒りに、身を任せ始める。


「ははは、一国半兵衛よ! そもそも母上はそなたごときにやられるものではない! 大方、母上御自ら斬られたのであろう? ……そうだ、母上は元より、そなたに御自らを斬らせるおつもりだったのだ! 恐らくはそなたに御自らを超えさせ、強くせんとしてなあ!」

「くっ、ぐう……」


 道虚が再び、押し返す。

 今道虚の半兵衛への憎しみは、より増しつつある。


 白郎が半兵衛には、自らは再びの百鬼夜行に加勢すると語っていた。


 道虚には都など欲しくないと語り断っておきながら、である。


 それも、半兵衛に自らを何が何でも斬らせ、超えさせるためであったと悟る。


 何故、こうも半兵衛ばかりに与えるのか。

 何故、自らにではなくこんな者ごときが母から与えられるのか。


「何故、そなたなのだ! 私ではなく! 御自らそのお腹を痛めて産んでくれし私ではなく、血の繋がりなきそなたなどに!」

「ぐっ……ああ、そうみてえだなあ!」

「黙れええ!」

「ぐっ……うわああ!」


 半兵衛は道虚に、更に間合いを詰められ。

 道虚の纏う、凄まじき宵闇の獄炎に焼かれ始める。


「ぐっ……母、さん!」


 半兵衛は焼かれつつ、考える。


 母は、再びの百鬼夜行に加わる気など毛頭なかった。

 にも関わらず半兵衛に、加勢すると大嘘を吐きしは。


 先ほど道虚が言いし通りか。

 ならば、自らは何をしたのか。


 都を攻める気もなき母を、斬ったというのか。

 左様な自らに、都を守るなど認められるのか――


 半兵衛は、大きく揺らいでいる。





「あれは……」

「一筋の、白き光……? もしや、あれは!」

「な、何だあの光は!」

「ひいい、大天狗様あ!」


 鞍馬山にて。

 現れし天狗らが首魁・大天狗を前に広人と夏は慄くが。


 にわかに都に見えし、高き光柱を見し広人・夏は驚く。


 しかし広人は、その光があの十拳剣と気づく。

 さすがに、それを振るいし者が誰かまでは分からぬが。


「夏殿……我らも負けてはいられぬ! あれは十拳剣……あれを振るう者にはなあ!」

「……ああ、そうであるな!」


 広人と夏は、改めて向き直る。

 大天狗へと。


「ふん、鎮まれい者共! ……我らと相容れぬ物を持ちし者よ。如何にしてこの山に入り込んだ! ……まあよい。我が配下の雑魚共ごときにすら苦しみしそなたらなどに、我に敵う訳などない!」


 大天狗は大きな翼を広げ、怒りの形相にて仁王立ちする。


 その勢いは、その場にただいるのみにても激しき風を起こす程である。


「ぐう! ……夏殿、何か言われておるな?」

「うむ? 私は聞こえぬぞ、広人!」

「ふん、ほざけ!」


 大天狗は更に怒りを滾らせ、風をより激しくする。

 広人も夏も、死に物狂いにてもがく。


「ぐっ! ……殺気、剣山!」

「はあっ!」


 広人が地より殺気の槍を数多生やして風を防がんとし。


 さらに夏は、殺気を鱏の形にし滾らせて大天狗に向ける。


「ふん、ふんんっ! ……やはりこれしきか、雑魚がああ!」

「ぐっ!」

「ぐう、大天狗様あ!」


 大天狗は向けられし攻めを、左手と団扇にて撥ねつける。


 その攻め返しは、配下たる烏天狗らすら省みぬ物であった。


「ぐっ! ……夏殿、掴まれ!」

「くっ! ……すまぬ、広人!」


 激しき風に飛ばされそうになりし夏を、広人はその手を繋ぎ守らんとする。


「ふん、他の者など助けるゆとりのない癖しおって! 足手まといとなる者など、捨て置けばよいものを!」

「くっ……何だと!」


 しかし激しき風に乗り伝えられし大天狗のこの言葉に、広人は激しき怒りを覚える。


「そなた、仲間を見捨ててもよいと申すか!」

「ははは、仲間? 甘いのう……左様なことでは我に勝てぬぞ!」

「うわあああ!」

「くっ!」


 大天狗は尚も、激しき風を引き起こす。

 それは、広人・夏を更にたじろがせる。


「さあ、我が僕の烏天狗共よ! 強き妖力の火玉を自らの身体に宿し、彼奴らに突っ込んで行け!」

「!? な……は、ははあ! 大天狗様あ!」

「な……おのれ!」


 大天狗は、烏天狗らを多く贄にしてまでも広人・夏に止めを刺さんとする。


 この更に惨たらしきやり方に広人は怒る。


「そなた、仲間を!」

「ははは、言うておろう? 左様に甘い考えなど要らぬと。さあ、烏天狗共!」

「は!」


 大天狗に命じられし烏天狗らは、そのまま念じる。

 たちまち彼らの持つ錫杖の先に妖力の光が灯り、火玉ができ始める。


「……それでよいのか! 仲間を贄にしてまで勝って、そなたらは誠に嬉しいと申すのか!」

「……ぐっ、黙れ人の子よ!」

「我らはそなたらとは相容れぬ! そなたらなどに諭される覚えはない!」

「……そうか。」


 広人は未だ風に吹かれつつも、大天狗や烏天狗らを諭し続けるが。


 彼らに改める兆しは全くない。


「夏殿……すまぬな。私が助けに来ても何の助けにもならず。」

「いや、左様なことはない! 広人は助けになっている!」

「……かたじけない。」


 烏天狗らが迫るであろうさなかでも。

 広人は夏と言葉を交わす。


 そして、考える。

 どうにかこの娘だけでも、助けることが――


「さあ者共……や、れ……いや、や、る、な!」

「!? なっ……大天狗様!」

「な、にをしてお、る……早くや、れ……い、や……やる、な!」

「なっ……!?」


 しかし、烏天狗らも広人・夏も同じく驚きしことに。

 大天狗はにわかに狂い出す。


 先ほどまで広人・夏に吹きつけし激しき風もなくなり。


 大天狗は、動きが妙になる。


「……何かに、抗っているのか?」

「! そ、そうかもしや! 奴は、妖傀儡の術に抗っているのか!」


 広人と夏は合点する。





「くっ……何でや! 妖傀儡の術を超えた妖などおらん筈やのに……何で!」


 向麿は、この有様を見て激しく揺らぐ。



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