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京都の王  作者: 宇井九衛門之丞
最終章 京王(再びの百鬼夜行編)
174/192

勝手

「くっ……よもやあの女御が影の中宮とは……」


 中宮は大内裏より、長門一門が名乗りを上げる様を見て驚く。


 鬼神が宣いし通り都の北――大内裏の方より再びの百鬼夜行は攻め入らず。


 自らの言葉を違える形にて都の南――羅城門の方より攻め入る策にて悩乱されし都の守護軍であるが。


 図らずも第一陣となりし頼益とその四天王の軍勢、更には妖喰い使いらの加勢により何とか戦う。


 そこへ。


 母・白郎との因縁を決するべく都を出奔していた半兵衛が現れて加勢し、何とか再びの百鬼夜行は足止めされるが。


 時同じくして鞍馬山にて。


 天狗らが、予め施されし妖傀儡の術により、心変わりしし首魁たる大天狗の命により今鞍馬山より動かんとしていた。


 しかし夏に邪魔立てされ、今足止めを食らっている。

 だがその夏も、烏天狗らに追い詰められている。


 そのことを知りし半兵衛らは、夏を慕う広人を鞍馬山に刃白にて送り込まんとし、北側より数多現れし妖に阻まれつつも何とか送り出しし後。


 道虚が本性を現し、鬼神一派――長門一門が各々の面を取り、自らの顔を皆に晒したのである。


 そうして道虚は、半兵衛に斬りかかり。

 半兵衛の秘事たる、彼が妖の――それも、かつての百鬼夜行の棟梁たる白郎の――子であると、皆に暴き立てんとするが。


「俺の母は、かつて百鬼夜行を率いた化け狐だ!」


 半兵衛は自ら、その秘事を白日の下に晒した。


「半兵衛……そうか、自ら明かすか。」


 中宮は半兵衛のこの有様に少し驚きつつも、一方で半兵衛らしいとも思い納得する。


 既に半兵衛には、母への憎しみがない。

 もはや、あのような秘事には負けぬということであろう。


「私も、そなたの左様な様を見れたならば……ここまで来た甲斐もあったということよ。」


 さて、何故中宮が都にいるのかと言えば。


 中宮は半兵衛が母・白郎との因縁に蹴りをつけし戦を見届けし後。


 都への帰路の途にて、予め帝より告げられし逃げ場たる播磨国(現兵庫県)が福原と都との分かれ道。


 半兵衛からは帝の下へ帰るよう言われ、中宮は大人しく従い帰りし素振りを見せた。


 しかし、一夜共に過ごしたというのに素気無き半兵衛に内心不満を覚えし中宮は。


 密かに半兵衛を尾け、こうして都は大内裏に入り込んだというわけである。


「さて……ここも危うき所ではあるが。私にも、何かできることはないのか……」


 中宮が思い悩みし、その刹那であった。


「くっ! だ、内裏の外に火が……? いや、この色は何だ……暗き紫か?」


 中宮は、先ほど道虚の起こしし殺気の獄炎に驚く。








「ははははは……はーっ、はははは!」

「くっ……おいおい……」


 道虚の尚も続く、狂ったがごとき笑いに。

 半兵衛は、少しではあるが慄く。


 先ほどより、ずっとこの有様である。


「ははは……一国、半兵衛え! そなた、母上より恩恵ばかり受けていながら……その恩を仇で返さんばかりに、母上をその手に!」

「……ああ!」


 道虚は半兵衛に、憎しみの目を向ける。

 半兵衛も、道虚を睨み返す。


 しかし、それでも頭では冷ややかに考えしことが。


 母・白郎はあの一国半兵衛ごときにやられるお方ではない。


 ならば、まさか。

 御自ら、止めを刺されに?


 そのことを解しし時。

 道虚の憎しみの炎は、もはや止められぬ程に燃え上がったのである。


「もはやそなたごとき相手ではあるが出し惜しみはせぬ! この怒り……そのまま!」

「ぐうっ!」

「うわああ!」

「ぐああ!」


 都中を焼きし殺気の炎は、更に強まって行く。


「一国半兵衛……もはやそなたに守られるものなど何もない! そもそも、かつての百鬼夜行が棟梁の子たるそなたを! 都を今守りし者たちが、他の妖喰い使いらが! 認めると思うのかあ!」

「くっ……」


 道虚が更に、都に響かせしこの声は。

 たちまち都の守護軍全ての耳にも入る。


「くっ……半兵衛様……」

「半兵衛小父様……」

「半兵衛様……」

「半兵衛様……」

「半兵衛……」


 第二陣。

 刃白に乗り、宵闇の炎よりかろうじて逃れし妖喰い使いらも思い悩む。




「父上……」

「そうであるな……一国半兵衛は! 我らを裏切った! 許してはおけぬ!」


 第三陣。

 静氏一門が長・静清栄は。

 息子が一人・重栄が言葉を受け。


 半兵衛にはあくまで裏切られしことへの怒りが湧いており、それを晴さんとする。




「半兵衛殿……」


 第一陣。

 将たる泉頼益に、その配下たる四天王らも苦悩している。


「俺は……悪いが、勝手にこの都を守らせてもらう!」

「何?」


 半兵衛の声は、先ほどの道虚の言葉よろしく都に響き渡り都の守護軍に伝わる。


「まだ分からぬか……今、私の言葉を聞き! そなたを認めると言いし者が一人とていたのかあ! 皆に認められぬそなたなど……この都を守るに値せぬ!」


 道虚は半兵衛を笑い、言う。

 しかし。


「ああ……だから言ったんだよ! 俺は勝手にこの都を守る! いや、そもそもこれまでだって、勝手に都を守っていたんだ!」

「……何?」


 半兵衛は返す。

 道虚は半兵衛のその言葉に、首を傾げる。


「俺は……帝に命じられて都を守っていたんじゃねえ! いや、初めこそそうだったが……もう今は勝手に守らせてもらっている! ……悪いが皆! 俺は勝手に、この都を好いている! たとえ皆からは、嫌われていてもな!」

「なっ……」


 半兵衛の続けての言葉に、道虚は揺らぎ始める。

 都を勝手に好いている?

 勝手に守っている?


「……なるほど、よく分かった! そなたは誠の阿呆だ! 所詮、死んでも治らぬほどのなあ!」


 道虚は俯きし顔を半兵衛に向け。

 兜の鬼面を取る。


 その顔は、憎しみと怒りにて歪みさながら鬼の形相である。


「ああ、その通りさ! 俺は阿呆だ、だから! 皆が何言おうが、何思おうが知ったこっちゃねえんだよ!」


 半兵衛は鼻を鳴らし、返す。

 と、その刹那。


 たちまち紫丸より青白き殺気が広がる。

 それはさながら川の流れのごとく都中に広がり。


 宵闇の獄炎を消して行く。


「なっ……!? ぐう、おのれえ!」


 道虚はその気配を感じ取り、死に物狂いにて再び獄炎を広げんとするが。


 紫丸の殺気に押し戻され、やはり消えてしまう。


「なっ!?」

「こ、これは……」

「おお!」


 都の守護軍はこの有様に、歓喜する。



「さあ……改めて死合おうぜえ! 我が、兄者よお!」

「ふん……そなたの兄などになった覚えはない! 私をそのように呼ぶな穢らわしい!」


 半兵衛は改めて、紫丸を構え道虚と相見える。

 道虚も半兵衛へと、向き直る。


 すると。


「! その姿は」

「おお……これはよい。生意気にもあの青白き殺気が追い払いし殺気の獄炎が、我が身に集まって来ておる!」


 道虚は歓喜の声を上げる。

 その身はたちまち、闇色の炎を纏う鎧と化す。


「さあ一国半兵衛……退くならば今であるが?」

「退く? そりゃあ、つまらねえ戯れだなあ!」


 道虚は尚も煽るが。

 半兵衛は撥ね付ける。








「さあ娘っ子お! どこから屠ってくれようか?」

「くっ……」


 烏天狗らの煽りに、夏は歯軋りする。


 時は、都より広人が式神諸共撃ち出されて少し経ちし後。


 ここは鞍馬山。

 今、まさに夏は烏天狗らに追い詰められていた。

 と、そこへ。


「殺気……迅雷の火槍!」

「何? ……ぐ、ぐああ!」


 空よりにわかに響きし声に、烏天狗らが驚き見れば。

 空にて()()が爆ぜ、火を帯びし槍が烏天狗らめがけて数多飛ぶ。


 烏天狗らは退がり構えるが、時既に遅く。

 数多の火槍に捉えられる。


「なっ……そ、その声は……?」

「ゲホッ、ゲホッ! な、夏殿!」

「ひ、広人!?」


 夏が、空で爆ぜし火玉を見れば。

 中より、少々焦げつつ広人が出て来る。


「はあ、はあ……ま、待たせたな!」

「い、いや……来るとは思っていなかったのであるが。」


 夏は微笑む広人に、少し戸惑う。


「何故、ここに?」

「ああ、左様なこと……今都を襲いし鬼神一派! そやつらがこの鞍馬山より天狗を動かさんとして夏殿がそれを防いでいると知らせてな。それで、いても立ってもいられず。」

「そ、そうか……」


 夏は前より短くなりし髪を掻く。

 虻隈や海人、そして義常や毛見郷の皆の弔いのため出家をしていながらも今、広人に会ってしまった。


 その気まずさもあり、夏は目を逸らす。


「夏殿……まあ、積もる話もあるのであるが……今は! 彼奴らを倒さねばな!」

「あ……ああ!」


 広人も少し気まずげにしつつ、紅蓮の刃先を烏天狗らに向ける。


 夏も構える。

 既に先ほどの火槍にて少しは減ったとはいえ、やはり狩り尽くせはせぬ。


 たちまち煙の中より未だ数多残る、烏天狗らが出て来る。


「おのれえ、人の子めが!」

「また一匹出て来おったかあ!」


 烏天狗らは怒りに燃えている。


「夏殿! この戦が終わりし後……言いたきことがある!」

「何? 何だ?」


 仇を前に声をかけて来し広人を、夏は訝るが。


「この戦が終わりし後じゃ! 楽しみにしておれえ!」

「うむ……分かった!」


 広人のこの言葉を機とし、夏も彼も走り出す。

 そう、この戦の後。


 広人は夏へ、自らの想いを告げんとしている。


「人の子めが!」

「くっ、はあ!」

「ぐう!」

「殺気、剣山!」

「ぐああ!」


 広人は襲い来る烏天狗らを、葬り去って行く。

 想いを告げれば、夏は当惑するであろうか?


 想いし者らを失い、その弔いに出家したというのに広人の想いなど、面倒なだけであろうか?


 広人は烏天狗と戦いつつ、自らに問い続ける。

 しかし、答えは出ぬ。


「夏殿! 剣山を踏み越えよ!」

「応!」


 広人の言葉に、夏は殺気の剣山を踏み越え飛び上がる。


 そのまま、翼を広げ飛びつつ術による攻めを仕掛けし烏天狗らも殺気の爪にて葬っていく。


「……いや、もうよいか。」


 空高く上がりし夏の後ろ姿を眺め、広人は自らへの問いを止める。


 全ては、この戦が終わりし後に分かること。

 ならば、それまで戦い続けるのみ。


「おのれええ!」

「うおお!」


 広人は尚も、迫り来る烏天狗らを葬っていく。




「くう……こりゃあ、思ったよりやるなあ。」


 向麿は鞍馬の木の上よりこの様を見る。

 広人が鞍馬山に行くと聞き、これまで配下に当たらせし鞍馬の一件に直々に当たることになったのである。


 烏天狗と夏との戦に、広人が加勢し。

 少し時が経つ。


 広人の加勢により夏は勢いを増し、烏天狗らを次々と屠って行く。


「これは、お楽しみにしときたかったんやが……止むを得んかいな!」


 向麿は妖傀儡の術により意を、()()に伝える。





「よし! また一匹倒したぞ夏殿!」

「ああ、広人」

「!? 夏殿、避けよ! 殺気、剣山!」

「!?」


 広人は夏の後ろより大きな邪気を感じ。

 助けんとして、殺気の剣山を新たに生やす。


「大事ないか、夏殿!」


 広人は夏に駆け寄る。


「あ、ああ……しかし、これは……ん!? 広人、避けねば!」

「ぐっ!」


 夏は駆け寄りし広人に答えるが、先ほどの邪気が迫りし様を察し。


 広人を抱え、素早くその場を離れる。

 すんでの所にて、殺気の剣山を破りし邪気の攻めを避ける。


「広人、大事ないか!?」

「あ、ああ……すまぬな、これでは」

「よい、広人! しかし、あれは果たして」

「!? あ、あれは!」


 しかし広人と夏は殺気の剣山を突き破りし邪気の主を見て驚く。


 土煙が未だ舞い、はっきりと見えし訳ではないが。

 大きな身の丈に、尖り伸びし長き鼻。


 更に、履きし一枚刃の高下駄に。

 右手には、葉の団扇。


「なっ……これは!」

「おお……お、大天狗様あ!」


 夏・広人が恐れ慄き。

 烏天狗らも同じく恐れ慄きつつも、敬いの眼差しを向ける相手は。


「身の程を知らぬ人の子らだ……我、大天狗自ら! その身の程を教えてやらねばなあ!」

「は、ははあ!」


 しかし、そこへ。


「くっ! ま、眩しい!」

「あ、あの光柱は……まさしく、我らと相容れぬもの!」

「なっ……? !? あ、あれは……」


 にわかに鞍馬山の南――都の方より眩き光柱が立つ。

 これには大天狗、烏天狗らのみならず、広人・夏も驚く。






「あ、兄上! 我らはどうすれば……」

「くっ……ううむ……」


 所は、再びの百鬼夜行が後方。

 伊末・高无・冥子は攻めあぐぬいていた。


 先ほど、道虚が都の守護軍の色を失わせんとして叫びし、半兵衛が白郎の子であったという秘事。


 誠であれば、それにて狙い通り守護軍が揺らぎし間に。


 再びの百鬼夜行が都の守護軍を攻め切ればよいのであるが。


「くっ……半兵衛(あの男)までもが白郎の子……父上の弟とはどういうことなのだ!?」


 揺らぎしは、こちらもであり。

 攻め切るどころではなかったのである。


 更に、父・道虚が激しき怒りに任せ都を一人で悩乱させ始めたために。


 長門兄妹の入り込むべき隙間は、無くなってしまったのである。


「あ、兄上!」

「分かっておる!」

「まあ兄上方、一度落ち着かれ下さいませ」

「黙れ! そなたはよくも冷ややかにしておれるものであるな……あの半兵衛が我らの叔父だと言うのであるぞ!」


 伊末は尚も取り乱し、弟・妹に八つ当たりする。


「まあしかし……秘事を明かされたというのにあのいけしゃあしゃあとしし顔とは。……誠に罪は償われしと思うてか、一国半兵衛。」

「!? 何?」


 伊末はふと、動きを止める。

 何やら、妹が今呟きし言葉。


 それはよく聞き取れなかったが、前にも似しようなことがあったと思い至る。


 ―― そうだ、それこそそなたの負うべき罪だ。


 確か左様なことを言いしことが――


「まあ、私は今それよりも……あの大内裏の辺りに、快くなき気配を感じますわ。」

「何?」


 しかし冥子の言葉に。

 呆けていた伊末ははたと気づく。


「何? 冥子、内裏に何が?」

「さあ、私も」


 と、その刹那である。







「悪いが皆! 俺は勝手に、この都を好いている! たとえ皆からは、嫌われていてもな!」

「半兵衛……」


 所は大内裏にて。

 中宮は半兵衛の言葉に、涙を拭う。

 うむ、そうであった。


 この都に来てより、半兵衛はいつでもこの都を守って来たのである。


 今も。


「半兵衛……私も! 私も、半兵衛の! この都の……力になりたい!」


 中宮は徐に、手を上へと伸ばす。

 と、その刹那である。


「!? こ、これは!」


 にわかに宙に白き光が出て、それが剣の形になり。

 やがて十拳剣が現れる。


「十拳の、剣……何故? 今、帝がお逃げになりし福原にあるはずでは?」


 中宮はそれを手に取り、重みに耐えつつも首を傾げる。


 が、すぐに顔を上げる。


「まあよい……半兵衛に昨日今日叩き込まれし程でしかないが、刃を振るいしことがない訳ではない。さあ……私も死合うぞ、半兵衛!」


 言いつつ中宮は、都の北を睨む。

 そこには未だ残る、大章魚の足と妖たちが。


「はあ!」


 中宮は十拳剣に振り回されるようでありながらも、勢いよく振るう。


 すると――







「なっ……あれは!」


 今しがた、地より這い出る大章魚の足を葬りしもの。

 大内裏より伸びし、一筋の白き光の刃。


 これには半兵衛も、都の守護軍も。

 更には、道虚を始めとする長門一門も驚く。


「わ、私に……扱えたのか!」


 中宮はその刃――十拳剣を握る自らに、大きく目を瞠る。

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