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京都の王  作者: 宇井九衛門之丞
最終章 京王(再びの百鬼夜行編)
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鬼神

「ふははは! 見たか都の守護軍よ!」


 再びの百鬼夜行からも、伊末の声が響く。


「くっ……いつぶりかの右大臣さんが鬼神さんだと! じゃあ、まさか……」

「ふふふ、あーっははは! ようやく知ったか愚か者共!」


 半兵衛の言葉に、伊末が答える。


 見れば、都の南・羅城門の近くに。


 大章魚が足の先に並びし二人の翁面、そして影の中宮。


 揃いてその顔を隠しし面を取れば。


「くっ、そなたらは!」

「その通り! 我らは右大臣・長門道虚が子らじゃ! 私こそ父の後を継ぐに相応しき長子、伊末!」

「お、同じく道虚が子・高无!」

「帝が女御にして、道虚が娘……冥子にございます。」

「くっ、長門の一門か!」


 頼益らが自らの後ろと前を見比べて言う。

 鬼神一派とはすなわち、長門一門のことである。



 鬼神が宣いし通り都の北――大内裏の方より再びの百鬼夜行は攻め入らず。


 自らの言葉を違える形にて都の南――羅城門の方より攻め入る策にて悩乱されし都の守護軍であるが。


 図らずも第一陣となりし頼益とその四天王の軍勢、更には妖喰い使いらの加勢により何とか戦う。


 そこへ。


 母・白郎との因縁を決するべく都を出奔していた半兵衛が現れて加勢し、何とか再びの百鬼夜行は足止めされるが。


 時同じくして鞍馬山にて。


 天狗らが、予め施されし妖傀儡の術により、心変わりしし首魁たる大天狗の命により今鞍馬山より動かんとしていた。


 しかし夏に邪魔立てされ、今足止めを食らっている。

 だがその夏も、烏天狗らに追い詰められている。


 そのことを知りし半兵衛らは、夏を慕う広人を鞍馬山に刃白にて送り込まんとし、北側より数多現れし妖に阻まれつつも何とか送り出しし後。


 道虚が本性を現し、今こうして鬼神一派が自らの顔を皆に晒したのである。


「こりゃあ、おったまげたな……まさか鬼神さんが、白々しくも都を守る軍勢に紛れているなんてよ!」


 半兵衛は苦々しく言う。


「ふふ……まあ、そなたごときの虚をついた所で面白くもない。その顔も身も、私が斬り裂いてやろう!」


 言うが早いか、道虚は飛び出す。


「皆、刃白は任せた! 鬼神は俺に任せろ!」

「半兵衛様! ……はっ!」


 刃白より飛び出す際に半兵衛が言いし言葉に、頼庵が皆に代わり返事する。


「はっ!」

「ふんっ!」


 半兵衛の紫丸と、道虚の宵闇の殺気による刃がぶつかり合う。


「あの地獄道での一件振りか!」

「ふふふ……会いたかったぞ一国半兵衛!」


 道虚は半兵衛を前に笑みを浮かべる。


「へえ……ま、男に待ち焦がれられた所で嬉しかないがなあ!」


 半兵衛は嫌みを返す。


「ふん……そなたとは話したきことがあってな!」


 道虚は尚も笑みを浮かべる。


 敢えて地獄に堕ちて蘇り、母の下へ行きし時のことを思い出す。


 母・白郎に再びの百鬼夜行への加勢を求めるも、母の中には既に人共への憎しみはなく、素気無く断られる。


 かつては百鬼夜行を引き起こす程に人共への憎しみに燃えていた母が変わりしは、恐らく半兵衛のため。


 ――そなたなど、百鬼夜行でも何でも起こして半兵衛めに滅ぼされればよい!


 そして、母より言われし先ほどの言葉。

 この二つの事柄が道虚を、半兵衛への怒りへと再び掻き立てる。


「一国半兵衛! そなた……自らの母が誰なのか皆に言ったのか!」


 道虚は怒りに任せ、半兵衛に宵闇の刃を打ち込みつつ言う。


「あ? ……そっか、あんた地獄で覗き見してくれたんだっけなあ!」


 半兵衛は道虚の言葉に、刹那首を傾げつつ。

 道虚がそのことを知りし経緯を思い出すと共に、その時の怒りも思い出し。


 紫丸の刃を、自らも打ち込む。


「ふふふ……言ってやらんのか? 皆に。」

「ああ……まあどうすっかな。」

「ふふ……皆、よく聞くがいい!」


 道虚は戦場中に響き渡らんばかりに叫ぶ。

 ここにて半兵衛がかつての百鬼夜行を率いし白郎の子であると知れば、守護軍は大いに乱れるであろう。


 そうなれば――


「俺の母は、かつて百鬼夜行を率いた化け狐だ!」

「!? なっ!」

「!? え……何!」


 しかし、何と。

 道虚の言葉を遮り、半兵衛は自らそのことを明かす。


 その言葉に、都の守護軍は耳を疑う。


「な……半兵衛殿が!?」

「そ、そんな……」

「半兵衛、小父様……」

「半兵衛様……」

「半兵衛様……」


 頼益と四天王ら、そして妖喰い使いらは驚き呆ける。


「な……くっ、鬼神一派が私を騙していたことに加え……半兵衛までも!」


 清栄は驚きと共に、怒りの声を上げる。







「……あんたが言いたかったのはこれだよな? 間違えているか?」

「……くっ、一国半兵衛え!」

「あれ? 間違えていたかい?」


 しかし、最も驚きしは他ならぬ道虚であった。


「ま、いいや。今じゃなくてもどうせ言うつもりだったんだろ? あんたの口から言うよりも、俺が直に言う方が信じられ易いってもんだ。」

「くっ……おのれおのれおのれえ!」


 道虚は更に怒りを増し、半兵衛に尚も斬りかかって行く。


 何だ、このいけしゃあしゃあとした面は。

 この男は、自らの重大なる秘事を知られたということを分かっていないのか?


「何故じゃ! 何故、自ら」

「だから、それは」

「私を、どこまで愚弄するのか!」

「ぐっ!」


 道虚の斬り込みを半兵衛は受け止め切れず、一度後ろに退く。


「まあ……愚弄ならおあいこだろ? しかし……やっぱり皆騒ぐか……」

「うおお!」


 半兵衛のこの言葉に、道虚は尚も執拗に迫る。


「くう……皆、すまねえ! まあ大層驚かれてっと思うが……呆けるなら後でにしてくれ!」

「くう……黙れえ!」

「まあ、俺を仇だと思うんなら今がら空きな後ろから斬りかかってくれて構わねえが……今のこれを見てくれりゃ分かる通り、少なくとも俺は鬼神一派の回し者じゃねえから!」

「黙れと言っている!」


 尚も事も無げに続ける半兵衛に、道虚の怒りは勢いを増し斬りかかり続ける。


 何だ、この男は?

 どうなっている?


 この男は、生まれのことで苦悩していないというのか?


 ふざけるな――


「そなたあ! 自らの立場を分かっているのか、そなたの中に流れているのは……あの、人共にとりて! 忌まわしき妖の血だ! それを……解しし上なのか!」


 道虚はもはや狂乱している。


「ああ……ま、正しくは……俺は母さんの、白郎の産んでくれた子じゃねえらしい! 俺は母さんの血と肉を与えられて育った、言ってみりゃあ半人半妖擬きってえ所か!」

「な……ぐっ!」


 半兵衛のこの言葉は、道虚の怒りの火に油を注ぐ。


「ほざけ! ……ならば尚更、何故そなたなのだ! 母上御自ら産んでくださりしはずの私ではなく!」

「な……何!?」


 半兵衛は、自らに刀と共に投げかけられしこの道虚の言葉に驚く。


「じゃあ……あんたを産んだ、時の帝の女御ってえのは……」

「ああ……時の帝が女御、白面前(しらものまえ)! それが白郎――我が母の、人と交わりし頃の名だ!」

「くっ! ……なるほど……」


 また振り下ろされし刃に、半兵衛はより一層の重みを覚える。


 それは、半兵衛の中で合点が行ったからである。

 何故、この鬼神がここまで怒っているのか。


 先ほどまでそれを解せぬままであったが、漸く。


「私はしかし、帝になれなかったが故に母上に捨てられた! その後に長門一門のかつての長・穂景(ほかげ)に拾われ育てられた! しかし……私は義理の兄二人より虐げられそこにて生い立ちを聞かされた!」


 道虚は語る。

 生い立ちを聞かされ激昂し二人の兄を手にかけしこと。


 その後、長門を乗っ取るため大恩ある養父・穂景をも手にかけ景虚と名乗りしこと。


 そして、半人半妖故の長命をごまかすため景虚を死んだこととし、その息子として道虚と名乗りしことも。


「そうか……あんたは母さんの」

「黙れえ! 母上に一時の気紛れにて育てられしだけのそなたなどに! 母上を母と呼ぶ謂れはない!」

「ああ……そうだな! 母さんにも言われたよ!」


 半兵衛は道虚の刃に、紫丸を打ち込む。


「うおりゃあ!」

「ぐっ……ぐうう!」


 半兵衛の勢いに道虚が次にはやや、押される。


「一国、半兵衛え! そなたは何故、自らの生まれのことについて悩まぬ! 今そなたは皆の前にて、妖の子と自ら宣ったのだぞ! 何故、自ら!」


 道虚は再び刃と、問いをぶつける。


「そうだな……俺も恨みは抱えたよ、母さんに! 母さんを恨んで……俺のこの中に流れる妖の血を恨んだ! だけど……氏式部さんや、義常さんが教えてくれた! 恨んでも……何にもなりゃしねえって!」

「何い!」


 半兵衛も刃と問いを、しかと受け止めて堪える。

 そう、氏式部――に化けし中宮からは母への礼の心を教わり。


 そして、義常がかつて憎き叔父との戦にて教えてくれたのである。


 憎しみの、恨みの虚しさを。


「戯言を……まだ恨んでいる癖しおって! そなたが友を屠りし者だぞ!」


 道虚は尚も認めぬとばかり、半兵衛にまた斬りかかる。


「ああ、まあそうかもな!」

「何?」

「だが、そうだとしても……もう母さんはこの世にいねえ! だから……もう恨んでも仕方ねえんだ!」

「!?」

「……へ?」


 半兵衛は道虚の変わり様に、驚く。

 先ほどまで旺盛に斬る勢いを湛えていた道虚が、にわかに呆け。


 動きを止めたのである。

 これには半兵衛も、思わず動きが止まる。


「何だ……右大臣さん?」

「……今、何と言った?」

「は?」

「……今! 何と言ったあ!?」

「ぐっ! ……ぐぐ……」


 しかし道虚は、次にはにわかに動き出し。

 半兵衛は懐に入られかけし所を、すんでの所にて受け止める。


「ああ、そっか……あんたには申し訳ねえが、母さんは俺がこの手にかけた。あんたらに力を貸して、再びの百鬼夜行に加勢させねえように。」

「!? ……ふふふ……」

「な! ……何だ?」


 半兵衛は首を傾げる。

 道虚が俯き、笑いを漏らし始めたのである。


 そして、次には。


「ふふふ……ふはははは!! あーっ、はははははは!!」

「ぐっ……ぐああ!」

「うわあああ!」


 道虚の笑いは天を衝かんばかりに響き、やがてその意を受けてか纏いし宵闇より殺気の獄炎が溢れ。


 大内裏を除く都全てに、広がる。

 これには、半兵衛のみならず。


 先ほどまで呆けし頼益や四天王、妖喰い使いらも、清栄も苦しむ。


「ぐっ……くっ!」

「ははは……あーっ、はははは!」


 道虚は獄炎ゆらめく中、尚も狂いしが如く笑い続ける。

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