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京都の王  作者: 宇井九衛門之丞
最終章 京王(再びの百鬼夜行編)
172/192

大壁

「(見たか……一国半兵衛らよ!)」


 都の北を見つめし長門一門当主にして鬼神一派が長・鬼神こと道虚は目の先にある有様に歓喜し。


 母を変えてしまいし者・半兵衛への溜飲が少しは下がる心持ちである。


 母・白郎との因縁を決するべく都を出奔していた彼であったが、今は都に戻って来ていた。


 前に鬼神が宣いし通り都の北――大内裏の方より再びの百鬼夜行は攻め入らず。


 自らの言葉を違える形にて都の南――羅城門の方より攻め入る。


 それにより誠であれば第三陣となる筈であった泉頼益率いる四天王らを初めとする軍勢が第一陣として当たった。


 しかし再びの百鬼夜行を都の近くまで運び込みし大章魚の足が飛び出し都の守護軍を襲わんとする。


 そこに丁度現れし半兵衛の加勢により、何とか再びの百鬼夜行は足止めされるが。


 時同じくして鞍馬山にて。


 自らの妖術に誇りを持つが故、鬼神一派に組みすることを拒んで来し天狗らは。


 予め施されし妖傀儡の術により、心変わりしし首魁たる大天狗の命により今鞍馬山より動かんとしていた。


 しかし夏に邪魔立てされ、今足止めを食らっている。

 だがその夏も、烏天狗らに追い詰められている。


 そのことを知りし半兵衛らは、夏を慕う広人を鞍馬山に刃白にて送り込まんとするが。


 それを邪魔立てするかの如く、都と鞍馬山の間――すなわち都の北側にも。


 南側と同じく大章魚の足が、数多現れたのである。

 あたかも、大壁のごとく。

 今道虚が歓喜ししは、その景色を見てのことであった。





「くっ、都の北にまで!」


 都の守護軍第二陣にて。

 今にも広人を式神に乗せ、鞍馬山に刃白より撃ち出さんとしていた妖喰い使いらは苦々しく叫ぶ。


 今しがた都の南を襲いし妖のみならず、北にまで来るとは。


「くっ……何と!」

「し、しかし叔父上……南と異なり蛸の足のみですからまだマシでは……」

「いや、どうやら……蛸の足、のみでは許してくれぬようだ。」

「えっ……な!?」


 初姫は叔父・頼庵の言葉に今一度北を見つめ驚く。

 それは、大章魚の足先にて覆われしものが降ろされて行く様である。


 それは、数多の妖を乗せし蛟らであった。


「たく、妖共までおまけでついて来やがったか!」


 半兵衛は声を上げる。

 そして声を上げつつ、彼は考えていた。


 どうにも引っかかることがあったのである。


 ――いずれにせよこの戦は、我らの勝ち戦と元より決まっておる!


 先ほど、鬼神一派が一人・翁面の言いしことである。

 勝ち戦と元より決まっておる、とはどういうことか。


「皆、すまぬ! やはり私は夏殿を助けたい、であれば! ……どうか私を、鞍馬山まで撃ち出してはくれぬか?」

「……ああ、そうだな!」


 しかし、半兵衛は広人の言葉にはたと気づく。

 そうだ、呆けている場合などではない。


 ここは是が非にても、夏を広人に助けに行かせねば。





「(くっ……おのれえ! 我ら静氏一門は逃げる機を伺っていた所であるというのに! 何故か、何故!)」


 都の守護軍が誠であれば第一陣、今は第三陣たる静氏一門。


 その総大将たる太政大臣・静清栄は歯軋りする。


 もはや、いつ誰に聞いたかも分からぬ言葉。


 ――あなた様方は御自ら内裏を守ると帝にご進言ください。

 ――!? な、何!?


 清栄は、その言葉に、どれほど驚きしことか。

 内裏の方より都を攻めると、鬼神一派が宣う?


 何故左様なことをこの者が知っているのか。

 何より、何故自らと一門が最も前に立たねばならぬのか。


 それこそ、静氏一門が力を削がれることにはならぬのかと。


 しかし。


 ――案じなさいませぬな。……静氏一門には、何事もなく終わりますから。


 この言葉にも清栄は驚いた。

 静氏が再びの百鬼夜行の攻め入る都の北を守り、何故何事もなく終わることになるのか。


 しかし、それを問う前に。


 ――鬼神一派はその言葉を違え。都は南、羅城門の方より攻め入りますから。あなた様方は、その再びの百鬼夜行に他の者たちや妖喰い使いらを当たらせなさっている間に混乱に乗じ、一門を引き連れ逃げればいいのです。


 そう、自らと一門は逃げればよい。

 はずであったのだ。


「父上! どうかご指示を!」

「……う、うむ……重栄よ、我らも魔除の刃を持つ者! ここは都を守るため、妖に立ち向かおうぞ!」

「は、ははあ!」


 呆けし清栄は、息子・重栄の言葉にはたと気づく。


 清栄の人柄を知る者から見れば白々しくも、清栄は一門を振るい立たせる。


 無論、清栄の心中には。


「(この妖共をうまくあしらい……一門を逃さねば!)」


 清栄の心中には、都と()()する気はないとばかり。


 どう逃げるべきかという考えが、巡っていた。






「ははは! 見よ、あの静氏一門を! その気も力もない癖に見せかけとばかり、妖に抗わんとしおって!」


 静氏一門の左様な有様を、伊末は笑う。

 場は、再びの百鬼夜行が後方。


 戦場を見守りし長門一門の陣である。


「おお! これで妖喰い使いらもお終いですな!」


 高无も嬉々として語る。


「後はこれにて、父上が誠の力を出されれば……妖喰い使いらどころか都を守る軍勢はお終いですわ。」


 影の中宮も笑う。


「よし……もはや手抜きは無用である! 再びの百鬼夜行よ、元よりそなたらはこの都を喰いつくし踏みにじるためにやって来た! ならば、人共に目に物見せてやれ!」


 伊末が呼びかけるや、再びの百鬼夜行より高らかな叫びが上がる。


「さあ……行け!」


 伊末より許しを得て、飢えし妖共は勢いを増す。


「さあ父上……あなた様の望まれし世はすぐそこです!」


 伊末は翁面の下に、笑みを浮かべる。





「くう、妖共め! 図に乗りおって!」


 また、都の守護軍第二陣。

 先ほどより再びの百鬼夜行が、更に勢いを増ししことに半兵衛らは歯軋りする。


「ふふ……あははは!」

「な……は、半兵衛!?」

「半兵衛様!」


 しかし、かような中においても。

 何故か半兵衛は、にわかに笑い出す。


「こりゃあ……面白くなって来たじゃねえか!」

「な……何を言っておる! 我らは」


 生きるか死ぬかの瀬戸際なのだぞ、広人はそう言いかけるが。


「なあ、皆! 頼庵やその姪ちゃんは違うだろうが……俺たちは侍じゃねえ! だが、戦が生業だ。

 そう、俺たちは戦に生きる奴ら! 侍でもねえのに戦の道に生きるってんなら……戦にもっと燃えてもいいんじゃねえか?」

「なっ……何い!」


 広人は半兵衛の言葉に、もはや呆れを通り越しし心持ちである。


「はあ、まったく……半兵衛様の前向きさは、もはや呆れるなどという程ではございませぬな!」

「なるほど……これが半兵衛小父様なのですね。」

「おい! 頼庵も初姫殿もそれでよいのか!」


 呆れつつも半兵衛を肯じる顔の頼庵と初姫に、広人は呆れ顔を浮かべるばかりである。


「さすがは半兵衛様!」

「うむ、やはり半兵衛様は半兵衛様じゃ!」

「そ、そなたらまで……」


 白布と刈吉も半兵衛を肯じる顔にて、広人はそろそろ諦める。


「うむ、此度ばかりは半兵衛の言う通りやも知れぬな! あれらごとき妖の壁を破れぬままでは、そなたらの妖喰い使いとしての名も我らが陰陽師の名としても廃るのみじゃ! ……さあ広人よ、目に物見せてやれ!」

「うっ……左様であるな、何があっても夏殿の命には変えられぬ!」


 広人は刃笹麿の言葉に、ようやく腹を決める。

 半兵衛のごとき前向きさは自らは得られぬとは悟りつつも、やはり夏を助けたいという思いは強い。


「さあて……広人! 白布殿にて撃ち出されし後は、この刃白と他の妖は南を向く。その北より南を向く勢いを、そなたが撃ち出される勢いに加えれば少しは勢いよく突っ込めるであろう。」

「お、おお!」


 すなわち、刃白が回る勢いと広人が撃ち出される勢いを合わせればそれなりには強き勢いになるであろうという考え方である。


「しかし、やはりその勢いのみではあの大章魚共の足や妖は突っ切れぬであろう。足りぬ勢いは……そなた自らどうにかするのじゃ!」

「う、うむ……分かった!」


 刃笹麿の次なる言葉に、広人は頷きつつも。

 やはりちらりと、彼の頭を憂いがよぎる。


 自らの力で、誠にあれを突っ切れるのか――


 しかし、広人の憂いを知ってか知らずか。


「なあに、どうってことないさ! 俺だって現れた時、技で凌いだんだからさ!」

「そ、そういえば!」


 半兵衛の言葉に、広人はふと思い出す。

 そうだ、あれは確か。


 殺気、迅雷の――


「は、半兵衛! その技を」

「あん? 教えている暇なんざある訳ねえだろ! もうここまで来たら、男は度胸だ!」

「くっ……誠か!」


 広人は半兵衛に技の教授を願うが、無論左様な暇はなく。


 止むを得ず広人は、身体を都の北に向ける。


「さあ、白布殿! 一思いに」

「えい!」

「いや、遮るなあ!」


 広人は白布に頼み終わらぬ内に、撃ち出される。

 刃白の回る勢いが加わり、それなりに鋭き勢いにて飛ぶ。


「うわああ! ……くっ、しかし呆けている場ではないか!」


 広人は凄まじき風に晒されつつ、瞬く間にくねる大章魚の足が迫り腹を括る。


 そうだ、四の五の言っている暇はない。


「ふん、命知らずにも! ……大章魚共! あの妖喰い使いを式神諸共叩き落せ!」


 伊末は遠くよりこの様を見、都の北を攻めし大章魚に命じる。


「うおおお、阿呆う! 負けるものか!」


 広人は大章魚との間合いを瞬く間に詰めつつ、構える。


 こうなれば、自棄である。


「殺気、迅雷の!」

「大章魚お!」


 広人が技の名を読み上げる所を、伊末に命じられし大章魚が叩き落さんとする。


「広人お!」


 刃白にて北を攻めつつ、後ろを向き半兵衛が広人を憂う。


 しかし、広人は。


「殺気、迅雷のお! ……火槍(ひやり)!」


 技の名を、読み上げ終わる。

 時同じくして大章魚の足が。


 しかし。


「な、何い!」

「うおおお!」


 伊末が、驚きしことに。

 広人と式神を包み込むかのごとく、殺気の剣山が生え。


 それより数多の殺気の槍が、雷玉の爆ぜし勢いにて四方八方に撃ち出される。


 それらは迫りし大章魚の足のみならず、他の大章魚の足。


 更には、下の妖らをも突き刺し葬り去る。


「おお……ち、父上! 妖喰い使いらが我らを!」

「あ、ああ……しかし、他の助け方はないのかあ!」

「うわああ!」


 清栄・重栄親子は一門を襲いし再びの百鬼夜行を葬りし広人に喜びつつも。


 殺気の槍の雨は静氏一門にも降り注ぎ、大騒ぎである。


 その殺気の槍は大内裏にもいくらか、刺さる。


「うわ! ……あ、危うい……」


 その殺気の槍が大内裏の屋根を突き破りしものを、危うく躱ししは氏式部に化けし中宮である。


 半兵衛も知らぬことであるが、中宮は大内裏の中に戻っていた。






「広人お! 行けええ!」


 都の第二陣より半兵衛は、広人に叫ぶ。

 先ほどの殺気迅雷の火槍にて妖を葬り、勢いを増しし広人は、都の北へと飛んで行った。


「よし、広人!」

「広人小父様!」

「広人殿!!」

「広人!」


 この有様を刃白の屋形より見し頼庵・初姫・刈吉・白布・刃笹麿も歓喜する。


「おお……皆見よ! 都の北よりにわかに出でし妖共は、妖喰い使いらにより数多払い退けられた! 我らも進むぞ、負けてはいられぬ!」

「エイエイオー!」


 そして第二陣のみならず、第一陣が総大将・頼益も。

 この有様に活気づき、軍勢を勢いづける。






「おのれえ! ……妖喰い使いが偶々上手くいったからと図に乗りおってえ! もはや許さぬ、再びの百鬼夜行」

「ぐっ……!」

「!? こ、この意は……」


 再びの百鬼夜行が後方にて。

 勢いづきし都の守護軍を快く思わぬ伊末は、再びの百鬼夜行を出し惜しみなく動かし一息に揉み潰さんとするが。


 にわかに殺意を含みし凄まじき意が、長門兄妹に伝わり大きく彼らを揺るがせにする。


 その、力の主は、言うまでもなく。





「ぐっ!」

「なっ……初姫、大事ないか!」

「は、はい!」

「白布!」

「ぐっ! ……は、はい刈吉、ありがとうございます……」


 都の第二陣、いや守護軍全てにても。

 長門兄妹と同じく、凄まじき力が殺意と共に向けられし有様を感じる。


「くっ……な、右大臣殿!」

「くっ……何!?」


 目も開けられぬ程の頭の痛みを催すこの力の中。

 かろうじて目を開けし頼益の言葉に、半兵衛も驚き。


 片目を開けて見れば。

 それは頼益が受け持ちし第一陣と、妖喰い使いらの第二陣の間。


「な……それはまさか、殺気か!?」


 半兵衛はまたも驚く。

 それは見まごうことなき、闇色の殺気が炎のごとく変わりしものが、道虚の周りに。


「……さあて、()()()()()()!」

「ぐっ……!」


 道虚は次に、高らかに唱える。

 すると、その身の周りに。


 闇色の殺気が溢れ、大鎧の妖喰い・宵闇が目覚める。


 そのまま宵闇は分かれる。

 そして主人の目覚めを寿ぐかの如く周りに集まり。

 そのままその身を、鎧う。


「ま、まさか……」

「う、右大臣殿そなたが!」


 他の妖喰い使いらもようやく目を開いてそれを見、怯える。

 その目の先には。


「はははは! 左様、私は鬼神一派が長にして長門一門の長でもある長門道虚! ……さあ妖喰い使い共! 人共! "死合い"とやらをしようではないか!」

「くっ……」


 闇色の鎧を纏う鬼神・道虚の姿が。

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