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京都の王  作者: 宇井九衛門之丞
最終章 京王(再びの百鬼夜行編)
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乱戦

「今一度言う! 先へは進ませぬ!」


 夏は目の前にいる天狗の軍勢にも臆することなく、高らかに唱える。


 都が今、再びの百鬼夜行により襲われし中。

 主たる半兵衛を欠きしまま、妖喰い使いらは第二陣として都を守る。


 そして、前に鬼神が宣いし通り都の北――大内裏の方より再びの百鬼夜行が攻め入るならば、そこの守りを買って出る静氏一門が第一陣となる筈であった。


 しかし、鬼神一派率いる再びの百鬼夜行は。

 自らの言葉を違える形にて都の南――羅城門の方より攻め入る。


 それにより誠であれば第三陣となる筈であった泉頼益率いる四天王らを初めとする軍勢が第一陣として当たることになった。


 かくして都も悩乱されし時ではあるが、鞍馬山にて。


 自らの妖術に誇りを持つが故、鬼神一派に組みすることを拒んで来し天狗らは。


 予め施されし妖傀儡の術により、心変わりしし首魁たる大天狗の命により今鞍馬山より動かんとしていた。


「ふん! 妖喰いを持っているからと高々人の娘っ子ごときが……目にもの見せてくれるわ!」


 が、夏に邪魔立てされ今に至る。


 烏天狗らは夏を睨み、それぞれに持つ錫杖の先を夏に向ける。


「我らが妖術にて、そなたなど!」


 言うが早いか、各々の錫杖の先より黒き妖気の火玉が放たれる。


「はあ!」


 しかし、夏もまた素早く。


 たちまち右手左手共に殺気の爪を凄まじく滾らせ、大きく振るい数多の妖気の火玉を斬り伏せていく。


「なっ! おのれ!」

「怯むな! ならば、刀にて!」


 数多の烏天狗の内、いくらかは腰より刀を抜く。

 そのまま夏に、斬りかかる。


「尼の娘っ子があ!」

「この天狗様を愚弄しおってえ!」

「ふん、えい!」


 だが夏は、尚も怯まず。

 刀を持ち迫る烏天狗らを自らの方へと引きつけ、そのまま、これまた素早き身のこなしにて次々と斬り伏せていく。


 斬られし烏天狗は血肉となり、やがて蒼士の蒼き殺気に染められ消える。


「くっ! これが噂に聞きし妖喰い使いか!」

「だが怯むな! 隙を窺え!」


 烏天狗らは妖喰いの思いの外なる強さに慄く。

 しかし、それにて怖れしかなさぬ者たちではない。


 今、直に刀にて斬りかかる烏天狗らがいるとあらば、それらを夏が相手取る間に隙も出来よう。


 強かにも烏天狗らはそう考え、錫杖を揃い夏へと向ける。


 しかし。


「くっ……中々隙を見せぬな!」


 烏天狗の一人は、そう痺れを切らし言う。

 夏は隙を狙われていることを知ってか知らずか、動きを絶やさず。


 お陰で烏天狗らには、付け入る隙がない。


「くっ、娘っ子ごときに……」


 烏天狗らが口々に、愚痴を漏らししその刹那であった。


 ――(しもべ)共よ! 何を手を拱いておる!


「なっ……お、大天狗様! も、申し訳ございませぬ!」


 烏天狗らの頭に、彼らの主たる大天狗の声が響く。


「わ、我らも隙を窺っているのですが」


 ――言い訳無用! ……阿呆めらが。何をそこまで、隙など窺うことがあるのか!


「ひい! お、大天狗様!」


 大天狗の声に、烏天狗らは怯えるばかりである。

 そして大天狗は、策を授ける。


「なっ……!? お、大天狗様! そ、それは」


 ――何じゃ? 我が命には従えぬと申すか!


「ひいい! か、かしこまりました!」

「お、お許しを! 大天狗様!」


 大天狗の授けし策に驚きし烏天狗らは腰を抜かすが。

 主人たる大天狗に逆らえる訳もなく、止むを得ず策通りに事を進める。


「皆、狙え! ……射て!」

「!? な!」

「な、ま、待て我らも」

「ぐああ!」


 夏のみならず、夏を相手取りし刀振るう烏天狗らも驚きしことに。


 大天狗が授けし策とは、仲間の烏天狗らに構わず夏諸共妖気の火玉にて焼き払う策であった。


「ぐう!」


 この攻めを夏も避けんとするが避け切れず。

 そのまま少なからず傷を負い、弾き出される。


 ――がははは! さあ僕共よ、一息に潰せ!


「……は。」


 烏天狗らは攻めが成りしことに、今ひとつ素直に喜べぬままに前に出る。


「くっ……この!」


 夏は痛みに耐えつつ、立ち上がる。









「……!? な、夏殿!」

「何?」

「どうしたのですか、広人殿!」


 広人が夏の名を口走り、頼庵・白布らが訝る。

 所は都にて。


 今尚、再びの百鬼夜行は攻めの手を緩めず襲い来る。

 左様な中にあっても第一陣の頼益や四天王ら、そして第二陣の妖喰い使いらは奮戦している。


 しかし、広人は。

 にわかに頭の中に夏の声が響き驚く。


 驚きつつも、広人はこれが思い違いではないと考えていた。


 夏は今、何らかの難儀に遭い。

 助けを求めている――


「間違いない……夏殿は今助けを!」

「広人よ、何故分かる!」

「声じゃ……声が聞こえた!」


 頼庵の問いに、広人は自ら思いしことをそのまま返す。


「聞こえた、とな……ははは! そうだな、ならば間違いなかろう!」

「お……そうか!」


 が、頼庵は思いの外広人の言葉をそのまま受け止める。


「お、叔父上……?」

「夏殿の、声ですか……私は聞こえませぬ!」

「ええ……わ、私も!」


 初姫はこの様に戸惑い。

 白布と刈吉も、戸惑っている。


「妖喰い使いらよ! 第一陣に、更に助けの矢を!」

「おお……そうであった! すまぬ阿江殿!」


 しかし刃笹麿が、彼ら妖喰い使いらを戦場へと引き戻す。


 たちまち頼庵・初姫・白布は、光と雷纏いし矢を第一陣の向こうへと放つ。


「……結界変陣、攻魔! 急急如律令!」


 刃笹麿をはじめとする陰陽師らも、引き続きまじないを唱える。


 たちまち形を変えし結界が、妖喰いの矢や黄金丸の矢を包み。


 そのまま守護軍の第一陣を越え、妖を攻める。

 そのまま結界は広がり。


 第一陣を包みつつ妖喰いの矢を解き放つ。


「があああ!」

「進めえ! 妖共を押し返せ!」

「応!」


 その攻めに幾度となく守られ。

 第一陣たる頼益や四天王らは、前へ前へと進んで行く。


「……して、広人! 夏殿は何と?」


 頼庵は初姫・白布と共に次の矢を番えつつ、広人に尋ねる。


「分からぬ……しかし。穏やかならぬ有様であったことは確かだ!」

「……そうか。」


 頼庵は考える。

 まさか鞍馬山で、何らかの災いが起きているのであろうか?


 しかし、考える間にも。


「妖喰い使いらよ! 今一度第一陣を助けよ!」

「! ……承知した!」

「はい、阿江殿!」

「はい!」


 頼庵・初姫・白布は刃笹麿に促されるまま、矢を放つ。






「くう……こうも次から次へと! やはりこちらが手を抜いてやればつけ上がるか……」


 再びの百鬼夜行、後方にて。

 戦場を睨みし伊末は、妖らに恐れをなさず、どころか突き進んで行く都を守る軍に怒りを強める。


「鞍馬山の天狗共はまだか!」

「ほほほ……それが。鞍馬山に向かわせたそれがしの配下の報が、面白いことになっとるでえ。」

「何?」


 天狗らの合流を急く伊末であるが、向麿のこの言葉に首を傾げる。


「鞍馬山に、出家したあの妖喰い使いの娘っ子がおってなあ。その娘っ子がたった一人で天狗共を足止めしとるって話や!」

「な、何!?」

「何と!」

「まあ。」


 これには長門兄妹が、揃い驚く。


「あ、兄上! どういたしましょう」

「……許さぬ。」

「え?」

「……許さぬ! どいつもこいつもつけ上がりおって!」


 伊末は怒りが頂点に達する。

 たちまちその身より凄まじき妖気が、噴き出す。


「ひいい! あ、兄上!」

「あらあら。」


 兄のこの有様に、高无は怯え冥子はただ見ている。


「こうなれば……未だ鞍馬山の天狗共は着かぬ有様ではあるが、()()を呼べ!」

「ええ? ()()を? いいんかいな、あれは」

「よい! ……やはり奴らには、身の程というものを教えてやらねばな!」


 伊末は頑なに、押し通さんとする。


「し、しかし兄上! あの都を守る軍の中には父上が」

「はは、ええやありませんか! そん位で死ぬんやったら、そん位に過ぎんお方ということで!」

「く、薬売り! 相も変わらず」


 兄を止めんとする高无に、向麿は心なく言葉を投げかける。


「よい、高无よ! 父上はかようなことではやられなさらぬ! さあ……薬売り!」

「ひ、ひいい!」


 しかし伊末も、高无を説き伏せ向麿に命じる。


「ほほほ! さあでは……現れるんや、大章魚(おおだこ)!」


 向麿は高らかに命じる。

 その刹那。


 凄まじき地揺れが起きる。






「なっ!」

「こ、これは!」


 都を守る軍の陣にて。

 地揺れは無論、こちらにも伝わっている。


「た、隆綱様!」

「うむ……止むを得ぬ! ひとまず今は退け」

「あー!? あ、あれは!」

「な、あれは!?」


 再びの百鬼夜行に最前にて当たりし隆綱率いる兵らは、隆綱の命により一度退かんとするが。


 にわかに目の前に現れしものに、目を瞠る。

 それは――




「た、蛸の足!?」


 第二陣の妖喰い使いらも、第一陣の前に現れしものに目を瞠る。


 それは――都を守る軍の者たちが預かり知るところではないが――都に再びの百鬼夜行を運びしもの。


 前夜のうちに地を掘り進み、足の先に包みし妖らを山へと運びしあの足である。


 かつて瀬戸内の海にて妖喰い使いらが相対しし、頗る大きな妖・赤鱏。


 それほどではないが、大きな足より思い浮かべられる身体全てはやはりそれなりには大きいであろう妖・大章魚。


 その足が地より多く這い出し。

 くねっている。


「はははは! 愚かな者共よ、よく聞け! この百鬼夜行による我らの勝ちは元より決まりしもの! しかし一息に潰してはつまらぬと思いそなたらに華を持たせてやりしものをそなたら、つけ上がりおって! もはや潰してくれる……一息に!」

「この声……翁面か!」


 頼庵らはにわかに響き渡りしこの声が、翁面の男・伊末であると気づく。


「くっ、第一陣都まで退け! 陰陽師ら、結界封魔! 急急如律令!」

「はっ! 結界封魔! 急急如律令!」


 この有様に刃笹麿は陰陽師らに命じ、まじないを唱え第一陣の前に結界を張る。


 無論、あの蛸足を結界で防ぎ切れるとは思えぬが。

 せめてもの足掻きである。


「(ふふふ、よくぞやった息子よ! さあ……かような結界など、我が手にて)」


 都の第一陣・第二陣の間にいし道虚は、この有様に今こそと勇む。


 今こそ、この都の守護軍を――




「(ううむ……そろそろ潮時か。早く一門を率いて)」


 都の守護軍最後方、静氏一門。

 清栄はこの混乱に乗じ、逃げ始めんとする。



 かくして、各々に企みを成就させんとしし時であった。






「殺気……迅雷の小筒!」

「なっ……この声は!?」


 にわかに響き渡りし声に、妖喰い使いらは皆耳を疑う。


 そして、皆が見る中。

 空より数多の、蒼き殺気の刃が雷を纏い降り注ぐ。


 それらは再びの百鬼夜行最前の妖を一息に数多屠り、また、今にも都の守護軍に振り下ろされんとしし大章魚の足にも数多刺さり足止めし。


 たちまち妖の血の紅さと混じり合い紫に染まっていく。


「よう皆……すまねえ! 遅くなった!」

「ああ……誠になあ!」


 にわかに現れしは、他ならぬ半兵衛であった。

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