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京都の王  作者: 宇井九衛門之丞
第2章 喰宴(水上兄弟編)
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再起

「この、狼藉者めが!」

 衛士らは叫ぶ。


「幾度も言わせるな! 我らが目当ては半兵衛と、帝! 我らは奴らを斬るまで!」

 頼庵は叫び返す。


 内裏の外では義常と、半兵衛の激しき戦が繰り広げられし間、内裏の中では如何なる戦がありしかー


 時は未だ、半兵衛と義常が戦い初めし時に戻る。

 帝を押さえし頼庵は、周りの衛士に自らに近づかぬよう、厳命する。


「おのれえ!」

 衛士らは堪らず、斬りかかる。


「ふん、愚かな奴らよ!」

 頼庵は手にせし小刀より殺気の刃を伸ばし、振り払う。


「く、くそ!」

 斬りかかりし衛士らはすんでの所で躱すが、やはり頼庵には、近づけぬ。


「ははは、言うておろう! そなたらが近づけば斬ると!」

 頼庵は振り払いし刀の位置をそのままに、僅かに気を緩める。

 と、刹那。


「隙ありである!」

 刃を振り払いし方とは逆より、刃が迫る。


「⁉︎ ……くっ」

 頼庵はどうにか刃を素早く構え直し防ぐが、迫りし者は頼庵より帝を引き離し、そのまま畳み掛ける。


「頼庵お!」

「⁉︎ 広人殿!」

 迫りし者は、広人であった。


「何故邪魔立てする!」

「決まっておろう! 何を考えておる、帝に刃など!」

 広人は頼庵に刃を払われながらも、尚も食らいつくがごとく刃にて畳み掛ける。


「兄上も悲しむであろう!」

「何を言う、決まっておろう! 兄者も志しは同じ! 我らは帝と半兵衛の命を頂きに参ったと申した! それを忘れたか!」

「な……」

 広人は拙き刀技ながら尚も諦めぬ姿にて頼庵に食らいつくが、僅かな揺らぎを見せしことで押しのけられる。


「よし!」

「……帝にはもはや指の一つとて触れさせぬ!」

 しかし押しのけられて尚、広人は頼庵の刃に食らいつく。頼庵は再びその刃を受け止める。


「……さようであるな、そなたにとって()()、なるほど殺められたくなきお方であろう。しかし、半兵衛ならば如何に⁉︎ 」

「……くっ……!」

 頼庵の言葉に、広人はまたも揺らぐ。頼庵は隙ありとばかり、続けて広人に刃を畳み掛ける。広人は何とか防ぎきるが、このままでは守るばかりである。


「……しかし、何故帝がそのような!」

「妖喰いを集めんとして、我が父に拒まれしが故と! 二人の男が教えてくれたのだ!」

「二人の男……?」

 広人が問いかけるや、頼庵は尚も攻めの手を強めつつ、語る。


 父より、兄とともに幼き日より手ほどきを受けしこと。父は自らの、最も敬愛せし人であったこと。しかしその父も、何者かに殺されしこと。自らも兄共々殺されそうになりし所を、二人の男に助けられしこと。


「そして言いがかりにより家を乗っ取りし伯父により、再び兄者共々殺されんとせし所を、またもあの二人の男に助けられた。その時に聞いたのだ。父の仇が誰であるかなあ!」

 頼庵はその言葉と共に、これまでにも強めし攻めの手をより強め。広人は振り回される。

 周りの衛士たちも、ただ右往左往するのみ。


「先ほどの妖も、その男たちより受けし物か! おそらくそなたらはそやつらに担がれておる、目を覚ませ!」

 広人はそれでも、持ちたる力の全てを持ちて防ぎきる。


「ふん、我らを救いし者たちが我らを騙すなどと! 目を覚ませはそなたらじゃ! その帝と半兵衛は恐ろしき人殺しである! 皆目を覚ませ!」

 頼庵は広人の言葉に聞く耳持たず、さらに広人に、周りの者たちに訴えかける。


「ならばその、そなたらの父上を殺せし者も、二人の男と同じ手の内の者よ! そやつらで示し合わせ、そなたらを!」

「黙れ! 帝はともかくも、何故あの男を庇う! あの男はそなたが友を、切り捨てし者なのだぞ!」

 再びの広人の言葉にも、頼庵はやはり聞く耳持たず。ばかりか、広人を責める。


「……そうであるな、あやつは我が友を……そしてあの男を私は今尚憎んでおる! それは誠よ!」

「ならば」

「……しかし! 私はそれよりも私が憎い! あの時友を守りきれずに終わりし私が! そして力さえあれば成せるなどと自ら抜かしておきながら、できずじまいである私も!」

 広人は頼庵の言葉を否まぬながらも、自らの心を明かす。


「くっ! 刀が……」

 頼庵が押される。心なしか広人の刃には、先ほどとは比べ物にならぬ程の力が。


「……私は半兵衛も、自らも死んでも許せぬやも知れぬ! だがそれでも! 二度と目の前にて斬られんとしている人を、見捨てるはできぬ!」

 尚も、広人は自らの心と共に力を出す。


 頼庵はますます、押されるばかりである。

 と、そこへ。


「頼庵、聞こえるか?」

 妖喰いの殺気を通じ、兄の声が。


「兄者! すまぬ、未だ帝を前に手をこまねいておる! だがすぐにでも仕留めて」

「頼庵! 私はもう半兵衛殿に敗れた。……我らが父を殺せしは半兵衛殿でも、ましてや帝でもない。他の者じゃ!」

「な、何と……くっ!」

 兄と共に戦う心である頼庵は、兄の言葉に愕然とする。その僅かに緩みし隙を突き、広人の刃が襲い来る。


「頼庵! もはや我らに戦う訳などない! 早く刃を捨て、降伏せよ! でなければ」

「兄者! 兄者も騙されておる。所詮はその男が語りしのみ、何も証がないではないか!」

 頼庵はもはや兄の言葉にも、耳を貸さぬ。


「否、言葉ばかりではない! 私は半兵衛殿の心を知ったのだ、心空しによって! であれば頼庵、そなたも私も、もはや戦う訳はなしじゃ!」

 止まらぬ弟に、兄は尚も訴える。


「兄者……しかし、やはりその男は騙しておる! あの父上を殺せし程の者であるぞ、心空しすら欺く術があるのだろう!」

 頼庵はやはり聞かぬ。もはや振り上げかけし拳を、そのまま殴りつけんとする他なくなりしといった所か。


「……頼庵! 私には細かな所までは分からぬが、兄上は止めんとしてくれているのであろう。ならば、もはや!」

「黙れと言っておろう! 隙ありであるぞ!」

 頼庵に広人も尚、声をかけるがやはり聞く耳持たず。


 その隙を突き頼庵は、広人の刃を強く振り払う。

「くっ……!」

 広人はよろめき、大きく退く。


「まだまだ!」

 が、すぐに頼庵に再び食らいつく。


「ふん、ここまでくると忌々しいぞ、四葉広人! 私の仇討ちの行く手を阻むというのか!」

 頼庵は再び、大きく刃を振り払う。


「分からぬ者だな、そなたも! もはや、刃ではそなたに分からせるはできぬのかも知れぬ!」

 広人は迫る頼庵の刃に尚も食らいつき、そして次には。


「うおお!」

 自らの刃ごと頼庵の刃を、飛ばす。


「な、何と!」

 頼庵は大きく揺らぐ。


「何を呆けておる! ここからが真の戦じゃ!」

 広人は丸腰となりし頼庵の胸ぐらを掴み、頼庵を押し倒し馬乗りとなる。


「な、何を……」

 頼庵は揺らぐ。広人は左腕にて頼庵の胸ぐらを掴みしまま、右の拳を振り上げ、次には勢いよく振り下ろす。


「ぐっ!」

 広人は頼庵を、殴りつける。


「頼庵お!」

 広人は尚も頼庵を、殴り、再び殴り。


「そなたのかような姿は、見とうなかった! 見損なったぞ!」

 広人は拳と共に、怒りを頼庵にぶつける。


「……ふん、そなたの目に私はどう映りしかは知らぬが、全ては我らが大願のために! 行く手を阻む者は!」

 頼庵は叫ぶや、自らに馬乗りになりし広人に蹴りを入れる。


「くっ!」

 広人は勢いよく、後ろへと飛ばされし。


「……この手にて退けるのみよ!」

 頼庵は起き上がる。


「……み、皆の者! 今こそ隙ありである!」

 周りを固めし、衛士らが叫ぶ。

 そのまま、頼庵に斬りかからんとするが。


「……来い! 我らが弓・翡翠よ!」

 頼庵は叫ぶや、上を見上げ、右腕を上げる。


 刹那、頼庵より緑の光が放たれる。その眩さ故に、衛士らは動きを止め目を瞑る。


「くっ……私も!」

 広人は飛ばされ倒れ込みながらも、咄嗟に帝と中宮の前まで行き、頼庵と同じく腕を上げ。


「来い、妖喰い!」

 広人は叫ぶ。刹那、白き光が放たれる。


 が、広人はすぐにおかしき様を感ずる。

「……くっ! これは……」

 感ずる。力が大きく、削がれる様を。


「なるほど……これが妖喰いに払うべきツケか!」

 広人は少しずつではあるが、弱りつつある。


「ふん、広人殿……何も知らずに力を使うとは少々無茶が過ぎるというもの。」

 頼庵は既に、手に弓を持っておる。


「……何の、これしき!」

 広人は苦しみながらも、妖喰いの槍・紅蓮を手元に呼び出し終わる。


「口は減らぬか……しかしそのフラつきたる体で、果たしてどれほどできようか!」

 頼庵は弓を構える。


「中宮様、帝……私が。」

 広人は後ろの中宮、帝に言う。


「私に何かありし時は……これを。」

 広人は小刀を、中宮へ差し出す。それは半兵衛より託されし、あの小刀であった。


「……話は、済みしか!」

 頼庵は弓を緑に光らせ、弦を琴のごとく奏で殺気の矢を取り出だす。


「ええい、今こそ!」

 頼庵の殺気の光に怯んでおった衛士たちも、一挙に動き出す。


「近づくな!」

 頼庵は光る弓を力強く振るう。殺気が輪を描き、広がり。衛士たちをなぎ倒す。


「ぐっ……があああ!」

 衛士たちはどうと倒れる。


「言っておろう、近づけば斬ると!」

 頼庵は再び弓を振るい、衛士たちを遠ざける。




「頼庵、頼庵! ……くっ、繋がりを断たれしか……」

 義常は唸る。


 内裏の外にて。

 半兵衛は義常を見つめる。

 義常は縄にて縛られたるが、弟に戦を止めるよう頼んでいた。


 しかしその様を見る限り、弟を止めることは能わなかったようである。

 さらに先ほど、義常の近くに転がりし弓は消えた。これはー

「弓を持ち出すとは……我が弟よ、お前という奴は……」

 義常は俯き、その心を吐き出すかのごとく呟く。


 が、次の刹那には顔を上げ。

「……こうしてはおれぬ。弟を止めるは兄である私の……」

 義常は立ち上がる。


 が、後ろより半兵衛は紫丸を抜き、その刃を向ける。

「待てよ! ……あんたは罪人の身、それは忘れんな。今のあんたを内裏の中に行かせる訳にはいかねえし、俺もお目付けとして側を離れる訳にはいかねえ。」

 半兵衛は義常に、そう告げる。


「……分かっておる。しかし、行かせてはくれぬか! 私は落とし前をつけねばならぬ! 弟を止められるのは、もはや……」

 義常は言いつつ、やはり無茶な願いと悟りしか、その場に座り込む。


「……案ずるな、弟を止められる奴なら居るぜ、しかも、……二人も。」

「二人?」

 半兵衛が義常を宥め、義常が首を傾げる。半兵衛は義常に、笑いかける。




「……さあ、妖喰いの使い手として、妖喰いをもって戦をしようぞ!」

 頼庵は弓を、刀のごとく構える。

 弓に緑の殺気が、炎のごとく滾る。


「……望む所よ!」

 広人も槍を構える。

 こちらに迸る白き殺気もまた、炎のごとし。

 が、やはりその足はふらつく。


「ふん、広人殿! やはりそなたでは敵わぬぞ!」

 頼庵は弓にて、迫る。


「何を!」

 広人は槍にて、頼庵を突く。

 しかし。


「甘い、広人殿!」

 頼庵は向けられし槍を振り払い、広人に迫り。

 その体を弓にて、打つ。


「……くっ!」

 広人は倒れる。傷は深くはないが、痛みにより動けぬ。


「ふん、所詮はここまでよ!」

 頼庵はそのまま、帝に迫る。次には弓により強く力を込め、振り下ろしー


「待て、頼庵とやら!」

「な、何!」

 が、その弓はすかさず、帝の前に立ちはだかりし者ー中宮により、その刃にて受け止められる。刃は先ほどの、広人が託せし小刀である。


「ち、中宮……」

 帝も驚嘆の意を、禁じ得ぬ。


「……帝、お下がりください! ここは私が!」

 言うや中宮は、刃にて受け止めし弓を、力強く振り払う。


「⁉︎ くっ……私の弓を!」

 頼庵も驚嘆する。


「中宮様もお下がりください! ここは我らに!」

 周りにまだ僅かに残りし衛士たちも、頼庵に迫らんとするが。


「そなたらは来るな! ……頼庵よ、私は中宮嫜子。私を退けずして、帝を討つなど出来ぬと思え!」

 中宮は、声を上げる。


「中宮様が……⁉︎ ……しかし先ほども言いし通り、我らの邪魔立てをするならば射抜くのみよ……!」

 頼庵は僅かに揺らぎつつ、弓を構え。

 先ほど取り出せし殺気の矢をつがえ、弦ごと引き。

 弓を引き絞る。


「さあ、これを終いの一矢としようぞ!」

「来い!」

 中宮は退かぬ。それが中宮の、戦なれば。


「ち、中宮……様……」

 動けぬながらも広人は、目を見開き、中宮を見つめる。


「行くぞ!」

 頼庵は引き絞りし弓の弦より指を、放す。

 殺気の矢は風を切る勢いにて飛び出し、そのまま中宮を貫かんと迫る。


「……中宮、様あああ!」

 広人は声にならぬ叫びを上げる。

「届け、届け。中宮様に届けー」


 中宮は自らに放たれし矢を、真っ正面より睨み。

 迎えうたんとする。


「私は、退かぬー」

 と、刹那。


 中宮の刃より殺気の刃が、伸びる。

「は、半兵衛!」

 中宮は叫ぶ。半兵衛が、殺気をー


 しかし、その殺気は白い。

 そう、広人の殺気である。


「な、何!」

 頼庵はまたも驚嘆する。


 殺気の刃により頼庵の矢は切り払われ、刃はそのまま、頼庵に迫る。


「くっ……ぐはあ!」

 頼庵は刃を躱すが、躱しきれず。

 そのまま脇腹に、刃を食らい倒れる。


「い、今じゃ! 討ち取れ!」

 衛士たちは一斉に頼庵に斬りかかる。


「止めよ! 捕らえるのみにし、断じて殺すな!」

 声を上げしは、帝である。


「み、帝! しかし……」

 衛士たちは躊躇うが、帝に背く訳には行かず。


 そのまま頼庵を、引っ捕らえる。



「兄上、奴らしくじりしようです。」

 この戦いを遠くより見守りし高无は、言葉と共に肩を落とす。


「ふむ、所詮は口ほどにもない奴らであったということよ。……しかし、奴らがしくじったとなれば、奴らを見出せし我らがしくじったということにもなる。」

「……はっ。」

 伊末は頭を抱える。憂うは父よりこの後受けるであろう、咎めである。





「頼庵、頼庵!」

 兄の声が聞こえる。殺気の繋がりを絶ったはずであるのに。


「兄、者……?」

 頼庵は目を覚ます。見渡せば、そこは牢の中であった。


「命が助かっただけ、ありがたいと思わねばならぬな。」

 兄の姿も見える。


「……我らは、負けたのであるな。」

 頼庵は悟る。


「……処遇は今、話し合われておる。じき分かるであろう。」

 兄はどこか、遠くを見るようであった。

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