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京都の王  作者: 宇井九衛門之丞
最終章 京王(再びの百鬼夜行編)
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再禍

「おのれ……謀ったな!」

「鬼神一派め……何もかも言葉と行いが合っておらぬではないか!」


 大晦日。

 都の南・羅城門の向こうより迫りし妖の大軍勢を前に、最後方のつもりが最前方となってしまいし都の軍より、怨嗟が聞こえる。


 再び返り咲きし鬼神一派が長・鬼神は都に現れ、年明けと共に再びの百鬼夜行がこの都をその北――大内裏より襲うと宣った。


 その言葉に、太政大臣・静清栄は自らとその一門は大内裏の方を守ると宣う。


 鬼神一派の言葉通りであれば、清栄とその一門は最も前にて再びの百鬼夜行を迎え討つ手筈であった。


 しかし、今見れば。

 その言葉は違えられ、再びの百鬼夜行は都の南――羅城門の方より攻め入らんと迫る。


 この有様に皆、腹を立てるが。


「(果たしてこれは偶々(たまたま)なのだろうか……あの清栄が――一門や自らの利を最上と考える奴が内裏を守ると言い、そして再びの百鬼夜行は鬼神一派の言葉を違える形にて……今こうして羅城門より攻めて来た。)」


 頼益はこの有様に、賢くも考えを巡らす。


 これは。


「(もしや……静氏一門と鬼神一派は通じているということは)」

「頼益様! ご指示を!」

「!? あ、ああ……すまぬ。」


 しかし頼益の思索は、脇の従者の言葉により遮られる。


 見れば、既に再びの百鬼夜行は羅城門に迫る勢いである。


「……皆、案ずるな! 北より来ようと南より来ようと、我らのすべきことはただ都を守ることのみ! さあ全ての者たちよ、今こそ百余年前より続くこの因縁を決する時だ!」

「応!」


 頼益自らも揺らぎを抑えつつ、皆に呼びかける。

 そうだ。


 元より静氏一門が最前に立ち都を守るなどと、眉唾より他の何物でもない。


 ならば、自らの手であれらごとき妖の群れなど捻り潰すまで。


 頼益は自らに言い聞かせる。


「……行くぞ、皆!」

「応!」


 頼益の呼びかけにより、羅城門の方を守る軍勢が構える。




「おのれえ……妖共め!」


 広人が羅城門の向こうを睨み、吠える。

 頼益らの軍勢と、静氏一門に挟まれし妖喰い使いの軍勢。


 こちらも、鬼神一派が嘘を言いしことに腹を立てている。


「しかし頼益殿のおっしゃる通り、ここは怨嗟を漏らす場合ではない! 元より我らが先陣を切り相対せねばならぬ所を他の方々に代わっていただいているのだからなあ!」

「はっ、叔父上!」

「うむ……その通りであるな頼庵!」

「はい、頼庵殿!」

「はい!」


 しかし頼庵の鶴の一声により、初姫・広人・刈吉・白布は纏まる。


「うむ……頼庵の言う通りである! ここは我ら陰陽師も力を尽くす! そなたらも……力を尽くせ!」

「応、阿江殿!」


 妖喰い使いらと同じく都の真ん中に陣を構える、陰陽師らを率いる刃笹麿は刃白より叫ぶ。


 そう。

 これは負けられぬ戦である。


 主だった力となってくれるであろう半兵衛を欠き、さらにその前に、夏は出家により戦場より退いている。


 左様な中にあっても、この都は守らねばならぬ――






「(おお……これは果たして、私が聞きし通りになったぞ!)」


 翻って、最前に立つつもりが最後方になった静氏一門。


 彼らを率いし静清栄は、ほっと胸を撫で下ろす。

 もはや、誰に聞いたかも忘れたが。


 鬼神一派は言葉を違え、北からではなく南から襲い来るという言葉。


 それは今、目の前にて成就した。


 これにて、後は。


「(後は……戦のどさくさに紛れ兵らを率いて逃げねばな!)」


 先ほどの、都を死に物狂いにて守らんとする頼益らや妖喰い使いらとは裏腹に。


 やはり清栄は、自らと一門のことしか考えぬ者であった。





「皆の者――死してもこの都を守れ!」

「応!」


 頼益の叫びに、数多の兵が応じる。

 既に再びの百鬼夜行は、羅城門の向こうにまで迫っていた。


妖物(あやかしもの)め……人様に勝てると思うな!」


 誰が言ったか、軍より声が響く。

 奇しくも、今再びの百鬼夜行を迎え討たんとする頼益率いる軍は。


 百年前、かつての百鬼夜行を迎え討ちし軍に似ている。


「行くぞ! 我ら第一陣――突っ込めー!」

「応!」


 頼益の叫びと共に、騎兵も歩兵も一息に駆ける。

 目の前の妖らは、見渡す限りにても山猫・鉄鼠・管狐・野襖・赤舌・首切馬……など、枚挙に暇がないほどである。


 都の守護軍のうち、先陣を切るは。

 軍の中でも多くはなき、魔除の武具を持つ者たち。


 それらは主に、頼益が四天王たちである。


「さあ、妖共よ! ……かつて我らが祖・手綱が受けし屈辱、またもこの羅城門にて晴らせること嬉しく思うぞ!」


 四天王が一人・渡部隆綱。

 かつて酒呑童子を倒しし泉頼松が四天王の一人・渡部手綱が子孫である。


 かつて手綱が羅城門の鬼にて負わされし、騙されし屈辱。


 妖喰い使いらと共に妖に立ち向かいし時は、その屈辱を晴らす絶好の機であったというのに。


 その機は、やはり妖喰い使いらに奪われてしまった。

 無論彼らに他意は、悪意はない。


 ただひとえに、妖を討つ力は彼らが上であったというだけである。


 しかし今は、その妖喰い使いらは尻目に。

 妖と自らが、直にぶつかり合うこともできる。


 この機は逃すまい。


「ぐあっ!」

「退け! 雑魚共!」


 隆綱は迫る鬼共を、次々に魔除の刃にて斬り伏せていく。


「続け! 恐れるな皆の者よ!」

「応!」


 妖喰い使いの他には数少ない、妖と直に相対ししことのある者。


 その隆綱の先導により、第一陣は活気づき。

 妖へと、恐れず向かって行く。


「我こそは泉頼益様が四天王の一人、渡部太郎隆綱なり! 妖共、ここはそなたらが土足にて踏み荒らしてよい場ではない! これより先は行かせぬ!」

「応!」


 隆綱はそのまま兵を率い。

 目の前の妖をひたすらに、斬り伏せて行く。







「……思いの外、妖喰い使いでもなき奴らによる妖の死が多い。」

「はっ、兄上!」

「ふふふ……これは思いの外、見物ですわね兄上方。」

「か、影の中宮! 笑っておる場合か!」


 再びの百鬼夜行の後方より、戦場を見守る鬼神一派――長門一門。


 伊末は妖らが斬り伏せられる様を見て、翁面の下に渋き顔を浮かべる。


「うむ。あの者は神器を巡る戦の折、羅城門にて相対しし渡部手綱の子孫か……またも我らの前に現れようとは。」


 伊末は怒りに震える。

 あの時に自らに辛酸を舐めさせし渡部隆綱。


 それがまた、こうして出て来たとは。

 許さぬ。


「ふん。かような戦など、誠の戦の前には余興であるのだが……その余興に不愉快極まりなき者が紛れているとあらば見過ごせぬな!」

「あ、兄上……」

「あらあら。……しかし、いずれにせよ長くは続きませぬのですから少しは」

「いや! もはやこれより先に我を愚弄させはせぬ!」


 弟・妹の話も耳に入らぬ程に伊末は怒りを滾らせる。


「まあ。」

「ひいい、兄上!」

「……薬売りよ、鞍馬山より天狗共を動かせ! 出し惜しみすればつけ上がる……愚かな妖喰い使いでもなき者らにはたんと辛酸を舐めさせねばな!」


 伊末は向麿に命じる。


「おやおや、どなたに似たんや恐ろしい……まあええわ。ほな鞍馬山の天狗共を動かしたらな。あ、あと……どうやら図に乗っとんのは、妖喰い使いやない者ばかりやないみたいやで。」

「ふん……何!」


 向麿の言葉に、伊末は今一度戦場を見る。





「さあ我らも……第二陣だからと手をこまねいてばかりではいられまい!」

「応!」


 都の守護軍第二陣・妖喰い使いらと陰陽師ら。

 頼庵・初姫・白布ら飛び道具の妖喰いの使い手は構える。


 狙うは。

 第一陣たる頼益ら率いる軍の更に先、再びの百鬼夜行の前衛たる妖の群れである。


「よし! 陰陽師、陰陽術により妖喰い使いの助けとせよ!」

「はっ!」


 刃白に座す刃笹麿は、自らが率いる陰陽師らに命じる。


 たちまち陰陽師らも、構える。


「……放てえ!」

「はっ!!」


 頼益の先陣を切っての雷による網を形作りし翡翠の矢に続き、初姫と白布の矢も続く。


「……結界変陣、攻魔! 急急如律令!」


 陰陽師らも、続けて呪いを唱え始める。

 たちまち形を変えし結界が、妖喰いの矢や黄金丸の矢を包み。


 そのまま守護軍の第一陣を越え、妖を攻める。

 そのまま結界は広がり。


 第一陣を包みつつ妖喰いの矢を解き放つ。


「な! こ、これは」

「ぐああ!」

「がああ!」


 隆綱が驚く間にも。


 前衛の妖たる、鬼共や山猫らはたちまち屠られ血肉となって行く。


「やりました、叔父上!」

「うむ! しかし気を抜くな! 二の矢を番えるぞ!」

「はっ!」


 頼庵・初姫・白布は自らの弓に二の矢を番える。


「ううむ……私も飛び道具ならば!」


 広人はもどかしき思いである。


「妖喰い使いらか……せめてここでは私が自ら戦いたかったのであるが! ……よい、皆! 妖喰い使いらも我らを守ってくださった! さあ、恐れず進め!」

「応!」


 隆綱は少し悔しがりつつも。

 やはり妖喰い使いらを信じていることもあり、心持ちを切り替えて前に改めて進む。






「……な、そやろ?」

「くっ……おのれおのれおのれえ! 妖喰い使い共めが! 第二陣に甘んじておきながら何と……」


 再び、百鬼夜行の後方にいる長門一門の陣にて。

 伊末は妖喰い使いらが、第一陣を飛び越え加勢しし様を見て怒りを強める。


「しかし兄上、あの一国半兵衛めの姿が見当たりませんわね。」

「くっ……何? そういえば……」


 影の中宮も伊末も、ふと気づく。

 父と百鬼夜行の策について話し合いし時には、まだ父も半兵衛の出奔は知らなかったため。


 彼らはまだ、半兵衛がいぬことを知らなかったのである。


「あ、兄上! やはり」

「うむ……まあ、元よりこの戦における我らの勝ちは予め決められしもの! とはいえここまで思い上がられては不愉快極まりないな。……薬売り! 鞍馬山の天狗共を早く動かせ!」

「あ、はいはい! 今やっとるでえ!」

「……ふっ。」


 伊末は再び翁面越しに戦場を見る。

 そう、これは元より長門一門の勝ち戦。


 何故なら――


「(ふふふ……息子たちよ、娘よ! よくぞ……)」


 鬼神一派が長・鬼神。

 その鬼神たる長門道虚は今、都を守る軍勢の中にいるのである。







「さあ、大天狗様の命だ! 今こそ前へ進め!」


 翻って、場は鞍馬山。

 これまで鬼神一派の召集には応じて来ぬ有様の天狗たちだったが。


 何故か意を翻しし主人たる大天狗の命により、今は都へと進む形である。


 無論、その大天狗の心変わりは妖傀儡の術のせいなのであるが。


 配下の天狗らには、それを知る術はない。


「進め、進め! ……おや?」


 しかし、天狗らを率いる烏天狗の一人が首を傾げしことに。


 目の前には、尼頭巾を被った女子の姿が。


「何だ……尼の娘っ子か!」

「我らの前を塞ぐな、退け!」


 烏天狗らは女子を追い払わんとする。

 しかし。


「……頼む! どうか都への行軍は、諦めてはくれぬか?」

「……何?」


 女子は、頭を下げ天狗らに退くよう願う。

 しかし。


「……ふん! 何じゃ、尼の娘っ子ごときが!」

「我らが主・大天狗様の命に背く者は許さぬ!」


 烏天狗らは口々に、女子に退くよう迫る。


「そうか……ならばよい!」


 女子は、尼頭巾を脱ぎ捨てる。

 その手には、蒼き殺気が爪を形作り滾る。


「な……」

「そ、その我らとは相容れぬ気配……まさか!」

「ああ……話が早く助かる!」


 そう、その女子こそ妖喰い・蒼士をその身に宿しし使い手・夏。


 夏は天狗らを睨み、高らかに唱える。


「我が名は伊尻夏! そなたらの知る、妖喰いの使い手が一人である! 私はそなたらの都への行軍を断じて許さぬ、これより先は通さぬ!」

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