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京都の王  作者: 宇井九衛門之丞
第10章 白郎(百鬼夜行前夜編)
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白郎

「!? か、母、さん……?」

「ふふふ……半兵衛……」

「何……で……何でだよ! 何で……」


 半兵衛は白郎より、紫丸を抜く。


 都が危うくなると知りつつも、出奔しし半兵衛は。

 かつて救えずじまいであった村へ向かい、次こそはかつて討てなかった亡き友、春吉・吉人の仇を討つことを決めていた。


 そうして、母と対峙し。

 戦いつつも母への思いに揺らぎ、母からは自らを憎むよう促されるも、一度は敗れる。


 しかし、中宮の言葉により守心を戦いの訳とするよう腹に決めし半兵衛は、今一度母とぶつかり合った。


 そうして、半兵衛は母に力を籠めて斬りかかるが。


 白郎はさして防ぐでもなく、刃を自ら受けたのである。


「言ったであろう? 私が憎いならば……殺さば殺せ、と……」

「母さん!」


 半兵衛は後ろに、よろけつつ下がる。

 母は、血を吐きつつも続ける。


「何だ? やはり、私にはそなたを産んでやった恩があると? ……ふん、半兵衛。そなたには、そのことについて話さねばならぬな。」

「……え?」


 白郎は半兵衛に、更に近づく。


「そなたは、私の産みし子ではない。……そなたはかつての百鬼夜行にて焼け野原となりし都で打ち捨てられていた赤子だ。」

「!? な、何!」


 半兵衛は母の言葉に、耳を疑う。


「私はそなたを引き取ったが。子を産んで久しかった為に乳が出ず……代わりに私の血と肉をそなたに与え育てた。」

「そ、そんな……」


 半兵衛は自らの両の手を見つめる。

 自らが、母の血肉を喰らい育った?


 それではまるで――


「それじゃあ……まるで妖喰いじゃねえか!」

「ああ……そうやも知れぬな。」


 半兵衛の叫びに、白郎は返す。

 さらに半兵衛が見れば。


 今しがた自らがつけし刀傷の他にも。

 白郎の腹には、赤黒き噛み痕のごとき傷が数多ある。

 まさか。


「その、腹の傷は……?」

「ああ。そなたが私より、飢えまいと血肉を齧り取りし痕よ……」

「母さん……」


 母は傷を、愛おしげに見つめる。

 半兵衛はその顔に、はっとする。


 まるで、母親の顔である。


「その妖喰いは……進んで妖を喰い、やがて使う者をも喰らい尽くすと見える。しかし……妖の血が混ざり合いし人は、妖にも人にも非ずと見なされるようであるな。その妖喰いは、そなたを喰おうとはせぬだろう。」

「そん、な……」


 半兵衛は俯く。

 自らにも、義常のように妖喰いにて命を落とす日がやって来るのであろうと思っていた。


 しかし、そうではないと分かった。

 それは、喜ぶべきなのやも知れぬが。


 半兵衛は、皆と違う自らを忌まわしいと思った。

 義常らのように、自らが妖喰いにより死ぬことがないなど――


 更に、今しがた見し母の顔。

 半兵衛は、自らの心がまた揺らぎつつあることを感じる。


「半兵衛……さあ、止めを刺せ!」

「!? か、母さん!」


 半兵衛は母のその言葉に、躊躇う。

 先ほど、自ら刃を受けしことの真意は何なのか。


 そう尋ねたかったのであるが。


「よいのか? このままでは私は……再び百鬼夜行の棟梁となるのだぞ!」

「! ……ああ、そうだったなあ! そんなことさせねえ!」


 半兵衛は母のこの言葉に、ようやく腹を決める。

 そうだ、母は今ここにて止めねば。


「さあ喰え……私を!」

「……ああ!」


 半兵衛は紫丸を振り上げ。

 そのまま、白郎を斬る。


「(半兵衛には……寄り添う者がいたのだな。しかし私にはいなかった……その違いか。)」


 死の間際。

 白郎は自らの生を、笑う。


 しかし、次に浮かびしは。


 ――母上!

 ――母さん!

 ――ははうえ!


 我が子らの、自らを慕う顔であった。

 それを見し白郎は悟る。


 自らにも寄り添う者がいた。

 しかし、それを拒んだか否か。

 それだけの違いであると。


「(ふん、これでよいのだ半兵衛……くっ!?)」


 しかし、白郎が納得し逝かんとしし、今際のその刹那。

 白郎は、身体の内より()()が湧き上がりしを感じる。


 これは、まさか。


「(そうか……これは全て、そなたが仕組みしことか……我が子よ!)」


 白郎は悟る。

 これは――


「半、兵衛……我が子らを、止めてくれ……」

「……分かった。」

「……かたじけない、半兵衛……」


 白郎はその言葉を、終いとし。

 半兵衛に優しく微笑むと、そのまま血肉となり消える。


 その血肉が、紫丸を蒼き殺気に包まれし刃を染め紫とする。


「……終わったんだな。」


 半兵衛は一人、刃を下ろす。


「……半兵衛。」


 中宮は、先ほどより隠れし物陰から出て。

 半兵衛を後ろより優しく抱きしめる。


「かたじけない……でもいいのかい? お后様が」

「そなたが気の張りを取り戻すのならば……易きことよ。」


 中宮はそのまま半兵衛を寝かせ。

 自らは上より、覆い被さる。


 早く半兵衛に、再びの百鬼夜行のことを伝えねば――


 半兵衛は再びの百鬼夜行そのものについては知りつつも、年明けとともにそれが行われることは知らぬ。


 中宮も半兵衛がそうであることは知っている。

 そして、自らがここに来し誠の訳が半兵衛を連れ戻すことであることも知っている。

 知っていつつも、伝えられぬ。

 今はできぬ。



 半兵衛は中宮と抱き合いつつ、心が癒されし様を感じる。


 しかし、まだ自らの罪は終わっていないと分かってはいる。


 それは、今帝を裏切りし罪を新たに背負ったというのもある。

 

 そして、再びの百鬼夜行が近く起こるであろうと知りつつ自らの心を先に休ませんとしている罪。


 だが、それらだけではない。


 ――我が子らを、止めてくれ……


 先ほどの白郎の言葉。

 我が子()という言葉。


 半兵衛はその内の一人が、自らも含む妖喰い使いにとりて仇である鬼神・長門道虚のこととは分からぬ。


 しかし、今は左様なことを気にするゆとりはなかった。


 白郎の言う、我が子()との言葉。

 その言葉が示す他の一人のことにて、頭が占められていたからである。


 無限輪廻により、思い出されし罪。

 その一つは、まず春吉・吉人らの村を救えずじまいであったこと。


 そしてもう一つは、何故か忘れてはならぬにも関わらず今まで思い出すこともなかった罪。


 無限輪廻にて死神・綾路が繰り返し代役を演じし、自らの()()



 ――探したのですよ、〇〇〇〇!


 ――お、お待ち下さい〇〇〇〇! わ、私も


 ――……〇〇、お腹空いた……


 ――では〇〇〇〇……行きましょう!


 ――ほら、〇〇〇〇も!


 その綾路が、六道それぞれにて言いし言葉。

 その時はよく聞き取れずじまいであった所は。


 〇〇〇〇――あにうえ、兄上。


 〇〇――あに、兄。


 半兵衛を、兄と呼ぶ言葉の数々であった。

 そう、半兵衛には。


「(俺には……妹がいたんだな。)」








「いやあお帰り! ……あれ? 母さん、その」

「半兵衛。……言いつけは、守ったのであるな?」


 白郎は半兵衛を、じっと見つめ言う。

 時は、幾十年は前。


 白郎が詳しくは告げずに半兵衛の下より去り、それから戻って来るまでに一年足らずであった。


「え? あ、ああ……無論さ!」

「……そうか。」


 半兵衛は申し訳なく思いつつも、人と交わるなとの母の言いつけを破り近くの村人と交わったことは伏せ嘘をつく。

 母は、それより先は問い詰めなかった。


「ところで母さん……その娘は?」

「ああ……そなたの妹だ。」

「ああ、妹か……妹!?」


 半兵衛は、母が咥えし籠の中にて眠る赤子を見る。

 この娘が、妹とは。


「よ、よろしくな!」

「これ、赤子の耳元で騒ぐな!」


 半兵衛の言葉に、赤子が返すは。

 泣き声であった。


 それにて白郎は、半兵衛を叱りつける。




 それからは、束の間幸せな時が流れた。


「うむ、たんと食べるがよい。小さき子らには、食べて身体を作ることが何よりであるからな。」


 白郎は半兵衛らが食べる様を見て、目を細める。


「なあ母さん、明日は俺が狩ってくるよ!」

「おや。しかし、うまくできるのか? この前など、獲物に逃げられしことを泣きべそを掻きながら私に知らせに来たではないか。」


 母は笑う。


「うっ……ち、ちょっと自らの腕を見誤ったんだよ! つ、次こそは。」

「へえ……誠にできますか?」


 妹は肉を食みつつ、横目で半兵衛を見てほほ笑みつつ言う。


「おいっ! お前も疑ってるな〜!」


 半兵衛は妹を見、膨れつつ言う。

 既にそれなりの齢ではあるが、こういうところは幼く見える。


「ほほほ……まあ、そう焦るな。狩りはまた、私が教えてやろう。」

「それは、教えてほしいけどよ……俺、いつか母さんを越えたい!」

「ほう……なかなか大それているな! 私を越えるなどと。」

「うっ……そりゃ始めっからは難しいだろうけど、必ず!」


 母の疑うような眼差しに、半兵衛は叫ぶ。





「どうだい、釣れそうか?」

「いえ……さっぱりです。」

「ははは……おお! 俺はまた釣れたぜ!」

「ああー!」

「うわっ、何だい!?」


 時はある昼下がり。

 半兵衛は妹を連れ出し、釣りに来ていた。


「何だい、にわかに大声出して。」

「私分かりました! ……きっと、場が悪いのですね。変わって下さいあにうえ!」

「ははは……とんだ負け惜しみだなあ!」


 妹は半兵衛に求めるが、半兵衛はまるで取り合わぬ。


「そうだ! あのさ……」

「ん? 何ですかあにうえ?」

「……いや、やっぱりいいや。」

「ええー! 気になります!」


 半兵衛は妹に、春吉と吉人ら村人たちのことを言わんとするが。


 それで妹伝に母に伝わっても藪蛇かと思い、口を噤む。


「(まあいい。でもいつか――)」


 しかし、それは叶うことはなかった。






「……つくづく私をがっかりさせてくれる。忌まわしき子よ! そなたが言いつけさえ守っておればよかったのだ! ……去れ。私の前にもう姿を見せるな!」

「母さん……」

「私を母とも呼ぶな! ……去れ、去らぬと……」

「くっ……うわあああ!」


 半兵衛は母の言葉に、泣き叫びを返し。

 そのまま母の言葉に従い、走り去る。


 既に明かされし通り、半兵衛は村人らか母か選ぶことが出来なかったのである。


「やはり……所詮は、腹が決まらぬということよ。しかし、自らの言いつけを破りしは私とて同じか……」


 半兵衛が去りし後。

 白郎は呟きつつ、振り返る。

 その目の、先には。


「ははうえ……?」


 今寝床より起きて来し、白郎の娘であり半兵衛の妹でもある娘の姿が。


「そなたも、また……忌まわしき子なのやもしれぬな。」

「え? は、ははうえ?」


 白郎の言葉に、娘は首をかしげている。

 思い出されるは、母と別れし時の思い出――






「……またあの、忌まわしき夢か。」


 影の中宮は、目覚める。

 胸にはまだ、鋭き痛みが残る。


 時同じくして、二人もの愛する者より捨てられし痛み。


 そして、それをあの()にも味わわせることは成った。


「……そうですわ兄上、それこそあなた様が負われるべき罪です。……いえ、そうだ、それこそそなたの負うべき罪だ。」


 影の中宮は笑う。

 その時であった。


「冥子、父上がお呼びである!」

「高无兄上……ええ、すぐに参りますわ。」


 冥子を呼ぶ声がする。





「ふん、いつまで眠っておる! つくづく出来ておらぬ妹よ。」


 伊末は冥子に、嫌みを言う。

 妖喰い使いらとの戦より、幾日か経つ。


 であるからこそ、改めて父の望みを確かめ合わんとすればこれか。


 伊末はそう感じ、怒っている。


「申し訳ございませぬ、兄上……」

「……ふん、分かればよい……」


 しかし、言葉とは裏腹に。

 伊末は未だ妹を睨む。


 そして冥子は、伊末を、兄を睨み返す。


「お止めください兄上! 止めぬか冥子!」


 おろおろと高无は、兄と妹の仲立ちを試みる。


「ふん、弟よ! 私にはともかくも、かような妹にまで心遣いは要るまい?」

「ええ、私こそ高无兄上よりお心遣いいただくつもりはございません。」

「兄上! 冥子!」

「!? な、何だそなたまで……弟よ!」


 しかし痺れを切らししように高无が二人を怒鳴りつける。


 これには伊末も驚く。


「兄上、申し訳ございませぬ……しかし! 兄上・私、そして冥子とでは……母が違う身とはいえ、同じ父上の子! ならば、より仲良くしてもよいでしょう?」


 高无は、怯えつつも兄と妹に訴えかける。


「……ああ、弟よ。私とてそう思ってはいるのだが……何せ、この妹めが」

「ええ、高无兄上。私めの意ではなく、伊末兄上が私に冷たく当たられているからですわ。」

「なっ……私のせいと申すか!」


 冥子の言葉に、伊末は怒り心頭となる。

 と、その刹那である。


「静まれ! 我が子らよ。」

「!? は、ち、父上!」


 にわかに響きしは、父・道虚の声。

 その声には、諍いを続けし子らも跪く。


「うむ、今戻った。」

「お帰りなさいませ!」


 部屋に入り座しし道虚に向かい、子らは大きく頭を下げる。


「して、今の諍いは……」

「何でもありませぬわ、父上。」


 父に、冥子は滔々と答える。

 道虚は次に、息子らを見る。


「はい、何でもありませぬ。」

「は、はい父上!」

「……そうか。」


 伊末・高无も、答える。


「……では、我が子らよ! これより私は、そなたらに隠ししことを伝えねばならぬ。」

「はっ、ち、父上?」

「お隠しの、こと?」

「まあ……」


 父のこの言葉は、伊末・高无・冥子は首を傾げるばかりである。


「私の母は、かつての百鬼夜行を率いし妖・白郎という化け狐である! 然るにそなたらは、かつての百鬼夜行棟梁の孫に当たる者たちである!」

「なっ!」

「何と!」

「……まあ。」


 更なるこの言葉には、長門兄妹は驚く。

 自らが、かつての百鬼夜行棟梁の孫。


 しかし、確かにそう考えれば、長門一門の血筋にある者らが共に持つ高き妖気など諸々、納得できるものがある。


「ううむ、黙っていてすまぬ我が子らよ……にわかには信じがたいと思うが。」

「いえ、滅相もございませぬ父上!」


 長門兄妹は、再び居住まいを正す。


「我ら兄妹、父上のお言葉を疑うなどとあるはずがございませぬ! 却って、益々我らには百鬼夜行を成し遂げる運命(さだめ)、務めがあるとの思いが強まりてございます!」


 兄妹は、声を揃えて答える。


「うむ……よい子らじゃ! そう、我らはかつての百鬼夜行が棟梁の血を引きし者たち! ならば成し遂げねばならぬ、再びの百鬼夜行を!」

「はっ、父上!」

「父上、万歳!」

「父上、私たちは父上にどこまでも尾いて参ります!」


 父の呼びかけに、長門兄妹は次はそれぞれに声を上げる。


「よし……では! これより年明けと共に再びの百鬼夜行となるに当たり、そなたらに策を授ける!」

「はっ!」


 道虚は更に続ける。

 その、策とは――









「おお……右大臣、よくぞ。」

「はっ、帝。ご心痛をおかけし申し訳ございませぬ。」


 長門屋敷にて、子らに策を授けし日より幾日か経ち。

 道虚は清涼殿にて、帝と謁見する。


 長く病に伏せしままであった長門一門の長――無論、鬼神一派の鬼神とは知られていないが――の病が治ったとあり、宮中は大騒ぎである。


「帝。恐れながら……今しがた舞い戻りし身で厚かましいとは解しつつも、お願いがございます。」

「ほう……では右大臣、申せ。」


 道虚の言葉に、帝は返す。


「では。……近頃都を騒がせし鬼神一派。其奴らが妖の大軍勢・百鬼夜行を放ち、百年前の惨禍を再び起こそうとしていることは風の噂にて知っております。であれば、帝。……私を、都を守る軍勢の頭数に加えてはいただけませぬでしょうか?」

「……ほう。」

「何と!」


 この道虚の言葉は帝にとりても公家らにとりても、静氏一門にとりても思いの外であったらしく、たちまち清涼殿は大きくざわめく。

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