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京都の王  作者: 宇井九衛門之丞
第10章 白郎(百鬼夜行前夜編)
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非情

「さあて……じゃあよ、母さん!」


 半兵衛は紫丸の柄に手を掛け、抜刀する。


「……死合おうぜ!」


 たちまち白郎の放つ妖の匂いにより蒼き殺気が滾る。


 都が危うくなると知りつつも、出奔しし半兵衛は。

 かつて救えずじまいであった村へ向かい、次こそはかつて討てなかった亡き友、春吉・吉人の仇を討つことを決めていた。


 そうして昼間、山を駆け回りつつ母を呼び続けた。

 しかし、呼べども母は来ぬ。


 半兵衛はならばと村跡に引き返し、いつの間にやら寝てしまったのであるが。


 気がつけば、横に白郎が。


「ほほう……それが噂に聞きし妖喰いか!」


 白郎も自らの九尾を扇の如く広げ。

 それらを刃の如く研ぎ澄ませる。


 やはり、息子にも手抜きはせぬということか。


「半兵衛、つくづく呆れさせられる! 聞けば、性懲りもなく未だに人との交わりを求めているようではないか! その妖喰いとやらにて、都を守ろうなどと。」

「へえ……中々知っているなあ!」


 半兵衛は母の言葉に返す。

 ここは、何故母がそれを知っているのかと問うべき所であるが。


 今の半兵衛にある心は、ただ一つ。


「まあいいや……母さん、行くぜ!」

「ああ……まだ母と呼んでいたか!」


 母を倒し、かつて選べず終いであった友か母らとの暮らしの内どちらかを選び取る。


 その一心にて半兵衛は、母へと向かって行く。








「うむ……よもや、あの鬼神が……いや、それだけではないか。」


 所は変わり、清涼殿にて。


 時は、先の鬼神・道虚との戦より一夜明け。

 帝は妖喰い使いらより聞きし言葉に、打ち震える。


 今半兵衛を欠きし有様にて。

 妖喰い使いらは、道虚と戦うことになったのであるが。


 道虚が地獄に自ら"堕ち"、そこより這い上がりて得し力に妖喰い使いらは手も足も出ず終いであった。


 何より、道虚が終いに言い残しし言葉。


 再びの、百鬼夜行――


 あの百年余り前の繰り返しではない。


 この都を焼け野原にするほどに留まりし、あの時とは違う。


 次は、この世をそのまま滅ぼすという。


「申し訳ございませぬ、帝! ……我らが事に当たりながら、かような無様を晒すなどと……」

「頼庵……もうよい、そなたらはよくやってくれた。」


 深々と頭を下げ詫びし頼庵を、帝は庇う。

 妖喰い使いは、今頼庵と広人が。

 そして、黄金丸を使いし者として、白布・刈吉がいる。


 皆申し訳なさげに俯くが、帝の庇いの言葉に少しは救われし心持ちである。


 しかし。


「確かに……帝、それは無様でございますな。」

「き、清栄!」


 太政大臣・清栄は、無情にも頼庵らを責める。


「やはり……半兵衛がおらねばなりますまい? 直ちに、連れ戻さねば!」

「ええ、父の申す通りにございますぞ帝!」

「その通り!」


 清栄の言葉に、今清涼殿にいし静氏一門は声を上げる。

 

「鎮まらぬか!」

「帝! ……帝も薄々お考えでは? 半兵衛がおらねば、妖喰い使いなど烏合の衆であると。」


 清栄のこの言葉は、妖喰い使いらをびくりとさせる。


「き、清栄! それは……」


 帝は清栄を咎めんとするも、果たして自らに彼を責めることはできるのかと思い当たり止める。


 それは先の、無限輪廻の一件に際し。

 今と同じく半兵衛を欠きし有様を、自らも嘆いてしまったからである。


 この穴は、どうにも埋まりそうにないと。


「帝、さあ!」

「う、うむ……」


 清栄よりまたも促され、帝はほとほと困り果てる。


「し、しかし……半兵衛がどこにおるかは」

「帝! 恐れながら……半兵衛がどこにいるか、それは私があの者に上げし式神により知っております。」

「! そ、そうか……」


 刃笹麿が、帝に言う。


「ううむ……陰陽師殿よ! 何故居所が分かっていながら連れ戻さぬのだ!」


 清栄は刃笹麿を叱りつける。


「……申し訳ございませぬ。私自らも甘いとは思いつつも、半兵衛が何かわだかまりを抱えているならばと」

「申しておる場合か! 奴は務めを……都の護りを放り出しているのだぞ!」

「……申し訳ございませぬ。」


 妖喰い使いや刃笹麿にここまでも厳しき清栄の心中はと言えば。


「(半兵衛め……どこまでもあの言葉、受け入れぬつもりか!)」


 半兵衛への怒りに溢れる。

 あの言葉とは。


 京での大乱の後、半兵衛と相対し放ちし言葉である。


 私と私の一門()()のため、この京を守ってほしい――


 もはや天下、すなわちこの京は静氏一門の物であるから、静氏一門のためだけにこの京を守ることはよかろうという話であった。


 しかし半兵衛は当たり前というべきか、この話を拒んだ。


 それきり、清栄と半兵衛はこの話はしたことがないが。


 清栄は諦めておらず、どころか再びの百鬼夜行など起こるのならばそれこそ、他は滅んででも自らの一門は守るよう訴えたき心持ちなのである。


「帝!」

「うむ……」

「あ、あの」

「お止めください、太政大臣殿! 如何にあなただとて、帝に左様に迫られるなどと。」

「!? ち、中宮様……」


 しかし、清栄が驚きしことに。

 にわかに中宮が、氏式部を伴い入って来る。


「中宮、そなた」

「申し訳ございませぬ……しかし! この氏式部が、半兵衛を迎えに参りたいと。」

「な、何?」


 帝の言葉に中宮は、更に返す。

 氏式部は、前に進み出る。


「私が参ります!」

「い、いえ! わ、私が!」

「! 白布殿……」


 しかし左様な氏式部に抗するがごとく、白布も名乗りを上げる。


 実を言えば先ほども、声を上げかけていた。


「私が参ります! 氏式部殿は何かとご多忙の御身でしょうし」

「いいえ、白布殿。 ……帝。白布殿は、数少なき妖を打ち倒せる方。そうですね?」

「う、うむ……」


 氏式部は白布の言葉を遮り、帝に尋ねる。

 帝も頷く。


「うむ、その通りよ白布とやら! そなたらは妖喰いではないとはいえ、あの黄金丸とやらを持ち妖に抗し得る数少なき者! そのそなたが都を出るなどと、何事か!」

「申し訳ございません……」

「そ、そんな……」


 清栄も白布を引き止める。

 但し、その言葉の端々には白布への『所詮は蝦夷』という軽んじが見てとれる。


「(太政大臣様……)」


 白布も、都合のよい駒ではないのだが。

 刈吉はそう思い、声を上げかけるが。


「ええ、帝や太政大臣殿のおっしゃる通りですわ。ですから白布殿、ここはこの氏式部にお任せなさい。」

「し、しかし……」


 刈吉の心を知ってか知らずか、中宮が言う。

 しかし白布も尚、食い下がる。


「……頼庵殿、広人殿、白布殿、刈吉殿。どうか引き続き都をお願いします。」

「はっ、ははあ!!!!」


 だが中宮は、白布らや妖喰い使いに有無を言わさぬとばかり。


 引き続いての都の守護を命じる。


「うむ、中宮の言う通り! ……しかし、他の者もできれば妖に少しばかりでも抗えればな。……刃笹麿よ、出雲……いや、先の一件にて頼益らの刀に施されていた魔除け、他の刃への施しはどうなっておる?」


 帝は中宮の言葉を肯んじ、次には刃笹麿に尋ねる。

 出雲、と言えば義常の死にし時を思い出させると考え、言い方を変えて。


「はっ! 只今、配下の陰陽師が励んでおりますが……如何せん一つ一つを懇ろにやっております故に、そう多くはできぬかと。果たして、再びの百鬼夜行には間に合いますかどうか……」


 刃笹麿は前に進み出て話す。


「左様か……」

「(ううむ……)」


 帝と刃笹麿のこの話は、清栄にある懸念を抱かせる。


 それは、もしその魔除けの刃が数多出来し場合。

 自らや静氏一門も自ずと、戦わねばならないであろうこと。


 そうなれば、場合によりては静氏一門の兵や力が削がれてしまい。


 この再びの百鬼夜行をやり過ごしたとしても、その後に静氏を組み伏せんとする輩の台頭を招くのではないか。


 それは何とか止めねば――


 尤も、道虚の言葉通り再びの百鬼夜行が誠にこの世を滅ぼすというのであれば、側から見ればこの考え方そのものが愚かではあるが。


 今の清栄の頭は、この考えに囚われつつあった。

 やはり、こうなれば。


「み、帝! 何はともあれ……何としても、あの半兵衛めをこの都に!」

「! う、うむ……では、氏式部よ。半兵衛を頼む。」

「はっ!」

「では、皆……この都を守るため、どうか一人でも多くの力を貸して欲しい!」

「ははあ! 帝!」


 清栄の促しに、帝は。

 今一度、皆に頼む。







「すまぬな……氏式部殿。」

「いえ、左様なことは。」


 清涼殿にての謁見の後。

 頼庵は内裏より、刃笹麿より教わりし半兵衛の居所へ発たんとする氏式部を見送る。


「我らは……憎しみが足りぬのだろうか。」

「はい?」

「あ……いやすまぬ。」


 頼庵はふと、心の声を漏らしてしまう。


 ――ははは! そなたらの憎しみの力、しかと味わせてもらったが……まだまだ手ぬるい! 左様な力では私には、遠く及ばぬぞ!


 彼の心に引っかかりしは、道虚のあの言葉であった。

 やはり、憎しみが――


「頼庵殿。……すまぬ、かようなことを申すのはどうかと思うが……」

「? あ、氏式部殿……何か?」


 氏式部の前置きに、頼庵は呆けかけしことに気づき。

 慌てて答える。


「うむ。私は、そなたの兄上が終いの戦に挑まれる時。……間抜けにも、その背中を、見送るのみであった。」

「ああ……いや、それは……」


 自嘲気味に語りし氏式部に、頼庵は声をかける。


「私は、そなたの兄上をよくは知らぬ。……ただ、私……の主人たる中宮様が拐われし時にそなたと兄上に助けられしことなど、多くは無いが関わらせていただいた思い出から考えて今より話す。」

「う、うむ……」


 氏式部は義常のことはよく分からぬという点を強めに言い、話し始める。


「そなたの兄上は、何を伝えたかったか。今一度、考えて欲しい。私からの願いは、ただそれのみよ。」

「……? あ、ああ……」

「では、私は行く。見送り、礼を言う。」

「あ、いや……ではすまぬ、よろしく頼む。」


 今一つ、言葉を解せぬ頼庵を残し。

 氏式部は発つ。


 まあ、今更言うまでもないと思うが。

 今の中宮は、誠の氏式部が装いし者。

 今の氏式部こそ、誠の中宮である。


「(半兵衛……待っておれ!)」


 誠の中宮は、半兵衛の下へ向かう。




「氏式部殿は、何を……」

「うむ、氏式部殿は行かれたか。」

「!? あ、阿江殿……」


 先ほどの氏式部、もとい誠の中宮の言葉に考え込んでいると。


 刃笹麿がやって来る。


「あ……すまぬ! そなたの刃白を……」

「あ、いや……まあ、屋形は繕わねばならなかったが、刃白はさして傷ついてはおらぬ。」

「さ、左様か……」


 頼庵の刃白を傷つけてしまいしことについての謝りに、刃笹麿が返す。


「それよりも、今日は来ていなかったが。……姪御殿は大事ないか?」

「ああ、そちらはあの刃白のおかげで。大事ない。」


 頼庵は返す。

 しかし、この前のことにて戦いに恐れを抱いてしまい。


 初姫は再び塞ぎ込んでしまった。

 しかし、それは刃笹麿に言っても仕方あるまい。


「頼庵よ。……我らは、再びの百鬼夜行に備えねばな。」

「ああ。」


 刃笹麿と頼庵は頷き合う。






「何だ、そんな物か!」

「くっ! この……ぐっ!」


 所は再び、村跡にて。

 半兵衛は白郎の、九尾による攻めに苦しむ。


 白郎は九つの尾を、半兵衛に息も吐かせぬとばかりに繰り出していた。


 これにより半兵衛は、今や防ぎ切るのみにても精一杯であった。


「如何にそなたの太刀筋が所詮は私より教わりしものだとしても……それでは話にならぬぞ!」

「くっ……母さん!」


 半兵衛は白郎の言葉に、顔を歪める。

 そう、白郎からは読み書きや剣の腕、狩りを教わった。


 その剣の腕の所以たる白郎に挑んでいるため、半兵衛が押されるはある位には止むを得ぬ。


 しかし、半兵衛が押されしはそればかり故ではない。


「(母さん……母さん、母さん!)」


 頭に先ほどから、母と過ごしし幸せな頃が浮かぶのである。


 何故だ、既に選んだ筈であるというのに。

 これまで半兵衛は、自ら腹を決めることに拘って来た。


 それはやはり、この村を救えず終いであった頃を繰り返さぬとの思いから。


 次こそ選ぶ、次こそ腹を決めると思い、選んだというのに。


 何故――


「半兵衛……何だその涙は! 感傷などに浸っておる場合か!」

「ぐう!」


 しかし、白郎の言葉と尾による攻めに半兵衛ははたと気がつき。


 何とか攻めを防ぐも、後ろに大きく退く。

 半兵衛は自らでも気づかぬ内にであるが、涙を流していたのである。


「半兵衛……ああ、あの村人の血は、肉は美味であったぞ! 私を殺さんとしてくれし借り、奴らに返して余りあると感じるほどになあ!」

「……な!」


 白郎の、母のその言葉に。

 半兵衛の目に浮かびしは。


 春吉と吉人が、血塗れにて倒れる様――


「そうだ……情を捨てよ、半兵衛! 私が憎いのだろう?」

「……白郎う!」


 母の、いや白郎の叫びに。

 半兵衛は吠える。


 憎しみを糧にせよ――


 そう言わんばかりの白郎の言葉は、奇しくも道虚が他の妖喰い使いらに投げかけし言葉と似ていた。


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