再鎧
「き、鬼神! くっ、そなたも蘇ったというのか!」
刃白より頼庵の、驚きし声が響く。
「ははは! ……ううむ、一国半兵衛が見当たらぬな?」
「何!?」
道虚の言葉に、妖喰い使いらは首を傾げる。
先の都での戦では向麿の策により、妖喰い使いらが動きを封じられかけつつも、初姫の加勢により何とか助かりし時。
そして都を出奔しし半兵衛は。
かつて、半兵衛が救えずじまいであった村へ向かい、次こそはかつて討てなかった亡き友、春吉・吉人の仇を討つことを決めていた。
中宮はいつもの通り、氏式部のなりをして半兵衛の屋敷に立ち寄り。
半兵衛がやはりいぬことを確かめ、心穏やかではないながらも父に会うため氏原の屋敷に今いる。
そして道虚は都に来る前に。
山の奥にて、母・白郎に再びの百鬼夜行への加勢を求めたのであるが。
「(わざわざ都まで、そなたに会いに来てやったというのに! 私をどこまでも愚弄しおって!)」
道虚は半兵衛への怒りを、抱え込む。
鬼面にて隠されしその顔は、憤怒の形相である。
――そなたなど、百鬼夜行でも何でも起こして半兵衛めに滅ぼされればよい!
加勢を求めし自らを拒みし母・白郎のこの言葉を、道虚は幾度も思い出す。
やはり、あの一国半兵衛めが母を――
道虚の胸にはただ、半兵衛への憎しみが怒りが、渦巻く。
かつての百鬼夜行を率いし化け狐であり、自らと半兵衛の母に再びの百鬼夜行にも加わるよう求めたのであるが。
母からは先ほどの言葉と共に拒まれしがため、道虚は一度退く。
かつては百鬼夜行を引き起こす程に人共への憎しみに燃えていた母が変わりしは、恐らく半兵衛のため。
そして、母より言われし先ほどの言葉。
この二つの事柄が道虚を、より半兵衛への怒りへと掻き立てたのである。
そうして、八つ当たりも兼ねて子らが率いる妖に加勢しようと思い都に戻れば。
「ううむ……一国半兵衛は何処に!」
「半兵衛様は……知らぬ! けじめをつけるべきことがあるからと出て行った!」
「何? ……ふふふ、はははは!」
頼庵の言葉に、道虚は笑い出す。
なるほど、けじめとは恐らく。
あの無限輪廻の折に覗き見し、昔の自らの罪か。
しかし、それに今更どうけじめをつけると言うのか。
道虚はそう思い、笑ったのである。
「ははは! 一国半兵衛に含む所があり八つ当たりでもと思い来てみれば……左様な些事のためにおらぬとは! まあよい、ならばそなたらでよいわ!」
「くっ、何を!」
頼庵らは、身構える。
「……さあて、再び目覚めし後にそなたらに見せるは初めてであるな! 出でよ、我が妖喰いよ!」
道虚は次に、高らかに唱える。
すると、その身の周りに。
闇色の殺気が溢れ、大鎧の妖喰い・宵闇が目覚める。
そのまま宵闇は分かれる。
そして主人の目覚めを寿ぐかの如く周りに集まり。
そのままその身を、鎧う。
「なっ……あれは!」
「そ、そんな!」
「えっ……? な、何なのですあれは!」
「な、何か……頗る禍々しさを感じます!」
頼庵・広人は驚き。
彼らとは裏腹に、宵闇を一度も見たことなき白布・刈吉、そして初姫は首を傾げつつも、そのただならぬ様に慄いている。
「ははは! 何じゃ、自らの砕きし妖喰いが今目の前に現れしことに驚くか!」
道虚は宵闇の兜にある鬼面越しに妖喰い使いらを見下ろし、高らかに笑う。
まさに、その驚きし顔が見たかったのだと。
「さあて……では行くぞ!」
道虚はそのまま、妖喰い使いらに向かい走り来る。
「くっ……初姫と白布殿は私より、刃白より離れるな!」
「は、はい!」
「か、かしこまりました!」
頼庵は急ぎ叫び、身構える。
広人や刈吉、白布からも言葉が返る。
「ふふふ……荷を背負い私に敵うと思うな!」
道虚は闇色の殺気にて刀を作り出し、それを右手に持ち斬りかかる。
「ぐぐぐ……ならばそなたの相手、守る物なきこの私が!」
「ほう?」
しかし道虚の刀を読んで字の如く一番槍とばかり受け止めしは、紅蓮を持ちし広人である。
「ふふふ……そうか、そなた! あの隼人とかいう若者の友か!」
「くっ……隼人の名は今出すなあ!」
道虚の言葉に、広人は抗う力を強める。
亡き友への想い。
それは一度は落ち着いたと思っていたが、改めて持ち出されればやはり怒りが湧く。
「ははは……そうじゃ、そなたの友は……一度爛れし肉の塊と相成り! その後に鬼の形へと練り上げられたのであったな! ああ、あれは滑稽であった!」
「く……隼人を語るなと言っておろう!」
道虚の更なる愚弄に、広人は怒り力を更に強める。
おのれ、よくも――
「ははは、どうした! 技が乱れておるぞ!」
「ぐっ!」
広人の紅蓮は、道虚の刃に弾かれる。
「そういえば、失いし守るものとはその隼人とやらのみではないな! そう、妖喰い使いでありながら一国半兵衛めと同じくここにはおらぬ者……伊尻夏もであろう!」
「くっ……そなたあ!」
広人は道虚の止まらぬ愚弄に、再び紅蓮を叩きつける。
「ふうむ! ……ふふふ、よいぞ! 憎しみこそ、最上の力よ!」
「黙れえ! 夏殿が尼となりしは……そなたらの!」
「ふん! ……全て我らの責と申すか? 自らに何の非もないと? つまるところはそなたらが守り切れなかったのみであるのにか!」
「ぐっ!」
しかし広人の紅蓮は道虚の刃により地に叩き伏せられ、道虚はそのまま刃を振り上げる。
「ははは、左様な物か!」
「広人!」
「……殺気、剣山!」
「ほう!」
しかし、広人は技の名を唱える。
たちまち、紅蓮が叩き伏せられし地より数多の殺気の槍が生える。
道虚はすんでの所にて躱す。
「ほう……直には初めて目にする! なるほど、そなたもただ仲間の下に甘んじていたのみではないということか!」
「ああ……そうだ!」
飛び上がりつつ言う道虚に、下より広人が叫ぶ。
「広人殿だけには戦わせませぬ!」
「ふむ! そなたは……」
道虚はまたも鬼面越しに、今しがた蕨手刀・黄金丸を自らの刃に打ちつけし若者を見る。
刈吉。
道虚と直に相見えるは初の、蝦夷の若者である。
「ははは……誰かと思えば! ……なるほどそなた、滅ぶべき民の子か!」
「な……何を!」
道虚は刈吉をも、愚弄する。
刈吉もまた、怒り心頭に発する。
「そなた!」
「ふん! ……妖喰いとはまた異なる気配よ……まあ所詮、蝦夷であれば妖喰い擬きが精々か!」
「黙れえ!」
尚も鍔迫り合いとなりつつ道虚は、刈吉を愚弄する。
と、その時。
「刈吉、離れなさい!」
「何!? ……白布!」
「む!」
にわかに白布の声が響き、道虚と刈吉の間に割って入りしは。
黄金丸の力纏いし、矢である。
「ふうむ……蝦夷の娘か! そなたらのおかげで我らは、凶道王の力を」
「黙りなさい!」
「ふうむ!」
「白布! 私も!」
道虚の言葉に、白布は再び黄金丸の矢を。
刈吉も黄金丸の刃を、浴びせかかる。
「はあ! ……なるほど、中々の手応えであるな!」
「ixetu syxu!」
「tsxaku tsxaixon ixufu……sumxasiku ywxofu!」
道虚に白布・刈吉は怒る余り。
思わず蝦夷の言葉が、そして友が死にしは元はといえばこの男の仕業との思いが溢れ出る。
その思いを乗せし黄金丸の刃と矢は、道虚もこれまでなきほどに追い詰める。
「ぐっ! ……くっ!」
「hawxo tsxanwxu!」
道虚は刈吉の黄金丸を振り払い切れず、その隙に白布の矢をその鎧に食らったのである。
今、道虚の右腕は刈吉の黄金丸を刃にて受け止め。
左腕は白布の矢が刺さりし所を抑えている。
「今だ! 行くぞ初姫、我らの仇そのものじゃ! 彼奴さえいなければ兄者は、そなたの父は……であれば初姫! 矢をたんまりと喰らわせるぞ!」
「はっ!」
これを好機と見し頼庵・初姫も刃白より矢を数多放つ。
「私も!」
広人も道虚へと向かう。
隼人の仇――
「ふふふ……水上の弟と娘か! はははは!」
「ぐっ……ぐう!」
「ぐあっ!」
「くっ! 初姫、白布殿伏せよ!」
「くっ!」
「はっ!」
しかし、道虚はにわかに笑い出し。
それと時同じくし、道虚の周りが何やら燃え上がり爆ぜる。
刈吉・広人はすんでの所にて間合いを取り。
刃白に乗りし頼庵・初姫・白布は伏せ事無きを得る。
「あ、ありがとうございます叔父上!」
「ありがとうございます頼庵殿!」
「よい。……しかし、何が……」
頼庵らが道虚の方を見れば。
「ふふふ……ははは! 見よ、これが自ら地獄に"堕ち"、這い上がることにより得し私の力よ!」
「ぐう! 一度退く!」
「退くぞ、刈吉殿!」
「は、ははっ!」
頼庵は刃白を退がらせ、広人は刈吉と共に再び道虚より間合いを取る。
道虚は立ち上がり、自らの周りに宵闇色の殺気による炎の海を作り出したのである。
「ふふふ……はあ!」
「くっ、刃白避けよ!」
「広人殿!」
「ああ!」
道虚は殺気による炎の海を広げ。
刃白や、広人・刈吉らに迫る。
「し、しかし……私の矢を喰らいしはず!」
「ははは……効かぬな、蝦夷の娘よ!」
「な!」
道虚は矢の刺さりし左脇腹に当てし左腕を、退ける。
すると矢は、はたと落ちる。
鎧には傷の一つも見えぬ。
初めから、刺さっていなかったのである。
「そ、そんな……」
「ははは! そなたらの憎しみの力、しかと味わせてもらったが……まだまだ手ぬるい! 左様な力では私には、遠く及ばぬぞ!」
「ぐう!」
「ぐあっ!」
「初姫、白布殿!」
道虚が広げし殺気の炎の海を躱しきれず。
広人・刈吉は、頼庵・初姫・白布はそれぞれ、殺気の爆ぜを喰らう。
初姫と白布は頼庵が、守る。
「おお……さあ鬼神様! 止めを!」
「さあて……今日はこれ程にしておく!」
「はいな?」
向麿は妖喰い使いらを倒すよう促すが。
道虚は取り合わず、彼らに告げる。
「よく聞け、妖喰い使い共! 今や、私がこの宵闇を纏いてそなたらと戦いし時より早四年、そして新たに五年が過ぎ去らんとしている! ……そう、この霜月(旧暦十一月)が過ぎ、師走(旧暦十二月)が過ぎれば年は明ける! そして……我ら鬼神一派は年明けと共にこの都に再び妖の大軍勢を放つ! ……再びの百鬼夜行である!」
「な!」
「何!?」
「そ、そんな!」
道虚のこの言葉は、妖喰い使いらを驚嘆させる。
再びの、百鬼夜行――
「百年余り前の禍いが、再び繰り返されようとしていると言うのか!」
「ははは……繰り返すのではない! 百年余り前を超える災禍が、起こらんとしているのだ!」
頼庵の問いに、道虚は返す。
そう、これは百年余り前の繰り返しではない。
この都を焼け野原にするほどに留まりし、あの時とは違う。
次は、この世をそのまま滅ぼすのである。
「ふふふ……さあ妖喰い使いらよ! 与えられし猶予……精々抗うための支度に使うがいい! 首も洗っておけ!」
道虚はそう言うや、高く飛び上がり消える。
たちまち、この場に広がりし炎の海も消える。
「くっ……くそ!」
「くう……」
「うう……」
「bxomi!」
残されし妖喰い使いらや白布・刈吉は。
ただただ、無力という思いに苛まれる。
「はーあ……母さん……」
場は再び、半兵衛のいる山奥。
半兵衛は焚き火にて炙る肉を前にため息を吐く。
幾日経ったか忘れるほどに、母をひたすらに求め動き回ったが。
返って来るは母の言葉や姿ではなく、ただ自らの叫ぶ声が山彦となりし物のみであった。
「はあ、母さん……」
あわよくば、この焚き火に気づき来るということは――
「……いや、ないか。」
半兵衛は再びため息を吐く。
それはあまりにも虫が良すぎる話だなと、自嘲を含む笑いも漏らしつつ。
「……でも、ここで諦める訳には行かねえ。明日は、きっと……」
肉を喰い終えし半兵衛は、腹が満たされしこともあってか微睡む。
明日こそは、きっと――
そうして、どれほど時が経ちしか。
「!? む、紫丸の音……?」
いつの間にやら誠に眠ってしまいし半兵衛は、紫丸の妖を感じし時の音を聞きにわかに目覚める。
どこかに、妖が――
「まったく、つくづくそなたには呆れさせられる。私が来るやも知れぬと分かっていながら、よくものうのうと寝ておられるものであるな!」
「!? ……ようやく、お出ましかい……」
半兵衛は横より聞こえし声に、紫丸の柄へと手を回す。
そう、紫丸が感じし妖とは。
「……母さん!」
「……ふん、強がりおって。」
その妖とは、よりにもよって母・白郎であった。




