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京都の王  作者: 宇井九衛門之丞
第10章 白郎(百鬼夜行前夜編)
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懸念

面女(おもめ)……」


 かつての摂政・道中は浸る。

 それは、もう幾十年かは前になるか。


 それは、とても美しき雑仕女であり――


「道中様。」

「面女……」

「道中様!」

「!? ……あ、ああ……氏式部か。」

「はい。」


 にわかに声をかけられ、驚き振り返れば。

 そこには、娘の侍女が。


 尤も、やはりその姿は内裏を抜け出すため氏式部を装いし中宮である。


 都では向麿の策により、妖喰い使いらが動きを封じられかけつつも、初姫の加勢により何とか助かりし時。


 道虚は山の奥にて母・白郎に再びの百鬼夜行への加勢を求めるも拒まれた。


 そして都を出奔しし半兵衛は。

 かつて、半兵衛が救えずじまいであった村へ向かい、次こそはかつて討てなかった亡き友、春吉・吉人の仇を討つことを決める。


 左様な中、中宮は久しぶりに人目を忍び父の下を訪れていた。


「にわかに申し訳ございません……よろしいでしょうか?」

「う、うむ。」


 道中は戸惑いつつ、首を縦に振る。


「中宮様より、お言伝を賜わっております。……お変わりはないですかと。」

「……ああ、そうか……」


 道中はその言葉に、ふと思い出す。

 そういえば、あの大乱にて静氏一門が力をつけし頃より、自らが宮中に赴くことも少なくなったと。


 なるほど、それは娘より身を案ずる言葉も出るはずである。


「……伝えてほしい。私は達者である、中宮いや、嫜子よ。そなたも身体には気をつけよと。」

「……はい、父上……」

「!? ど、どうしたのだ氏式部よ?」


 しかし、道中は。

 にわかに泣き出しし氏式部の有り様に驚く。


 無論それはこの氏式部が、中宮の装いし姿であるからに他ならぬのだが。


「も、申し訳ございませぬ……そのお言葉を聞きし時の中宮様のお気持ちを思うと……」

「ああ、そうか……ありがたい、氏式部。いつも我が娘のため力を尽くしてくれしことに礼を言う。これからも、よろしく頼むぞ。」

「……はい、道中様。」


 父の言葉を受けつつ中宮は、今叫びたき心持ちであった。


 私こそが、誠の中宮でありあなたの娘なのですよと。

 しかし、どうにかその言葉は呑み込んだ。


 泣きつつ中宮は、次には半兵衛のことを考えた。







「えい!」

「うむ、初姫! 腕をまた上げたな。」


 的の真ん中に矢を当てし初姫を、頼庵は褒め称える。

 あの妖・波山との戦いより、既に幾日か経っている。


 半兵衛の屋敷にて、妖喰い使いらは稽古に励む。


「たのもう! 中宮様からの使いとして、氏式部内侍が参った!」

「おや……氏式部殿!」


 頼庵らが気づき、迎える。

 中宮は自らの、氏原屋敷に行く前に半兵衛の屋敷を訪れていたのである。


「その……半兵衛殿は」

「ああ……すまぬ。その、今は」

「やはり……噂は誠であったか。」


 頼庵の言葉に、中宮は少し落胆の色を浮かべる。

 やはり、書き置きを残し出奔したとの噂は誠であったか。


「何か言伝があれば、お聴きするが。」

「あ、いや……どうしているか確かめて来るようにとのご命であった。おらぬならよい。」

「あ、それはそれは……すまぬな、わざわざ。」


 頼庵は今一度、頭を下げる。


「叔父上! お早く!」

「あ、こらこら初姫! お客人の手前であるぞ!」


 先ほどの続きを求める初姫を、頼庵は窘める。


「いや、よいのだ。……しかし、義常殿の娘御は逞しいな。話には聞いた、前に出し妖を屠られたと。」

「ははは……それはありがたきお言葉よ。」


 中宮の言葉に、頼庵は頭を掻く。

 しかし、頭の中では初姫のことを憂いていた。


 この前妖を屠りしは、他の妖喰い使いらと違い父・義常やその他無限輪廻を肩代わりしてくれし魂が転生した妖やも知れぬということを知らねばこそだと。


 いつかは話さねばならないと思うが、それはいつになるが――


「頼庵殿?」

「! あ、すまぬ……つい呆けてしまってな。」


 中宮より呼びかけられ、頼庵ははたと気づく。

 初姫には客人の前と呼びかけておきながら、この有様とは。


 頼庵は自ら恥入る。


「おほん! ……し、氏式部様? 何の御用で?」

「おや、白布殿!」


 そこへ白布が、割って入る。


「おや、これはこれは……少し、妖喰い使いたちや白布殿たちのご様子を伺いに。」


 中宮は、白布に答える。


「なるほど……しかし、申し訳ございませぬ。半兵衛様は今いらっしゃらぬのですが?」

「それは、今しがた頼庵殿からお聞きした。おらぬのならばよい、すぐ帰る。」

「そうでございますか……どうぞ()()()()()()。」

「いやいや……どうしたのだ? 氏式部殿も白布殿も?」


 中宮と白布は、いつの間にやら身体を近づけ合い睨み合う。


 頼庵も、何やら剣呑なこの有様には首を傾げるばかりであるが。


「こ、これ白布! ……すみませぬ、氏式部様!」


 そこへ、この有様を見かねし刈吉がやって来る。


「あ、いえいえ! ……では、これにて。」

「ええ……」

「ああ、すまぬな氏式部殿!」


 中宮はそのまま手を振り。

 半兵衛の屋敷を後にする。


「(そうか……半兵衛め、どこに……)」


 中宮は半兵衛の留守を確かめるや、そのまま自らの氏原屋敷に向かい。


 今に至る。








「(まったく、半兵衛め……)」

「どうしたのだ、氏式部?」

「! あ、す、すみませぬ道中様……」


 先ほどの半兵衛屋敷での頼庵と同じく、半兵衛への思索に耽りついつい呆けてしまいし中宮は。


 道中の言葉にはたと気づく。


「すみませぬ……その、私……」

「ああ、いや……よいのだが。」


 道中に中宮は、もどかしく想いつつ返す。

 やはり氏式部のなりではなく、誠の中宮として来ればよかったか。


 しかし、それはそれで皆を動かさねばならず。

 何より、先ほどの如く半兵衛の屋敷を訪ねることはできまいと思い直す。


「では道中様……私は」

「い、一大事にございます!」


 中宮が氏原の屋敷を後にせんとしし、その時であった。


 にわかに声が響き、侍女が入ってくる。


「な、何事! ……ですか?」


 余りににわか過ぎ、中宮も今氏式部のなりをししことを刹那のみ忘れる。


「き、鬼神が……!」

「!?」


 侍女のその言葉は、中宮も道中も大いに驚かせる。






「うむ……こちらか!」

「はい、叔父上!」


 式神・刃白が頼庵・初姫・広人・白布・刈吉を乗せ、都の一角へ向かう。


 時は、中宮が半兵衛の屋敷を出て氏原の屋敷に向かいしすぐ後に遡る。


 妖の気配がし、頼庵らは今その場へ向かうさなかである。


 刃白を使うは、こちらの方が白布や初姫を守りつつ戦うには好都合だからである。


 そして。


「! あれは……狸か!」


 刃白の向かう先に、頼庵が見つけしは。

 化け狐ならぬ、化け狸である。


 刃白を見つけるや、化け狸は高く鳴く。

 牙を剥き出し、脅す。


 獲物を見つけしと思ったか。


「さて……広人・白布殿・刈吉殿。私は腹を決めたぞ。そなたらは」

「む、無論である!」

「は、はい!」

「わ、私たちも!」


 頼庵が問うや。

 広人・白布・刈吉も答える。


「……ならばよい。さあ、行こう!」

「応!」


 その言葉を鵜呑みにすべきか分からぬながらも、皆を促す。


 妖喰い使いらの意を受けし刃白は、彼らを乗せ動き出す。


 中より、広人・刈吉が躍り出る。


「殺気……剣山!」

「黄金丸!」


 広人は地より殺気の剣山にて。

 刈吉は黄金丸より伸ばしし光の刃にて。


 それぞれに化け狸を迎え討たんとする。


「さあ……我らも構えるぞ! 初姫、白布殿!」

「はい、叔父上!」

「はい、頼庵様!」


 頼庵は刃白の首の後ろに立ちつつ、右の舷にいる初姫・左の舷にいる白布を促す。


 たちまち両の舷にある弩に、それぞれ緑の殺気の矢と黄金の光の矢が番えられる。


 そして頼庵自らも、翡翠に緑の殺気の矢を番え構える。


 此度こそ――






「ふふふ……さあ! あの小娘に明かしたらなな、あの妖があんたの父親の生まれ変わりやも知れんと!」


 この戦場を遠くより見し向麿は息を吸い込む。


 初姫に、叫ぶためである。

 他の妖喰い使いも向麿らにはつまらぬことに、ひとまずは腹を決めし有様であるが。


 改めて聞けば少なからず、揺らぐであろう。

 これでもう、あんたら妖喰い使いらは終いやあ――


 と、その刹那であった。


「!? 避けよ!」

「ぐっ!」

「白布!」

「くっ! あれは、何ですか?」


 にわかにどこからともなく、闇色の殺気による刃が繰り出される。


 それはたちまち、化け狸を瞬く間に葬り去り――


「なっ……あんた様! 何なさるんや!」

「ははは……すまぬな薬売り! 私は今虫の居所が悪い。せめてもの気晴らしに、先ほどの雑魚たる妖ではなく、私自ら妖喰い使いらに当たらせてはくれぬか?」

「はあ……まあお好きにどうぞ。」


 にわかには現れし()()は、向麿に言う。

 向麿も、元より()()に使われし立場であるため。


 好きにさせよと言われれば、好きにさせぬ訳はなかった。


「久しぶりであるな……妖喰い使いらよ!」

「な……そなたは!」


 にわかに現れし()()の姿に、その声に。

 頼庵らは驚く。


 それはかつて、広人の友・隼人を妖傀儡の術により妖に変えし者。


 頼庵と亡き義常の父・義夕に自ら手を下しし者。


 夏とその愛する人・虻隈を操り、夏の村を虐げし者。


 邪なる妖喰い・宵闇を今も纏い、一時は都を自らの手にて悩乱させし者。


 奥州にて土蜘蛛凶道王を目覚めさせ、白布・刈吉と彼らの亡き友・野代ら蝦夷を脅かしし者。


 そもそも、妖喰い使いらの不倶戴天の仇たる鬼神一派――長門一門を率いしは、この者。


「鬼神!」

「ふふふ……いかにも、私こそそなたらの真に憎むべき仇・鬼神一派が長である!」


 その者・鬼神は、妖喰い使いらの叫びに誇らしげに返す。






 翻って、半兵衛は。


「母さん! いるんだろう?」


 山を駆け回りつつ、半兵衛は叫ぶ。

 母がどこにいるか分からず、手がかりの一つでもあるかと思いかつての村辺りに来たのであるが。


 よくよく考えれば、かつての村にての一件より母が人との交わりを絶ったとすれば。


 却って、この山にはいないかも知れないとも考えられる。


「くっ……浅はかだったか? ……いや、でもこうするしかねえ! 母さん、母さん!」


 半兵衛が徒らになるかもと思いつつ、母を求め叫ぶ声は。


 やはりというべきか、山彦となりて虚しく返る。

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