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京都の王  作者: 宇井九衛門之丞
第10章 白郎(百鬼夜行前夜編)
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村跡

「母さん……」


 半兵衛は呟く。

 所は、次は村跡にて。


 都では向麿の策により、妖喰い使いらが動きを封じられかけつつも、初姫の加勢により何とか助かりし時。


 そして今、山の奥にて道虚が母・白郎に再びの百鬼夜行への加勢を求めている頃。


 都を出奔しし半兵衛が、向かいし所は。

 かつて、半兵衛が救えずじまいであった村。


 ここに半兵衛が来しは、かつての己の罪と向き合わんがため。


 そして半兵衛は、奇しくも今道虚と戦いし母が思い浮かべしものと、まるで同じものを思い浮かべていた。







 それがいつからであったかは、半兵衛には思い出せぬ。


 少なくとも物心つきし時から、半兵衛は既に山奥にいた。


 自らを育ててくれし母・白郎は、半兵衛とは似ても似つかぬ姿をしていた。


 しかし、半兵衛はその時はまったくおかしくは思わず。


 母と二人、幸せな暮らしが続いた。

 厳しきながらも優しき母であったが、それでも首を傾げることが。


 それはある日、森にて狩りをしし時。


「おおっ! 今日はこんな大きな兎が獲れたぜ。こりゃあ……母さんきっと喜ぶなあ。」


 半兵衛がそう、悦に入りし時であった。


「くっ、足が早い!」

「何の、このお!」


 茂みの向こうより、何やら声が聞こえる。

 すると、茂みより兎が。


「待てい! ……お?」

「これかい? ほうらよ。」


 兎を追いし狩人二人も、兎に続き茂みより出てくれば。


 そこには、誇らしげにその兎を獲りし半兵衛が。


「お、おう……す、すまんな!」

「いやいや、いいってことよ!」


 半兵衛は礼を言って来し狩人らに、笑顔を向ける。

 と、その刹那であった。


 何やらけたたましく、獣の吠える声が。


「あ、これは」

「う、うわああ! け、獣じゃああ!」

「逃げねば!」

「え? いや、ちょっと!」


 狩人らは一目散に、逃げ出した。

 しかし、半兵衛には分かっていた。


 あの、吠えの主は。


「……母さん、あの人たち逃げちまったぞ!」

「半兵衛! 何をしておる!」

「え?」


 半兵衛は駆けつけし母に、先ほどの吠えを咎めるが。

 母は怒り顔にて、却って半兵衛を叱りつける。


「いや、ちょっと兎を獲ってやっただけで」

「半兵衛! ……よいか。次に人が寄ってくれば、逃げよ。」

「え?」


 母の言葉に、半兵衛は更に首を傾げる。

 そういえば。


 より幼き頃、人の村の近くを通りし時も。

 半兵衛はそこに住む人たちの姿に、寄って行きたき心持ちだったのであるが。


「半兵衛! ……村など見るな、行くぞ。」

「う、うん母さん……」


 何故かその時も母は、名残り惜しげに村を見つめし半兵衛を振り返り睨んでいた。


 半兵衛は、母はその他にも人との交わりを許さなかったと思いあたる。



「なあ、母さん……何で」

「言っておろう! ……人が来れば逃げよ。 それだけじゃ。」

「あ、ああ……」


 白郎は、有無を言わせぬとばかり半兵衛を睨みつつ言う。


 しかし、人とは憧れを捨て切れぬ生き物。

 半兵衛の、人と交わる喜びへの憧れは、却って母に抑えつけられしことにより強まってしまった。



 やがて月日は経ち。

 母はにわかに、半兵衛の元より離れると言い出す。


「案ずるな、ほんの一時のことよ。」

「ああ、まあいいんだけどさ。」


 半兵衛は、母を見送る。


「半兵衛。 ……この母の言いつけは、守るように。」

「ああ、分かっている。」


 母の去り際の言葉に半兵衛は、頷きを返す。

 しかし、これはあの憧れ――人との交わりへの憧れを抑えし者が、いなくなったということ。


 その後半兵衛が何をしたかは、言うまでもなく。


「ほうら、今日は鹿だ!」

「おおっ! いやあ、いつもすまんな半兵衛!」


 半兵衛は母の言いつけを破り、近くの村人との交わりを始めてしまう。


「半兵衛! おらの魚が上だあ!」

「いんや、おらの魚がだあ!」


 そして、村人の子供である春吉・吉人の二人と親しくなる。





 そのまま、一年と経たぬ頃。


「か、母さん!」

「半兵衛……今帰った。」


 母・白郎が帰って来る。


「いやあお帰り! ……あれ? 母さん、その」

「半兵衛。……言いつけは、守ったのであるな?」


 白郎は半兵衛を、じっと見つめ言う。


「え? あ、ああ……無論さ!」

「……そうか。」


 半兵衛は申し訳なく思いつつも、嘘をつく。

 母は、それより先は問い詰めなかった。


 半兵衛もそれからは、密かに村人らと交わる。




 それから幾年か時が経ちし頃。

 ()()()は、やって来たのである。


「どうだ? 俺はこんなに釣れたぜ!」


 半兵衛は胸を張り、隣を歩く春吉・吉人に籠を見せる。


 釣りに行きし、帰りであった。


「ちっ、おらの方がもっと釣れただあ!」

「次こそは、おらも!」


 春吉・吉人は悔しがる。


「はははっ! まあ精々」


 しかし、村まで差し掛かりしその時であった。


「!? な、何だ?」

「き、キナ臭いだ……」

「!? あ、あれは!」


 にわかにおかしき様を感じし半兵衛たちであるが。

 何やら、村より煙が上がりし様を目の当たりにする。


「む、村が!」

「お、おらたちの村があ!」

「くっ!」


 春吉と吉人は叫ぶ。

 半兵衛も歯軋りし、春吉と吉人を連れて村へと急ぐ。


 やはり村は、燃えている。

 すると、未だ燃え続ける村の中より。


 狐が、出てくる。

 狐の口元には、脚には、身体には。


 血が夥しくついている。


「ば、化け物だあ!」


 春吉・吉人は慄く。

 しかし、その狐を見し半兵衛は。


「か、母さん!」

「えっ……?」

「な……」


 半兵衛の言葉に、春吉と吉人は驚き後ずさりする。

 無論その狐は、半兵衛の母・白郎である。


「……半兵衛。私の言いつけを、守っていなかったのであるな。」

「そ、それは……」

「まあよい。……今さら遅きことよ。」


 白郎は口より、血を吹く。

 先ほど喰らいし、獲物の血である。


 そう、獲物。


「か、母さん……何で、そんな血塗れで」

「ああ、すまぬ……先ほど、この村を喰らい尽くししが故な。」

「えっ……」

「な!」

「ああ!」


 白郎の言葉に、半兵衛は呆ける。

 村を喰い尽くした?  


 まさか村人らは皆、母が――


「痛っ!」

「ば、化け物の子!」

「は、半兵衛……あんたが! おらたちの村に災いを!」


 しかし、左様な半兵衛を現に引き戻すが如く。

 春吉・吉人は石を、半兵衛に投げつける。


「ま、待ってくれ二人とも! これは何かの」

「ふんっ!」

「うわあ!!」


 だが半兵衛に投げられし石を。

 白郎の九尾が、弾いて行く。


 春吉と吉人は、腰を抜かす。


「なっ……母さん!」

「半兵衛、そなたは前にこの者たちと別れし後、帰る道を村人の一人に尾けられていたのだ。その者が他の村人に、私のことを告げ。……私を殺さんと支度していた。」

「なっ……」


 母の言葉は、耳を疑うものばかりである。

 村人たちが、母を?


「まさか……それで母さんは」

「ああ、あちらが誠にしようものならば、先んじて討たねばなるまい?」

「そんな……」


 母は事も無げに、言い放つ。

 そしてそのまま。


「ひ、ひいい!」

「た、助けてくんろ!」

「! か、母さん! 何を」


 半兵衛は後ろより聞こえし叫びに、はたと気づく。

 見れば、白郎がゆっくりと春吉・吉人に近づいている。


「無論、後顧の憂いは絶たねばなるまい? ここにてこの者らを討たねば、先々には仇討ちのために私――いや、そなたらも殺されるぞ?」

「なっ……」


 半兵衛は母の言葉に、尚も呆ける。

 村人らは、母を殺さんとした。


 ならば、その子らである春吉と吉人も、仇を討たんとするであろう。


 それは確かに、半兵衛にも分かる。

 しかし。


「(や、止めてくれ母さん!)」

「ふんんっ!」

「うわああ!」

「は、半兵衛え!」


 止めんとして半兵衛は叫ぶが、声にはならず。


 白郎はそのまま、九尾を刃の如く研ぎ澄ませ。

 目の前の春吉と吉人を、何ら躊躇いなく貫く――





「……半兵衛、これにて後顧の憂いは去ったぞ。」

「……」


 白郎が、半兵衛に振り向く。

 血塗れの九尾を、誇らしげに掲げつつ。


「ほら、半兵衛。」

「……何、で……」

「ん? 何じゃ、半兵衛」

「……何で、殺した!?」


 半兵衛は母に、此度こそ声にて叫ぶ。


「何で殺したんだ、母さん!」

「先ほど言いし通りよ。そもそも、そなたが言いつけを」

「だとしても! ……あいつらは子供だ、何の力も持ってやしない! 何で、そんな奴らを!」


 半兵衛は尚、叫ぶ。


 しかし、母は冷ややかに返す。


「ならば問おう、半兵衛よ。何故、そなたは選ばなかったのか?」

「……何?」


 母のこの問いに、半兵衛は尚も呆けしまま首を傾げる。


「私たちの暮らしかこの村人らか、何故選ばなかったのかと聞いておる。……何故、村人らの前に立ち彼らを庇わなかった? 或いは、私たちの暮らしを守らんとして村人に牙を剥くこともしなかったのだ?」

「そんなの……」


 母の問いに、半兵衛は頭を抱える。

 そもそも、半兵衛の中には選ぶなどという考えはなかった。


 半兵衛の中にありしは。


「俺は……俺は! 何かの間違いだって思いたかった! だから、話せば分かるって」

「半兵衛……その言葉、もはや私を呆れ返らせるのみであるぞ。」


 半兵衛がようやく絞り出しし言葉に、母は落胆の色を見せる。


「私は……そなたの育て方を間違えたようだ。ただただ安寧の時を享受させ過ぎた。少しは現のことをもその髄まで教えこまねばならなかった。」

「母さん……」

「だから、そなたはそんな子に育ったのだ。目の前のことが、現が解せぬ。だから先ほど、あのような有様に置かれながらそんな甘き考えだったのだ!」

「そんな……」


 半兵衛はその場に、へたり込む。


「何かの間違いだと? 生憎であるが半兵衛、今一度見よ! 村はこの通り、焼けている。村人は誰一人として生き残っておらぬ。……私が今しがた手にかけし、そなたの”友"二人も含めてなあ!」

「母さん!」


 半兵衛の心には、到底受け入れ難きことばかりが流れ込む。


 母が、春吉と吉人の村を襲い村人らを皆殺しにしていた。


 それはそもそも自らが、母の言いつけを破りしがため。


「……いや、そもそもあの者たちは友でも何でもなかったやも知れぬな。友であれば、何故そなたに石を投げた?」

「……それは……」

「……あれぞ、我らに向けられて然るべき行いだ。我らと人が交われば、きっと災いが起こる! 私はそれを、この身をもって覚えた。だから、言いつけておったのだ。」

「……あ、ああ……」


 半兵衛の中で、何もかもが崩れ始める。

 これまでの暮らしも、信じるべき者も。

 全てが。


「……だとしても! 俺はあんたが許せねえよ母さん! 春吉や、吉人を……」

「言っておろう? 彼奴らは……いや、そなたがそう思うならばよい。ならば」

「ん! ……これは」


 白郎はふと、九尾の一つを動かし。

 半兵衛の前に、鋤を置く。


「私が憎いのだろう? ……殺さば殺せ!」

「なっ……!」


 半兵衛は戸惑う。

 しかし。


 ――何故、村人らの前に立ち彼らを庇わなかった? 或いは、私たちの暮らしを守らんとして村人に牙を剥くこともしなかったのだ?


 頭の中で蘇りしは、先ほどの母の言葉。

 此度こそ、選べということか。


「う……うおおお!」

「……来い、半兵衛!」


 半兵衛は徐に、鋤を手に取る。

 白郎も、身構える。


 先ほどと同じく、九尾を刃の如く研ぎ澄ます。

 息子であれ、手抜きはすまいということか。


 しかし。


「……やっぱり、出来ねえ!」

「……半兵衛。」


 半兵衛は、鋤を投げ出す。

 母を殺すなど、できる訳もない。


「……つくづく私をがっかりさせてくれる。忌まわしき子よ! そなたが言いつけさえ守っておればよかったのだ! ……去れ。私の前にもう姿を見せるな!」

「母さん……」

「私を母とも呼ぶな! ……去れ、去らぬと……」

「くっ……うわあああ!」


 半兵衛は母の言葉に、泣き叫びを返し。

 そのまま母の言葉に従い、走り去る。



「やはり……所詮は、腹が決まらぬということよ。しかし、自らの言いつけを破りしは私とて同じか……」


 白郎は呟きつつ、振り返る。

 その目の、先には――




 それから、どれほど経ちしか。

 半兵衛はなけなしの銭を得て、都に辿り着いたのであった。








「母上!」

「……!? くっ、私とししことが……」

「母上?」


 白郎はふと、道虚の言葉にて気がつく。

 まさか、長きこと呆けていたというのか。


 何故。


「まさか……一国半兵衛のことを?」

「……!? その名を……その名を口にするなあ!」

「くっ! 母上!」


 白郎は心を見抜かれし悔しさから、道虚に九尾の一つを研ぎ澄ませ向ける。


 それは、かつて春吉と吉人を葬りし時と同じである。


「母上……分かりました。」

「何!?」


 しかし、白郎が驚きしことに。

 道虚は手に持ちし刃にて防ぐこともなく、その尾を受けんとする。


「敦読い! ……くっ。」

「!? ……母上。」


 白郎は尾を。

 すんでの所にて止める。


「私をどこまでも侮りおって……もうよい! 去れ。私の前にもう姿を見せるな! そなたなど、百鬼夜行でも何でも起こして半兵衛めに滅ぼされればよい!」

「……分かりました。今日は退かせていただきます。しかし、諦めませぬ。百鬼夜行には加勢いただかなくとも……せめて、その後にお迎えに参ります!」


 道虚は白郎の言葉に返すや、去る。


「ふん……血の繋がりはないというのに敦読め、半兵衛と同じ別れ方をさせおって! ……ふん。」


 白郎は吐き捨てるや。

 そのまま自らも、より山の奥に退く。






「……遅くなってすまねえな、春吉・吉人。」


 半兵衛は、村跡にて今一度手を合わせ跪く。

 ここに葬られているかも分からぬ、友らに向けて。


「俺に出会わなけりゃ、あんたらも他の村の人たちも……今も幸せだっただろう。今さら、どの面下げて来れたんだって思われても仕方ねえ。ただ、一つ言いに来た。」


 半兵衛は顔を上げ、言う。


「あの時は選べなかったが……俺は此度こそ選ぶ! あんたたちの仇を討つことを!」

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