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京都の王  作者: 宇井九衛門之丞
第2章 喰宴(水上兄弟編)
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刀語

「今一度言おう、邪魔立てするならば斬る!」

 頼庵は帝を押さえ、刃を向けつつ周りの公家ら、女官ら、そして衛士らに告ぐ。


「よ、頼庵! 何の真似を……」

 声を上げしは、衛士として守りに入っておった広人である。


「ふっ、それも再び言わねばならぬか! 我らの父の仇、それがこの帝と、半兵衛である!」




「父の、仇……?」

 半兵衛は全く身に覚えなきことを言われ、ただただ惑うのみである。


 ここは内裏の外である。半兵衛は義常よりにわかに攻められ、その刃を受け止めし。


「半兵衛殿……我らの父は二月あまり前に殺められた! 紫の刃を持ちし者に!」

 義常は半兵衛に受け止められ、防がれし自らの刃を再び振り上げ、振り下ろす。


「! それが、俺だと! おいおい、二月前なら俺は忙しくてそんな暇……」

 半兵衛は言いながら身ごと躱すが、すぐさま次の刃が迫り、再び自らの刃にて受け止める。


「今は戦の時! 語るならば刃にて語ろうぞ!」

 義常は三度、四度と刃を振り下ろす。その度に半兵衛は防ぐが、これでは守るのみである。


「どうした! 前に私にそなたが言いしこと、お返しせねばならぬではないか! ……腹の決まらぬ者めが!」

 そんな半兵衛を嘲り、汗を散らしつつ義常は尚も刃にて攻め続ける。


「……そこまで言われては、仕方なきって所か!」

 半兵衛は次に来し義常の刃を、大きく振り払い、すかさず義常の懐に入らんとする。


「甘えるな!」

 義常も素早く刃を構え直し半兵衛の刃を受け止め、かと思えば大きく振り払い、間合いを詰める。


「そっちこそ!」

 半兵衛はその義常の刃も受け止める。そして強く振り払い、再び義常へ迫る。


「何を!」

 義常はまたも防ぐ。そして先ほどと同じく、半兵衛の刃を振り払い――


 お互い一歩たりとも引かぬ。

「おい、まさか弟も……」

 半兵衛は刃にて迫る。


「言うまでもなきこと、我らの目当ては同じであれば!」

 義常は刃を防ぎつつ、再び半兵衛に迫る。


「弟は、今帝を!」

 義常は半兵衛に刃を振り下ろすが、またも防がれる。


「あんたら、何してるか分かってんだろうな!」

 半兵衛が防ぎ、次に攻めつつ問う。


「俺にはともかく、帝に刃向かうなんざ!」

 半兵衛の攻めを受け止め、次に義常は大きく振り払い、間合いをとる。


「ああ、知っておる!」

 義常は後ろに一度下がりしと思えば、次には先ほどより勢いをつけ、半兵衛へ向かい来る。


「我らは、過ちを犯しているやも知れぬ! そして兄として、弟にさようなことはさせぬべきであったやも知れぬ!」

 勢いに任せ振り下ろされし義常の刃に、半兵衛も思わず少し退く。


「であるが、止められぬ! 自らも、弟も! であれば進むのみよ! この戦が我らが進むべきか否か、教えてくれようぞ!」

 義常は再び続けざまに、自らの刃にて半兵衛の刃を幾度も、打つ。半兵衛は、またも押される。


「戦に教えてもらうだ! ?ふざけるな、そんくらい自分(てめえ)で決めろや!」

 半兵衛は押されつつも、踏み止まり。これより引くまいと踏ん張る。


「今は進むのみ! そして阻むものはひたすらに、斬るのみ、射抜くのみよ!」

 義常は尚も勢い衰えず。ひたすらに半兵衛を押す。


「そうかい、いいねえ! それがあんたの決めし腹ならな!」

 半兵衛は義常の刃を尽く受け止め、やがて迫りし刃に自らの刃を、上より押し付け、動きを止める。


「な、何と……この!」

 義常はならばと下に振り払うが半兵衛は躱しつつ、次には逆に自らに迫る。


「くっ!」

 義常はすんでの所で受け止め、防ぐ。


 やはり共に引かぬ戦が続く。


「ふん、半兵衛殿! やはりかなりの使い手であるな!」

 義常は脂汗を顔に浮かべつつも、笑いながら言う。


「義常さんこそ! でもこれじゃ、埒明かねえな!」

 半兵衛もやや息を切らし、しかし顔には笑みを浮かべ言う。


「そうであるな……では。」

 義常は小刀を、にわかに投げ捨てた。


「な……でも隙ありだぜ!」

 半兵衛はためらいつつも丸腰となりし義常に、迫る。


「ふん、甘い!」

 義常はすぐさま、手に弓・翡翠を持ち、半兵衛の刃を受け止める。


「な……?」

 半兵衛はその様に、戸惑う。


「……これは妖喰いの使い手同士の戦い。であればそれらしく、殺気を纏いて戦おうぞ!」

 義常が言い放つや翡翠は、殺気を纏う。

 その殺気はいつもの光のごとき様に非ず。滾る炎のごとし。


「分かった……俺も答えよう!」

 翡翠と交えられし半兵衛の紫丸も同じく、炎のごとく殺気を纏う。


「行くぞ!」

 言うや義常は、その背中に、殺気を纏う。殺気の形は仏の光背に似るが、やはりその様、向かい風を受け、たなびく炎のごとし。


「なっ……」

 半兵衛がためらい、刹那。義常は翡翠を大きく振るい、紫丸を振り払い。それにより半兵衛は、大きく後ろへと飛ばされし。


「くっ、ぐうぅ!」

 飛ばされつつ、何とか足を地につけ、踏ん張りかろうじて止まる。


「何だよ義常さん、手え抜いて……」

 言わんとせし刹那である。


 殺気の矢が、数多半兵衛めがけ。

「くっ、くそ……」

 半兵衛は尽く躱し、近くの垣根を盾にするが――


「くっ、垣根が!」

 すかさず放たれし数多の矢により、砕かれる。


「何をしておる半兵衛殿?言うておろう、腹を決めよと!」

 義常は尚も、矢を続けざまに射続ける。


「……そうだな、逃げてばかりじゃ始まらねえ!」

 半兵衛は前に、進み出る。しかしやはり、数多の矢は半兵衛の力を持ってしても防ぎきれぬようである。


「なるほどな、では……これならどうだ!」

 半兵衛は紫丸の刃を伸ばす。豪炎のごとき殺気の刃が数多の矢を物ともせず、義常に迫る。


「……くっ、先ほども見せし技か! 遠くからでも攻められるとは、やはりかなりの使い手であるな!」

 義常はすんでの所にて躱しつつ、半兵衛を讃える。


「ふん、そっちこそ! こんな数多の矢を放てるんならさっさと見せてろや!」

 半兵衛は再び殺気の刃を伸ばし、義常に叫ぶ。


「自らの技はむやみに他人に見せぬようにする! 戦の本髄ですぞ、半兵衛殿!」

 義常はまたも殺気の刃を躱し、次には矢を一つ放つ。


 やはりどちらも、引かぬ。

 しかし半兵衛は、確かに義常との間合いを詰めつつある。


「あんたの弓は飛び道具! なら、近くに寄ればどうかな!」

 半兵衛は叫び、さらに間合いを詰めんとする。


「なるほど、さようであるな! ならば!」

 と義常は、にわかに動きを止める。やがて炎のごとく纏わりつきし弓の殺気は、眩き光のごとき様となる。


「な、何! ?」

 半兵衛は驚嘆する。義常のその様は確かに弦を引き、矢を射らんとする構えであるが、そこに矢は、つがえてはおらぬ。


「何だ……?まあいい、隙ありだ!」

 言うや半兵衛は飛びかかる。そして、義常を斬らんとするが――


「……来い、半兵衛殿!」

 刹那、義常は引きし弦を放す。すると先ほどより光りたる弓は、その輝きを増し。


「な、何……!」

 半兵衛はその光へと、吸い込まれる。




「……ん?どこだ、ここ?」

 あまりの眩さに目を瞑りし半兵衛は、目を開き自らの前に広がりし様に驚嘆する。


「野原……?」

 見覚えなき開けし野原。そして、半兵衛の後ろには――


「……屋敷?」

 踏台を逆さまにしたかのごとき、張り出せし屋根を持つ屋敷。


 屋敷は母屋と、納屋らしき小屋しか見えぬ。半兵衛には、村にて農民の住む小屋のごとき家や、貴族の住まう寝殿造しか見覚えがない。この屋敷は果たして――


常千代(つねちよ)! 未だ甘い! そのような様では、弟に笑われてしまうぞ!」

 にわかに声がし、振り返る。そこには弓を携えし男と、その息子らしき幼子が。


「父上、しかし……」

 常千代と呼ばれし息子は答える。


「しかしではない! そなたも兄になる者なれば、少しは上に立つ者の心を持たぬか!」

 父は尚も責め立てる。


 と、刹那。

 何やら泣き声がする。声はあの屋敷の中よりである。

「……常千代、腹の決まらぬうちに兄となるのだな。」

 父は常千代を見下ろし、そう呟く。


「……はい。」

 常千代は潤みし目にて、答える。


「これは……」

 半兵衛は訝る。考えてみれば、この二人は自らが目の前におるというに、全く気づかぬ様である。


 すると。

 いつの間にやらあの父子も、半兵衛も、先ほどの野原とは違う所におる。


 襖に板敷の床――外でないことは明らかである。であれば、先ほどの母屋の中か。


 床の上には布団が敷かれ、そこには赤子と共に女が寝ておる。赤子の母親か。

「うむ、常千代よ。そなたの弟であるぞ。」

 父は赤子を母より預かり、常千代に渡す。


「……私の、弟……!」

 常千代は目を輝かせる。半兵衛もその様に、何やら心が手放しにて浮き立つ様を感ずる。

「何故だか、他人事に思えねえ……」


 やがて所はまたにわかに変わる。そこは先ほどの野原であり、見れば父は、先ほどよりは大きくなりし常千代と、赤子が大きくなりしと見える幼子と共に野を、駆けておる。


「常千代! まだ自らのことしか見えておらぬのか! 桑若(くわわか)がどうなってもよいのか!」

 父は先ほどよりもさらに厳しく、常千代を叱る。


「父上、すみませぬ……もう一度!」

 泥に塗れながらも、常千代は幾度も立ち上がる。

 その目は爛々と輝き、負けまいとする気迫を感ずる。


「弟の前で、情けなき姿は晒せぬ……あれ?」

 半兵衛は戸惑う。常千代の心が、手にとるかのごとく分かる。それのみに非ず、やはりその心は他人事のようには思えず、あたかも自らが心のごとし。


「これは、何故……」

 半兵衛の戸惑いも尻目に、所――のみならず、時も――は移り変わり。次には屋敷の中となり。


 そこには、逞しくなりし常千代と、未だ幼さの残る桑若の姿が。常千代の頭には、冠が。


「父上、私も早く元服(成人)しとうございます!」

 桑若は父に縋り付き、急かすかのように言う。


「そなたはまだ早い。そう焦るでない。……しかし、常千代。否、水上太郎義常みなかみたろうよしとこよ。そなたも歳こそ元服するに値するが、元服したとて、まだまだ人が成るには届かぬ。より励め!」

 父は桑若を優しく諭し、が、次に常千代――否、義常――には厳しき口ぶりにて諭す。


「はっ、父上!」

 弟に比べればそこまでではないとはいえ、義常もやはり未だ幼さの残る顔立ちと声にて返す。


「……まだ認められない、か。」

 呟きしは半兵衛である。やはりその心の中は、騒ぐ思いにて揺れる。

「どうすれば、父に……」


 またもにわかに所は変わる。

 所はあの、野原である。

「桑若! 甘いぞ!」

 義常は桑若を咎める。


「しかし、痛いのです……」

 桑若は、擦りむきし膝を見せる。


「……ふむ。これで良かろう。さあ、励み直しじゃ!」

「はっ!」

 義常は桑若の膝に、自らの破りし布を巻き、稽古に戻る。


 が、その夜。

「義常! あれでは馴れ合いである。もっと弟を厳しくせぬか! え!」

 父は激しく、義常を責める。


「……申し訳ございませぬ。」

 義常は深々と頭を下げるが。


「……認められぬばかりか、私ばかり責められるのか……」

 半兵衛はまたも呟く。心には、怒りとも見える気が宿る。


 次の所は、再び屋敷の中。

「桑若、そなたは今日より水上次郎頼庵みなかみじろうよりいおである!」

 父は高らかに、声を上げる。その目の先には冠を被りし桑若――否、頼庵――が。


「はっ! 私もまた水上の家の力となりとう存じます!」

 頼庵は声を上げる。その声には強き力がこもり、誇らしげである。


「……義常よ、これより頼庵をいかに育てるか。それはそなたに因るものぞ。」

 父はやはり、厳しき声を義常にはかける。


「はっ! 父上!」

 義常は声を上げる。


「どうすれば、認められるんだろうな。」

 やはり半兵衛も呟く。先ほどよりも心騒めきて。


 やがてある夜。義常と頼庵の寝る間に。

「何奴であるか!」

 外より、父の声がする。義常は飛び起き、外をそっと襖を僅かに開け覗き見る。


「……父上!」

 義常は出んとするが、すぐにおかしき様に気づく。


「紫の、刃……?」

 父の目の先には、何やら刃を振り上げし者が。

 その刃は、暗い中で何やら怪しく、鈍い光を放つ。義常は暗き中でその暗き光を、見つめる。


 刃の色は、紫に見えし。

 刹那。

 刃を持つ者は父を、斬る。


「父上!」

 義常は、気がつけば叫んでおった。


 その声に気づきし刃の者は、次には義常らの眠りし屋敷の中へ、迫る。

「兄者、何を……」

 叫び声に飛び起きし頼庵であるが、既に刃の者は、襖を切り裂き屋敷の中へと。


「う、うわあ!」

 頼庵は叫ぶ。義常は周りを見渡す。

 自らの刀の置きたる所まで、届くか。


 しかし、義常はすぐにその考えを振り払う。今自らが動けば、丸腰たる弟はどうなる。


 義常は弟を庇い、その前に立ち塞がる。

 しかし刃の者は既に、二人に迫る。


「く、くそ!」

「兄者!」

 義常、頼庵は叫ぶ。

 このまま、終わるのか――


 が、刹那。

 刃の者は振り向き、自らの後ろより迫る刃を受け止める。

 見ればそこには、二人の人影が。


「……隙ありである!」

 義常はすかさず刃をとり、刃の者の背を斬りつけんとして――


「なっ!」

 が、刃の者はにわかに消える。


「追うぞ!」

「はっ!」

 二人の人影も、刃の者を追い消える。


「ち、父上! 父上!」

 頼庵の声に義常は振り返る。

 そこには、刃により斬られし父の姿が。


「父上、早く傷が治りますよう……」

「もう終いである。できぬ。」

 時は父が斬られしより次の日。


 その場では命を取り止めし父であったが、傷は深い。

 父を励さんとかけし義常の言葉も、父により否まれる。


「ち、父上……」

 頼庵は泣きじゃくる。義常は自らの目元に触れる。

 涙は、ない。


「これ頼庵、泣くでない! 男であろう。……義常。そなたに一つ、告げねばならぬ。」

 父は頼庵を叱り、義常に語りかける。


 水上の家には百年(ももとせ)あまり昔より、受け継がれし弓がある。但し、それを使いし義常たちの曽祖父は死んでしまい、その弓は呪われしものとして忌まれるようになったと。


「……しかし私を斬りしあの刃。あれはその弓と同じく、"妖喰い"であれば。……もはや出し惜しみはしておれぬ、その弓を取れ。使い方を書き留めし書も、共にある。そなたらでそれを使い、水上の家を守れ……」

「ち、父上?」

 父はそう言い残し、息絶える。


 頭を伏せ悲嘆にくれる頼庵、傍らにて考え込む義常。

 しかし二人は、家を治めることすら許されぬ。


「重臣たちよ! わが兄がなくなった。しかしその世継ぎたる義常らは、未だ未熟である!」

 こう語りしは、父の弟・夕五(ゆういつ)である。


「故に私が! この水上の家を守らんと思う。異議はあるか!」

 夕五は目の前の家臣らを見渡す。誰も異は、唱えぬ。


「……では私が! 水上の家を継ぐ!」

 夕五は重臣たちを前に拳を上げ、高らかに言う。



 夕五の重臣たちへの話も終わり、その夜。

「……兄者、誠にか?」

「ああ、今宵しかあらぬ。」

 頼庵、義常は屋敷の裏より抜け出す。


 目指すは、亡き父に教わりし、"妖喰い"の弓のある所である。

 と、そこへ。

「謀反人が逃げたぞ!」

 後ろより声が上がる。


「くっ、夕五め! やはり手を!」

 義常は歯ぎしりする。


「兄者、どうする!」

 頼庵が声を上げる。


「……いかなる壁があろうと、我らは弓を目指すのみよ!」

 義常は弟を、奮い立たせる。


「……心得た!」

 弟も、兄に応える。


 追われながらも二人は、どうにか弓の所へ辿り着くが。

「ようこそ、お二人とも。」

 何やらそこには、翁の面を被りし、二人が。


「な、何奴!」

 頼庵は前に出んとするが、義常が腕にて制す。


「そなたらは……父の殺されし時、我らを救いし者!」

 義常は驚嘆する。あの時、義常・頼庵を斬らんとせし紫の"妖喰い"より、二人を救いし者たちである。


「な、何と……かたじけない。ご無礼を……」

 頼庵も驚嘆し、礼を言う。


「何の、斬られんとする者を見捨てるなどできぬが故に。

 ……しかしそなたらには伝えねばならぬ。あの紫の刃にてそなたらの父上を殺せし者は、帝の手の者であったと!」

 義常より向かいて左の翁の面が、告げる。


「な、何と! しかし何故……」

 驚嘆し訝る義常に、

「……そなたら、"妖喰い"は知っておろう?そう、ここにある弓である。今都には噂にありし妖が出てな、帝は都を守らんがため、全ての"妖喰い"を集めんとしておられる。そなたらの父上は、帝に奪われんとせし"妖喰い"を守らんとして……」

 こういいかけ口ごもるは、右の翁の面である。


「……おのれ、我らが父を!」

 頼庵は涙を流し、怒りを露わにする。


「……であれば、そなたらは都に行かねばならぬ。ここにある弓を取り、父の仇を討つのじゃ。」

 左の翁の面が、こう告げし。


「……うむ、やむを得ぬな。頼庵、都を目指すぞ!」

 義常は腹を決める。


「ああ、我ら二人でも! 兄者と私なれば、大軍も同じよ!」

 頼庵も強く、声を上げる。


 が、そこへ追手の声が。

「……ここは我らが引き受けよう、さあ早く! 都にて会おう、もし父上の仇を打たんとする腹を決めたならば、この紙に書けば我らは馳せ参じる!」

 二人の翁の面は共に言い、義常に紙を渡すや、追手へと向かう。


「……かたじけない!」

 義常・頼庵はそのまま、弓の納められし祠へ行き。

 書と弓を取りて都へと向かう。


 その間は野を駆けつつ、書を読むことと、現に使うことによって妖喰いの技を会得せし。


 そして都に着き、半兵衛らと共に大蛇を倒せしあの夜。

 義常と頼庵はあの、二人の翁の面の男たちとついに、相見え父の仇を討つ腹の決まりしを告げる。


「……よくぞ腹を決めていただいた。ではお膳立ては、我らにて。」

 言うや翁の男たちは、後ろより何やらとり出だす。


 それは玉であるが、義常はその中身を見るや、驚嘆する。

「な、何と……妖……!」

「うむ、たまたま手にせし次第であれば。何せあの半兵衛はともかくも、帝は堅すぎし守りのさなか。であればこの妖を使いて、内裏を乱せばよかろう。その隙に、帝を……!」

 左の翁の男は、そう高らかに言う。


「うむ、しかし……」

「では私が、帝を討つ。兄者はあの男、半兵衛を。」

 義常の言葉を遮り、頼庵が言い放つ。




「……なるほど、それでか。ようく分かったよ。」

 半兵衛が呟く。


 見ればいつの間にか、自らは緑の光の中に。

「……これは心空し(こころうつ)、そう呼んでおる。自らの心を敵に、妖喰いの殺気づてに映す技よ。」

 声の方を見れば。そこには、弓を構えし義常が。


「……義常さん、あんたがしたかったのは仇討ちじゃねえ。俺や帝に語ってくれたように、いずれは水上の家を立て直すこと、だろ?」

 半兵衛が言うと、義常は少し、恥じ入りし様を見せる。


「……私は父を憎んでおったやも知れぬ。いつも厳しきことばかり言う。しかしただの一度も認めてはくれぬ。だから父の死を前にしても、水上の家のこと、そして元より家を狙いし伯父のことばかり考える、涙も流さず。……私はさように親不孝な自らも許せぬ。」

 義常は顔を伏せる。その目には、涙が。


「……そこまでは俺も知る由がねえ。でもな、義常さん。その、家を立て直すってのも、父上さんの望みを叶えてやろうとするが故じゃねえか?だったらあんたはちゃんと孝行してるって。」

 半兵衛は諭す。


「……ふん、知ったような口を。」

 義常は未だ涙を押さえつつ、笑みも混じりに半兵衛に言う。


「……知ってるさ、あんたの技のおかげでな。」

 半兵衛も笑いつつ、返す。


「……やはりそなたには敵わぬな。」

 義常は弓を下ろす。


「一つ、聞く。……半兵衛殿、そなたは我らが父を。」

「殺してねえ。帝も同じだ。……あんたらはあの翁の面の奴らに、担がれたんだ。」

 半兵衛は先ほどとは変わり、締まりし顔にて返す。


「……うむ、信じよう。」

 義常は言う。


 刹那、半兵衛と義常を包みし緑の光が、消える。

 半兵衛の前の義常は、膝と手をつき、息を切らす。

「……先ほどの技にて私は、既に力を尽くせし。……半兵衛殿、私を斬ってくれ……!」

 義常は自ら、命を投げ出す。


「うん、そうだな。……あんたらはそれだけのことを」

 半兵衛は言いつつ、紫丸を振り上げ、義常を斬らんと――


「……半兵衛殿?」

 せず、鞘に納め懐より縄を取り出だし、義常を縛る。


「……て言っても、俺には決められねえよ、決めるは帝だ。」

 半兵衛は義常に、言う。


「……よいのか。」

「……ああ。あんたこそいいのか、俺を信じて。」

 半兵衛に問う義常に、半兵衛が問う。


「……そなたの刃は、そもそも紫ではない。前に殺気を託されし時、既に気づいておった。」

 義常は返す。父を殺せし刃は人を斬りしも紫であったのに、半兵衛の刃が紫たるのは、妖を斬りし、その時のみ。


 義常は大蛇の妖との戦にて既に気づいておったが、それでもひたすら半兵衛と帝への仇討ちに燃ゆる、弟は止められぬ。


「私もまだ信じきれし訳ではなかったが故に。……すまぬ、半兵衛殿。」

「……だったら、もう止められるだろ。」

「……ああ。」

 義常は謝り、半兵衛は返し、心を切り替える。


 未だ戦は、終わってはおらぬ。

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