刀語
「今一度言おう、邪魔立てするならば斬る!」
頼庵は帝を押さえ、刃を向けつつ周りの公家ら、女官ら、そして衛士らに告ぐ。
「よ、頼庵! 何の真似を……」
声を上げしは、衛士として守りに入っておった広人である。
「ふっ、それも再び言わねばならぬか! 我らの父の仇、それがこの帝と、半兵衛である!」
「父の、仇……?」
半兵衛は全く身に覚えなきことを言われ、ただただ惑うのみである。
ここは内裏の外である。半兵衛は義常よりにわかに攻められ、その刃を受け止めし。
「半兵衛殿……我らの父は二月あまり前に殺められた! 紫の刃を持ちし者に!」
義常は半兵衛に受け止められ、防がれし自らの刃を再び振り上げ、振り下ろす。
「! それが、俺だと! おいおい、二月前なら俺は忙しくてそんな暇……」
半兵衛は言いながら身ごと躱すが、すぐさま次の刃が迫り、再び自らの刃にて受け止める。
「今は戦の時! 語るならば刃にて語ろうぞ!」
義常は三度、四度と刃を振り下ろす。その度に半兵衛は防ぐが、これでは守るのみである。
「どうした! 前に私にそなたが言いしこと、お返しせねばならぬではないか! ……腹の決まらぬ者めが!」
そんな半兵衛を嘲り、汗を散らしつつ義常は尚も刃にて攻め続ける。
「……そこまで言われては、仕方なきって所か!」
半兵衛は次に来し義常の刃を、大きく振り払い、すかさず義常の懐に入らんとする。
「甘えるな!」
義常も素早く刃を構え直し半兵衛の刃を受け止め、かと思えば大きく振り払い、間合いを詰める。
「そっちこそ!」
半兵衛はその義常の刃も受け止める。そして強く振り払い、再び義常へ迫る。
「何を!」
義常はまたも防ぐ。そして先ほどと同じく、半兵衛の刃を振り払い――
お互い一歩たりとも引かぬ。
「おい、まさか弟も……」
半兵衛は刃にて迫る。
「言うまでもなきこと、我らの目当ては同じであれば!」
義常は刃を防ぎつつ、再び半兵衛に迫る。
「弟は、今帝を!」
義常は半兵衛に刃を振り下ろすが、またも防がれる。
「あんたら、何してるか分かってんだろうな!」
半兵衛が防ぎ、次に攻めつつ問う。
「俺にはともかく、帝に刃向かうなんざ!」
半兵衛の攻めを受け止め、次に義常は大きく振り払い、間合いをとる。
「ああ、知っておる!」
義常は後ろに一度下がりしと思えば、次には先ほどより勢いをつけ、半兵衛へ向かい来る。
「我らは、過ちを犯しているやも知れぬ! そして兄として、弟にさようなことはさせぬべきであったやも知れぬ!」
勢いに任せ振り下ろされし義常の刃に、半兵衛も思わず少し退く。
「であるが、止められぬ! 自らも、弟も! であれば進むのみよ! この戦が我らが進むべきか否か、教えてくれようぞ!」
義常は再び続けざまに、自らの刃にて半兵衛の刃を幾度も、打つ。半兵衛は、またも押される。
「戦に教えてもらうだ! ?ふざけるな、そんくらい自分で決めろや!」
半兵衛は押されつつも、踏み止まり。これより引くまいと踏ん張る。
「今は進むのみ! そして阻むものはひたすらに、斬るのみ、射抜くのみよ!」
義常は尚も勢い衰えず。ひたすらに半兵衛を押す。
「そうかい、いいねえ! それがあんたの決めし腹ならな!」
半兵衛は義常の刃を尽く受け止め、やがて迫りし刃に自らの刃を、上より押し付け、動きを止める。
「な、何と……この!」
義常はならばと下に振り払うが半兵衛は躱しつつ、次には逆に自らに迫る。
「くっ!」
義常はすんでの所で受け止め、防ぐ。
やはり共に引かぬ戦が続く。
「ふん、半兵衛殿! やはりかなりの使い手であるな!」
義常は脂汗を顔に浮かべつつも、笑いながら言う。
「義常さんこそ! でもこれじゃ、埒明かねえな!」
半兵衛もやや息を切らし、しかし顔には笑みを浮かべ言う。
「そうであるな……では。」
義常は小刀を、にわかに投げ捨てた。
「な……でも隙ありだぜ!」
半兵衛はためらいつつも丸腰となりし義常に、迫る。
「ふん、甘い!」
義常はすぐさま、手に弓・翡翠を持ち、半兵衛の刃を受け止める。
「な……?」
半兵衛はその様に、戸惑う。
「……これは妖喰いの使い手同士の戦い。であればそれらしく、殺気を纏いて戦おうぞ!」
義常が言い放つや翡翠は、殺気を纏う。
その殺気はいつもの光のごとき様に非ず。滾る炎のごとし。
「分かった……俺も答えよう!」
翡翠と交えられし半兵衛の紫丸も同じく、炎のごとく殺気を纏う。
「行くぞ!」
言うや義常は、その背中に、殺気を纏う。殺気の形は仏の光背に似るが、やはりその様、向かい風を受け、たなびく炎のごとし。
「なっ……」
半兵衛がためらい、刹那。義常は翡翠を大きく振るい、紫丸を振り払い。それにより半兵衛は、大きく後ろへと飛ばされし。
「くっ、ぐうぅ!」
飛ばされつつ、何とか足を地につけ、踏ん張りかろうじて止まる。
「何だよ義常さん、手え抜いて……」
言わんとせし刹那である。
殺気の矢が、数多半兵衛めがけ。
「くっ、くそ……」
半兵衛は尽く躱し、近くの垣根を盾にするが――
「くっ、垣根が!」
すかさず放たれし数多の矢により、砕かれる。
「何をしておる半兵衛殿?言うておろう、腹を決めよと!」
義常は尚も、矢を続けざまに射続ける。
「……そうだな、逃げてばかりじゃ始まらねえ!」
半兵衛は前に、進み出る。しかしやはり、数多の矢は半兵衛の力を持ってしても防ぎきれぬようである。
「なるほどな、では……これならどうだ!」
半兵衛は紫丸の刃を伸ばす。豪炎のごとき殺気の刃が数多の矢を物ともせず、義常に迫る。
「……くっ、先ほども見せし技か! 遠くからでも攻められるとは、やはりかなりの使い手であるな!」
義常はすんでの所にて躱しつつ、半兵衛を讃える。
「ふん、そっちこそ! こんな数多の矢を放てるんならさっさと見せてろや!」
半兵衛は再び殺気の刃を伸ばし、義常に叫ぶ。
「自らの技はむやみに他人に見せぬようにする! 戦の本髄ですぞ、半兵衛殿!」
義常はまたも殺気の刃を躱し、次には矢を一つ放つ。
やはりどちらも、引かぬ。
しかし半兵衛は、確かに義常との間合いを詰めつつある。
「あんたの弓は飛び道具! なら、近くに寄ればどうかな!」
半兵衛は叫び、さらに間合いを詰めんとする。
「なるほど、さようであるな! ならば!」
と義常は、にわかに動きを止める。やがて炎のごとく纏わりつきし弓の殺気は、眩き光のごとき様となる。
「な、何! ?」
半兵衛は驚嘆する。義常のその様は確かに弦を引き、矢を射らんとする構えであるが、そこに矢は、つがえてはおらぬ。
「何だ……?まあいい、隙ありだ!」
言うや半兵衛は飛びかかる。そして、義常を斬らんとするが――
「……来い、半兵衛殿!」
刹那、義常は引きし弦を放す。すると先ほどより光りたる弓は、その輝きを増し。
「な、何……!」
半兵衛はその光へと、吸い込まれる。
「……ん?どこだ、ここ?」
あまりの眩さに目を瞑りし半兵衛は、目を開き自らの前に広がりし様に驚嘆する。
「野原……?」
見覚えなき開けし野原。そして、半兵衛の後ろには――
「……屋敷?」
踏台を逆さまにしたかのごとき、張り出せし屋根を持つ屋敷。
屋敷は母屋と、納屋らしき小屋しか見えぬ。半兵衛には、村にて農民の住む小屋のごとき家や、貴族の住まう寝殿造しか見覚えがない。この屋敷は果たして――
「常千代! 未だ甘い! そのような様では、弟に笑われてしまうぞ!」
にわかに声がし、振り返る。そこには弓を携えし男と、その息子らしき幼子が。
「父上、しかし……」
常千代と呼ばれし息子は答える。
「しかしではない! そなたも兄になる者なれば、少しは上に立つ者の心を持たぬか!」
父は尚も責め立てる。
と、刹那。
何やら泣き声がする。声はあの屋敷の中よりである。
「……常千代、腹の決まらぬうちに兄となるのだな。」
父は常千代を見下ろし、そう呟く。
「……はい。」
常千代は潤みし目にて、答える。
「これは……」
半兵衛は訝る。考えてみれば、この二人は自らが目の前におるというに、全く気づかぬ様である。
すると。
いつの間にやらあの父子も、半兵衛も、先ほどの野原とは違う所におる。
襖に板敷の床――外でないことは明らかである。であれば、先ほどの母屋の中か。
床の上には布団が敷かれ、そこには赤子と共に女が寝ておる。赤子の母親か。
「うむ、常千代よ。そなたの弟であるぞ。」
父は赤子を母より預かり、常千代に渡す。
「……私の、弟……!」
常千代は目を輝かせる。半兵衛もその様に、何やら心が手放しにて浮き立つ様を感ずる。
「何故だか、他人事に思えねえ……」
やがて所はまたにわかに変わる。そこは先ほどの野原であり、見れば父は、先ほどよりは大きくなりし常千代と、赤子が大きくなりしと見える幼子と共に野を、駆けておる。
「常千代! まだ自らのことしか見えておらぬのか! 桑若がどうなってもよいのか!」
父は先ほどよりもさらに厳しく、常千代を叱る。
「父上、すみませぬ……もう一度!」
泥に塗れながらも、常千代は幾度も立ち上がる。
その目は爛々と輝き、負けまいとする気迫を感ずる。
「弟の前で、情けなき姿は晒せぬ……あれ?」
半兵衛は戸惑う。常千代の心が、手にとるかのごとく分かる。それのみに非ず、やはりその心は他人事のようには思えず、あたかも自らが心のごとし。
「これは、何故……」
半兵衛の戸惑いも尻目に、所――のみならず、時も――は移り変わり。次には屋敷の中となり。
そこには、逞しくなりし常千代と、未だ幼さの残る桑若の姿が。常千代の頭には、冠が。
「父上、私も早く元服(成人)しとうございます!」
桑若は父に縋り付き、急かすかのように言う。
「そなたはまだ早い。そう焦るでない。……しかし、常千代。否、水上太郎義常よ。そなたも歳こそ元服するに値するが、元服したとて、まだまだ人が成るには届かぬ。より励め!」
父は桑若を優しく諭し、が、次に常千代――否、義常――には厳しき口ぶりにて諭す。
「はっ、父上!」
弟に比べればそこまでではないとはいえ、義常もやはり未だ幼さの残る顔立ちと声にて返す。
「……まだ認められない、か。」
呟きしは半兵衛である。やはりその心の中は、騒ぐ思いにて揺れる。
「どうすれば、父に……」
またもにわかに所は変わる。
所はあの、野原である。
「桑若! 甘いぞ!」
義常は桑若を咎める。
「しかし、痛いのです……」
桑若は、擦りむきし膝を見せる。
「……ふむ。これで良かろう。さあ、励み直しじゃ!」
「はっ!」
義常は桑若の膝に、自らの破りし布を巻き、稽古に戻る。
が、その夜。
「義常! あれでは馴れ合いである。もっと弟を厳しくせぬか! え!」
父は激しく、義常を責める。
「……申し訳ございませぬ。」
義常は深々と頭を下げるが。
「……認められぬばかりか、私ばかり責められるのか……」
半兵衛はまたも呟く。心には、怒りとも見える気が宿る。
次の所は、再び屋敷の中。
「桑若、そなたは今日より水上次郎頼庵である!」
父は高らかに、声を上げる。その目の先には冠を被りし桑若――否、頼庵――が。
「はっ! 私もまた水上の家の力となりとう存じます!」
頼庵は声を上げる。その声には強き力がこもり、誇らしげである。
「……義常よ、これより頼庵をいかに育てるか。それはそなたに因るものぞ。」
父はやはり、厳しき声を義常にはかける。
「はっ! 父上!」
義常は声を上げる。
「どうすれば、認められるんだろうな。」
やはり半兵衛も呟く。先ほどよりも心騒めきて。
やがてある夜。義常と頼庵の寝る間に。
「何奴であるか!」
外より、父の声がする。義常は飛び起き、外をそっと襖を僅かに開け覗き見る。
「……父上!」
義常は出んとするが、すぐにおかしき様に気づく。
「紫の、刃……?」
父の目の先には、何やら刃を振り上げし者が。
その刃は、暗い中で何やら怪しく、鈍い光を放つ。義常は暗き中でその暗き光を、見つめる。
刃の色は、紫に見えし。
刹那。
刃を持つ者は父を、斬る。
「父上!」
義常は、気がつけば叫んでおった。
その声に気づきし刃の者は、次には義常らの眠りし屋敷の中へ、迫る。
「兄者、何を……」
叫び声に飛び起きし頼庵であるが、既に刃の者は、襖を切り裂き屋敷の中へと。
「う、うわあ!」
頼庵は叫ぶ。義常は周りを見渡す。
自らの刀の置きたる所まで、届くか。
しかし、義常はすぐにその考えを振り払う。今自らが動けば、丸腰たる弟はどうなる。
義常は弟を庇い、その前に立ち塞がる。
しかし刃の者は既に、二人に迫る。
「く、くそ!」
「兄者!」
義常、頼庵は叫ぶ。
このまま、終わるのか――
が、刹那。
刃の者は振り向き、自らの後ろより迫る刃を受け止める。
見ればそこには、二人の人影が。
「……隙ありである!」
義常はすかさず刃をとり、刃の者の背を斬りつけんとして――
「なっ!」
が、刃の者はにわかに消える。
「追うぞ!」
「はっ!」
二人の人影も、刃の者を追い消える。
「ち、父上! 父上!」
頼庵の声に義常は振り返る。
そこには、刃により斬られし父の姿が。
「父上、早く傷が治りますよう……」
「もう終いである。できぬ。」
時は父が斬られしより次の日。
その場では命を取り止めし父であったが、傷は深い。
父を励さんとかけし義常の言葉も、父により否まれる。
「ち、父上……」
頼庵は泣きじゃくる。義常は自らの目元に触れる。
涙は、ない。
「これ頼庵、泣くでない! 男であろう。……義常。そなたに一つ、告げねばならぬ。」
父は頼庵を叱り、義常に語りかける。
水上の家には百年あまり昔より、受け継がれし弓がある。但し、それを使いし義常たちの曽祖父は死んでしまい、その弓は呪われしものとして忌まれるようになったと。
「……しかし私を斬りしあの刃。あれはその弓と同じく、"妖喰い"であれば。……もはや出し惜しみはしておれぬ、その弓を取れ。使い方を書き留めし書も、共にある。そなたらでそれを使い、水上の家を守れ……」
「ち、父上?」
父はそう言い残し、息絶える。
頭を伏せ悲嘆にくれる頼庵、傍らにて考え込む義常。
しかし二人は、家を治めることすら許されぬ。
「重臣たちよ! わが兄がなくなった。しかしその世継ぎたる義常らは、未だ未熟である!」
こう語りしは、父の弟・夕五である。
「故に私が! この水上の家を守らんと思う。異議はあるか!」
夕五は目の前の家臣らを見渡す。誰も異は、唱えぬ。
「……では私が! 水上の家を継ぐ!」
夕五は重臣たちを前に拳を上げ、高らかに言う。
夕五の重臣たちへの話も終わり、その夜。
「……兄者、誠にか?」
「ああ、今宵しかあらぬ。」
頼庵、義常は屋敷の裏より抜け出す。
目指すは、亡き父に教わりし、"妖喰い"の弓のある所である。
と、そこへ。
「謀反人が逃げたぞ!」
後ろより声が上がる。
「くっ、夕五め! やはり手を!」
義常は歯ぎしりする。
「兄者、どうする!」
頼庵が声を上げる。
「……いかなる壁があろうと、我らは弓を目指すのみよ!」
義常は弟を、奮い立たせる。
「……心得た!」
弟も、兄に応える。
追われながらも二人は、どうにか弓の所へ辿り着くが。
「ようこそ、お二人とも。」
何やらそこには、翁の面を被りし、二人が。
「な、何奴!」
頼庵は前に出んとするが、義常が腕にて制す。
「そなたらは……父の殺されし時、我らを救いし者!」
義常は驚嘆する。あの時、義常・頼庵を斬らんとせし紫の"妖喰い"より、二人を救いし者たちである。
「な、何と……かたじけない。ご無礼を……」
頼庵も驚嘆し、礼を言う。
「何の、斬られんとする者を見捨てるなどできぬが故に。
……しかしそなたらには伝えねばならぬ。あの紫の刃にてそなたらの父上を殺せし者は、帝の手の者であったと!」
義常より向かいて左の翁の面が、告げる。
「な、何と! しかし何故……」
驚嘆し訝る義常に、
「……そなたら、"妖喰い"は知っておろう?そう、ここにある弓である。今都には噂にありし妖が出てな、帝は都を守らんがため、全ての"妖喰い"を集めんとしておられる。そなたらの父上は、帝に奪われんとせし"妖喰い"を守らんとして……」
こういいかけ口ごもるは、右の翁の面である。
「……おのれ、我らが父を!」
頼庵は涙を流し、怒りを露わにする。
「……であれば、そなたらは都に行かねばならぬ。ここにある弓を取り、父の仇を討つのじゃ。」
左の翁の面が、こう告げし。
「……うむ、やむを得ぬな。頼庵、都を目指すぞ!」
義常は腹を決める。
「ああ、我ら二人でも! 兄者と私なれば、大軍も同じよ!」
頼庵も強く、声を上げる。
が、そこへ追手の声が。
「……ここは我らが引き受けよう、さあ早く! 都にて会おう、もし父上の仇を打たんとする腹を決めたならば、この紙に書けば我らは馳せ参じる!」
二人の翁の面は共に言い、義常に紙を渡すや、追手へと向かう。
「……かたじけない!」
義常・頼庵はそのまま、弓の納められし祠へ行き。
書と弓を取りて都へと向かう。
その間は野を駆けつつ、書を読むことと、現に使うことによって妖喰いの技を会得せし。
そして都に着き、半兵衛らと共に大蛇を倒せしあの夜。
義常と頼庵はあの、二人の翁の面の男たちとついに、相見え父の仇を討つ腹の決まりしを告げる。
「……よくぞ腹を決めていただいた。ではお膳立ては、我らにて。」
言うや翁の男たちは、後ろより何やらとり出だす。
それは玉であるが、義常はその中身を見るや、驚嘆する。
「な、何と……妖……!」
「うむ、たまたま手にせし次第であれば。何せあの半兵衛はともかくも、帝は堅すぎし守りのさなか。であればこの妖を使いて、内裏を乱せばよかろう。その隙に、帝を……!」
左の翁の男は、そう高らかに言う。
「うむ、しかし……」
「では私が、帝を討つ。兄者はあの男、半兵衛を。」
義常の言葉を遮り、頼庵が言い放つ。
「……なるほど、それでか。ようく分かったよ。」
半兵衛が呟く。
見ればいつの間にか、自らは緑の光の中に。
「……これは心空し、そう呼んでおる。自らの心を敵に、妖喰いの殺気づてに映す技よ。」
声の方を見れば。そこには、弓を構えし義常が。
「……義常さん、あんたがしたかったのは仇討ちじゃねえ。俺や帝に語ってくれたように、いずれは水上の家を立て直すこと、だろ?」
半兵衛が言うと、義常は少し、恥じ入りし様を見せる。
「……私は父を憎んでおったやも知れぬ。いつも厳しきことばかり言う。しかしただの一度も認めてはくれぬ。だから父の死を前にしても、水上の家のこと、そして元より家を狙いし伯父のことばかり考える、涙も流さず。……私はさように親不孝な自らも許せぬ。」
義常は顔を伏せる。その目には、涙が。
「……そこまでは俺も知る由がねえ。でもな、義常さん。その、家を立て直すってのも、父上さんの望みを叶えてやろうとするが故じゃねえか?だったらあんたはちゃんと孝行してるって。」
半兵衛は諭す。
「……ふん、知ったような口を。」
義常は未だ涙を押さえつつ、笑みも混じりに半兵衛に言う。
「……知ってるさ、あんたの技のおかげでな。」
半兵衛も笑いつつ、返す。
「……やはりそなたには敵わぬな。」
義常は弓を下ろす。
「一つ、聞く。……半兵衛殿、そなたは我らが父を。」
「殺してねえ。帝も同じだ。……あんたらはあの翁の面の奴らに、担がれたんだ。」
半兵衛は先ほどとは変わり、締まりし顔にて返す。
「……うむ、信じよう。」
義常は言う。
刹那、半兵衛と義常を包みし緑の光が、消える。
半兵衛の前の義常は、膝と手をつき、息を切らす。
「……先ほどの技にて私は、既に力を尽くせし。……半兵衛殿、私を斬ってくれ……!」
義常は自ら、命を投げ出す。
「うん、そうだな。……あんたらはそれだけのことを」
半兵衛は言いつつ、紫丸を振り上げ、義常を斬らんと――
「……半兵衛殿?」
せず、鞘に納め懐より縄を取り出だし、義常を縛る。
「……て言っても、俺には決められねえよ、決めるは帝だ。」
半兵衛は義常に、言う。
「……よいのか。」
「……ああ。あんたこそいいのか、俺を信じて。」
半兵衛に問う義常に、半兵衛が問う。
「……そなたの刃は、そもそも紫ではない。前に殺気を託されし時、既に気づいておった。」
義常は返す。父を殺せし刃は人を斬りしも紫であったのに、半兵衛の刃が紫たるのは、妖を斬りし、その時のみ。
義常は大蛇の妖との戦にて既に気づいておったが、それでもひたすら半兵衛と帝への仇討ちに燃ゆる、弟は止められぬ。
「私もまだ信じきれし訳ではなかったが故に。……すまぬ、半兵衛殿。」
「……だったら、もう止められるだろ。」
「……ああ。」
義常は謝り、半兵衛は返し、心を切り替える。
未だ戦は、終わってはおらぬ。




