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京都の王  作者: 宇井九衛門之丞
第10章 白郎(百鬼夜行前夜編)
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会母

「うむ半兵衛の無事、心より嬉しく思うぞ。」

「ははっ! ありがたきお言葉。」

「うむ……しかし。半兵衛その者がおらぬのは寂しき限りであるがな。」

「……申し訳ございませぬ!」


 帝の言葉に、頼庵・広人・白布・刈吉は頭を深々と下げる。


 無限輪廻の一件より、一月ほど経ち。

 遅ればせながらではあるが、半兵衛の戻りの報せも兼ね帝への挨拶のため彼ら妖喰い使いらは、清涼殿を訪れていたのであるが。


 その矢先に、半兵衛は書き置きを残し出奔してしまったのである。


「何でも、けじめをつけねばならぬことがあるからと……」

「ううむ、相も変わらず一人で色々と抱え込みがちであることよ半兵衛は。……そして、伊尻夏も。」

「はっ!」


 そう、報せるべきは半兵衛の戻りについてのみならず。


 夏の、出家についてもある。


「にわかに出家の意を見せまして……既に、修行のため我らが屋敷を発ち鞍馬寺へ向かいましてございます。」

「うむ……」


 帝は続けてのその言葉に、尚も顔を曇らせる。


「誠に申し訳ございませぬ! 我らが主人も夏殿も、帝に直に申し上げる前に……」


 頼庵はまたも頭を下げる。


「……よい。それについては文にて許しし通りである。しかし、惜しむらくは……伊尻夏にもそろそろ褒美を与えんとしていた矢先であったということよ。」

「帝……」


 帝の言葉に、頼庵らも萎れる。

 図らずも、夏の決意は帝の意を無碍にしてしまうことになったかと。


「うむ。……だがよい。伊尻夏自ら、そう決めたのならば。」

「ははあ!」


 しかし帝のこの言葉には、頼庵らは感謝の意を表さんばかりに頭を下げる。


「して、刃笹麿よ。……十拳剣、黄金丸についてであるが。」

「はっ。」


 刃笹麿は前に進み出る。


 帝からこの二つの妖喰い、かも分からぬものについて調べるよう言われていたのである。


 刃笹麿の前には、黄金丸が。

 そして、今や新たな神器となりし十拳剣は。


 さすがに刃笹麿の手元に置きしまま、とはできず。

 今はこの内裏の中にて、固く守られている。


「十拳剣、黄金丸……これらは確かに妖喰いと似ている物ですが、似て非なる物ではないかと。」

「似て、非なるとな?」

「はっ。」


 刃笹麿は帝に言う。

 それは詳しくは、何がどう違うのかと聞かれればそれまでなのだが。


 黄金丸より感じられる力の形は、妖喰いとは少し異なる物である。


 そして、十拳剣。

 これは黄金丸より更に、筆舌に尽くしがたい。


 確かにその力の形こそ黄金丸よりは妖喰いに似ているのである。


 いや、全く同じと言っていいほど似ている。

 しかし、やはりとても些細な点において似ていないのである。


「ううむ、刃笹麿。……その二つと、他の妖喰いの違いは引き続き調べを進めるよう。」

「はっ!」


 刃笹麿は改めて、帝に頭を深々と下げる。


 更に言えば、あの妖傀儡の術とやらも気になる。

 そう、刃笹麿が浸り初めし時。


「!? こ、これは!」

「妖喰いが!」


 頼庵らが驚く。

 都のどこかに、妖が現れたようである。


「妖か……使い手の者たちよ、白布殿・刈吉殿、頼むぞ!」

「……はっ!!!!」


 頼庵らは、立ち上がる。








「あれじゃ!」


 広人が叫ぶ。

 目の前には、火を吹く鳥のごとき妖――波山(はざん)が。


 そして頼庵らを見るや波山は、そちらに向けて火を吹く。


「殺気、剣山!」


 広人が紅蓮にて生み出しし殺気の剣山が、炎を防ぐ。


「すまぬ、広人!」


 火を防ぎつつ、頼庵は波山を狙う。


「私も!」


 白布は毒矢を構える。

 黄金丸の光を纏いし、矢である。


「よし、白布! 早く」

「おおっと! またんかいな。」

「何?」


 しかし、その攻めはにわかに聞こえし向麿の声にて遮られる。


「誰だ、そなたは!」


 頼庵は叫ぶ。

 声の主の姿は見えぬ。

 何やら声は聞き覚えはあるが、いつどこにて聞いたかまでは思い出せぬ。


「かーっかっかっ! まあ、どうでもええやろそんなことは。……しかし、これはどうでもよい話やないなあ。その妖、下手すりゃあの半兵衛の無限輪廻を肩代わりしてくれた奴らの転生した妖かも知れんで?」

「なっ!」

「何!」

「何と!」


 頼庵らは驚く。

 無限輪廻から半兵衛を、そして全く解せぬことに道虚――鬼神までをも解き放つべく魂を捧げし、義常たち。


 確かに、無限輪廻ならば――


「今や! 波山!」


 向麿は妖喰い使いらが呆けしこの時を、好機と見て。

 向麿に命じられし波山が、より吐きし炎の勢いを強める。


「ぐうう!」

「広人!」

「ほほほ……さあ、どうなさるんや? 妖喰い使いらよ!」


 苦しむ頼庵・広人・白布・刈吉を前に。

 向麿の憎たらしき笑い声が響く。







「道虚……? ふん、そんな名か……」


 目の前の道虚の母・白郎(びゃくろう)

 九尾白毛の化け狐であり、かつての百鬼夜行を率いし妖の頭目である。


 所は変わり、とある山の中にて。

 自ら地獄に敢えて堕ち、そこより恨み辛みを蓄えて復活を遂げし道虚は、この母・白郎に会いに来ていた。


 目当ては、無論。


「我が一門は、これまで都に妖を放ち悩乱して参りました。全ては……母上のお望みを叶えんがために!」


 道虚は力を込め訴える。


「ふうむ……それは何とも、愚かなことを。」

「なっ……は、母上!」


 しかし白郎は道虚のその言葉に、冷たく返す。


「私は既に諦めた……いや、もはや初めより求めるべきではなかったと思っておるぞ!」

「母上……」


 道虚は母の言葉に、苦々しく顔を歪める。

 しかし母は更に続ける。


「忌まわしき子よ……元はといえば、そなたが帝になれぬばかりに私は百鬼夜行を起こした! そして此度も……二度も百鬼夜行の、禍いの端緒となろうとは!」

「……ええ、その通りでございます。」

「何?」


 白郎の容赦なき言葉に、道虚は返す。


「私は忌まわしき子……かつて、私の責にて百鬼夜行が起きしこと、忘れたくともできませぬ。」

「……うむ。」

「しかし……今となりては、百鬼夜行は却って起こさねばならぬものと考えております。今の人の世には、先がありませぬ。ですから、ここで一度終わらせるべきなのです!」


 しかし道虚は、その母に返す。

 もはやその意は、たとえ母に何と言われようとも揺らぐまい。


「ふふふ……ははは!」

「母上……」


 だが母より返りしは。

 嘲笑いであった。


「ああ……忌まわしきのみならず、なんと愚かな子か。カエルの子はカエル、とはよく言われしものであるな……」

「母上! 私という子は愚かで忌まわしくとも、母上までは」

「……そなたなど、既に息子ではない! そうじゃ、ならば……もはや、話すことなど初めよりなかったということ。まったく、私としたことが。」


 白郎は笑い、やがて恥いるように顔を曇らせる。


「母上」

「もはや息子ではないと言っておろう! ……分かった。ならば……ここにて喰うまで!」

「母上!」


 白郎は吠える。

 やがて九尾も白毛も全て逆立つ。


 それらは禍々しく、強き妖気を放つ。


「敦読よ……そなたという汚点は、ここにて私自ら清算する!」

「くっ! お止めください!」


 白郎は長き狐の口を大きく開けつつ道虚へと迫る。

 その口に生えし牙も鋭く、また先ほどの九尾などと同じく禍々しき妖気を纏う。


 道虚は帯びし刀を、鞘に収めしまま構える。

 かろうじて白郎の牙を、その鞘を噛ませることにより防ぐ。


「ふふふ……この私を前にして刀を収めしままとは! それはゆとりか? それとも……」

「くっ……母上!」

「侮りかあ!」

「ぐっ!」


 白郎は鞘を噛み砕く。

 道虚はその隙に間合いを取る。


 鞘に収めしままであったのは、何も母を侮っていたからではない。


 ここには戦いに来たのではない、母を迎えに来たのである。


 しかし鞘は今砕かれ。

 もはや、刀身を収めるものは何もない。

 やはり、母に向けるより他ないのか。


「敦読い!」

「くっ……!」


 懐に飛び込まんばかりに白郎は飛びかかる。

 道虚は迷い呆けつつも、避ける。


「ふん! 私を侮りおって」

「滅相もございませぬ、母上! 私がここに来しは、母上に刃を向けるためではございませぬ。ただただ、母上に再びの百鬼夜行に加わっていただきたきが故に!」


 道虚は尚も避けつつ、毅然と言う。

 先ほども言いし通り、容易く諦められることではない。


 再びの百鬼夜行が、彼の一族、そしてかつての母にとりても大願であるはずのものが、目の前に。


 この千載一遇の機は、断じて逃さぬ。


「母上え!」

「もはや息子ではないと幾度言わせる! ……分かった、死にたいのであれば初めより言っておれ!」


 道虚の叫びも、白郎は耳を塞ぎ目をつぶる。

 断じて繰り返して、なるものか――


「かつての母上の苦しみ、私めごときには察するに余りあるものでございます! ……しかしそれにても、私には! いえ、私と私の子らにとりましては! あなた様がいらっしゃらねばならないのです!」

「何!? ふん、そなたの子らまでか……やはりカエルの子はカエルであるな!」


 道虚はひたすらに逃げ回りつつ、母を説き伏せんとする。


 しかし白郎は、ひたすらに牙を剥き子を喰わんとする。


 母と息子は、すれ違う――






「……はあ、はあ……ここか。」


 同じ頃、半兵衛は。

 かつて自らが暮らしし辺りに、思い出を頼りに辿り着く。


 深き森を抜け、開けし所。

 ここにはかつて、村があった。


 今は、かろうじて古びし小屋が一つあるだけである。

 とは言っても半兵衛は、この村に暮らしし訳ではない。


「春吉、吉人……」


 半兵衛は呟く。

 無限輪廻の間思い出させられし、自らの二つの罪。


 その中の一つは、この村を守れなかったことであった。

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