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京都の王  作者: 宇井九衛門之丞
第9章 転生(無限輪廻編)
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十王

「この、力は……?」

「おお……力が満ち満ちて行く!」


 半兵衛と道虚は、それぞれの同胞らより分け与えられし力を得て、感嘆の声を上げる。



 半兵衛が死神・綾路を介し地獄の十王より受けし罰・無限輪廻。


 それは、かつて人間道にて暮らしし日々を忘れ、六道を輪廻転生し続けるという苦しき罰であった。


 そのまま天道での、母と近くの村人たちと暮らしし幸せではあったものの最も苦しき人間道での頃と似し暮らし。

 そして戦乱の世、阿修羅道での人の血に手を汚しし暮らし。

 餓鬼道での、飢えに苦しみ何もできぬままであった暮らし。

 畜生道での、妖に生まれ変わりかつての仲間らと戦わねばならぬという暮らし。


 そして今、半兵衛らは地獄道。


 これまでとは異なり六道全ての思い出を保ちしままの半兵衛は、かつての自らの罪を呆れるほどに味わされつつも頼庵らとの誓いを果たすべく、無限輪廻より脱せんとして道虚と戦うが。


 にわかに地獄の鬼たる獄卒らが現れ、半兵衛と道虚は共に戦うことを余儀なくされる。


 そして今、人間道より殺気を通して半兵衛は妖喰い使いらより、道虚は自らの息子たち・娘より力を授かった。


「さあて……しっかしいつまでも、浸ってばかりはいられねえな!」


 半兵衛は先ほどまで綻びし顔を引き締め、目の前に迫る獄卒らを見る。


 先ほど地獄の炎を纏わせし刃にて倒れし獄卒らであったが、今は次々とその身より炎を吹き上げ。


 ゆっくりとではあるが、立ち上がりつつある。

 やはり、倒せる訳ではないようである。


 しかし何はともあれ、少なくともこの地獄より抜け出す時は稼がねばなるまい。


「ああ、左様であるな……では、行かねば!」


 道虚は改めて、二つの殺気の刃を握りしめる。


「ああ……そうだな!」


 半兵衛も目の前の獄卒らを相手に、身構える。


「ふふ……では影の中宮よ、この力使わせてもらう! ……はあ!」


 道虚はまず、影の中宮より与えられし力を使う。

 道虚が念じるや、足元より狐の尾のごとき妖気が九つ、湧いて出る。


 それらは地獄の炎の海を潜り、炎を帯びし尾となって獄卒らへと向かう。


「ぐああ!」

「があっ!」


 この道虚の攻めが、一度に多くの獄卒らに風穴を開けて行く。


「なるほどな……じゃあ俺は!」


 半兵衛はにわかに、紫丸を右手のみにて持つ。

 するとたちまち、刃と柄の両の方より緑の殺気が伸び。


 それはさながら、弓のごとき形に。


「貸してもらうよ頼庵……さあて、飛べ!」


 殺気の矢をその弓に番え、半兵衛は勢いよく放つ。

 たちまちそれらの矢は、近くの地獄の炎を引き寄せ火矢と化して獄卒らを襲う。


「ぐああ!」


 火矢は獄卒らを射抜き、爆ぜる。


「まだまだ!」


 半兵衛は次に、火矢の禍いを避けて向かい来る獄卒らに狙いを定める。


 火矢を新たに番える頃には、間合いを詰められそうである。


「なら……広人、お次は紅蓮だ!」


 半兵衛は紫丸を弓の形に成しし緑の殺気を解き、次は紫丸を逆手に持つ。


「殺気……剣山!」


 半兵衛はそのまま地に、刃を突き刺す。

 たちまち紫丸より白き殺気が溢れ、地を潜り剣山の形を成し生える。


 それらもまた地獄の炎を引き寄せて纏い、さながら読んで字の如く紅蓮の剣山となり。


 半兵衛に向かい来る獄卒らを、突き刺して行く。


「がああ!」

「っと! ……夏ちゃん、間合いが近すぎる時は夏ちゃんの爪が効く!」


 しかしその剣山をも避け、間合いを詰めて後ろより来し獄卒らには。


 たちまち紫丸を順手に持ち替えて後ろへと回し、再び刃より蒼き殺気により三叉に分かれし爪の形となしてその攻めを防ぐ。


「えいっ! ……さあ三度お見舞いだ!」


 半兵衛は振り向き様に爪となりし刃を獄卒の受け止められし爪に打ちつけ。


 それにより間合いを取り、殺気の爪へと地獄の炎を引き寄せ、それにて獄卒らを斬り伏せる。


「がああ!」

「よおし! ……いや、まだまだか!」


 半兵衛はそれにて、獄卒の攻めを振り切ったかに思いしも束の間。


 危うく半兵衛は、一人の獄卒の爪にかかりそうになるが。


「くっ! ……はざさんの、結界か!」


 刃笹麿の送り込みし力による結界により、守られる。

 目の前にはまだ、数多の獄卒らがひしめきし景色を見る。


「おうやおや……こりゃ、まだまだか!」


 半兵衛はまたも念じる。

 たちまち紫丸より次は、黄の光が出て来る。


「白布ちゃん、刈吉さん! ……野代さんの形見たるこの黄金丸の力、借りるぜ!」


 たちまち紫丸より溢れし黄の光は、蕨手刀の形を成す。


「さあて……八岐大蛇から久方ぶりの、二振りか!」


 半兵衛は両の手に刃を握りしめ、走り出す。

 たちまち右腕の紫丸、左腕の黄金丸の順にて、再び地獄の炎を引き寄せ二振りの炎刃となし獄卒を斬り伏せて行く。


「よおし!」

「なるほど、それが妖喰いより送られし力か!」


 道虚は半兵衛の攻めを横目にて見、感嘆の声を上げる。


 その道虚も。


「さあ、次は伊末……そなたの力だ!」


 右腕を広げ、念じる。

 たちまち右腕より妖気が溢れ、それはさながら野干のごとき形を成す。


 それはかつて、伊末が父の愛に報いらんとして向麿により施させし術。


 右腕に妖を合わせ、武の心得の無さを補わんとしたものである。


「さあ……喰い尽くせ!」


 道虚が妖気の野干に命じる。

 たちまち妖気の野干は、周りの地獄の炎を吸い込み。


 道虚に向かい来る獄卒らを焼き尽くさんばかりに、炎を吐き出す。


「がああ!」


 獄卒は続け様に、倒れて行く。


「よし……次は高无、そなたじゃ!」


 続けて道虚は、念じる。

 すると野干は右腕より離れ、一つの妖としての形を成す。


 それはさながら、高无が戦に際し使う妖そのものの形である。


「さあ……行け!」


 道虚の命を受けし妖気の野干が、走り出す。

 たちまち野干は、先ほど吸い込みし地獄の炎をその身全てに纏い、獄卒の群れへと攻め入る。


「ぐああ!」


 野干の攻めによりその爪や牙にかかり、多くの獄卒が倒れる。


「おお……我が子らよ! そなたらの力、実に見事じゃ!」


 道虚は自らに贈られし子らの力に、感嘆する。

 これを使えば――


「これならば……あの一国半兵衛めに無限輪廻の咎を負わすこと、難しくなかろう。」


 道虚は尚も迫り来る獄卒らを睨みつつ、他の所にて戦いし半兵衛を横目にて見遣る。


 道虚は半兵衛に咎を負わせることを、未だ諦めてはいないのである。






「ううむ……いかがなさいますか、死神殿?」


 獄卒の頭目格が一人・牛頭(ごず)が綾路より意を仰がんとする。



「我らも他の獄卒めらと共にあの狼藉者を責め苛まねば!」


 同じく獄卒の頭目格たる、馬頭(めず)も綾路に訴える。


 彼らより見れば、半兵衛と道虚は勝手気儘をししならず者である。


 場は、戦場となりし所よりは少し離れし所。

 所と言っても、踏むべき土はない。


 綾路が空に浮き、同じく空に浮きし牛頭・馬頭がその両の脇を固めている。


 そうして今しがた、牛頭・馬頭は綾路にどうすべきか問うている。


 しかし、綾路の答えは。


「十王の意が今は分からぬ。分かってから戦とせねば。」

「……はっ。」

「承知いたしました。」


 あくまで十王の意を受けねば動けぬ。

 それが十王の手先たる彼らの、運命(さだめ)である。


 しかし、その時であった。


「……!? じ、十王……何と……」


 綾路は十王より送られしその意に、いつもの崩れぬ真顔を崩し驚く。





「さあて……後どのくらい暴れればいいんだ!」


 再び、半兵衛らの戦場にて。

 半兵衛は、()()()に語りかける。


 そう、先ほどより半兵衛は、()()()の言葉に従い暴れていたのである。


 ――ええ、主人様。これほど暴れて下されば事足ります! ありがとうございます。


「そうかい……しっかし、果たして何が」


 半兵衛がそう、言いかけし刹那であった。


「!? ……ぶあっ!」


 にわかに、目の前より激しく熱き風を感じ、半兵衛は右腕にて自らを庇いつつ後ずさりする。


「こ、これは……?」


 後ずさりしし者は、無論半兵衛だけではない。


「な、何だあれは!」


 道虚もまた右腕にて自らを庇いつつ、目を開けられぬほどに激しく熱き風の中でも目を開け前を睨む。


 それは。


「罪人よ……見るがいい! そなたへの怒り、頂きまで届き……十王御自ら、お出でになられたのだ!」


 上も下も激しく熱き風、読んで字の如く地獄の中にても綾路は顔色一つ変えず、むしろこれまでになきほどに高らかに唱える。


「なっ……じっ、十王!?」


 半兵衛と道虚が、揃い驚きの声を上げる。

 恐らくは、目の前に立ちはだかりし者。


 いや、それを者などと呼んでよいのか。

 先にも述べし通り、半兵衛も道虚もその姿を見ることはおろか前に立つことさえ儘ならぬ。


 その、姿を見ることもできぬが、確かに目の前にある者。


 十王が、そこに――





「なっ……十王だと!?」


 頼庵が驚く。

 人間道の半兵衛の屋敷にて。


 刃笹麿、頼庵・初姫・夏・広人と、刈吉・白布は伏せし半兵衛の傍らにおり、同じく傍らにある殺気の刃を通して地獄の有様を聞いていたが。


 今しがた、声より十王の現れし様を知り驚く。


「よし……頼庵様! ここはより多く、私たちが力を送らねば!」


 白布も驚きつつ、皆を促す。


「う、うむ……そうであるな! さあ、皆!」

「はい、叔父上!」

「うむ!」

「応!」

「はい!!」

「よし、私も!」


 これには刃笹麿、頼庵・初姫・夏・広人、そして刈吉も奮い立ち。


 殺気の刃に手をかざさんとするが。


 ――皆、もうよい! ……かたじけない。


「なっ、兄者あ!」

「ち、父上!」


 しかしその時、殺気の刃より義常の意が伝わり。

 皆何やら糸が切れるかのごとき有様を感じ、ふらりとなる。


「み、皆!」


 この有様を柱の影より眺めていた、氏式部のなりをしし中宮も飛び出す。





「くっ!」

「あ、兄上これは!?」

「これは……薬売り! どうしたんですの?」


 同じ頃、長門の屋敷にて。

 にわかに繋がりが切れし有様に、道虚の息子たちと娘は大きく揺らぐ。


「ううんこれは……繋ぎ直せるかどうか分からんなあ。」

「なっ……薬売り!」


 高无は向麿に、今にも掴みかからんとする。


「お待ち下さい、兄上! ……これは、父上に何かお考えあってのことやも知れませぬ。」

「冥子! しかし……」


 しかしこの妹の言葉には高无も、踏み止まる。

 

「うむ……しかし、にわかに繋がりを断つなどと……これは誠に、父上のお考えなのか?」


 が、伊末は穏やかならぬ予感を抱く。








「これは……一国、半兵衛!」

「ああ……ありがたくも面倒にも、十王直々においでなすったらしいな!」


 半兵衛と道虚は、言葉を交わす。

 またも翻り、地獄道にて。


 目の前には恐らく、大いなる力がある。

 しかし、それらが敵わぬ力やも知れぬとはいえ、諦める訳には行かぬ。


「えいっ! ……ん!」


 しかし、半兵衛・道虚が心新たに十王を迎え討たんとしし時。


 二人とも何やら、力の抜けし心持ちがした。


「な、何だ……?」

「力が、にわかに……」


 ――主人様、十王に逆らってはなりませぬ。主人様はそこにて、鬼神めとお休みくださいませ。


「なっ……!? よ、義常さん……」


 半兵衛は驚く。

 その声の主――義常の言葉に。


 そして、何より。

 目の前に現れし、その義常自らと更に、数多の人影に。


「よ、義常さん……隼人や野代さんに伊尻さん、毛見郷の人たちに虻隈と……え!?」


 半兵衛は目の前の、今すぐには上げきれぬほどの人影に改めて驚く。


 人影の中には今上げられし者の他、さらに凶道王や黒乙、海人や刃笹麿の曽祖父から父までの祖たち、白布の父母、水上兄弟の父・義夕の姿まで。


「こ、こやつらは……?」


 道虚もこれは思いの外であったようであり、驚きし顔をしている。




「これは、裁きを待つ魂が勝手に十王の下へ……? いやこれは……あの妖喰いの殺気とやらを通し、意のみを送っているのか?」


 綾路は首を傾げる。


「死神殿……ここは我らも。」

「うむ、行くべきでは?」


 脇を固めし牛頭・馬頭は再び、綾路を促す。


「今は十王御自ら、罪人に裁きを下す時。この死神めや獄卒めらなどが出る幕ではなかろう?」

「はっ。」

「左様でしたな。十王の意なきままでは。」


 しかし綾路のこの言葉に、またも牛頭・馬頭は引く。

 元よりそれらに、強き我などない。


 今しがた綾路が申ししように、十王の意を汲み取るかまたは、命のままに動くのみである。


 先ほどと同じく、綾路と牛頭・馬頭はこの有様を黙って見るより他なし。




「義常、さん……何なんだ、何を」


 ――六道輪廻転生を司りし、地獄の十王よ! この者の罪は、我らの魂にて贖いたまえ!


「!? 何!?」

「……ほう。」


 半兵衛の問いには答えず、十王に向けられしこの言葉は半兵衛を驚かせ、道虚を絶句させる。


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