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京都の王  作者: 宇井九衛門之丞
第9章 転生(無限輪廻編)
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溜飲

「何か分からねえが……こいつらは獄卒? っていうのかい?」


 半兵衛は自らと道虚を囲みし炎の海より現れつつある百八の鬼らに、舌を巻く。


 その頭は、猪・鹿・虎・獅子……と、今すぐ目に入る者のみにても枚挙に暇がない。


 半兵衛が死神・綾路を介し地獄の十王より受けし罰・無限輪廻。


 それは、かつて人間道にて暮らしし日々を忘れ、六道を輪廻転生し続けるという苦しき罰であった。


 そのまま天道での、母と近くの村人たちと暮らしし幸せではあったものの最も苦しき人間道での頃と似し暮らし。

 そして戦乱の世、阿修羅道での人の血に手を汚しし暮らし。

 餓鬼道での、飢えに苦しみ何もできぬままであった暮らし。

 畜生道での、妖に生まれ変わりかつての仲間らと戦わねばならぬという暮らし。


 そして今、ここは地獄道。


 これまでとは異なり六道全ての思い出を保ちしままの半兵衛は、かつての自らの罪を呆れるほどに味わされつつも頼庵らとの誓いを果たすべく、無限輪廻より脱せんとして道虚と戦うが。


 その戦のさなか、にわかに景色が変わり今に至る。


「ふん、ゆとりを抱く暇があるのならば……今は少しでも、ここを乗り越える策を考えよ!」


 道虚は周りを睨みつつ、未だ訳が全て呑み込めしわけではない半兵衛に言う。


 その両の手にそれぞれ持ちし、二つの闇色の刃。

 まごうことなく、それはかの妖喰い・宵闇の殺気より創られしもの。


 しかし、先ほどまでは半兵衛に向けられしその刃は。

 その半兵衛と道虚自らを囲み近づく、地獄の百八獄卒に向けられる。


「まあそうなんだが……しかし、鬼神さんよ。此奴らって、妖喰いは効くのか?」

「何? ……なるほど、そなたにしては良き問いであるな。」


 半兵衛の問いに、道虚もはたと気づく。

 そう、半兵衛らが一度あの毛見郷で試ししことであるが。


 獄卒と同じく十王の僕たる、死神・綾路は。

 妖でも人でも、六道いずれかの民たる、所謂衆生(しゅじょう)ではないため。


 妖喰いでは斬れず、あまつさえ衆生でないにも関わらず旨き妖の匂いを持つため。


 妖喰いを荒ぶらせてしまうのである。


「さあ、獄卒たちよ……十王の命により、この罪人めを責め苛む! かかれ!」


 半兵衛・道虚が悩む隙にも、時は待たぬとばかり。

 死神・綾路の煽りにより地獄には、百八獄卒の鳴き声が響き渡ると共に。


 先ほどまでゆらゆらと半兵衛らを取り囲むのみであったそれらは、皆一様に走り出す。


「こりゃあ……止むを得んかい。……鬼神さん! 戦はお預けってことで! ここはひとまず、一時だけ手を組もうぜ!」

「ふん、手を組むなどとはせぬ! ……だが、確かにそなたとの戦はひとまずお預けじゃ! ここはそなたの力……使わせてもらうぞ!」

「応よ!」


 半兵衛と道虚は、互いに横並びにて睨み合い。

 それより、多勢の獄卒らに挑むべく走り出す。





「初姫!」


 翻って、人間道にて。

 影の中宮により化け狐のごとく九尾の姿を得し妖・野干。


 その妖と影の中宮を、二手に分かれ妖喰い使いらが相手するさなか。


 にわかに現れしは亡き義常の忘れ形見・初姫。

 初姫が刃笹麿の式神・刃白に乗りし様を見し頼庵は叫ぶ。


「どのように抜け出して来た! まったく……治子め! 娘を」

「はっ!」

「うおっ! ……こ、これ初姫!」


 しかし、頼庵は姪を叱りつける。

 それに対し、その姪より返りしは殺気の矢であった。


「叔父上、余所見はいけませぬ!」

「な、何?」

「ぐっ……危ないのう。」


 頼庵がその言葉に、振り返れば。

 頼庵に伸ばされし野干の尾が、殺気の矢により地に縛られている。


「頼庵、危なかったぞ!」

「あ、ああ……すまぬ夏殿、初姫……」


 叱っていたのは頼庵だというのに、却って叱られてしまっては形無しである。


 さておき。


「何か分からぬが……よそ見をしているゆとりがあるか!」


 しかし次には伊末の言葉が、戦場に響き渡る。

 野干がその意により、再び動き出す。


「……頼庵。私も出来うる限り時を稼ぐ! あの姪殿と、お話をせよ!」


 夏は野干と頼庵の間に割り込み、爪より殺気の雷を野干に放ちつつ言う。


「夏殿……うむ! すまぬ、今はそのお言葉に甘えさせていただく!」

「応!」


 夏と頼庵は、言葉を交わし。

 そのまま夏は野干へ、頼庵は姪・初姫の乗る刃白へと向かう。



「初姫!」

「叔父上! さあ、共に」

「まあ待つのじゃ、我が姪よ! ……そして亡き兄者と、治子の愛娘よ!」

「叔父上……」


 刃白に乗り込みし頼庵は、姪に言葉を投げかける。

 それにより今にも戦をせんと熱りし姪は、ひとまず鎮まる。


「そなたはまだ幼い。戦場に出るなどと……それに、その殺気の弓はどのように得たのだ?」


 頼庵は初姫に尋ねる。


「これは……父上より、得ました!」

「……何? 兄者よりとな? 左様な戯れを」


 初姫のこの言葉に面喰らいし頼庵は、その言葉を否まんとするが。


 確かに、そうでなければ殺気にて形作られし弓をどうして得られたのかとの問いが浮かぶ。


「いや……いやしかし! それが誠であったとしても、何故兄者が愛娘を戦場に行かせるなどとするのか!」


 頼庵は未だ、自らでも整え切れぬ心にて初姫に尋ねる。


「父上は、おっしゃいました。……いざとなればこの刃白と、何より頼庵――叔父上が守ってくれようと!」

「ううむ……兄者め……」


 頼庵は未だ、首を捻る。

 もはや、亡き兄が何らかの手立てにて刃白を操り、初姫を連れて来しことは確かであろう。


 しかし、いざとなれば自らが初姫を守ってくれようなどと。


 辞世の句といいあの兄は、弟に厳しいのやら甘いのやら分からぬ。


 が、もはや来てしまいしものは仕方ないか。


「……初姫! ならば私から離れるな、死ぬ気でやっても誠には死ぬな!」

「……はい! 叔父上!」


 頼庵は呆れにより、笑みすら浮かべ。

 腹をくくりし様にて姪を、戦へと巻き込む。


 ――頼むぞ、頼庵!


「⁉︎ あ、兄者……?」


 その刹那、頼庵は兄の声が聞こえし気がしたが。

 首をいやいやと振り、自らと姪の乗りし刃白を野干へと向かわせる。


「夏殿、今行く!」





「亡き水上の兄の子……ふん、父の仇討ちですか?」

「はあ!」

「ふんっ!」


 こちらは影の中宮と相対しし広人・刈吉・白布。

 影の中宮が浸りし隙を突かんと、動き出す。


 広人の紅蓮と、刈吉の黄金丸を。

 影の中宮はすんでの所にて、受け止める。


「くっ!」

「この!」

「ああ、相も変わらず……例えるならば誠にうるさき蠅ですわね、妖喰い使いというのは!」


 影の中宮はそのまま、自らの刃を振り切る。

 刃には、妖気が。


「ぐううっ!」

「ぐあっ!」


 広人と刈吉はそれにより、影の中宮より引き剥がされる。


「くっ……」

「ふふふ……所詮は」

「私をお忘れですか!」

「くっ! ……蝦夷の娘よ!」


 しかしその後。

 広人らの後ろよりいくらか、黄金丸の力纏いし毒矢が影の中宮を襲う。


 影の中宮はこれも、難なく斬り払うが。


「まったく……何故ですの? 何故皆、私の顔を……」


 影の中宮は怒りを静かに、燃え上がらせる。

 今、広人を相手にししことも。


 九州にて自らに顔の傷を負わせし鎮西八郎の代わりとして、せめて溜飲を下げんとしてのことであるというのに。


 先ほどの初姫も、そして今しがたの白布も。

 皆、矢を影の中宮の顔に向け放つ。


 いや、矢ばかりではないか。

 あの一国半兵衛、そしてそれに加えあの忌まわしき中宮は。


 自らの刀にて、この影の中宮の顔――いや、それに飽き足らず腕に、傷を負わせた。


 何なのだ、此奴らは――

 

 いや、もうよい。

 この心に追われし古傷の疼き、そしてそれによる憎しみに身を任せよ。


 影の中宮は()()()、そう命じる。


「まったく……これでは、溜飲が下がるどころではなく……ますます我が憎しみを増やすばかりとは!」

「? 何だ?」


 広人・刈吉・白布は訝る。

 にわかに影の中宮は固まり。


 今のように声を、漏らす。


「広人殿、これは……」

「……まあ、よい! 刈吉殿、白布殿! これは好機、逃すな!」

「はっ!」

「はい!」


 しかしこの機を、逃さんとばかり。

 白布は再び、黄金丸の力纏いし矢をいくらか放つ。


 そしてそれを追うように、広人・刈吉も影の中宮に向かい走り出す。


 次こそ――


「ほほほ! 返す返すも……忌まわしき方々ですわね!」

「ぐうっ!」

「こ、これは!」


 しかし広人らが、またも驚きしことに。

 にわかに影の中宮より、黒き妖気が溢れ出す。


 それは激しき勢いにて白布の矢を吹き飛ばし、広人・刈吉を寄せ付けぬほどに。


「ほほほほ……翁面方! 妖はやはり私に使わせていただきますわ!」

「ぐうっ……何?」


 影の中宮はそう叫ぶや、飛び上がる。





「ぐっ!」

「あ、兄上これは……?」


 こちらは伊末・高无と、頼庵・初姫・夏の戦場。

 伊末・高无は先ほどまで御ししはずの野干のにわかなる変わり様に驚く。


 野干の身からは、先ほど影の中宮より出しものと同じく、黒き妖気が。


 いや、黒きものは妖気だけではない。

 先ほどまで白き有様であった身を包みし毛も、黒く染め上がっている。


「ぐっ!」

「くっ、初姫! 離れるな!」

「くっ、頼庵! 初姫殿!」


 その勢いはやはり激しく、刃白に乗りし妖喰いらにも風が吹き付ける。


「ほほほ……さあ兄上方、お退き下さい!」

「なっ……影の中宮! なぜそなたここに」

「今この妖は、私にのみ御しうるものとなりましたので、お退き下さい!」

「くっ!」


 野干の下に来し影の中宮は、訳を尋ねし伊末・高无を。


 問答無用とばかりに野干より更に黒き妖気を激しく出し吹き飛ばし、自らがその操り役にとって変わる。


「さあ、妖喰い使いたちよ……死合いましょう!」


 影の中宮は高らかに言う。

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