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京都の王  作者: 宇井九衛門之丞
第9章 転生(無限輪廻編)
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光明

「どうした! 避けてばかりでは戦にはならぬぞ!」

「くっ……たく! 今まで休んでたにしちゃあ、全く鈍ってねえな!」


 半兵衛は鬼神・長門道虚の刃を躱しつつ、軽口を叩く。


 半兵衛が死神・綾路を介し地獄の十王より受けし罰・無限輪廻。


 それは、かつて人間道にて暮らしし日々を忘れ、六道を輪廻転生し続けるという苦しき罰であった。


 そのまま天道での、母と近くの村人たちと暮らしし幸せではあったものの最も苦しき人間道での頃と似し暮らし。

 そして戦乱の世、阿修羅道での人の血に手を汚しし暮らし。

 餓鬼道での、飢えに苦しみ何もできぬままであった暮らし。

 畜生道での、妖に生まれ変わりかつての仲間らと戦わねばならぬという暮らし。


 そして今、ここは地獄道。

 そこでは再び、母や綾路、近くの村人らとの暮らしであった。


 これまでの六道とは異なり今の半兵衛は、これまでに六道で過ごしし日々を思い出として保っており。


 一時、天道に帰ってきたのかとも思ったがさにあらず。


 半兵衛は思い当たった。

 前には天道で見しこの景色は、人間道にての最も幸せな思い出であると共に、最も苦しき思い出を模しし物だと。


「まったく……何故そなた、自らの罪を受け入れぬ! この地獄にて永遠に暮らすこと、そのことのみが、そなたの贖い切れぬほどの罪を償う手立てであるというのに!」


 尚も刀を振り回しつつ、道虚はその鬼面越しに半兵衛に問う。


「ああ、俺の地獄見られちまったかい鬼神様よお! ……確かにそうだな、だが! 俺は誓っちまったからなあ、人間道で俺の穴埋めをしてくれている頼庵たちの下に、必ず帰るって!」


 半兵衛もその刀を躱しつつ、答える。


「ふん、よかろう……ならばその誓い、果たさせる訳にはいかぬ!」

「ちい!」


 道虚は半兵衛に向かい更に踏み込む。

 半兵衛は再び、すんでの所にて躱す。


「言っておろう? 避けているのみでは戦ではないぞ!」

「くっ! ああ……そうだな。そりゃ、死合いてえのはこっちも山々よ! だが」


 尚も斬り込まんとしし、道虚の刃を。

 やはり半兵衛は、尚も躱す。


「あんたとやり合う刀が、ねえからなあ!」

「ふん……さようか!」


 半兵衛は叫ぶ。


「だがなあ……一つ言い忘れていた。真のあんたの一端を、見せてくれてありがとうよ!」

「何?」


 その半兵衛の言葉に、道虚は動きを止める。


「あんたにも、地獄を味わった頃があるんだな!」

「……黙れ!」


 しかし道虚は、半兵衛に自らの秘事を見られしことへの怒りを思い出し、再び半兵衛へと刃を向ける。


「私の、私の地獄は! そなたなどに!」

「怒るなよ、ひとまずはおあいこなんだからよ!」

「くっ!」


 半兵衛は再び、道虚の刃を躱す。

 道虚は未だ、怒りと憎しみに身体を震わせる。


「さっきの口ぶりからして、あんたも俺の思い出を覗き見たんだろ? まあいずれにしても褒められたもんじゃねえが……互いにやったんだから、すなわちおあいこじゃねえか!」

「……黙れと言っておろう!」


 半兵衛の言葉に、道虚はその刀を振るう腕により力を込める。


 もはや、此奴はこの場で屠らねば。


「ふんっ!」

「うおっ、危ねえ!」


 道虚の刃を、半兵衛はひらりひらりと躱し続ける。


「ふう……まあ、母親に捨てられるなんざ、そりゃあいい心持ちじゃねえな。」

「知ったような口を!」


 道虚は更に怒りを滾らせる。


「やあれやれ……あくまで俺を許さねえ所存かい! なら致し方ねえか。」


 半兵衛はふと、踏みとどまる。

 丸腰ながらも、身構えつつ道虚を睨む。


「何だ? ……斬れるものならば斬ってみよとな? 甘えるな!」


 しかしならば、望み通りにしてやろうとばかり。

 道虚は半兵衛に斬りかかる。


 これで、終いだ――




「……映六道輪廻、会死神。……急急如律令!」


 翻って、人間道にて。

 半兵衛の屋敷の一角にて、刃笹麿はまじないを唱える。


「(頼む死神……どうか応じてくれ!)」


 刃笹麿は願う。

 全ては、半兵衛を取り戻すため。


 何故彼が無限輪廻に陥ったか、前のごとく尋ねようとも自らは知らぬと言われてしまうが関の山であろうが。


 それでもせめて、糸口でも掴まねば。

 刃笹麿は、藁にでも縋る思いであった。


「この死神、ここに。」

「……うむ、かたじけない。」


 はたして、その切なる願いが届きしか。

 死神・綾路が姿を現す。


「姿を現してくれしこと、誠にかたじけない。」

「……何用じゃ?」

「うむ。」


 虚礼は排せとばかり、綾路は用向きを求める。

 刃笹麿は続ける。


「今、無限輪廻の咎を受けし一国半兵衛についてである。……奴が畜生道にて妖として生を受けし時、そなたの名を口走りし時があったのだが、あれは」

「この死神の果たすべき務めの一つ。無限輪廻の咎を受けし者が最も罪を感じる者の代わりとなり、その者を苛む。」

「……⁉︎」


 思いの外綾路は、刃笹麿の問いに淀みなく答えてくれた。


 思わず刃笹麿は、面食らう。


「では、そなたは半兵衛の、最も罪を感じる者の代わりとなっていたと?」

「うむ。」

「……さようか。」


 刃笹麿は考え込む。

 ならば、その者は果たして誰なのかと問いたき気がするが。


 そこまで教えてもらえるか――

 刃笹麿は歯軋りする。


 せめて、千里眼を使うことができればそれも分かるのかと。


 しかし、今の刃笹麿は前に千里眼を使い死にかけしことを心の傷としており、使えぬ。


「くっ……阿江家に血と共に受け継がれしこの、()()さえなければ……!」

「何?」

「いや、すまぬ……」


 この死神に言っても何もないと思いつつも、やはり口を突いて出しは自らへの怒り。


 引いては、千里眼を全て解き放てば死ぬという術を阿江家の血そのものにかけし自らの祖・幻明への怒りである。


 無論、それが後顧の憂いを断つためであることは解しているつもりではある。


 その後顧の憂いとは、強き力を持ち過ぎることによる子孫らの慢心・増長である。


 だが、今となってはそれは腹立たしい。


「⁉︎ ……この死神はそろそろ戻らねばならぬが。用向きは、それだけか?」

「! ……ああ、すまぬ。誠にかたじけない。」


 不意に綾路よりかけられし言葉に、刃笹麿は礼を返す。


「……では、これにて。」

「うむ。」


 綾路は姿を消す。





「さあて、半兵衛の身体を拭いてやらねば。」

「あ、氏式部様! ……私がやります故、()()()の氏式部様はどうか、おくつろぎ下さいまし。」

「ほほ……何の何の、白布殿。()()()は、奥州より遥々来て下さったのだからな。」


 翻って、母屋にて。

 半兵衛の世話を巡り、(いつも通り中宮の扮しし)氏式部と白布が言い争いを繰り広げる。


「いいのです! ここは私が」

「いや、私が!」

「は、ははは白布よ……ここは氏式部殿にお譲りを」

「刈吉! そなたは黙っていて下さい。」

「……すまぬ。」


 見兼ねし刈吉の声もすげなく、白布に否まれる。


「何だ、騒がしいな。」

「あ、阿江殿!」


 死神との謁見を果たし母屋へとやって来た刃笹麿に、同じく母屋にいた頼庵・広人・夏、そして白布・刈吉、そして中宮も目を向ける。


「ああ、すまぬ待たせてしまっていたか。……先ほど、私は死神との謁見を果たすことができた。」

「ま、誠か⁉︎」


 刃笹麿の言葉に、頼庵が聞き返す。


「うむ。」

「で、では! 半兵衛の口よりあの死神の名が出し訳は何なのだ!」

「落ち着け、広人。……うむ、それは」


 刃笹麿は先ほど、綾路より聞きし話を皆に伝える。


「なるほど……そんなことが」

「ああ……しかし、すまぬ。ならば、死神が何の身代わりを務めているかは聞き出せなかった。」

「左様か……」


 刃笹麿の言葉に、皆明らかに萎れている。


「誠にすまぬ。……千里眼さえ使えれば、おそらくは知れるのであるが。」

「いや、ならばよい。」

「⁉︎ よ、頼庵……」


 しかし刃笹麿のこの言葉に、頼庵はすかさず異を唱える。


「うむ、忘れたか阿江殿。そなたはそれにて我らを救わんとしてくれた。それにて一度死にかけしこと忘れたか!」

「左様。ならば、私たちのためにそこまでしてくれずともよい。」

「そなたら……」


 広人・夏も、刃笹麿に言う。


「左様ですね……すみません、私たちはその千里眼とやらが何かは分かりませぬが……阿江様の命を削ろうものならば、私たちもお断りです!」

「はい、私もです!」

「白布殿、刈吉殿……」


 刃笹麿は更に、白布・刈吉にも声をかけられる。


「うむ。しかし……半兵衛を救うことにはまだ近づけておらぬのであるが。」

「よいのです、阿江殿。」

「⁉︎ し、氏式部殿。」


 刃笹麿が尚も惜しき心を吐露するや、それに答えてくれしは氏式部のなりをしし中宮である。


「半兵衛、殿はきっと戻って来ます。私たちがここにて焦るよりは、今は救いの手立てを考えつつも半兵衛殿を信じて待ちましょう。」

「……うむ、左様であるな。」


 刃笹麿もこの中宮の言葉には、ほほ笑む。

 と、その刹那である。


「み、皆様! は、半兵衛様のお刀が……」

「⁉︎ な!」


 白布の言葉に、皆床に伏しし半兵衛の傍らを見れば。

 そこに置かれし紫丸の、鍔と鞘の隙間より蒼き殺気が漏れている。


 しかし、次には。


「くっ!」

「ま、眩しい!」


 皆目を覆う。

 その殺気は眩いばかりに輝き――





「誠にしぶとき奴め……だが!」

「くっ!」


 再び地獄道にて。

 ひたすらに自らの刃を躱し続ける半兵衛に、道虚は業を煮やし。


 半兵衛に刃ではなく、蹴り込みを入れる。

 さすがにこれは半兵衛も避け切れず。


 倒れ込む。


「ははは……これで終いであるな!」

「くっ……なあるほどな。」


 半兵衛が上げし顔の鼻先に、道虚は自らの刃を向ける。


「さあ……受け入れよ! 自らの半身を置き去りにしし罪を、そして我が地獄を覗き見し罪を! ……いや、もはやそなたに選ぶものなどないか。」


 道虚は怒りにより眉根を寄せつつ、口元を上げる。


「ああ、そうみたいだな。」

「ははは……しかし、責めてもの情けよ! さあ……終いの言葉は何か!」


 道虚は半兵衛に、何か言い残すことはないか尋ねる。


「……来い。」

「何? 聞こえぬな!」

「……来い、紫丸!」


 しかしその言葉の次には、半兵衛は右腕を振り上げ叫ぶ。


「何? ……ふははは、何かと思えば! 哀れなことよ、終いの言葉が左様な、まやかしの望みとはなあ!」


 道虚は呆れ返り、次には自らの刃を振り上げる。


「さらば、一国半兵衛!」


 しかし、その刹那である。


「ぐっ!」

「はっ! ……やっぱりあんたとの腐れ縁は地獄に堕ちても切れなかったな、紫丸!」

「くっ……おのれえ!」


 目も眩むばかりの、殺気の輝きと共に。

 半兵衛の右手には、紫丸の姿が。


「ぐっ……このお!」

「はあっ!」


 道虚は怒りのままに、振り上げしままの刃を振り下ろす。


 しかし半兵衛は紫丸を鞘より抜き、これを防ぐ。


「ぐっ!」

「あんたには申し訳ないが鬼神様よお……まだ、終わる訳にはいかねえみたいだぜ!」


 尚も輝きを増す紫丸の殺気に鬼面越しに目を瞑りつつ、道虚は半兵衛より間合いを取る。


「よかろう……これにて斬り合えるというもの!」


 道虚は刃を、構え直す。




「む、紫丸が……?」

「もしや……今半兵衛様のいらっしゃる六道に、送られたのでは?」


 再び、人間道は京の半兵衛の屋敷にて。

 紫丸が先ほど強き輝きと共に消え、訝る皆であるが。


 白布の言葉に、なるほどと合点する。

 と、その刹那である。


「⁉︎ これは……都に妖が!」

「なっ!」

「かような時に!」


 にわかに妖が現れしことを感じ、頼庵・夏・広人は歯軋りする。


「もしや……かような時を狙ったのでは? 我らを半兵衛様と引き離すために!」


 白布が察する。


「うむ、その恐れはあるな……頼庵殿、広人、夏殿! そして白布殿と刈吉殿も、妖を喰らいに行け! 半兵衛は、私と氏式部殿にて引き受ける。」


 刃笹麿は白布の恐れを肯んじ、妖喰い使いらに促す。


「え、は、半兵衛様には私が」

「いいのです、さあ白布殿は早く。」

「……はい。」


 白布はやや不承不承としつつも、中宮の促しにより腰を浮かす。


「……かたじけない、阿江殿。では行こう!」

「応!!」

「はっ!」

「……はっ!」


 頼庵・夏・広人、白布・刈吉は屋敷より出る。





「初姫。……少しは食べませぬと。」

「母上……よいのです、私は!」

「……置いておきますよ。」


 時同じくして、半兵衛の屋敷の一角にて。

 母・治子の勧めも断り、義常の子らである初姫・竹若は塞ぎ込み続ける。


「父上……」


 と、その時である。


 ――初姫。


「⁉︎ ち、父上……」


 初姫は驚く。

 襖越しに、何やら亡き父の声が。


「ち、父上え! ……え?」


 初姫は思わず、襖を開ける。

 しかし、やはりと言うべきか。


 父の姿はなく。


「……ち、父上の弓……?」


 その床には、父の弓と同じ殺気の色の弓が。

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