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京都の王  作者: 宇井九衛門之丞
第9章 転生(無限輪廻編)
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地獄

「ん……?」


 半兵衛はふと、目を覚ます。

 何やら、山の、森の中。

 しかし――


「……懐かしいな。」


 半兵衛は呟く。

 そう、ここは見慣れぬ地ではないのである。


「ここは……まさか、天道か?」


 半兵衛は、はたと気づく。

 ここは天道で見し景色と、まるで同じである。


 半兵衛が死神・綾路を介し地獄の十王より受けし罰・無限輪廻。


 それは、かつて人間道にて暮らしし日々を忘れ、六道を輪廻転生し続けるという苦しき罰であった。


 そのまま天道での、今見し景色と同じ所での暮らし。

 そして戦乱の世、阿修羅道での人の血に手を汚しし暮らし。

 餓鬼道での、飢えに苦しみ何もできぬままであった暮らし。

 畜生道での、妖に生まれ変わりかつての仲間らと戦わねばならぬという暮らし。


 そして、ここは。

 どこなのか。


「まさか……また同じ所を?」


 半兵衛は首を傾げる。

 彼はそこまでは知らぬが、確かに無限輪廻とは六道輪廻転生を延々と繰り返すこと。


 それもあり得ぬ話ではない。


 しかし、ここにて訝るべきことが一つ。

 そう、無限輪廻とは六道でそれぞれ暮らしし思い出を忘れているはずなのである。


 しかし今の半兵衛は、覚えている。

 人間道どころか、これまでの六道での暮らしを。


 尤もそれらの思い出はあっても、これまでの六道では他の六道での思い出を忘れていたという思い出はないため半兵衛自らはそのことを訝れぬのであるが。


 さておき。


「あ、いました!」

「半兵衛! どこへ行っていた!」

「ん……?」


 後ろより聞こえし声に、半兵衛は振り返る。

 そこには。


「……母さん、綾路。」


 母と、綾路である。


「探したのですよ、〇〇〇〇! ねえ?」


 綾路は、半兵衛の母に問う。


「ああ、ならぬぞ半兵衛。」

「す、すまねえ……」

「半兵衛。謝るならば、笑うな。」

「……すまない。」


 半兵衛は自らでも知らぬ内に。

 口の端が上がりしことに気づく。


「……よい。さあ、早く。」

「あ、待ってくれよ母さん、綾路!」


 先を急ぐ二人の後を、半兵衛は慌てて追いかける。


「……俺は何を、笑っているんだろうな。」


 半兵衛は上がりし口の端を指にて下げつつ、追いかける。


 見れば見るほどに、これは天道で見し景色と同じだと分かる。


 しかし、これが虚しき思い出であることは分かっていた。


 何もかも、現に起こりしこととは違うのである。

 母らとの、幸せな暮らしが続く日々――


「……なあるほど。」


 半兵衛はそこにて、ようやく分かる。

 一時はまた天道に舞い戻って来たのかと思ったが、さにあらず。


「ここは……地獄なんだな。」



「うむ……まずは大儀であった。」

「は、ありがたきお言葉!」


 帝の言葉に、刃笹麿は頭を下げる。


 清涼殿にて。

 妖・両面宿儺――半兵衛の畜生道にて転生しし姿と他の妖喰い使いらとの戦いより幾日か経ち。


 刃笹麿はその報告を上げるため来ていた。

 後ろには頼庵ら、妖喰い使いらもいた。


 白布・刈吉は今屋敷にて、半兵衛の世話をしている。


「そなたらにはただでさえ、数少なき妖喰いを扱えし者として頼り切りであることを申し訳なく思っておる。……ましてや、此度は最も辛き任であったであろうに。」

「はっ、ありがたきお心遣い!」


 帝の言葉に、妖喰い使いらは頭を深々と下げる。


「しかし、帝に左様なご心痛をおかけし申し訳なく存じます。……私めらも、主人・半兵衛の帰りを必ずや、出来る限り早く成し遂げんと思っております。」

「うむ……頼む。」


 頼庵の言葉に、帝は憂いを帯びし目を返す。


「そして……半兵衛のことであるが。」

「はっ! それにつきましては……頼庵殿より気になることを聞き及んでおりまして。」

「ほう?」


 刃笹麿は帝に返す。

 そう、妖・両面宿儺――すなわち、畜生道にての半兵衛の姿。


 その両面宿儺が頼庵の前にて半兵衛としての思い出を取り戻しし時に、彼が言いし言葉。


 ――くっ、綾路を……俺の半身を捥いだお前らを……許……いや、頼庵!


 綾路。

 かの死神の名を、彼は確かに口にした。


「それは誠か?」

「はっ! この耳にてしかと。」


 頼庵は真っ直ぐな目にて、帝に返す。


「然るに、帝。……やはり、あの死神が此度の件を治めるための鍵と存じます。今一度、私が死神と直に話を。」

「うむ……重ね重ね頼んでばかりにて申し訳ないが、半兵衛を何としても、取り戻して欲しい!」

「はっ!」


 帝のこの言葉に、刃笹麿と頼庵・広人・夏は更に深く頭を下げる。






「いやあ、今日は多く獲れただな春吉!」

「ああ吉人、おらのほうが多いだ!」

「いいや、おらだ!」

「いいえ、私です!」


 再び、地獄道にて。

 近くの村に住む二人の男子、春吉・吉人と戯れつつ半兵衛・綾路は夕暮れの道を帰っている。


「……? どうしただ半兵衛?」

「んだ、さっきから黙りっ放しでねえか?」


 春吉と吉人は、自らの後ろをとぼとぼとついてくる半兵衛を訝る。


 綾路も、彼を訝しげに見る。


「あ、ああ……いや、何でも。」

「皆ー! 飯だよー!」

「おお、半兵衛と綾路ちゃんのおっ母だ!」

「おらたちも飯ー!」

「ほら、〇〇〇〇も!」

「あ、あはは……ああ。」


 遠くより呼びかけし母と、春吉・吉人が楽しげに話す様を見。

 半兵衛は虚しさを、募らせていく。


 目に浮かぶ、春吉・吉人が血塗れになり倒れる様。


 何でだよ……何で殺した!

 母さん!


 かつて母を責めし思い出。

 親しくしし村の者たちを救えなかった罪。


 そして何より。


「なあ……綾路……いや。」

「? 〇〇〇〇?」


 半兵衛は綾路に手を伸ばす。

 綾路は首を傾げる。


「俺が忘れていた罪……そうだ、俺は半身を自ら置いて来ちまったんだ。」


 ――そうだ、一国半兵衛。


「誰だ? ……そうか、あんた天道でも声かけてくれてた奴か。」


 半兵衛はにわかに響きし声にもさして驚きはせず。

 事も無げに、返す。


「思い出したよ……なあ、皆!」

「うわ、半兵衛!」

「な、何を! 〇〇〇〇!」


 半兵衛はにわかに、春吉・吉人・綾路を抱きしめる。

 抱きしめられし者たちは、ただただ戸惑う。


「もう、分かった……皆といつまでも、ここで暮らす。それが、俺の償いだ!」


 半兵衛は涙ぐむ。


「な、何言ってるだ半兵衛?」

「んだんだ、そんな当たり前のこと。」

「そうですよ、〇〇〇〇。」


 首を傾げし皆は、相変わらず戸惑う。


 ――そうだ、一国半兵衛。そうして……私に代わり未来永劫、無限輪廻を肩代わりせよ。さすれば私は


 ――誠に、それでよろしいのですか?


「⁉︎ ……え?」


 しかし半兵衛は、ふと真顔になる。


 ――主人様! あなた様を待ちし者はおります。……そう、誓いましたでしょう?


「あっ……」


 半兵衛は思い出す。

 そう、畜生道に落ちし時。


 戦いしかつての仲間らと誓いあったのである。

 必ず、戻ると。


「? 半兵衛?」

「どしただ?」

「〇〇〇〇?」


 春吉・吉人・綾路は、戸惑いをより深める一方である。


「……すまねえ、皆! 俺はやはり、戻らなくちゃならねえ。」

「え? ど、どこにだ?」


 春吉は首を傾げる。


「ああ、そうだな……まずは人間道の、春吉たちの村の跡に!」

「え、村の跡?」

「さてと……頭の中に聞こえる声が、天道の時に比べて更に一人増えてるな! まあ一人は……あんただろ?」


 半兵衛は目の前の春吉らをよそに、声の主の一人に呼びかける。


 それが誰かは、言うまでもない。

 そして。


「さあて、天道の時からうるさく言ってくれてるもう一人のあんたは……誰だ?」


 ――ふん、そなたなどに


 ――主人様、ならば。


「……仕方ねえな。人を覗くのは性悪だが……心空し!」


 ――くっ、止めよ!


 半兵衛はならばと、技を使う。

 そうして、見えしは。







「何だ、これは……」


 半兵衛に見えしは、何やら赤子を抱きつつその顔を愛おしげに見つめる女の顔。


 赤子の母親、であろうか。

 しかしその女の顔も、次には歪む。


「女御殿下。あなたの皇子は、東宮にはなれませぬ。」

「そ、そんな……」

「もう調べは、ついているのですよ? ……聡明なるあなたならば、この私の言葉の意が分かりますでしょう?」

「……くっ!」


 女と相見えし男は、それのみ告げるや去る。

 すると女は、自らの胸に抱えし我が子をそのまま床に置く。


「かようなことなれば……お前など産むのではなかった! おのれ見ておれ……この償いは必ずやさせる!」


 女は怒り心頭となり、そのまま床に置きし我が子には目もくれずその場を後にする。


 そして、そのすぐ後に。


「おお……可愛い子じゃ。かわいそうに、私が育ててやろう。」


 そこに現れし老爺は赤子を抱き上げ、穏やかな笑みを浮かべる。




 それから、幾年が経ったか。


「な、父上! それはどういうことですか!」

「なぜ、こやつが父の跡を?」


 赤子が育ち、若者となる。

 老爺に食ってかかりしは、老爺の息子たちたる兄弟である。


「単に、そなたらでは器が足りず。その子こそ、真に我が家を継ぐ器たりえるからよ。」


 老爺は事も無げに返す。

 しかし、この言葉にて兄弟が納得の行きしはずもなく。


「お、おやめ下さい兄上方!」


 老爺が去りし後に若者は、兄弟より虐げられる。


「兄上? ははは兄者! かような者と私たちが兄弟などと、誠にふざけし奴ですな!」

「うむ、まったくその通りである! ……よく聞け、そなたごとき父上の子ではない! そなたは産みの母に捨てられし哀れな子……この家にただ居ることすら許されぬ身なのだ!」

「なっ……!」


 若者は兄弟の話に、我が耳を疑う。

 自らが捨てられし子?


「そ、そんな……」

「ははは、分かったであろうこの()()()()め! 汚れし血のそなたと我ら高貴なる父上の子とが兄弟などとあり得ぬ!」


 呆けし若者を、兄弟が蹴りつける。

 若者は抗することなく、倒れ込む。


「分かったならば……二度と我らを兄などと呼ぶな! さあ、父上に後継ぎのお話を自ら捨てるよう申せ。そして出家し、山の中にて密かに暮らせ!」

「ははは、いい気味であるな!」


 もはや言葉も尽きし若者を、したりとばかり兄弟は足蹴にし続ける。


「……分かりました兄上方。左様ですな、私が間違えておりました。」

「ははは! ……兄と呼ぶなと」


 ようやく言葉を返しし若者の、その言葉に腹を立てし兄弟の兄は。


 そのまま尚も、蹴りを入れんとするが。

 それは若者に、容易く受け止められる。


「くっ、触るな! 汚らわしい!」

「ははは……そうですな。私もあなた様の足など、汚らわしくてなりませぬ!」

「ぐっ、がああ!」


 怒る兄であるが、若者は彼の足を握り潰す。

 たちまち血が、頗る迸る。


「あ、兄上!」

「さて……兄上方。今の罪にて私を斬る、口実ができましたが?」


 若者は起き上がり、兄弟の弟に言う。


「……左様か。ならばよい、そなたなどこの私が!」


 兄弟の弟は刀を抜く。

 兄を容易く傷つけられるなど全く思いの外であったが、ならばこれにてこの忌まわしき弟の首を取る絶好の機と言うもの。


 兄弟の弟は、そのまま若者に刃を向ける。


「ならば……死ぬがいい、忌まわしき身無し子めが!」

「ええ、その口実にて私を斬ればよい。……ただし、出来るならばですがな!」

「ぐっ!」


 兄弟の弟が振り下ろしし刃を、若者は容易く自らの刃にて受け止める。


「ぐっ……このっ!」

「ふふふ……所詮それしきですか!」

「ぐああ!」


 しかし若者は、拍子抜けと言わんばかりの顔をし。

 そのまま容易く、兄弟の弟の刃を振り払い。


 彼を斬る。

 鮮血が、迸る。


「なっ……おのれええ!」


 地に転がりし弟を見、兄が立ち上がる。

 片足を潰され、もう片足にて何とか立ち上がりし様であるが。


 弟の仇とばかり、若者に斬りかかる。


「はあああ!」

「……ふむ、口ほどにもないですな。」

「がああ!」


 しかし、兄の方も。

 若者はつまらぬとばかり、容易く斬り捨てる。




「そ、そなた! な、何だその血は!」


 老爺はにわかに、自らの前に現れし養子(我が子)に驚く。


 その腕には、先ほど義兄(あに)二人を斬り捨てし血塗れの刀が。


「申し訳ございません養父(ちち)上……義兄上二人、私が先ほどこの手にかけました。」

「な……そ、それは誠か!」

「はい。」


 老爺の――いや、養父の怒りの顔にも若者は、何も思わず。


 その身体はただただ、養父に近づき刀を振り回すためにのみ動く。


「な、何を!」

「申し訳ございませぬ養父上……あなた様は私にとりて光明でありました。思い出した、否、思い出させられたのです。義兄上方に、私が生母より捨てられし身無し子なのだと。」

「あの馬鹿息子たちめ……しかし、そなたよ! そなたまで愚かになることはあるまい?」


 養父は若者を咎める。


「そなたには義兄二人に盛り立てられ、この家を継ぐ務めがあったというのに!」

「……返す返すも申し訳ございませぬ。もはや私には、後がないのです。」


 若者は老爺の言葉に、刹那悲しげに眉根を寄せる。

 しかし次には、虚なる目にて。


「な、何をする!」

「……申し訳ございませぬ、私は養父上より受けしご恩を仇にて返したというこの罪、未来永劫背負わせていただきます……」

「や、やめよ景穂(かげほ)! そなたの瞳は、左様な罪人のごとき虚なる目では」

「申し訳、ございませぬ!」

「……ぐああ!」


 しかし養父のこの言葉も遮らんばかりに。

 若者――景穂は養父を叩き斬る。


「……この罪を背負いし私には、養父上より賜りしこの名はあってはならぬ。……さて、どのように改めるべきか……」


 景穂は、養父の終いの言葉を思い出す。


 ――そなたの瞳は、左様な罪人のごとき虚なる目では


「……そうか、ならば私の名は」






「……見たな、私の地獄を!」

「くっ! ……誰かと思いきやあんたかい。」


 半兵衛が心空しにて見し景色は、にわかに終わる。

 目の前に現れし、先ほどまでの景色を思い出として持つ主の刀により。


 その者は――


「久方ぶりだなあ……鬼神様よお!」

「ふん……睦み合いなどせぬ!」


 半兵衛はその者の刀を避ける。

 その者は、鬼神一派――長門一門の長たる鬼神・道虚であった。



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