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京都の王  作者: 宇井九衛門之丞
第2章 喰宴(水上兄弟編)
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襲内

「昨日の妖との一件、大義であったぞ。半兵衛、義常、頼庵、そして……広人。」

 帝は四人の男を妖を倒せし武勲にて、讃える。


「はっ! 帝よりありがたきお言葉、我らにはもったいのうございます!」

 義常と頼庵は共に答える。


「……良いお言葉、かたじけない。」

 半兵衛はやはり礼を欠く様であるが、礼を言う。


「……帝、私に讃えられるべきことなどありましょうか?」

 広人は前の三者とは異なり、帝に問う。


「何を申すか! 聞き及んでおるぞ、広人。妖を前に怖き故に震えながらも、終いには腹を決め妖喰いを取ったと。そなたの斬りがあの勝ち戦のきっかけとなった、これを武勲と言わずして何と呼ぶ。」

 帝は広人を宥め、諭す。


「さようですぞ、広人殿! 何にせよそなたが妖を討った。このことに、何ら疑いはありませぬ!」

 義常も諭す。


 が、広人はにわかに立ち上がる。断りもなくにわかに立ち上がり、帝を見下ろす形になるなど本来ならば最上の無礼である。同席しておる公家たちも、声を上げる。


「まあ待て! 皆静まるのだ。広人も落ち着かぬであろう、座るのだ。」

 帝は公家たちや、広人を沈めんとするが、

「いえ、座るわけには参りませぬ!」

 最も頑として譲らぬは広人である。


 が、広人は座らぬがにわかに土下座し、

「申し訳ございませぬ! 私に武勲などございませぬ! 私は、私は……」

 泣きつつ帝に言う。


「うむ、広人よ……頭をまずは上げてはくれぬか?」

 その広人にただならぬ様を感ぜし帝は、再び宥める。


「はい……私めは、私怨にてあの槍を取り、あわや半兵衛を殺さんとしたのでございます。妖を討てましたのも、半兵衛がその刃を避け、後ろに居し妖に当たったまでのこと。そのような私に、武勲など……。」

 広人はひとまず顔は上げ、敢えて帝を見つめ言う。


 驚きしは、帝である。

「な、何と! それは誠か! 広人、何故……いや、隼人のためであるか……しかし広人、あれは半兵衛が討たねばならなかったのだ……」

「ええ、私は知っていて半兵衛に、やり場なき怒りをぶつけたのでございます。」

 帝もいつものごとき落ち着きを忘れ、ただ思いつくがままに言葉を紡ぐといった様であるが、広人は話せしことで幾分かは落ち着きしか、帝に言う。


「広人殿には何ら恥じ入るべき所などございませぬ! 元はといえばこの半兵衛が! 広人殿を煽りしがために!」

 頼庵が声を上げる。


「これ、頼庵! 帝と広人殿のお話に口を挟むなどと! ……申し訳ございませぬ、帝。」

 義常が咎める。頼庵もつい言ってしまったとばかり、口を塞ぎ俯く。


「……いや、良いのだ。しかし半兵衛、そなたが広人を煽りしと。その話は誠か?」

 帝は頼庵を咎めず、次には半兵衛に問う。


「……ああ、俺がこいつに言ったよ。俺と妖、自分(てめえ)の友の仇を一息に討てるってな。」

 半兵衛は悪びれず、帝に答える。


「……ふうむ、半兵衛。隼人のことはやむを得ぬことであったと言っておろう。広人とて、そのことでそなたを恨むなど……」

「いや、こいつははっきり言った。憎いってな。」

 帝の宥めも、半兵衛は否む。


「そうです帝、隼人殿、広人殿の友は何故死ななければならなかったのですか!」

「こ、これ、頼庵!」

 またも軽々しくも帝に声を上げる頼庵を、義常は咎める。


「頼庵、義常!」

 帝が声を上げる。


「はっ! 帝に向かい弟のご無礼、この私兄として誠に……」

「……話さねばならぬな。そなたらにも。」

「は、帝には申し開きの次第も……は?」

 怒声を覚悟しておった義常は、帝の言葉に驚嘆する。


 帝は話す。広人の友・隼人が妖に作り変えられ、内裏を襲いしこと。半兵衛は皆を守らんがため、妖と化した隼人をやむなく斬りしこと。


「……お話しいただき、ありがたき幸せでございます。」

 義常は、深々と頭を下げる。


「……やむなく斬りしなどと、あわよくば斬りたき程に、その隼人殿を憎んでいたのではないか?」

 頼庵は半兵衛に問う。


「……頼庵! 大概にせよ!」

 尚も弁えぬ頼庵に、義常はついに大声を張り上げる。


「兄者、しかし」

「いいよ、義常さん! ……何にせよ、俺が人を斬ったことにゃ違いねえんだからよ。」

 頼庵が兄に声を上げかけしを遮り、半兵衛が答える。


「……話を戻そう。広人、半兵衛を憎んでおると語りしは、誠であるか?」

 帝は次は、広人に問う。


「……分かりませぬ。」

 広人はためらいがちに言う。


「……広人よ、語りしか否かとの問いであるぞ。分からぬということはなかろう?」

 帝は諭すかのごとく、再び問う。


「……ご無礼をお許しください。その時のことはあまり思い出せませぬが故に。……しかし、私がそう言いしは誠でありましょう、周りの者たちもそう申しております故。分からぬは、私の……半兵衛を憎む心が誠か、ということにございます。」

 広人は詫び、答える。


「うむ、広人……そなたも苦しんでおるのだな……」

 帝もかけるべき言葉が見つからぬ様にて、広人に言う。


「……申し訳ございませぬ、帝。せっかくの武勲ですが、今の私では受け取れませぬ。このままでは、再びあの妖喰いを取れるかも……」

 広人は言うたびに目を落とし、終いには顔の見えぬほど項垂れし様である。


「広人よ、焦ることなどない。心行くまで、悩みぬき、答えを出すが良い。」

 帝もそのような広人に、優しく言葉をかける。


「……はっ。ありがたきお言葉、誠にもったいのうございます……」

 広人は項垂れしまま、深々と頭を下げる。





 謁見の間にて行われし話はこれでお開きとなり、半兵衛らは部屋より出る。


「半兵衛、傷はないか?」

 半兵衛は声に振り返る。見れば氏式部――無論、それに扮した中宮であるが――が立っておる。




「話は聞いたぞ。しかし分からぬ、何故に広人にあのような……」

 所は内裏の空き部屋に移る。中宮は前と同じく、半兵衛と語らっておる。


「あそこであいつは腰抜けてんだ。ああ言わずして、何と言う?」

 半兵衛は返す。


「だからといって、そのような……」

 中宮は言葉を継がんとするが、かける言葉は思いつかぬ。


「……考えてくれてんだな、俺にどう言葉をかけたらいいかって。」

 半兵衛は中宮に笑いかける。


「そんなこと……然るべきであろう。そなたは我らにとりてただ一つの望み。その身に何かあれば」

「なあに、そんな憂うこともない。あの弓使いの二人もいるし、今ここに、新たに槍使いも出て来たじゃねえか。」

 言葉を継ぐ中宮に、半兵衛はやや突き放すかのごとく言う。


「そうであったとしても、私がそなたを憂う。これは変わらぬ。」

「……ありがたき幸せだが、今あんたが憂うべきは皇子。だろ?」

 尚も憂う中宮に、半兵衛はまたも同じ様にて返す。


「……私は、誠に腹の決まらぬ女であるな。」

「そんなことは言ってねえよ。」

 半兵衛の様に、中宮は半兵衛の言わんとすることを解するが、半兵衛はそのまま立ち上がる。


「今宵も、帝来てくれるよ。」

 半兵衛はそれのみ言うや、襖を開け立ち去る。


「……私が身籠もらぬのは、腹が決まらぬからか。」

 残されし中宮は俯き、そう言うた。



「おーい、広人!」

 後ろより聞こえし声に、広人は振り向く。

 半兵衛が渡殿を走り、自らに寄って来る所であった。


「半兵衛……」

 広人は振り返りし体を、すぐに前に向ける。

 無論、半兵衛に向かいし気まずさ故である。


「なあ広人、頼みがあるんだが!」

 半兵衛は広人の気など知らぬ様にて、屈託もなく語りかける。


「……そなたと話すことなど……」

「もしもの時は、これを使ってほしい。それだけだ、それじゃ!」

 前を向きつつ気まずさを隠さず答える広人にも、半兵衛はそのような彼の様などどこ吹く風とばかり、小刀を握らせるや、再び走り去る。


「……誠に、あの男は。」

 広人は半兵衛の走り去りし方を振り返り、ため息混じりに言う。




 謁見の間にての帝との面通りより、幾日か経ちし後。

 この日は内裏にて儀が執り行われており、いつもよりも更に多く、公家や女官らがおる。


 さらには内裏中には多く松明が焚かれ、衛士(えじ)(内裏の護りにあたる兵)が手に矢を、弓を、槍を持ち睨みを利かせる。


 これらは大事な儀とありての備えである。しかし衛士もならず者はともかく、妖には抗し得ぬ。


 そこで――

「ふわあ……何でこんな夜遅くに……」

 妖喰いの使い手たる、半兵衛や水上兄弟も駆り出されしというわけである。


「これ、半兵衛殿! 儀のさなかですぞ!」

 義常が、欠伸を漏らせし半兵衛を咎める。


「ああ、済まねえ。しかしこんな遅くまでふわあ……」

 尤も、義常の言葉は半兵衛にはまったく刺さらぬ様であるが。


「そういえば、頼庵は?」

 弟の姿が見えぬことに気づき、半兵衛は義常に問う。


「ああ、あやつは他の衛士と共に。私と同じ妖喰いの殺気を持つとはいえ、こういった儀の時には他の衛士と混ぜし方が役に立ちましょう。」

 義常は答える。


「そういえば、広人殿は?」

 次は義常が半兵衛に問う。


「ああ、あいつも頼庵と同じ所かと思う。まあ、あの様で妖喰いは使えないだろうしな。」

 半兵衛が答える。


「なるほど……」

「どうした、義常さん?」

 何やら考え込みし義常に、半兵衛が尋ねる。


「いや……」

 義常は目を逸らす。未だ何やら考え込みし様である。


「まあ、いいけど。」

 半兵衛はそのまま、踏み込まぬことにした。


 その刹那である。

 人の呻きとも、風ともつかぬ音が。否、音ばかりではない。半兵衛の刃は鞘に収まりて見えぬが、義常の弓は緑に光る。


「義常さん。」

「……ああ。」

 半兵衛と義常は目を合わせる。

 これは――


「! 悲鳴が!」

 内裏のどこかより、悲鳴が響く。


 半兵衛と義常が守りしは内裏の外である。しかし、この悲鳴は。

「……内裏の内より、か……! ?」

 義常が驚嘆する様を見せる。既に内裏の中にいるなどと、どこから入ったのだろうか。


「急ごう!」

 半兵衛が促し、二人は近くの門より内裏の中に入る。そして、悲鳴の聞こえし方へ。


「……! また、聞こえたぞ!」

 義常が声を上げる。半兵衛は祈る。どうか間に合え――


「頼庵! 大事ないか!」

 見ればそこには、大きな鼠の如き妖が、人の群れたるを襲わんとしておる。その群れたる中には帝や中宮、摂政の姿も。


 妖の周りには、弓や刀を握りしめし衛士が転がっておる。

 妖の前に立ちはだかり、返り討ちにあったといった所か。


 今妖の前に立ちはだかりしは、頼庵や残る衛士たちである。しかし、妖はまた――


「離れよ!」

 声に半兵衛が振り返るや、いつの間にやら殺気の矢をつがえし義常の姿が。


 そのまま義常は、矢を妖めがけ、放つ。

 矢は妖の背中を捉え、周りの肉を緑の光に染め上げ抉り取る。


 刹那、妖は咆哮し、半兵衛らめがけ襲いかかる。

「くっ、速い!」

 半兵衛らはすんでの所で躱すが、妖はそのまま、内裏の外へと駆ける。


「! させるか!」

 半兵衛は声を上げ、同じく内裏の外へと駆ける。


「半兵衛!」

 帝が声を上げる。


「私が。……頼庵、帝の方は頼んだぞ。」

 義常は言い、同じく内裏の外へと駆ける。


「……心得た。」

 頼庵は駆ける兄の後姿を見、何やら腹を決めたるようである。



「待ちやがれ!」

 半兵衛は殺気の刃を伸ばす。刃先が妖の尻を捉え、刃はその血肉により紫に染まる。


 妖は内裏の外へ出でて、今自らを捉えし刃の主を睨む。

「さあ、札……どこだあ!」

 半兵衛は念ずる。どこかに札が――


 が、しかし。

「……札が、ない! ?」

 半兵衛が叫ぶ。妖より札の気はまったく、感じぬ。


「どういうことだ……?」

 半兵衛は考え込む。

 札はどこに?よもや、無いなどということは――


「半兵衛殿、来ますぞ!」

 後ろより聞こえし義常の声に、半兵衛は我に返る。


 妖はこちらをめがけ走る。

 義常はいくらか矢を放つが、いずれも致命にはならぬ。


「……仕方ねえ、か!」

 半兵衛は刃を構え直す。

 妖が自らと間合いを詰める。そのまま自らの懐に入らんとせし所で――


 半兵衛は紫丸にて、斜めに斬り込む。妖が真っ二つに裂け、すぐに血肉へと変わり。


 妖喰いより放たれる嵐の如き咆哮が、響き渡る。

 全ての血肉は半兵衛の、紫丸の刃へと吸い尽くされる。


「頼庵、こちらは終いだ。」

 義常は呟く。


 翻り、こちらは内裏の中。

 先ほどの義常の呟きは、何と頼庵に伝わっておった。


「心得た、兄者。……帝、兄と半兵衛は、妖を討ちしとのことです。」

 頼庵は帝に、周りの公家に、衛士に告げる。


「誠か! しかし頼庵、そちは義常と離れても……?」

「同じ殺気を持っておりますが故、通じ合えるのでございます。」

 帝が頼庵に尋ね、頼庵がそれに答えし所で。


 内裏の中は、安堵に包まれる。

「妖を、また討ち取りしか!」

「はは、妖喰いの力を思い知ったか、憎き妖どもめ!」

「しかし、些か手応えのなさすぎでは……?」

「なあに、此度は戯れに雑魚が送り込まれしというのみであろう。」

 公家や女官、そして"守る者"たる衛士も、帝も中宮も、浮かれておる。


 そうして、皆が気を緩めし刹那。

「……帝、失礼つかまつります!」

 にわかに声を上げしは、頼庵である。


 皆がえと言う間もなく、頼庵は帝の首を腕で押さえ、そのまま小刀を帝の首元に翳す。


「み、帝!」

 摂政が叫ぶ。


 衛士たちも身構えるが――

「動くな! 私が、否、我らが欲しきは帝の命のみ! 無益な殺生は私とてしたくはないが、邪魔立てするのであればそやつは斬る!」

 頼庵は声にて制す。



 再び翻り、内裏の外――

 時は、あの妖を倒せしよりすぐ後に遡る。


「あっさり倒せちまうとはなあ……札はやはり見当たらないし、ん……?」

 半兵衛は妖の倒されし様を訝り、周りに誠に札はなしか探っておったが――


「ん、これは水晶の、玉……?」

 半兵衛は札ではないが、怪きものは見つける。


 何らおかしき所なき玉。

 一目ではそう見えしが、耳を澄ませれば何やら、妖しき気を感ずる。


 妖の好む気――半兵衛はそう感ずる。妖が先ほどにわかに内裏の外へ出でしは、これに誘われしがためか。


「此度は札を使わなかった。つまり、こんなくどい手で妖を……?」

 半兵衛が玉に感じ入り、かすかに気を緩めし刹那。


 後ろより、殺気を感ずる。

 半兵衛はとっさに紫丸を抜刀し、振り向きざまに刃を向ける――


「……なるほど、隙ありと見えて隙なしとは……」

 殺気の主は、何と義常であった。


 義常は小刀を取り出だしており、それを半兵衛に振り下ろしておった。が、半兵衛に受け止められる。


「義常、さん……何で!」

 半兵衛は驚嘆する。


「半兵衛殿、申し訳ない……我らはそなたと、帝を討たんがために参った! 全ては父の仇を討つため!」

 義常は答える。


 内裏の外と、中。今目の前の敵は妖ではない。妖喰いである――

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