襲内
「昨日の妖との一件、大義であったぞ。半兵衛、義常、頼庵、そして……広人。」
帝は四人の男を妖を倒せし武勲にて、讃える。
「はっ! 帝よりありがたきお言葉、我らにはもったいのうございます!」
義常と頼庵は共に答える。
「……良いお言葉、かたじけない。」
半兵衛はやはり礼を欠く様であるが、礼を言う。
「……帝、私に讃えられるべきことなどありましょうか?」
広人は前の三者とは異なり、帝に問う。
「何を申すか! 聞き及んでおるぞ、広人。妖を前に怖き故に震えながらも、終いには腹を決め妖喰いを取ったと。そなたの斬りがあの勝ち戦のきっかけとなった、これを武勲と言わずして何と呼ぶ。」
帝は広人を宥め、諭す。
「さようですぞ、広人殿! 何にせよそなたが妖を討った。このことに、何ら疑いはありませぬ!」
義常も諭す。
が、広人はにわかに立ち上がる。断りもなくにわかに立ち上がり、帝を見下ろす形になるなど本来ならば最上の無礼である。同席しておる公家たちも、声を上げる。
「まあ待て! 皆静まるのだ。広人も落ち着かぬであろう、座るのだ。」
帝は公家たちや、広人を沈めんとするが、
「いえ、座るわけには参りませぬ!」
最も頑として譲らぬは広人である。
が、広人は座らぬがにわかに土下座し、
「申し訳ございませぬ! 私に武勲などございませぬ! 私は、私は……」
泣きつつ帝に言う。
「うむ、広人よ……頭をまずは上げてはくれぬか?」
その広人にただならぬ様を感ぜし帝は、再び宥める。
「はい……私めは、私怨にてあの槍を取り、あわや半兵衛を殺さんとしたのでございます。妖を討てましたのも、半兵衛がその刃を避け、後ろに居し妖に当たったまでのこと。そのような私に、武勲など……。」
広人はひとまず顔は上げ、敢えて帝を見つめ言う。
驚きしは、帝である。
「な、何と! それは誠か! 広人、何故……いや、隼人のためであるか……しかし広人、あれは半兵衛が討たねばならなかったのだ……」
「ええ、私は知っていて半兵衛に、やり場なき怒りをぶつけたのでございます。」
帝もいつものごとき落ち着きを忘れ、ただ思いつくがままに言葉を紡ぐといった様であるが、広人は話せしことで幾分かは落ち着きしか、帝に言う。
「広人殿には何ら恥じ入るべき所などございませぬ! 元はといえばこの半兵衛が! 広人殿を煽りしがために!」
頼庵が声を上げる。
「これ、頼庵! 帝と広人殿のお話に口を挟むなどと! ……申し訳ございませぬ、帝。」
義常が咎める。頼庵もつい言ってしまったとばかり、口を塞ぎ俯く。
「……いや、良いのだ。しかし半兵衛、そなたが広人を煽りしと。その話は誠か?」
帝は頼庵を咎めず、次には半兵衛に問う。
「……ああ、俺がこいつに言ったよ。俺と妖、自分の友の仇を一息に討てるってな。」
半兵衛は悪びれず、帝に答える。
「……ふうむ、半兵衛。隼人のことはやむを得ぬことであったと言っておろう。広人とて、そのことでそなたを恨むなど……」
「いや、こいつははっきり言った。憎いってな。」
帝の宥めも、半兵衛は否む。
「そうです帝、隼人殿、広人殿の友は何故死ななければならなかったのですか!」
「こ、これ、頼庵!」
またも軽々しくも帝に声を上げる頼庵を、義常は咎める。
「頼庵、義常!」
帝が声を上げる。
「はっ! 帝に向かい弟のご無礼、この私兄として誠に……」
「……話さねばならぬな。そなたらにも。」
「は、帝には申し開きの次第も……は?」
怒声を覚悟しておった義常は、帝の言葉に驚嘆する。
帝は話す。広人の友・隼人が妖に作り変えられ、内裏を襲いしこと。半兵衛は皆を守らんがため、妖と化した隼人をやむなく斬りしこと。
「……お話しいただき、ありがたき幸せでございます。」
義常は、深々と頭を下げる。
「……やむなく斬りしなどと、あわよくば斬りたき程に、その隼人殿を憎んでいたのではないか?」
頼庵は半兵衛に問う。
「……頼庵! 大概にせよ!」
尚も弁えぬ頼庵に、義常はついに大声を張り上げる。
「兄者、しかし」
「いいよ、義常さん! ……何にせよ、俺が人を斬ったことにゃ違いねえんだからよ。」
頼庵が兄に声を上げかけしを遮り、半兵衛が答える。
「……話を戻そう。広人、半兵衛を憎んでおると語りしは、誠であるか?」
帝は次は、広人に問う。
「……分かりませぬ。」
広人はためらいがちに言う。
「……広人よ、語りしか否かとの問いであるぞ。分からぬということはなかろう?」
帝は諭すかのごとく、再び問う。
「……ご無礼をお許しください。その時のことはあまり思い出せませぬが故に。……しかし、私がそう言いしは誠でありましょう、周りの者たちもそう申しております故。分からぬは、私の……半兵衛を憎む心が誠か、ということにございます。」
広人は詫び、答える。
「うむ、広人……そなたも苦しんでおるのだな……」
帝もかけるべき言葉が見つからぬ様にて、広人に言う。
「……申し訳ございませぬ、帝。せっかくの武勲ですが、今の私では受け取れませぬ。このままでは、再びあの妖喰いを取れるかも……」
広人は言うたびに目を落とし、終いには顔の見えぬほど項垂れし様である。
「広人よ、焦ることなどない。心行くまで、悩みぬき、答えを出すが良い。」
帝もそのような広人に、優しく言葉をかける。
「……はっ。ありがたきお言葉、誠にもったいのうございます……」
広人は項垂れしまま、深々と頭を下げる。
謁見の間にて行われし話はこれでお開きとなり、半兵衛らは部屋より出る。
「半兵衛、傷はないか?」
半兵衛は声に振り返る。見れば氏式部――無論、それに扮した中宮であるが――が立っておる。
「話は聞いたぞ。しかし分からぬ、何故に広人にあのような……」
所は内裏の空き部屋に移る。中宮は前と同じく、半兵衛と語らっておる。
「あそこであいつは腰抜けてんだ。ああ言わずして、何と言う?」
半兵衛は返す。
「だからといって、そのような……」
中宮は言葉を継がんとするが、かける言葉は思いつかぬ。
「……考えてくれてんだな、俺にどう言葉をかけたらいいかって。」
半兵衛は中宮に笑いかける。
「そんなこと……然るべきであろう。そなたは我らにとりてただ一つの望み。その身に何かあれば」
「なあに、そんな憂うこともない。あの弓使いの二人もいるし、今ここに、新たに槍使いも出て来たじゃねえか。」
言葉を継ぐ中宮に、半兵衛はやや突き放すかのごとく言う。
「そうであったとしても、私がそなたを憂う。これは変わらぬ。」
「……ありがたき幸せだが、今あんたが憂うべきは皇子。だろ?」
尚も憂う中宮に、半兵衛はまたも同じ様にて返す。
「……私は、誠に腹の決まらぬ女であるな。」
「そんなことは言ってねえよ。」
半兵衛の様に、中宮は半兵衛の言わんとすることを解するが、半兵衛はそのまま立ち上がる。
「今宵も、帝来てくれるよ。」
半兵衛はそれのみ言うや、襖を開け立ち去る。
「……私が身籠もらぬのは、腹が決まらぬからか。」
残されし中宮は俯き、そう言うた。
「おーい、広人!」
後ろより聞こえし声に、広人は振り向く。
半兵衛が渡殿を走り、自らに寄って来る所であった。
「半兵衛……」
広人は振り返りし体を、すぐに前に向ける。
無論、半兵衛に向かいし気まずさ故である。
「なあ広人、頼みがあるんだが!」
半兵衛は広人の気など知らぬ様にて、屈託もなく語りかける。
「……そなたと話すことなど……」
「もしもの時は、これを使ってほしい。それだけだ、それじゃ!」
前を向きつつ気まずさを隠さず答える広人にも、半兵衛はそのような彼の様などどこ吹く風とばかり、小刀を握らせるや、再び走り去る。
「……誠に、あの男は。」
広人は半兵衛の走り去りし方を振り返り、ため息混じりに言う。
謁見の間にての帝との面通りより、幾日か経ちし後。
この日は内裏にて儀が執り行われており、いつもよりも更に多く、公家や女官らがおる。
さらには内裏中には多く松明が焚かれ、衛士(内裏の護りにあたる兵)が手に矢を、弓を、槍を持ち睨みを利かせる。
これらは大事な儀とありての備えである。しかし衛士もならず者はともかく、妖には抗し得ぬ。
そこで――
「ふわあ……何でこんな夜遅くに……」
妖喰いの使い手たる、半兵衛や水上兄弟も駆り出されしというわけである。
「これ、半兵衛殿! 儀のさなかですぞ!」
義常が、欠伸を漏らせし半兵衛を咎める。
「ああ、済まねえ。しかしこんな遅くまでふわあ……」
尤も、義常の言葉は半兵衛にはまったく刺さらぬ様であるが。
「そういえば、頼庵は?」
弟の姿が見えぬことに気づき、半兵衛は義常に問う。
「ああ、あやつは他の衛士と共に。私と同じ妖喰いの殺気を持つとはいえ、こういった儀の時には他の衛士と混ぜし方が役に立ちましょう。」
義常は答える。
「そういえば、広人殿は?」
次は義常が半兵衛に問う。
「ああ、あいつも頼庵と同じ所かと思う。まあ、あの様で妖喰いは使えないだろうしな。」
半兵衛が答える。
「なるほど……」
「どうした、義常さん?」
何やら考え込みし義常に、半兵衛が尋ねる。
「いや……」
義常は目を逸らす。未だ何やら考え込みし様である。
「まあ、いいけど。」
半兵衛はそのまま、踏み込まぬことにした。
その刹那である。
人の呻きとも、風ともつかぬ音が。否、音ばかりではない。半兵衛の刃は鞘に収まりて見えぬが、義常の弓は緑に光る。
「義常さん。」
「……ああ。」
半兵衛と義常は目を合わせる。
これは――
「! 悲鳴が!」
内裏のどこかより、悲鳴が響く。
半兵衛と義常が守りしは内裏の外である。しかし、この悲鳴は。
「……内裏の内より、か……! ?」
義常が驚嘆する様を見せる。既に内裏の中にいるなどと、どこから入ったのだろうか。
「急ごう!」
半兵衛が促し、二人は近くの門より内裏の中に入る。そして、悲鳴の聞こえし方へ。
「……! また、聞こえたぞ!」
義常が声を上げる。半兵衛は祈る。どうか間に合え――
「頼庵! 大事ないか!」
見ればそこには、大きな鼠の如き妖が、人の群れたるを襲わんとしておる。その群れたる中には帝や中宮、摂政の姿も。
妖の周りには、弓や刀を握りしめし衛士が転がっておる。
妖の前に立ちはだかり、返り討ちにあったといった所か。
今妖の前に立ちはだかりしは、頼庵や残る衛士たちである。しかし、妖はまた――
「離れよ!」
声に半兵衛が振り返るや、いつの間にやら殺気の矢をつがえし義常の姿が。
そのまま義常は、矢を妖めがけ、放つ。
矢は妖の背中を捉え、周りの肉を緑の光に染め上げ抉り取る。
刹那、妖は咆哮し、半兵衛らめがけ襲いかかる。
「くっ、速い!」
半兵衛らはすんでの所で躱すが、妖はそのまま、内裏の外へと駆ける。
「! させるか!」
半兵衛は声を上げ、同じく内裏の外へと駆ける。
「半兵衛!」
帝が声を上げる。
「私が。……頼庵、帝の方は頼んだぞ。」
義常は言い、同じく内裏の外へと駆ける。
「……心得た。」
頼庵は駆ける兄の後姿を見、何やら腹を決めたるようである。
「待ちやがれ!」
半兵衛は殺気の刃を伸ばす。刃先が妖の尻を捉え、刃はその血肉により紫に染まる。
妖は内裏の外へ出でて、今自らを捉えし刃の主を睨む。
「さあ、札……どこだあ!」
半兵衛は念ずる。どこかに札が――
が、しかし。
「……札が、ない! ?」
半兵衛が叫ぶ。妖より札の気はまったく、感じぬ。
「どういうことだ……?」
半兵衛は考え込む。
札はどこに?よもや、無いなどということは――
「半兵衛殿、来ますぞ!」
後ろより聞こえし義常の声に、半兵衛は我に返る。
妖はこちらをめがけ走る。
義常はいくらか矢を放つが、いずれも致命にはならぬ。
「……仕方ねえ、か!」
半兵衛は刃を構え直す。
妖が自らと間合いを詰める。そのまま自らの懐に入らんとせし所で――
半兵衛は紫丸にて、斜めに斬り込む。妖が真っ二つに裂け、すぐに血肉へと変わり。
妖喰いより放たれる嵐の如き咆哮が、響き渡る。
全ての血肉は半兵衛の、紫丸の刃へと吸い尽くされる。
「頼庵、こちらは終いだ。」
義常は呟く。
翻り、こちらは内裏の中。
先ほどの義常の呟きは、何と頼庵に伝わっておった。
「心得た、兄者。……帝、兄と半兵衛は、妖を討ちしとのことです。」
頼庵は帝に、周りの公家に、衛士に告げる。
「誠か! しかし頼庵、そちは義常と離れても……?」
「同じ殺気を持っておりますが故、通じ合えるのでございます。」
帝が頼庵に尋ね、頼庵がそれに答えし所で。
内裏の中は、安堵に包まれる。
「妖を、また討ち取りしか!」
「はは、妖喰いの力を思い知ったか、憎き妖どもめ!」
「しかし、些か手応えのなさすぎでは……?」
「なあに、此度は戯れに雑魚が送り込まれしというのみであろう。」
公家や女官、そして"守る者"たる衛士も、帝も中宮も、浮かれておる。
そうして、皆が気を緩めし刹那。
「……帝、失礼つかまつります!」
にわかに声を上げしは、頼庵である。
皆がえと言う間もなく、頼庵は帝の首を腕で押さえ、そのまま小刀を帝の首元に翳す。
「み、帝!」
摂政が叫ぶ。
衛士たちも身構えるが――
「動くな! 私が、否、我らが欲しきは帝の命のみ! 無益な殺生は私とてしたくはないが、邪魔立てするのであればそやつは斬る!」
頼庵は声にて制す。
再び翻り、内裏の外――
時は、あの妖を倒せしよりすぐ後に遡る。
「あっさり倒せちまうとはなあ……札はやはり見当たらないし、ん……?」
半兵衛は妖の倒されし様を訝り、周りに誠に札はなしか探っておったが――
「ん、これは水晶の、玉……?」
半兵衛は札ではないが、怪きものは見つける。
何らおかしき所なき玉。
一目ではそう見えしが、耳を澄ませれば何やら、妖しき気を感ずる。
妖の好む気――半兵衛はそう感ずる。妖が先ほどにわかに内裏の外へ出でしは、これに誘われしがためか。
「此度は札を使わなかった。つまり、こんなくどい手で妖を……?」
半兵衛が玉に感じ入り、かすかに気を緩めし刹那。
後ろより、殺気を感ずる。
半兵衛はとっさに紫丸を抜刀し、振り向きざまに刃を向ける――
「……なるほど、隙ありと見えて隙なしとは……」
殺気の主は、何と義常であった。
義常は小刀を取り出だしており、それを半兵衛に振り下ろしておった。が、半兵衛に受け止められる。
「義常、さん……何で!」
半兵衛は驚嘆する。
「半兵衛殿、申し訳ない……我らはそなたと、帝を討たんがために参った! 全ては父の仇を討つため!」
義常は答える。
内裏の外と、中。今目の前の敵は妖ではない。妖喰いである――