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京都の王  作者: 宇井九衛門之丞
第9章 転生(無限輪廻編)
148/192

割切

「半身をもがれた痛み……という所かいな? 両面宿儺。」


 向麿は両面宿儺に、語りかける。

 しかし今は、向麿が言いし通り半身たる綾路がいない。


 残されし半兵衛の司りし左の半身は。


「(ああ……今すぐにでも晴らしてえ憎しみだよこれは!)」

「くっ、薬売り!」

「はいな! ……ったく、お盛んやんなあ!」


 両面宿儺の左の半身は、怒りにより妖気を激しく出す。


 それにより、先ほど貼りしばかりの結界もすぐ破られる。


 半兵衛が死神・綾路により無限輪廻の咎を言い渡されて後。


 天道・阿修羅道・餓鬼道にて生を得てはまた死ぬという定めを繰り返し辿りつつ、人間道も含めそれらの思い出を全て忘れし半兵衛は今、畜生道にて事もあろうに妖・両面宿儺になっていた。


 そのまま妖気を刃に纏わせ、分からぬままかつての仲間たる妖喰い使いらと刃を交えることになってしまう。


 二人の人がくっつきしがごとき奇しき妖・両面宿儺。

 その左を司る半兵衛と、右を司りしあの死神に似し女子・綾路とで妖喰い使いらを追い詰めていたが。


 かつて奥州にて半兵衛に助けられし蝦夷、白布と刈吉がそこより都への供物に紛れ来ており。


 後ろより両面宿儺を狙い、綾路の司りし右を蕨手刀・黄金丸の力纏わせし毒矢にて射抜く。


 それにより他の妖喰い使いらは反撃に転じ、見事に両面宿儺の右側を屠ったのである。


 しかし、かつて黄金丸を使いし繋がりにより白布は、両面宿儺が半兵衛であると知ってしまう。


 かくして半兵衛は未だ何も思い出さぬまま、妖喰い使いらは次は知りし上にて、互いに戦わねばならぬのである。


「こりゃあ両面宿儺やのうて、片面宿儺やなあ!」

「(片面宿儺か……そりゃあいい!)」

「くっ、また怒らせおってそなたは!」

「いやあええやありませんか、此度はそれがし自らが尻拭いしとるんやから!」


 尚も焚きつけている向麿に、高无は苦言を呈する。


「まあ、よいではありませぬか兄上。そうして、死んでくれれば儲け物ですわ。」

「う、うむ……冥子よ。」


 妹の言葉に高无は、やや戸惑いつつ頷く。


「おうやおや……失敬な方々やんなあ誠に! それがしがいませんでしたら鬼神様の策、画餅に帰してまうでえ!」


 向麿は冥子と高无に言い返す。


「まあ……それしきにて死ぬならば所詮薬売り、そなたもそれまでよ。左様な者おらずとも、別段滞りはなかろう?」


 伊末も流れにのり、向麿を嘲る。


「やあれやれ……どんな教えされとるんや親の顔見てみたいなあ言いたい所やが……いつも飽きるほど見てるんやったなあ。」


 向麿も嫌味を返す。


「……ふん、まあ戯言は置くとしよう薬売りよ。……そなたが見飽きたなどと抜かす父上のご尊顔をこれよりいくらでも見せてやろう。そのためにも、此度の父上の策を成らせよ!」


 伊末は向麿に詰め寄り、言う。


「おおお……こりゃあ、しくじったらお釈迦にされかねんなあ。まあええで、元よりそれがしにしくじる腹なんて、ないんやで!」


 向麿も負けじと、返す。


「……さあて、両面宿儺よ! ……その半身もがれた痛みの報い、しかとあの妖喰い使いらにおまけつけて受けさしたらな!」

「……がああ!」


 向麿の言葉に半兵衛は、尚のこと痛みを強める。

 両面宿儺はそれを指し示さんとして、猛り吼える。


「おお……」

「ひ、ひいい!」

「何と勇ましきこと……さすがは我らを苦しめしだけのことはありますわね。」


 相も変わらず怯えし高无をよそに、伊末と冥子は、半身のみになりつつも尚憎しみ滾らせし両面宿儺に、頼もしく感じ入る。


「ほほ……さあ長門のお子らよ、恐らく今宵こそ両面宿儺と妖喰い共の戦は見物になりまっせ! さあさ、行きましょか!」

「ふん、無論!」

「う、ううむ……」

「言われるまでもございませぬわ。」


 向麿の呼びかけに、長門の兄妹も応える。






「半兵衛様……」

「……半兵衛様がかような有様とは知らず、のこのこと尋ねて参ってしまいましたが。……あれから奥州では、のどかな日々が流れております。これも全て、半兵衛様のおかげと。」


 床に伏し物言わぬ半兵衛の身体に、白布と刈吉は礼の言葉をかける。


 清涼殿での一件の後、半兵衛の屋敷にて。

 頼庵らの計らいにより白布らは、半兵衛への礼を改めて言うという願いを果たす。


 しかしやはり半兵衛は、起きぬ。


「ううむ、白布殿、刈吉殿。左様な奴に左様なお心遣いはよいのだぞ?」


 広人が白布らに、声をかける。

 すると。


「……今、何とおっしゃいました!」

「ひ、ひいい! い、いや半兵衛などに左様なお心遣いは無用と」

「半兵衛様、()()()〜?」

「ひ、ひいい!」

「こ、これ白布!」


 白布は広人の、半兵衛を軽んじる言葉が聞き捨てならず。


 思わず広人に、毒矢を向けてしまう。


「あ、す、すみませぬ! ……私とししことが、迂闊にも人であればすぐ死んでしまうヌルアという毒の塗られし矢を……」

「ひ、ひいい!」


 謝りながらも、尚も横目にて広人を睨みつつ白布は穏やかならぬことを言う。


 すっかり怯え切りし、広人である。


「すまぬ、白布殿、刈吉殿! うちの下人が」

「う、うむすまぬ……いや待て頼庵! 半兵衛の下人になりし覚えは私にはないぞ!」


 頼庵の謝り(誤り)に、広人は怒る。


「もう、下人のような者であろう!」

「さ、左様なことはない! わ、私は今尚、道中様の下人であるぞ!」


 頼庵と広人は笑う。

 しかし、やや強がりもあるのかその顔は心なしか引きつる。


 夏は、左様な二人をよそに。


「(……ん?)」


 目の端に、半兵衛を憂いを帯びし目にて見つめる氏式部(に扮しし中宮)が目に入る。


「……頼庵、広人。そして白布殿も刈吉殿も。我らは力を合わせるは初めてであったな。あちらの部屋にて一つ、打ち合わせねばな。」


 夏はそう、皆に促す。


「ん? あ、ああ夏殿。」

「そ、そうであるな……なあ、白布殿、刈吉殿?」

「あ、はい!」

「え、ええ。」


 広人や頼庵は戸惑いつつも、これを受け入れ白布らに呼びかける。


「では善は急げということじゃ。さあ!」

「い、いや待て夏殿!」

「何じゃ、どうした?」

「あ、お待ち下さい!」

「わ、我らも!」


 いつもの有様らしくなく、皆を引っ張るようにして進む夏に、尚も戸惑いつつも皆ついて行く。


「(夏殿……? まさか、私に?)」


 心遣いをくれたということか。

 しかし、それはそれで自らが、誠には中宮であることを気取られたのではと憂う中宮であるが。


 さておき。


「……半兵衛。そなたあたかも死んでいるようであるな……いや、すまぬ。そなたがまだ死んでおらぬことは分かっておる。しかし……そなたがいなければ頼庵殿や広人ら、他の妖喰い使いも心細かろう。」


 中宮は、未だ眠りしままの半兵衛に呼びかける。

 無論、半兵衛は答えず。


 ただただ眠り続ける。


「……もしや。」


 中宮は半兵衛の唇が、目に入る。

 まさかとは思いつつも、一つの淡き想いが胸に湧く。


 口づけをすれば、半兵衛が――


「半兵衛、かようなことでは目覚めぬであろうな。……ならばせめて、それを分かりつつもせずにはいられぬ私を笑いにでもいい、起きてくれ……」


 中宮は目を閉じ、半兵衛に顔を近づける。

 そのまま――


「おやおや、かような所に置きしままに。私とししことが……え⁉︎」

「⁉︎ し、白布殿!」


 中宮は驚く。

 弓矢を置きしままであった白布が、それを取りに来て今まさに半兵衛に口づけせんとしし中宮を見てしまったのである。


「え……し、氏式部様……?」

「い、いや今のは……な、何でもない。」


 中宮は半兵衛より離れ、顔を赤くし否む。


「な、なるほど……」


 しかし白布も、それにて納得のはずもなく。

 僅かに穏やかならぬ風が、吹き込む。


 と、その刹那である。


「し、白布! 一大事じゃ、は、はん……ではない! あ、あの妖が!」


 刈吉が、青き顔にて飛び込んで来たのである。






「ここだ。……やはり見当たらぬな、半兵衛様は」

「頼庵。」

「す、すまぬ夏殿……あの妖は。」

「……うむ。」


 うっかり妖が、半兵衛であると口にしし頼庵を夏は咎める。


 あの妖を半兵衛と呼んでしまえば、腕が鈍るやもしれぬ。


 だから、あれはあくまで妖との見境をつけ斬るしかない。

 先ほど、話し合いにて決まりしことであり、頼庵も忘れし訳ではない。


 しかし、それにてもうっかり口走ってしまう当たり未だ覚悟ができておらぬのであろう――


「やはり私は……未だ兄者には及ばぬのか。」

「? 頼庵?」

「あ、いや……な、何でも。」


 頼庵はごまかす。


「(あの氏式部殿というお方、もしや半兵衛様を……)」

「白布、白布!」

「⁉︎ あ、か、刈吉ですか……」


 こちらは白布。

 白布・刈吉も頼庵らについて来ており、刈吉は周りを見渡しつつ白布に声をかけていたが、白布は答えず、堪りかねしようである。


「これから戦であるぞ! しかも相手は……左様なことでできるのか!」

「す、すみませぬ刈吉……」


 白布は刈吉の尤もである怒りに、縮こまる。

 そうだ、確かに自らは半兵衛のことに憂いている。


 殊に今あの氏式部と一つ屋根の下とは穏やかではいられぬ心持ちであるが。


 何にせよこの戦が終わらねば、半兵衛は帰って来ぬのである。


「そうですね刈吉! 私も……ん? み、皆様!」

「! ど、どうした白布……あれは⁉︎」


 白布が声を上げ、刈吉も皆も白布と同じ方を向けば。


「がああ!」

「……現れたか。」

「妖……」

「ううむ……」

「くっ……」

「ぐっ……」


 そこには見まごうはずもなき、妖の姿である。

 あれが半兵衛、と口に出したき想いを頼庵も広人も、白布も刈吉も、この場にいる皆が抑えている。


 今彼奴は妖。

 都に仇なす者に他ならぬのである。


「さあ……行くぞ、皆!」

「応!!」

「はっ!」

「はっ!」


 頼庵の言葉に皆、自らの武具を握りしめる。







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