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京都の王  作者: 宇井九衛門之丞
第9章 転生(無限輪廻編)
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半身

「(あ、綾路い!)」

「(わ、私のことなどよいのです……早く、奴らに妖気の刃を)」

「(止めろ! ……くそう、誰だ! 矢を射りやがったのは!)」


 後ろより殺気を纏いし矢により貫かれし両面宿儺の右側より、綾路の意が伝わる。


 半兵衛の心も頭も、すっかり怒りに満ちてしまっている。


 死神・綾路より無限輪廻の罰を受け、天道・阿修羅道・餓鬼道を経て今や畜生道に転生しし半兵衛は。


 妖・両面宿儺の左側を司る魂となり、右側を司る、死神に似し魂の姿である女子・綾路と共にかつての仲間たちである妖喰い使いらと戦っていた。


 人間道やその他六道での思い出を失いし有様にて。


「(⁉︎ 〇〇〇〇! 来ます!)」

「(何⁉︎ ……ぐああ!)」

「がああああ!」


 しかし怒りに燃え、我を忘れし半兵衛は今や隙だらけである。


 これを好機と見し頼庵は、数多の殺気の矢を翡翠より放つ。


 両面宿儺より咆哮が、響き渡る。


「さあ、もっと喰らえ! 先ほどまでの借り、返させてくれる!」

「(ぐっ……この!)」

「(⁉︎ 〇〇〇〇、危のうございます!)」

「(何! ……ぐっ!)」


 そしてこれを好機と見しは、頼庵のみではない。


「よし、当たったぞ白布!」

「はい、刈吉!」


 かつて奥州にて、半兵衛と共に戦いし白布・刈吉。

 先ほども両面宿儺の右側を貫きし白布の、黄の殺気を纏わせし毒矢は。


 再び両面宿儺に当たる。


「(綾路……綾路いい!)」


 半兵衛は叫ぶ。

 半兵衛を庇いし綾路の意を受け、両面宿儺の右側は。


 矢の迫りし方に立ちはだかり、左側――半兵衛の宿る方を守る。


「(私のことは、もうよいのです! 早く、あちらからも殺気の矢が)」

「(いい訳が……ねえだろ!)」

「(いいえ……もう、よいのです!)」

「(ぐっ……っ⁉︎ あ、綾路い!)」


 半兵衛はそれでも、綾路を庇わんとするが。

 綾路はもうよいと、両面宿儺の右側の腕より妖気の爪を伸ばし。


 そのまま両面宿儺を、右側と左側で二つにしてしまう。


「(ありがとう、ございました!)」

「(綾路いいい!)」


 そのまま綾路の宿る右側は、翡翠の数多の矢が迫る方に立ちはだかり。


 数多の矢を受け血肉となり、緑色の殺気に染められ果てる。


「(……うおおお!)」


 半兵衛は悔しさのあまり、叫ぶ。

 その意を受けし両面宿儺も、咆哮し。


 そのまま大きく、妖気の刃を伸ばして振るう。


「ぐうっ!」

「くっ! 白布!」

「刈吉い!」


 その妖気の刃は頼庵、刈吉が受け止めるが、あまりの勢いに踏ん張り切れはせずそのまま二人とも飛ばされてしまう。


「くっ……この!」

「あの妖めえ!」


 刈吉と頼庵は、半身のみになりし両面宿儺を見る。

 両面宿儺は妖気の刀を振り上げ、雄叫びを上げている。


「ん……⁉︎ こ、これは……」


 しかしその刹那、白布はおかしき様を感じる。

 何やら目に、浮かぶものがあったからである。


 それは――


「わ、私が……私や刈吉を見ている⁉︎ そ、そんなことが……」


 それは何やら高き所より街並みを見渡し、その中に隠れし刈吉や、今まさに頭を抑えて苦しむ白布自らを見つめる目。


 いや、これはもしや。


「まさか……あの妖の見し様を!」


 白布は慄く。

 今、あの妖の目に映る様が我が目に浮かんでいるというのか。


 何故?

 しかし、次には声が聞こえる。


「(よくも……よくも綾路を!)」

「⁉︎ は、半兵衛様!」

「! な、何?」


 白布の思わず上げし声を、刈吉が訝る。

 綾路という言葉の意は分からぬが、左様なことは今の白布にとりては些事であった。


 今はただ、自らの頭に響きし妖の声が、半兵衛そのものであったということに驚いている。


 半兵衛はかつて、黄金丸を用いし身。

 それにより繋がっていたのだとすれば。


「お止め下さい、半兵衛様!」

「⁉︎ な!」

「何?」

「し、白布……何を」


 白布が大きく、声を上げる。

 これには、傍らにいる刈吉のみならず、白布の声が聞こえし頼庵・夏・広人も驚く。


「半兵衛様、私は白布です! あなた様より奥州で受けし大恩があります、白布です! 分かりませぬか!」


 白布は、両面宿儺に呼びかける。


「奥州……? では、あの娘は」

「半兵衛様のおっしゃっていた、蝦夷の娘御か!」

「な、何故都に……?」


 頼庵らは、今両面宿儺に呼びかけし娘について合点する。


 しかし、それよりも驚くべきは。


「何故、白布、あれが半兵衛様だと?」

「刈吉、私は見えました! あの妖――半兵衛様の見し様が、その黄金丸による繋がりにより!」

「なっ……!」


 刈吉は白布に尋ね、返りし言葉に驚く。

 まさか、左様なことが。


 両面宿儺にはこの言葉は伝わっているのか分からぬが、何やら苦しげに叫んでいる。


「何を言っておるのだ、あの娘御は!」

「頼庵、今ならばあの妖を!」

「う、うむ!」


 頼庵・夏・広人にはその言葉が真には思えず、身構えて再び両面宿儺に狙いを定める。


「お待ち下さい、妖喰い使いの方々! その妖は半兵衛様です!」

「ううむ、白布殿!」

「え、蝦夷の娘っ子! か、勝手なことを!」

「そんなことがある訳が!」


 白布の言葉に、頼庵・夏・広人は大きく揺らぎつつ否む。


 しかし。


「いや、待て……六道のうち、畜生道は獣や妖に生まれる所。ならば……それはあり得ぬ話ではない!」

「そ、そんな……」

「何と……半兵衛が……?」


 頼庵が刃笹麿より受けし言葉を思い出し、投げかけし言葉。


 それにより、夏と広人は更に揺らぐ。

 しかし、既に分かっていたのやも知れぬ。


 あの妖が妖気にて妖喰いの技を真似ししこと、何より皆が同じく見覚えのあるあの刀の構え。


 頭の中の闇はそれにて晴れるが、それとは裏腹に胸の中には闇が、立ち込めて行く。


「まさか……」

「ええ、その通りですわ!」

「⁉︎ そ、そなたらは!」


 妖喰い使いらが混迷を極める中、にわかに両面宿儺の周りに現れしは。


 鬼神一派の二人の翁面、そして狐面の影の中宮である。


「やれやれ……自ら気づきしか。時を見計らい明かさんとしていたというのに、つまらぬことよ!」

「う、うむ! つまらぬぞ妖喰い使い共!」


 二人の翁面より声が響き渡る。


「そなたらが、半兵衛様を妖にしたというのか!」

「まあそうであるな……全ては、鬼神様の計略のため。」


 頼庵より放たれし声に、翁面――伊末が返す。


「な……そなたらがまさか、半兵衛を無限輪廻に⁉︎」

「ほほ……ええ。そう仕向けましたわ。」


 次には広人の問いに、影の中宮が答える。


「そなたら……」

「さあて、まだお楽しみは残っている……精々涎を垂らし待つがよい! ……ああ、水上の弟御よ。亡き兄上に恥じることなきことを祈るぞ。」

「⁉︎ ……翁面ん!」


 伊末の言葉に、頼庵は吼える。

 兄の、ことなど持ち出しおって。


「……では、また。」

「ぐっ!」


 影の中宮より妖気の刃が伸び、それに妖喰い使いらが怯む隙に。


 鬼神一派と両面宿儺の姿は消える。


「……くう!」

「半兵衛様……」


 妖喰い使いらが悔しがる中。

 白布は、半兵衛と戦わねばならぬことを憂いていた。






「何と……うっ!」

「み、帝!」


 頼庵より話を聞きし帝は、激しき憂いにより眩む。


「帝、申し訳ございませぬ……」

「……いや、私こそすまぬ……ううむ、よもやこのようなことがあろうとは……」


 帝は傍らの太政大臣・清栄に支えられつつ妖喰い使いらに返す。


 両面宿儺との戦より一夜明け、所は清涼殿。

 やはりこの話は、妖喰い使いらのみならず帝を大いに揺るがす。


 清栄も、周りに侍りし静氏一門も少なからず揺らいでいる。


 ざわめきの声が上がっている。


「うむ、皆一度鎮まってくれぬか! ……すまぬ、かような時こそ私が腰を据えておらねばならぬのだが。」


 帝は何とか背を伸ばし、ざわめく一同に告げる。


「はっ、申し訳ございませぬ帝! 私より一門にはよく申しつけておきます故、どうか」

「いや、よいのだ清栄よ。……そして。」


 帝は清栄を宥めつつ、目を白布・刈吉にやる。


「そなたらか。半兵衛に奥州にて助けられし、蝦夷の者とは。」

「はっ!」


 白布と刈吉は、帝に頭を深々と下げる。

 自ららには場違いであると強く思いつつ、何とか正しく振る舞わんとしている。


「供物に紛れて遥々都に来てくれしと。それについては後ほど奥州に知らせるとして……黄金丸、なる妖喰い……に似し者を持っていると。そして白布よ。そなたの申すことは」

「はっ、あれは……恐れながら、見間違いなどではございませぬ。」

「ううむ……」


 都にやって来し経緯について、また黄金丸についてはそこそこに、帝は白布が見たという有様について尋ねる。


 よもや、半兵衛が妖などに。


「帝、恐れながら。……この白布殿が言いました通りの有様を、私も見ました。」

「刃笹麿、か。」


 帝は刃笹麿に目を移す。


「それは、件の千里眼とやらにて見し者か?」

「……千里眼は、申し訳ございませぬ。あの宵闇での戦より、我が心の弱さ故まるで使えぬ有様でございまして……」

「うむ、左様か。」


 ならば、何故半兵衛と同じものが見えるのか追究されようことを知りつつも、刃笹麿はこう申すより他なし。


「……ともあれ妖喰い使いたちよ。相手が転生しし半兵衛であれ、妖であればこの都に仇なす者。どうか。」

「……はっ!」


 頼庵・夏・広人、そして刈吉と白布は帝のこの言葉に再び、頭を下げ応える。






「……そなたが、白布か。」

「……はい?」


 清涼殿より他の妖喰い使いらと出て来し白布は。

 にわかに声をかけられ、振り返る。


 そこには、氏式部の姿が。

 無論、これは氏式部に扮しし中宮であるが、妖喰い使いらには気づかれていない。


「氏式部殿! ……白布殿、こちらは帝のお后たる中宮様の侍女殿で」

「……半兵衛が! 妖にとは誠か!」

「くっ、は、離して下さいまし!」

「し、氏式部殿!」


 頼庵が白布に話すさなか、中宮は白布に掴みかかる。


「⁉︎ はっ、す、すみませぬ! 私とししことが……」


 中宮は我に返る。


「……氏式部殿も、憂いてくれるか。」


 頼庵が中宮に笑いかける。


「はい……よもや、かようなことにとは……」


 中宮は憔悴しし顔にて答える。

 半兵衛が無限輪廻の罰を受けしと聞きし時も目が眩む思いであったが。


 更に、かような追い討ちとは。


「……皆。こうなれば腹を括らねば! 案ずるな、阿江殿によれば無限輪廻の罰の間は、人の世や他の六道にて暮らしし思い出はないとのことじゃ。ならば我らがむしろ半兵衛様を倒し……この人間道に、お返しせねば!」

「頼庵殿……」


 しかし頼庵のこの妖喰い使いらへの呼びかけに、中宮は少しばかり安堵する。


「……白布殿、刈吉殿。我が兄が死に、半兵衛様も目覚めぬ今、そなたらが来てくれしことは我らにとりて励み! どうか我らと、共に任に当たって欲しい。」

「……はっ!」

「拙きながらも、必ずや!」


 頼庵の言葉に白布、刈吉も応じる。


「うむ、いいことを言うな頼庵!」

「うむ、力を合わせようぞ!」

「応!」


 夏・広人もこれに応じる。


「(そうだ……この場にいればこう言ったであろうな、兄者?)」


 しかし頼庵は。

 あの伊末の言葉に、少し心をかき乱されていた。

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