両面
「(では〇〇〇〇……行きましょう!)」
「(ああ……右側は綾路に任せたからな!)」
半兵衛は両面宿儺の中にて、右を司る綾路と話し。
再び戦に、その心を向ける。
半兵衛が何故か、地獄の十王の命を受けし死神・綾路により無限輪廻の罰に処された。
それより人間道では幾日か経ちし間に、半兵衛は天道・阿修羅道・餓鬼道と転生しては死ぬ日々を繰り返したが。
今はこうして、畜生道にて妖・両面宿儺に転生している。
かつて妖を数多喰いし妖喰い使いが、その頃の思い出を失いこうして妖として仲間たる妖喰い使いらと戦わねばならぬとは何とも因果なものである。
さておき。
「(さあ人共……死合おうぜ!)」
半兵衛の意は、その身体たる両面宿儺左側の刀を握りし腕に伝わり。
両面宿儺は右側にて妖喰い使いらを抑えつつも、左側にて刀を振るう。
「くっ、左側が!」
「間合いを取るぞ!」
「承知した!」
頼庵・夏・広人は両面宿儺の左側の動きを見、また間合いを取る。
「(〇〇〇〇、避けられましたね。)」
「(ああ……すばしっこい奴らだな!)」
両面宿儺の右と左――即ち綾路と半兵衛がその中にて語り合う。
そして変わらず右側には妖気の槍を、左側には妖気の刀を持ち、妖喰い使いらと睨み合う。
「(しかし〇〇〇〇……私たちの力ならば!)」
「(ああそうだな……負けねえって思えるぜ!)」
綾路と半兵衛は再び両面宿儺の中にて語らう。
その意をそれぞれに受け、両面宿儺の二つの顔より咆哮が放たれる。
「くっ!」
「あの妖……」
「やはり、ただ者では……」
頼庵・夏・広人は尚も両面宿儺より間合いを取りつつ、その気迫に押される。
「(……行くぞ、綾路!)」
「(はっ!)」
半兵衛の呼びかけに、綾路は応じ。
その意を受けし両面宿儺の身体は妖喰い使いらとの間合いを詰めんと、走り出す。
「く、来るぞ!」
「ううむ……彼奴が如何に強いと言っても、我らがいつまでも怯えていていい訳にはならぬ! 行くぞ!」
「う、うむ!」
戦場に一度出れば腹を括るより他なしと、頼庵は広人・夏に呼びかける。
それにより妖喰い使いらも再び、両面宿儺との間合いを詰めんと走り出す。
「(ほう、やっぱり来るかい……こりゃあいいねえ!)」
向かい来る妖喰い使いらに、半兵衛は両面宿儺の中にて笑う。
戦を、楽しむ腹づもりである。
「(まずは私が)」
「(いや、いい! 俺が奴らに刀を振るう、綾路は俺の手の及ばねえ所を頼む!)」
「(……承知いたしました。)」
前に出んとする綾路――両面宿儺の右側を、半兵衛――左側が制する。
「はあっ!!!」
「がああ!」
そうして妖喰い使いらと両面宿儺は、再び相対する。
「ぐっ!」
「がああっ!」
攻めを先に届けしは、両面宿儺の方であった。
向けられし妖気の刀は、夏の爪と広人の槍により受け止められつつ、その勢いにて彼らを後ろへと押す。
「ぐあっ!」
「(ははは! どうした、そんなものか!)」
勢い付きし半兵衛の意により、両面宿儺の左側は尚も妖気の刀を夏、広人に向ける。
しかし。
「夏殿!」
「応!」
「(くっ、妖気の刀を避け)」
両面宿儺の妖気の刀は広人が紅蓮にて受け止められ、先ほどまで広人と並び攻めていた夏は、にわかに広人の隣より離れる。
そのまま、両面宿儺の右側へ――
「(はあっ! ……少し侮り召されましたね。)」
「(おおっ、綾路! かたじけねえ。)」
しかし夏の殺気による爪も、綾路の意を受けし右側が生やしし妖気の爪により受け止められる。
「くっ、私の技もか!」
「案ずるな夏殿! 思いし通りよ!」
「(ふん、強がりを! ……ん? そういえばあの弓使いは……⁉︎)」
「(どうされました?)」
「(退がれ!)」
が、半兵衛は頼庵の姿が見えぬことを訝しみ、すぐに妖喰い使いらの意に気づく。
大急ぎで妖気の刀と爪を、それぞれ広人の紅蓮と夏の爪に打ちつけその勢いにて退がらんとするが。
「……取る!」
たちまち夏と広人の後ろより、頼庵が飛び上がる。
既に両の腕には、矢を番し弓が。
「がああ! (畜生め!)」
「喰らえ!」
たちまち頼庵の殺気の矢が放たれ、数多に分かれる。
「(くっ、ぐっ!)」
「(綾路! くっ、この!)」
妖喰い使いらの意を知らざりし綾路の司る右側には、数多の殺気の矢が翳める。
それでも直に喰らわせぬようにと、半兵衛の司る左側は妖気の刀を振るい続ける。
「どうだ!」
頼庵は地に降り立ち、前に立つ夏・広人と同じく再び身構える。
虚を突いたとはいえ、あの妖があれで死んでくれたとは思えぬからだ。
「(ぐっ……綾路、綾路!)」
「(〇〇〇〇……ご安心を、擦り傷でございます故。)」
果たして、妖喰い使いらの思いし通り。
両面宿儺はぬるりと、土煙の舞う中起き上がる。
「やはり生きていたか!」
頼庵は再び、殺気の矢を翡翠へ番える。
夏は爪に、広人は紅蓮に再び殺気をこめる。
「(くっ……一度退く!)」
「(……はっ!)」
しかし両面宿儺は、飛び上がりその場より姿を消す。
「なっ……逃げたか!」
「くっ、手強き妖であったな。」
「ああ……」
その場に残されし頼庵らは、両面宿儺の強さを振り返る。
しかし頼庵らは同じく、両面宿儺に何やら胸騒ぎを覚えていた。
あの刀の構え、どこかで――
「いやあ、こっぴどくやられたもんやなあ! ……やっぱり、右側が読んで字いの如く足手まといか?」
「(なっ……あんた!)」
「うおっ!」
「はっ!」
長門の屋敷にて。
両面宿儺の手当てに当たりし向麿は、その言葉に怒り心頭に発しし半兵衛の意を受けし両面宿儺の刃に斬られそうになる。
これをすんでの所にて刀で受け止め、薬売りを守りしは、影の中宮・冥子である。
「お、お后い! た、助かりましたわ〜!」
「まったく……いざとなれば抗う腕もないというのに、口の減らぬ薬売りですこと。」
冥子は呆れつつ、笑う。
「口が減らぬか……それは妹よ、そなた自らにも聞かせるべき言葉であるな?」
「……おや兄上方。遅うございましたわね。」
にわかに響きし声の主は、冥子の兄たちである。
「ひ、ひいい!」
「……高无兄上は、何をそこまで怯えていらっしゃるんですの?」
入って来るなり怯え切りし様の高无に、冥子は呆れ顔である。
「く、薬売り! そやつは牙を剥いたではないか! や、やはり元は我らが仇か……今すぐ其奴を妖喰いに喰わせよ!」
「……高无様、少し落ち着きなさいなや。」
その有様は、先ほどまで同じく怯えし様であった向麿を、却って落ち着かせてしまうほどであった。
「し、しかし! 今しがた」
「まあ、此度ばかりはそれがしのしくじりやな……しかし、落ち着きなさいなや言うとりますやろ? 此奴を使うこと、大いに道虚様の策に役立つんやって!」
「う、うむ……」
向麿に諭され、高无は一度は矛を収める。
「(申し訳ございません〇〇〇〇……私のために)」
「(いい、綾路。お前は助けになってくれた。)」
その頃両面宿儺の中では、半兵衛と綾路の話し合いが行われていた。
「(しかし、私は……足手まといに……)」
「(……ああ、案ずるなよ綾路……お前にそんなこと言う奴は、俺が許さねえからよ!)」
半兵衛は綾路の言葉に、先ほどの怒りを思い出す。
その意を受けし両面宿儺の左側より鋭き妖気が、溢れ出す。
「うおおっ! な、何や!」
「ひいいっ、ま、また其奴が!」
「お落ち着き下さい!」
その有様に向麿、高无は再び怯える。
冥子は再び刀を抜き、彼らを後ろに回らせ身構える。
「(ははは、腰抜けだなあ! ……さあ取り消せよ、さっき言ったあの言葉をよお!)」
「(お、お止め下さい!)」
向麿らの怯えし様にすっかり喜びし半兵衛は、綾路の止めも聞かずゆっくりと、両面宿儺を彼らへ歩み寄らせる。
「……両面宿儺よ、思い出せ! そなたが半身を傷つけしはあの薬売りめではない、忌々しきあの妖喰い使い共よ!」
「(……⁉︎)」
しかし両面宿儺は、動きを止める。
今の、伊末の言葉のためである。
「憎くば、奴らを滅ぼせ! ここにて八つ当たりするのではなくな!」
「(……ふん、確かにそうだな。)」
続けての伊末の言葉に、半兵衛は静まる。
たちまち両面宿儺より、妖気が薄らいで行く。
「ほう……伊末兄上、此度は頼もしゅうございましたわね。」
「あ、兄上、感謝いたします! こら冥子、兄上はいつも頼もしくていらっしゃるだろう!」
珍しく伊末を褒める妹と、兄に礼を言い妹を諫める弟である。
「ふふふ、まあよい……しかし薬売りよ、其奴があの妖喰い使いの生まれ変わりであると、他の使い手共には教えてやらぬのか?」
伊末は弟と妹に笑みを返し、次いで向麿に尋ねる。
「ほほほ、なあになあに! 今明かすよりはそやな……もっと良い機があるや思うで。」
「ほう?」
向麿はその問いに、まず両面宿儺を見、次に伊末を見て答える。
「まあ、それは後のお楽しみやいうことで……さあ両面宿儺、あの妖喰い使いらをまた襲うんや!」
「(ふん……言われなくてもなあ!)」
向麿の煽りに、再び両面宿儺より妖気が溢れる。
「ほほほ……同士討ちたあ見物や! さあそれがしらも観に行かな!」
向麿は長門兄妹に、呼びかける。
「また、妖の気配がししはここであったな?」
「ああ……しかし、また彼奴だろうか?」
再び妖の気配がし、都の一角へやって来し妖喰い使いらであるが。
両面宿儺との戦にまたなるであろうことに、大いに嫌気が差していた。
「ああ、できれば当たりとうないものよ。彼奴は強いだけではない。……あの戦い方に、何か胸騒ぎを覚えるのだ。」
「うむ……」
「ああ……」
頼庵の言葉に、夏・広人も頷いている。
と、その時である。
「⁉︎ 広人、殺気の剣山を頼む! 夏殿、その影に隠れるぞ!」
「⁉︎ わ、分かった……紅蓮、剣山!」
頼庵はにわかに気配を感じ、夏を引っ張り広人に声をかける。
果たして、その剣山に向けて放たれしは。
「がああ!」
「くっ……これは、咆哮か⁉︎」
「ああ、それに加え……妖気の矢だ!」
「くっ……」
剣山の陰より確かめし広人の言葉に、頼庵は歯噛みする。
まさか、翡翠まで真似るとは。
宵闇との戦の時と同じである。
「(よし、綾路は放ち続けろ!)」
「(はっ。)」
「(さあて……あいつらにこの借り、返してやらねえとなあ!)」
半兵衛は綾路の司る両面宿儺の右側より放たれし矢を殺気の剣山にて防ぐ、妖喰い使いらを睨む。
「(……綾路の矢を、そんな物で防ぐなあ!)」
半兵衛は怒りを、自らが司る両面宿儺の左側に握られし妖気の刀にこめる。
たちまちそこより長き妖気の刃が生み出され、綾路の妖気の矢と並び妖喰い使いらを狙う。
「くっ、剣山を!」
「退くぞ!」
「(はははっ、もう逃げるのかい!)」
殺気の剣山を妖気の刃にて容易く斬り倒し、やむを得ず退がる妖喰い使いらを半兵衛は嘲笑う。
「妖気の矢が!」
「くっ、我らが防ぐ!」
「応!」
頼庵の前に夏・広人が立ち、尚も迫る妖気の矢を防ぐ。
「夏殿、広人!」
「頼庵は早く殺気の矢を!」
「急げ!」
「(させるかあ!)」
「ぐっ!」
「ああ!」
しかし、頼庵に翡翠にて殺気の矢を射させんとする彼らの意を見抜き、半兵衛は妖気の刃にて夏と広人を払い退ける。
「夏殿、広人お!」
「(綾路い!)」
「(はっ!)」
「くっ……くそ!」
妖気の矢が再び迫り、頼庵は更に退く。
「(ははは……さあ味わえよ、綾路をコケにした報いを!)」
半兵衛は両面宿儺の中にて、愉悦に浸る。
しかし、怒りに囚われし故か。
前ばかりに気を取られてしまっていた。
「さあ、白布!」
「はい、刈吉。……さあて。」
白布は自らの弓に、毒矢を番える。
その傍らには、黄金丸を構えし刈吉が。
二人は何とか、奥州よりの供物に紛れここに辿り着いたのである。
そして今。
両面宿儺と妖喰い使いらの戦場より少し離れし所より両面宿儺を狙う。
見えるは両面宿儺の、背である。
「白布、あれが矢を射返してくればこの私が黄金丸にて払う。だから、案ずるな!」
「ありがとう刈吉……さあ。」
白布は念ずる。
たちまち弓に番えし毒矢に、黄の殺気が纏われる。
そして。
「さあ……お食べなさい!」
白布は両面宿儺の右側めがけ、その背に矢を放つ。
「(ふふふ……ん⁉︎ これは妖喰いか、いつの間に後ろに)」
「があああ!」
「(⁉︎ あ、綾路い!)」
半兵衛は後ろより放たれし、黄金丸の殺気纏し矢に勘付くが。
右側より聞こえし咆哮にて、気付く。
時すでに遅しと。
「(……〇〇〇〇……)」
「(あ……綾路いい!)」
半兵衛が右側に見し物、それは。
後ろからの矢に貫かれ傷口より血肉が散る、両面宿儺の右側であった――




