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京都の王  作者: 宇井九衛門之丞
第9章 転生(無限輪廻編)
143/192

業火

「くっ!」

「くう……煩わしいことこの上ないな!」

「結界封呪、急急如律令!」

「阿江殿、かたじけない!」


妖・野鉄砲を相手に、頼庵・夏・広人・刃笹麿は苦しみつつも戦う。


半兵衛が何故か死神・綾路――ひいてはその上役たる地獄の十王より無限輪廻の罰を受け。


帝も、そして妖喰い使いも、中宮もその様を憂いている中。


この妖騒ぎであった。


「蝙蝠が煩わしいな……ならば!」


頼庵は刃笹麿の結界の中にて、殺気の矢を幾らか作り出し翡翠に番える。


狙うは、野鉄砲が放つ蝙蝠の群れである。


「……喰らえ!」


頼庵はそのまま鉉を引き、放す。

たちまち殺気の矢は数多放たれ、蝙蝠らを根絶やしにしていく。


「よし、このまま……ぐっ!」

「こ、これは!」


それに乗じ、元締めたる妖を探さんとする広人・夏であるが。


たちまち次には、火の玉が数多放たれる。


「結界封魔、急急如律令!」

「か、かたじけない阿江殿……」


それを防ぎしは刃笹麿の結界である。


「広人、頼庵! 妖は屋根から屋根へ飛び移り火の玉を放っている!」

「な、何⁉︎」

「くっ、この!」


夏が声を上げる。

確かに火の玉は、四方八方より来ている。


「ならば、私が!」


頼庵が再び、翡翠を構える。

しかし。


「……くっ。」

「? 夏殿、どうした?」


翡翠を見し夏は、少し辛き顔をする。


「……何でもない。さあ頼庵、早く射らねば!」

「うむ……はっ!」


頼庵は翡翠に番し殺気の矢を放つ。

たちまち殺気の矢は飛び、野鉄砲を捉えんとする。


しかし。


「くっ、ちょこまかと!」


速さに長ける野鉄砲相手に、殺気の矢も中々追いつけぬ。


「くっ……」

「(夏、殿……)」


殺気の矢が飛ぶ様を夏は苦々しく見つめている。

その様を横目で見る広人には、その訳がわかった。


「(もしや、義常殿を偲んでいるのか……?)」







「では、此度の高松攻めにあたり……光出(みついで)、先鋒を務めよ!」

「……はっ!」


阿修羅道にて。

ようやく天下統一も目の前となり、その終いの攻めの一つである高松攻めを前に。


信中が命じるは明地光出(あけちみついで)

彼の腹心の一人である。


そして。


「綾路丸。そなたと半兵衛はわしに付き、光出の軍に続き共に高松へ向かう。」

「はっ!」

「……承知した。」


小姓・綾路丸。

信中のお気に入りである。


無論その姿は、かの死神・綾路に似ているが、今人間道・天道でのことを忘れし半兵衛には分からぬ。



「さて、今日はこれにて休むとせねばな……綾路丸は今宵はわしの伽をせい。半兵衛も光出も、今宵は休んでおけ。」

「はっ、信中様!」

「ああ、承知した。」


信中はそう言うや、綾路丸を連れ部屋を出る。


「(あと少しで……この戦ばかりの世は終わるか……)」


戦の世を終わらせたい。

半兵衛、そして信中のこの願いは。


とても歪な形ながらも、すぐに果たされることになる。


そのまま光出は西国へと向かい、信中・綾路丸・半兵衛は京に入り寺・本能寺にて宿を取る。


その晩の、ことであった。


「……ん?」


半兵衛は何やらおかしき様を感じ、襖を開け外に出る。


何やらガチャガチャと、大きくはないが多くの音が響いているのである。


見れば、壁の上に旗が数多はみ出す様が見て取れる。


「〇〇〇〇! 一大事でございます!」


綾路丸が半兵衛の元へ、大急ぎにて駆け寄る。


「綾路丸! 何の騒ぎなんだこれは!」

「〇〇〇〇! む、謀反でございます!」

「む、謀反だって!」


半兵衛は改めて壁の上にはみ出す旗を見る。

その家紋は、明地である。


「み、光出さんが……」

「ど、どうすれば!」


にわかなることに、綾路丸はすっかり揺らいでばかりであった。


「……綾路丸、お前は堂の中へ! 俺は信中さんを守らにゃならねえ!」


半兵衛は綾路丸に言うや、そのまま渡殿を走る。


「お、お待ち下さい〇〇〇〇! わ、私も」

「お前はまだ幼いだろ! ……ここは、老いぼれ共の務めってもんさ!」

「お待ち下さい!」


振り返り綾路丸にそれだけ言うや、半兵衛は信中の下へ急ぐ。







「くっ、この!」

「破魔、急急如律令!」


再び人間道にて。

頼庵は尚も矢を野鉄砲に当てんとし、射り続ける。


刃笹麿も結界にて野鉄砲の火の玉を防ぎつつ、術を当てんとするが、頼庵も刃笹麿も中々当たらぬ。


「……私が追い立てる!」

「……何?」

「……私が妖をその矢の先に追い立てる! その後頼庵、矢を射れ!」

「な、夏殿!」


夏は言うが早いか、結界を破り躍り出る。

そのまま野鉄砲の後を追い立てて行く。


「……分からぬが、分かった、夏殿!」


頼庵は戸惑いつつも、言われるがままに夏と野鉄砲を目にて追う。


夏は野鉄砲を、追い立てんとする。

しかし。


「くっ、この!」


その動きは精彩を欠いており、追い立てるどころかむしろ、夏が野鉄砲に振り回されてしまっている。


「夏殿……揺らぎを消そうと……」


広人は夏を慮る。

義常を失いし悲しみは、夏を今も苛んでいるのである。


夏自らもそれは悟っており、それを戦いにて消さんとしている。


「……くっ、私はまた……」


広人はその有り様を前に、歯痒さを抱える。

またも自らは、指を咥える他ないのか――





「ふうむ……よもや、飼い犬に手を噛まれようとはな。」

「信中さん!」

「……半兵衛か。」


再び、阿修羅道にて。


半兵衛が駆けつけると、信中は外を睨み槍を取っていた。


「信中さん、早く逃げて」

「逃げる? はっはっは!」


半兵衛の言葉に、信中は笑う。

しかしすぐに、真顔になる。


「それは出来かねよう……今、この寺辺りには仇の兵らがうようよとしておろうからな!」

「それはそうだが……このままじゃ!」


半兵衛は再び、周りを見渡す。

明地の旗がずらりと並び、隙間がない。


このまま寺諸共、半兵衛・綾路丸ら僅かな家臣諸共信中を葬り去るつもりなのである。


「ならば半兵衛……そなたは今からにてもわしの首を差し出し、明地方に下ればまだ許されようなあ。」

「なっ……そ、そんなこと!」


半兵衛は信中の言葉に慌てる。

しかし、あまり話している暇はないとばかり。


壁の外にて、明地の軍が奮起する声が聞こえる。


「さあ……戦じゃ!」

「分が悪過ぎるが……致し方ねえか!」


信中は槍を構え、半兵衛は刀を構える。

負け戦と分かりつつも、こうなるより他なし。


「さあ、信中様よ! その首、我が主人・光出様に!」

「我が主人ねえ……それは」


自らに向かい来る、鎧を纏いし光出の兵。

半兵衛はその行く先に、立ちはだかる。


「それは、信中さんじゃなかったかな!」

「ぐうあ!」


半兵衛は鎧の隙間をすれ違い様に突き、一息に斬り込む。


鮮血が迸り、兵は倒れ込む。


「かなり、やったかな……?」


半兵衛は少し苦しみつつ、周りを見る。

苦しみの訳は、身体に幾分な喰らいし矢である。


しかし、それでもまだ力は尽きぬ。

未だ明地の兵は健在である上に、周りを見れば火の海であり、倒れる訳にはいかぬのである。


「火矢をしこたま射てくれたな……こりゃあむしろ、見通しが良くなるってもんか!」


半兵衛は自らの顔を拳にて拭い、自らを奮い立たせる。


「半兵衛よ、漸く死んだか?」

「ああ? 信中さんも、まだくたばってくれてなかったか!」

「ああ、生憎であったな。」


半兵衛の後ろ、背中合わせになりし信中もいくらか矢は喰らいつつあるが。


槍を振るい、数多襲い来る兵に抗い続ける。


「まあ戯れを……言ってるゆとりはないがな。」

「ふんっ、だというのに口の減らぬ者め!」


半兵衛と信中が軽口を叩く間にも。

明地方の兵は集まり、更に尚も火矢が放たれる。


半兵衛と信中は兵や、火矢を打ち払って行く。


「信中さん……争いしかねえこの世に太平をってのは誠だよな!?」

「無論。」

「……分かった。なら何とか逃げ伸びろ!」


半兵衛は言うが早いか、信中から離れる。

そのまま、向かい来る明地方の兵らに突っ込む。


「おうりゃあ!」

「ぐあっ!」


破れかぶれに半兵衛は、仇の兵らを斬り捨てて行く。


「何と……いや、逃げることはせぬ!」

「くっ! 何でだ!」


しかし信中は、その場を動かぬ。

と、その時である。


「ぐっ!」

「⁉︎ 信中さん!」


信中は火矢を喰らう。


「もはやこれまでか……」

「だから……逃げ伸びろって!」

「信中様の首、頂く!」

「……ごちゃごちゃうるせえ!」

「ぐあっ!」


半兵衛は自らに集る仇の兵らを一息に、皆斬り捨てる。


「信中さん!」

「……戸を閉めよ。」

「⁉︎ な、何だって!」

「……わしは奥の部屋へ引っ込む。その後に戸を閉めよ! 努努、わしの首を彼奴らに渡すな!」

「信中さん……」


信中は息を切らしつつ、半兵衛に言う。


「……行くぞ!」

「……応!」


信中と半兵衛は、小走りではあるが走り出す。


「逃げるか!」


無論、明地の兵も追いかけて来る。


「たく……うるさいって言ってんだよ!」

「ぐあっ!」

「ぎゃっ!」


迫る兵を半兵衛は一人、また一人と斬り捨てて行く。

その間も信中は、奥の部屋へと急ぐ。


「逃がすか!」

「逃がせよ!」

「ぐあっ!」


しかしやはり、多勢に無勢。

半兵衛自らも斬られつつ兵を斬り捨て、信中の殿を務める。


そして。


「今じゃ……戸を閉めよ!」

「……応!」


奥の部屋へと至りし信中は、半兵衛に命ずる。

半兵衛は言われるがまま、戸を閉める。


「……逝くんだな?」

「……ふっ、大儀であったな半兵衛。」

「……あの世で精々、褒美を待ってる!」

「ああ、待っておれ……」


これが、戸を閉めんとしし刹那半兵衛と信中が交わしし終いの話となった。


「……人間五十年……下天のうちを比ぶれば……」

「えいっ! ……恐らく、まだ追手はいるな!」


戸越しに信中が吟じる様が聞こえたが、半兵衛は振り返らぬとばかり未だ迫る追手を斬り伏せて行く。


「……夢幻(ゆめまぼろし)の如くなり。」

「うあああ!」


信中の声が響く中。

一人、また一人と斬り捨てていく。


「さあて、あんたら……俺の目が黒いうちには信中さんに、指の一つ触させやしねえぜ!」


半兵衛は再び意気込む。

そうして、目の前に迫る明地の兵をまた――


「ぐっ!」

「⁉︎ な、何だ!」


しかし、目の前の兵は半兵衛が斬る前に倒れる。

その兵を後ろから斬りしは。


「〇〇〇〇!」

「⁉︎ あ、綾路丸! 何でここいるんだ、逃げろっつっただろ!」


綾路丸である。


「し、しかし……私とて!」

「⁉︎ 綾路丸う!」

「えっ……?」


しかし、綾路丸の後ろでは。

明地の兵が刀を、振り下ろさんとしていた。





「……夏殿! 雷を放て、奴の進む先に!」

「……⁉︎ ひ、広人!」


三度、人間道にて。

広人は夏に、呼びかける。


夏はそれにより、言われるがままに。


「はっ!」


野鉄砲の進む先に、殺気の雷を放つ。

たちまち道を塞がれし野鉄砲は、悩乱され始める。


「妖が! ……よし、ならば!」


夏は勢いに乗り。

そのまま野鉄砲を追いかけつつ、その先に雷を放ち追い立てて行く。


そして。


「今だ、頼庵!」

「夏殿、出来した!」


夏が自らの前に追い立てし野鉄砲を、頼庵は翡翠に番し矢にて狙い。


そのまま、放つ。


「はっ!」


頼庵の矢にて野鉄砲は貫かれ、血肉となり翡翠の緑の殺気に染められていく。


瞬く間に、そのまま喰い尽くされた。


「夏殿!」


頼庵・広人・刃笹麿は夏に駆け寄る。


「やったな!」

「ああ……かたじけない、広人。」

「え? あ、あはは……や、役に立てしようで何よりだ!」


夏から礼を言われ、広人は照れる。

しかしその時。


「……ぐっ!」

「⁉︎ あ、阿江殿!」


刃笹麿がにわかに、苦しみ始める。


「これは……」


刃笹麿は見ている。

半兵衛の見る景色を。


それは――





「綾路丸!」


それは、阿修羅道の有り様。


半兵衛は斬られし綾路丸に寄り添う。

既に血は夥しく流れ、助かる見込みはない。


側には半兵衛が斬り捨てし、綾路丸を斬りし仇が転がる。


「〇〇〇〇、申し訳、ございませぬ……私は、つまるところ足手まといにしか……」

「もういい! ……もう、いいんだ。」

「はい……〇〇〇〇、どうか……信中様を……」

「あ、綾路丸……綾路丸!」


言い終わる前に綾路丸は、事切れる。


「信中はどこか!」

「首じゃ、首を!」


鎧をガチャガチャと鳴らしつつ、性懲りもなく明地の兵らは迫り来る。


「……畜生おお!!」


半兵衛は綾路丸の身を床に置き。

再び刀を取り立ち上がる。


そのまま破れかぶれにて、明地の兵らに突っ込み――


「ぐうあ!」


あっさり、仇たちの槍や刀に貫かれていく。


「綾路、丸……信中、さん……」


半兵衛は倒れる。

倒れ事切れる前に、信中の声が響いた。


「……一度生を得て、滅せぬ者のあるべきか……滅せぬ者のあるべきか……」


信中はその言葉と共に、自らの腹を刺す。


そして半兵衛も事切れる前に、何故かうまく聞き取れず終いであった綾路丸の言葉の一端も思い浮かぶ。


〇〇〇〇――それは。


「(そうか、分かった……それが俺の、罰か……)」


半兵衛は阿修羅道での生を終える。

そして信中も生を終える。


二人とも、この世の争いを終えるという願いとは幾分か違う形ではあるが。


二人それぞれの、戦の世は終わる。

そして半兵衛は再び全て忘れ、次の生へ――



「(これは……何だ?)」


半兵衛はおかしき心持ちに囚われていた。

自らの身体が、何やら空を飛んでいるのである。


下に見えるは、村。

そしてそこは荒れ野ばかりである。


「(何が……)」


半兵衛が首を傾げし、その時であった。

にわかに、土手と思しきものが切れ。


そこより水が、まさしく怒涛の勢いにて噴き出す。


「(こ、これは……)」


半兵衛は絶句する。

その大水はたちまち、村を飲み込む。


荒れ野原であったとはいえ僅かばかりは実りし作物を、その大水は瞬く間に飲み込んでいった。


これは食い物を、ひいては人の命をも流す大水。

生き残りし者も飢えに苦しむ世・餓鬼道の始まりである。

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