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京都の王  作者: 宇井九衛門之丞
第9章 転生(無限輪廻編)
141/192

修羅

「な、何と……」


帝は刃笹麿から話を聞き、そのまま倒れんばかりの勢いである。


所は内裏にて。

半兵衛が死神・綾路より無限輪廻の罰を言い渡されて次の日。


刃笹麿は頼庵・広人・夏を伴い内裏を訪れていた。

そして今しがた、半兵衛の有様を帝に伝えし次第である。


「み、帝。お気を確かに!」

「あ、ああすまぬ……しかし、よもやあの半兵衛が……」


側に侍る清栄に気遣われ、帝は顔を上げつつやはりまだ落ち込みし様である。


「帝。御心労をおかけ申し上げると知りつつ、かような形になり申し訳ございません。……しかし。一大事故に秘事にする訳にも」

「いや、よいのだ刃笹麿よ。」


申し訳なさげに萎れる刃笹麿に、帝は労いの言葉をかける。


「……しかし私も初めてのこと故。これはどうしたものか……」


帝はほとほと、困り果てる。

半兵衛がこの京を離れしことならばあった。


まず毛見郷。次に奥州、尾張、そして瀬戸内の海。

さらには、出雲。


しかしいずれも、帝の命を受けてのことである。

それも、奥州を除けば全て、他の妖喰い使いを伴ってのことでもある。


故に、此度のように。

半兵衛のみが危うき目に遭い動けぬなどと今までありしことはない。


夏が瀬戸内で行方知れずとなりし時も、半兵衛は仲間を率いて助け出した。


この穴は、どうにも埋まりそうにない――


帝はその言葉が口に出かかるが、今言っても詮なきことと思い呑み込む。


「帝、帝!」

「……ん? あ、ああすまぬ。」


傍らの清栄より呼ばれ、帝は我に返る。

どうやら考える間に、自らの中へと閉じこもってしまったようである。


「ご気分が悪くいらっしゃるようですな。ここは帝、今日はこれほどにて。」

「う、うむ……」


清栄は謁見を、帝に切り上げさせんとする。


「では帝、終いによろしいですか?」

「! う、うむ……述べよ、刃笹麿。」

「はっ。では。」


刃笹麿がそんな帝を引き止める。


「……何かを変えられるかは分かりませぬが、私はこの後あの死神と話をしようと存じます。それに、半兵衛の一人や二人おらずとも、彼奴に教えを受けし妖喰い使いはこの通り控えております故、何卒ご安心を。」

「うむ……頼む。」

「はっ!」


刃笹麿は奏上し、後ろの妖喰い使いら共々頭を深く下げる。


帝はその言葉に、少し落ち着く。

まだ、望みはあるようであると。






「あ、妖喰い使いの皆よ……」

「! 中宮様!」


刃笹麿や頼庵ら妖喰い使いが清涼殿を出て庭へと行くと、氏式部に支えられつつ中宮が歩いて来る。


「ち、中宮様。いかがされました? もしや、どこかお身体が」

「……いや、何でもない。案ずるな。」


刃笹麿の憂いに言葉を返す中宮は、その言葉とは裏腹に顔が青く足元もおぼつかずと、見るからにどこか悪そうであった。


「それより……先ほど聞いた。半兵衛は大事ないのか?」

「!? い、いえそれが……」


中宮の言葉に、刃笹麿や頼庵・広人・夏は俯く。

何と返せばよいのやら。


「……そうか、大事に……」

「中宮様。……先ほども帝には申し上げしことなのですが」

「……よい、分かっておる。そなたらの力を、私も疑ったりなどはせぬからな。」

「……はっ! ありがたきお言葉。」


中宮の言葉に、刃笹麿や頼庵らは跪く。


「よいよい、堅苦しきは無用である。……ではすまぬ、私も少し休ませていただく。」

「……はっ!」


中宮は尚も落ち込みし様ながらも、にこりと刃笹麿らに微笑みかけその場を後にする。


左様な周りを見て、頼庵は。


「(私も……半兵衛様も兄者もいてくれぬ中ではどうすればよいか分からぬ。……何が花か、私も所詮は青臭き種に過ぎぬ。兄者、買い被りすぎだ……)」


自らを不甲斐ないと断じ、右手を見つめつつ歯軋りをする他なし。


夏も広人も、ただただ憂うばかりであった。






「……中宮様。お気を確かに。」

「すまぬ氏式部。そなたがいてくれねば……」


ようやく自らの部屋に帰りし中宮は、座り込む。

氏式部は尚も、中宮を憂いている。


「まさか……あの半兵衛がとはな。」

「驚かれるも無理からぬことでございます。しかし、中宮様。……あの方はこれまでにも、数々の修羅場をくぐりし方。きっと此度も、修羅の場を越えてくれることでありましょう。」

「……うむ。」


中宮は半兵衛を想い、涙をほろりと流す。

氏式部は中宮に、袖を差し出す。


中宮はその袖にて、目元を拭う。






「ま、待ってくれ!」


翻って、阿修羅道にて。

果たして、半兵衛は文字通り修羅場にいた。


半兵衛の目には戦乱の世に映る、この阿修羅道に。


先に一人で馬にて出陣しし信中を追いかけ、家臣たちは死にもの狂いで走る。


中には、具足を未だ付けるさなかのまま走りし者まで。


「お先い!」

「は、半兵衛! 待て!」


半兵衛はさような家臣たちを尻目に、どんどん追い抜き走る。


「(戦か……てことは、人を殺すんだよな。)」


走る半兵衛の頭の中に湧き上がりしは、左様な憂い。

人間道の時のこと・また先の天道のことは、今は忘れているが。


それでも、先の天道にても思い出ししことは、まだ頭にこびりついていた。


春吉・吉人の死する所。


「……って、何憂いているんだ俺は! 侍がそんなこと、今更!」


しかし半兵衛は、左様な想いを振り切らんとして。

今はひたすら、走り続ける。





「ははは……さあ呑めや歌えや! 間も無く尾張に至る! その時こそ信中の……()()()よ!」

「はははっ!」

「殿、お上手でございます!」


先川の陣にて。

大将たる先川義友(さきがわよしとも)は陣中にて、迂闊にも戦のさなか酒宴を開いていた。


駿河・遠江・三河(現在の静岡一帯)を手に入れし義友にとりて、小国たる尾張の信中は。


所詮取るに足りぬものとしか、心得ていなかったのである。


であるからこそ、忍び寄る影にも気づかなかった。

先ほどまで降りし雨が、気付きを妨げしことも手伝っている。





「見よ! あれが義友の本陣である。奴め、我らを侮り、守りを怠っているのだ。」

「おおっ!」

「な、何と!」


岩陰より信中は、小声で家臣らに告げる。

既にその軍は、今にも先川の軍勢の喉笛に喰らいつかんとしていた。


「……義友の首のみを狙ええ!!」

「おおおおっ!!!!」


信中の叫びと共に、軍が先川の陣へと攻め込む。


「致し方ねえ……行く!」


半兵衛は今尚頭に浮かぶ春吉・吉人の有り様を振り払い、走り出す。


「ぐうっ! な、何じゃ!」


先川義友も家臣らも、これには大慌てである。

急ぎ兜を被り、槍を持ち抗い始める。


「義友殿はどこか!」

「手柄を、手柄を!」


信中の軍は先川の陣を突き、雪崩れ込む。


「くっ、無礼者共め!」

「侮り召されしそなたら自らのしくじりじゃ!」


先川の家臣らは苦し紛れに悪罵を浴びせるが、この狭き桶狭間にて囲まれれば、もはや負けるは先川の方である。


尾田の軍勢は陣も家臣らも、踏み潰して行く。


「くう……これが、人の死か。」


味方により先川の軍勢が討たれし様を見、半兵衛が呟く。


人間道のことを忘れているとはいえ、それでも魂に刻まれし故に先ほどのように思い出されしは京での大乱のこと。


あの時直に事に当りしは水上兄弟であった。

半兵衛らは遠くより見ている他、なかったのである。


「あの時は……あれ? 俺は何を」

「隙ありであるぞ!」


呆ける半兵衛に、先川の家臣が後ろより斬りかかる。

半兵衛は人間道のことを思い出しかけてはすぐに、忘れていく。


自らの左様な様に戸惑いつつも、その刃を自らの刀にて受け止める。


「くっ! ……あんたを、斬らなきゃいけねえのか?」

「? 何じゃと……みくびりおって!」


半兵衛のこの言葉に、怒り心頭に発しし先川の家臣が刃を振るう力を強める。


少し押されし半兵衛だが、相手の刃先が半兵衛の頬を翳める。


「くっ!」

「さあその首を」

「はっ!」

「ぐっ!」


しかし半兵衛は素早く自らの刀を相手の刀に打ちつけ、後ろへとのけ反らせる。


今や相手の胴は、がら空きである。


「人を……斬るのか、俺が!」


半兵衛は刹那、躊躇うが。

時同じくして先ほど切れし頬の痛みが襲う。


「くっ……やらなけりゃ、やられるか!」


半兵衛はそのまま相手の胴を、斜め上より斬りつける。


「がああっ!」

「……くっ!」


腕に残るは、人間道の頃の妖を斬りし時とはまるで違う手応え。


切れ、血が出る手応えである。

半兵衛はその様に、少し恐ろしさを覚えつつも。


斬りし相手を後にし、そのまま先へ先へと進んで行く。


「まったく……侍だってのによ!」


未だ悩乱する頭を何とか鎮めつつ、さらに陣の中へと入って行く。


やがて。


「はっ!」

「ぐっ! 無礼であるぞそなた!」

「!? あんたは……義友さんかい!」


半兵衛は陣の奥へと至り、仇の将・先川義友と相対する。


「邪魔立てするならば、容赦せぬぞ!」

「容赦せぬ、か……それって、俺を斬るってことかい?」

「……それより他に、何があるか!」


義友の死にもの狂いの様とは異なり、半兵衛はどこか冷めし様である。


「……いいぜ、来い!」

「……ほう? 威勢だけはよいな!」


半兵衛と義友は刀を打ちつけ合いし後、改めて斬り合う。


「ただ、殺される覚悟は出来てるよなあ!」

「ふん、小癪なあ!」


半兵衛と義友は叫び、斬り合う。

その戦の行方は――





「……映六道輪廻、会死神。……急急如律令!」


再び、人間道。

京の都は阿江の屋敷にて。


刃笹麿は頼庵らを連れ、帰っていた。


刃笹麿は先ほど帝との誓いを守るため、呪いを唱える。


するとたちまち、身体が緩み宙へと浮く様を感じ――


「……たのもう! 死神。陰陽師、阿江刃笹麿がここへ参った! お目通し願いたい。」


刃笹麿は何やら、花畑の如き所に降り立ち。

綾路へと会うことを、求める。


すると。


「この死神はここに。何用か?」

「……死神。」


果たして、綾路が現れる。


「……急ぎの用故に、礼は略させていただく。……汝に問う。死神よ、何故一国半兵衛を無限輪廻の罰とした? その咎の拠り所は何か?」


刃笹麿は逸る気持ちにて、綾路に問う。

すると。


「それは十王の命による。この死神はただ、その命に従うのみ。」

「……うむ。」


元より当てにしていた訳ではないが、やはりと言うべきか綾路より帰りし答えは求めし答えとはほど遠い。


「ならば更に問う。今、一国半兵衛はどこに……っ!?」


綾路に更に問いかけんとして刃笹麿は、にわかにおかしき様を感じる。


「くっ……!?」

「? 何とした、陰陽師。」

「くっ……こ、これは……?」


激しき頭の痛みである。

それと共に、瞼の裏に浮かびしものが。


「……? 戦場……?」


刃笹麿は痛みに悶えつつ、何やら戦場のごとき目の前の有り様に見入る。


「信中様よ。」

「信中様……? っ!? その声は、半兵衛か……?」


にわかに刃笹麿の頭の中に聞こえしものは、何と半兵衛の声であった。


これは、もしや――


「これは……もしや、半兵衛の見し有り様か!?」


刃笹麿は息を呑む。

半兵衛と意識が繋がっている、ということか。


しかし、何故。

刃笹麿は刹那殺気かと思うが、半兵衛と殺気が繋がりしことがある覚えがない。


何故――

しかし、左様な刃笹麿の問いはすぐに吹き飛ぶ。


「……うっ! こ、これは……」


恐らくは半兵衛の見し様の中に、恐ろしき物が見え刃笹麿は口を押さえる。


死にもの狂いにて堪えねば、吐きそうである。

それは――





「先川義友殿の首は、一国半兵衛が討ち取った!」

「エイエイオー!!!」


半兵衛の近くにいし尾田方の家臣が叫び、尾田方より勝鬨が聞こえる。


「……俺が、取ったのか。」


血に塗れし半兵衛の手に、握られしは。

先川義友の、首である――



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