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京都の王  作者: 宇井九衛門之丞
第9章 転生(無限輪廻編)
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天道

「ん……?」


半兵衛はふと、目を覚ます。

そこは、都ではない。


何やら、山の、森の中。

しかし――


「……懐かしいな。」


半兵衛は呟く。

そう、ここは都ではないが、見慣れぬ地ではないのである。


「あ、いました!」

「半兵衛! どこへ行っていた!」

「ん……?」


後ろより聞こえし声に、半兵衛は振り返る。

そこには。


「……母さん、綾路。」


母と、綾路である。


「探したのですよ、〇〇〇〇! ねえ?」


綾路は、半兵衛の母に問う。


「ああ、ならぬぞ半兵衛。」

「す、すまねえ……」

「半兵衛。謝るならば、笑うな。」

「……すまない。」


半兵衛は自らでも知らぬ内に。

口の端が上がりしことに気づく。


「……よい。さあ、早く。」

「あ、待ってくれよ母さん、綾路!」


先を急ぐ二人の後を、半兵衛は慌てて追いかける。


「……俺は何を、笑っているんだろうな。」


半兵衛は上がりし口の端を指にて下げつつ、追いかける。







「たのもう! 阿江刃笹麿、只今参った!」


刃笹麿が、声をかけるや。


「あ、阿江殿!」

「……うむ、頼庵殿。その……そなたの兄上のことは」


屋敷にて出迎えし頼庵と、しばし言葉を交わしつつも刃笹麿は、彼より目を逸らす。


義常を戦場に行かせたのは自らも同じという負い目が、刃笹麿にもあった。


「……いや、よい。今は、半兵衛様のことが先じゃ。」

「……うむ。」


しかし頼庵も刃笹麿を責めたりすることはなく、屋敷の中へと案内する。


時は半兵衛が綾路により眠らされし日の翌日。


半兵衛は屋敷に運び込まれるが。

頼庵らでは何もできそうになく、刃笹麿が呼ばれたのである。


今半兵衛は、床についたまま起きぬ有様である。


「まず、皆よ。……あの死神が、半兵衛を眠らせたのであるな。」

「う、うむ……」


刃笹麿の問いに、頼庵らは頷く。


「何故、半兵衛をこのような目に?」

「そ、それが……死神はこう言っていた。無限輪廻、とか何とか……」

「無限、輪廻!?」

「!? ど、どうしたのだ阿江殿?」


頼庵より更に聞かされし言葉に、刃笹麿は驚く。

頼庵らは訝り、刃笹麿に尋ねる。


「まず、六道輪廻転生は知っておるな?」

「あ、ああ……しかし、そこまで詳らかには……広人や夏殿は?」

「ああ、私も聞きしことはある……くらいだ。」

「私も、広人に同じだ。」

「……分かった。」


頼庵・広人・夏はあまり知らぬといいし顔である。

刃笹麿はため息を吐きつつ、六道輪廻転生について説き始める。


まず六道。

これは、魂が生まれ変わるとされる六つの世のことである。


人に生まれる人間道。

最も苦しみの少なき天人に生まれる天道。

阿修羅に生まれる、争いばかりの阿修羅道。

獣や妖に生まれる畜生道。

飢えと乾きに苦しみ続ける餓鬼に生まれる餓鬼道。

最も苦しみの多き、罪人が咎を受ける地獄道。


「六道輪廻転生とは、すなわちこの六道のいずれかで生まれ、そして死してまた六道のいずれかに生まれることだ。」

「な、なるほど……」

「!? で、では無限輪廻とはまさか!」


刃笹麿の今の言葉を受け、頼庵がはたと気づく。


「さよう、頼庵殿。……無限輪廻とは、この六道輪廻転生を無限に繰り返すことよ。」

「!? なっ!」


この言葉には頼庵・広人・夏が揃い驚く。

無限、に?


「む、無限とは……いつまでじゃ?」

「……無限に、である。」

「……何と……」


頼庵は頭を抱える。

よもや、そこまでであったとは。


「何はともあれ……ここまで来れば帝にもお伝えせねばな。私は急ぎ内裏まで行く。そなたらも来い。」

「! あ、ああ……さようであるな。」

「半兵衛……」

「仕方あるまい。頼庵、夏殿。急がねばな。」


刃笹麿は立ち上がり、頼庵らを促す。

頼庵らは、半兵衛を置いて行くことに戸惑いつつも。


仕方なしと、立ち上がる。


「治子。……すまぬが、半兵衛様を頼む。」

「……かしこまりました。」


頼庵は話を聞き奥の部屋より出てきた治子に、半兵衛を託す。


今、子らが塞いでいるのに申し訳なき心持ちであるが。

致し方あるまい。






「……一国半兵衛は、何事もなく天道に今いるようや。」

「そうか。」

「それはそれは。」

「計略通り、であるな。」


翻って、長門の屋敷にて。

向麿より知らせを受けし長門三兄妹は、ひとまず落ち着く。


全ては父の、"堕ちる"という望みを叶えんがため。

そのための壁を一つ、超えたということか。


「しかしお子らよ、そう落ち着かれるのもお早いんやありませんか? この壁はそこまで、超えるんは難しないやろ?」

「……ああ。」

「確かに。まだ、落ち着けませぬね。」

「……うむ。」


しかし、次の向麿の言葉は長門三兄妹の顔を曇らす。

確かに、天道といえば最も苦しみの少なき世である。


「あの一国半兵衛の目にはどう見えておるかは分からぬが……天道とは、楽しき世ではなかったか?」


伊末はふと、向麿に尋ねる。


「ああ、まあそうやな。恐らくあの男の、人として生きとった頃最も幸せやった時の思い出と似て見えとるやろな。」

「……何だ、それは。」


伊末はこの向麿の言葉に、拍子抜けする。


「それではもはや、天道ではなく極楽浄土ではないか! 仮にも苦しみの渦巻く六道の一つが、聞いて呆れる!」


伊末は吐き捨てる。

しかし。


「……ほほほ!」

「ほほほ……」

「!? な、何じゃ薬売りも冥子も……笑いおって!」

「そ、そうじゃ! 兄上に向かって!」


伊末と高无は、二人に怒る。

含みのある笑いをしおって、何か。


「伊末兄上。……思い出は、美しいと言いましょう?」

「! う、うむ……」

「そや、思い出は美しい! ……何なら、それを見せられるんは辛いと違いますか?」

「な、何?」


冥子に続けて言いし向麿の言葉に、伊末は首を傾げる。


「そうや、せやから辛い。……その思い出になっとることが、誠には醜いや知っとったらなあ!」

「何だと?」

「ははは!」


向麿は続けて、高らかに笑う。






「どうだい綾路い、釣れそうか?」

「いえ……さっぱりです。」

「ははは……おお! 俺はまた釣れたぜ!」

「ああー!」

「うわっ、何だい!?」


翻って、天道。

半兵衛には昔の思い出に似て見えしこの世。



時はある昼下がり。

半兵衛は綾路を連れ出し、釣りに来ていた。


「何だい、にわかに大声出して。」

「私分かりました! ……きっと、場が悪いのですね。変わって下さい〇〇〇〇!」

「ははは……とんだ負け惜しみだなあ!」


綾路は半兵衛に求めるが、半兵衛はまるで取り合わぬ。

しかし、どう言う訳か綾路の言葉には。


所々、聞きづらき所がある。

誠であれば、首を傾げるべき所であるが。


半兵衛は何故か構わず、話している。


「むう……! いいです〇〇〇〇……分かりました。……うわあああ!!」

「!? お、おいそれはずるいだろ!」


にわかに泣き出しし綾路に、半兵衛は慌てる。

これは。


「来て下さいまし! 私はいじめられました〜!」

「だから、母さん呼ぶなって!」

「私が何と?」

「!? か、母さん!」


半兵衛が後ろより響きし声に振り返れば。

そこには、母の姿が。


「また綾路を! この阿呆息子め!」

「いてて! や、止めてくれよ母さん!」


半兵衛は逃げまどう。

母は逃がすものかと、半兵衛を追いかける。


「うわあああん! はい、私はいじめられました!」

「くう……綾路! おいたも……ん!」


半兵衛は逃げつつ綾路を見る。

すると、顔を手で覆いし綾路の、その手の隙間から。


口元の、少し上がりし様が見える。


「なっ……あの小娘え! あんな小せえ内から、もう女狐じゃねえか! まったく誰に似て」

「誰が女狐か!」

「うわあ、母さんのことじゃねえよ!」


自らの呟きは火に油を注ぎ。

母は半兵衛を、更に怒り追い回す。





「いたた……ったく、嫌な目に遭ったぜ!」

「……何と?」

「わわわ! 申し訳ありません母様!」

「ふふっ……」


日も暮れ。

半兵衛・綾路は母の後につき、森の中へと帰る。


「……綾路い、元はといえば!」

「……ふふふっ、また泣いちゃいますよ?」

「……もうお堪忍下せえ!」


半兵衛は綾路を責めんとするが。

綾路は今にも泣き真似をせんとしたため、半兵衛は休戦止むなしである。


「はあ……まったく。大きくなったら誠に女狐にならねえか」

「おや、半兵衛ら!」

「え……あっ、春吉(はるきち)! 吉人(よしと)!」


ふと半兵衛らは、声をかけられる。

この辺りの村の子らである。


「何だ、釣りの帰りか?」

「ああ、まあそんな所だ。」

「……おお、綾路ちゃん! 大きくなっただな!」

「あはは、ありがとうございます!」


春吉と吉人は綾路に気づき、声をかける。


「おっと待った! ……いいか、春吉・吉人。あの娘はきっとこの先、男を口先だけで手玉に取る女狐になるから、止めておくのが身のためだぜ?」


半兵衛は春吉と吉人の肩を抱き、綾路より離し所でそう告げる。


「ええ〜……それはそれは、楽しみだなあ。」

「ああ、そだな。」

「……おいおい!」


しかし春吉・吉人は、次にはにやりとしつつ綾路を見る。


「こらあ、そんな目で」

「あ、半兵衛の母さん。お久しぶりだな。」

「おお、そなたらか。」

「……いや、聞いてくれ!」


半兵衛の言葉を聞かず、春吉と吉人は母に話しかける。


「まったく……ん?」


呆れ顔の半兵衛であるが、何やらおかしき様を感じる。

なんと、母と話す春吉・吉人が刹那、血塗れになり倒れる様が目に浮かんだのである。


「えっ……え!?」

「? どうしただ、半兵衛。」

「半兵衛よ、どうした?」


にわかに叫びし半兵衛を、春吉・吉人が。

更に母が、憂う。


「あ……いや。何でも」


見間違えか。

半兵衛は落ち着かんとするが。


――一国半兵衛よ、思い出せ。


「……!? あんたは、まさか野干か!」


しかし次にはふと頭に響きし声に、半兵衛は頭を抱える。

これは、眠る前に紫丸により斬り伏せし妖・野干から響きし声である。


半兵衛はこの声に、聞き覚えがあったが。

何故か声の主が、思い出せぬ。


いや、思い出せなかったのはこの声だけではない。


「俺は、妖喰いで妖を斬り倒したら……その時死神の……ん!」


半兵衛は今全てを、思い出す。

死神。


それは目の前にいる、この女子。

先ほどまで、仲良く過ごしし綾路である。


何故、分からなかったのか。

何故、忘れていたのか。


「半兵衛、何かおかしいだ。」

「うむ、半兵衛。どこか」

「や、止めろ!」


半兵衛は自らを憂いてくれる春吉・吉人。

そして母から離れる。


「ど、どうしたのですか〇〇〇〇!」

「〇〇〇〇……! う、うわあ!」


しかし、尚も事もなげに話す綾路のこの言葉に、半兵衛は真っ青になる。


〇〇〇〇……?

まさか。


半兵衛は弾かれんばかりに逃げ出す。

後ろより尚も春吉・吉人・母の声が聞こえたが、半兵衛は構わず走り続ける。


「こんな……こんなはずない!」


半兵衛の頭には。

昔――人としての思い出が浮かぶ。


いや、それを思い出などと表していいものか。


何でだ、何で殺した……

母さん!


そう。

この思い出は、輝かしきものではない。


半兵衛の心には、苦き想いが満ちる。

あるはずがない。


春吉と吉人が、母とあのように親しげに話すなどと。

そして、何故か自らと親しく振る舞う綾路。


その言葉の所々、聞きづらき所。

それは――


――うむ。苦しんでこその無限輪廻である! さあこのまま……"堕ちよ"!


「な、何……!? ……う、うわああああ!!」


またも頭の中には、あの声が響くが。

次には半兵衛は、崖より"堕ち"ていた。





信中(のぶなか)様! 先川(さきがわ)の軍勢は只今、桶狭間に入りましてございます!」

「うむ……ついに来たか!」


尾張の武将・尾田信中(おだのぶなか)は家臣の言葉に、目覚める。


いや、目覚めしは彼のみではない。


「起きよ、皆の者! 殿に遅れるぞ!」

「……! な……急ぎ具足(鎧)を持て! 出陣じゃ!」

「……よおし、腕が鳴るぜ。」


目覚める家臣たちの中に、半兵衛がいる。

ここは半兵衛からは戦乱の世に見えし、阿修羅道である。

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