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京都の王  作者: 宇井九衛門之丞
第9章 転生(無限輪廻編)
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甘夢

「おーい、綾路! あんまり遠くに行くと母さんが怒るぞ!」

「あ、はーい! すみませぬ。」


半兵衛に呼びかけられし綾路は、振り返りにこやかに返す。

とある森の中。


半兵衛は、母が戻るまで待っていたが。

幼き綾路は、待ちきれず走り回る。


「うっ!」

「お、おい! 大事ねえかい?」

「ううっ……うわあああ!」


思わず転びし綾路は、泣き出す。


「ほうら、言わんこっちゃねえ……これを巻いとけ。」

「あ、ありがとうございます……ぐすっ」

「ああほら。……おぶされ。」

「はいっ。」


半兵衛は綾路をおぶるや、そのまま歩き出す。


「す、すみませぬ……」

「まあそう落ち込むなって! 童が元気いいのはいいことなんだからさ。」

「はいっ。」

「おやおや、また綾路が何かやったかい?」


そんな半兵衛・綾路に、優しき声をかける者が。


「お、母さん! お帰り!」


半兵衛の母である。


「す、すみませぬ! か、返す返す言われていたのですが……」

「いや、よい。それより、飯にしよう。」


母は言いつつ、肉を地に敷きし葉の上に置く。




「うん、美味い!」

「お、美味しいです!」


先ほど母の採ってくれし肉を焼き、半兵衛と綾路は食べる。

噛めば香りが広がり、食も進む。


「うむ、たんと食べるがよい。小さき子らには、食べて身体を作ることが何よりであるからな。」


母は半兵衛らが食べる様を見て、目を細める。


「なあ母さん、明日は俺が狩ってくるよ!」

「おや。しかし、うまくできるのか? この前など、獲物に逃げられしことを泣きべそを掻きながら私に知らせに来たではないか。」


母は笑う。


「うっ……ち、ちょっと自らの腕を見誤ったんだよ! つ、次こそは。」

「へえ……誠にできますか?」


綾路は肉を食みつつ、横目で半兵衛を見てほほ笑みつつ言う。


「おいっ、綾路! お前も疑ってるな〜!」


半兵衛は綾路を見、膨れつつ言う。

既にそれなりの齢ではあるが、こういうところは幼く見える。


「ほほほ……まあ、そう焦るな。狩りはまた、私が教えてやろう。」

「それは、教えてほしいけどよ……俺、いつか母さんを越えたい!」

「ほう……なかなか大それているな! 私を越えるなどと。」

「うっ……そりゃ始めっからは難しいだろうけど、必ず!」


母の疑うような眼差しに、半兵衛は叫ぶ。







「ん……?」


半兵衛は目を覚ます。

所は、屋敷である。


「なんだ……夢か。」


半兵衛は少し落ち込むが、ゆっくりと立ち上がる。

既に夜は、明けていた。


夢の中身を、全て覚えている訳ではないが。

それでも、これが自らの生の中で幸せであった頃の夢であるとは分かっていた。


「……こんな時に、こんな夢を見ちまうなんてな。」


半兵衛はため息を吐く。

仲間を失い、今皆落ち込みし中で。


自らは、あのような夢を見てしまうとは。

かような中で、あんな幸せな夢を――


「いや、違う。これは……」


しかし半兵衛は、首を横に振る。

あのような夢を、見る訳がない。


何故なら――





「くっ……ぐっ!」

「どうした頼庵! そんなんじゃできねえぞ!」

「も、申し訳ございません……」


今しがた倒れし頼庵を、半兵衛は叱咤する。

屋敷の庭にていつものごとく修練に励んでいるのであるが。


こうもいつもの勢いが出ぬのは、頼庵ばかりではない。


「な、夏殿! だ、大事ないか?」

「あ、ああ……すまぬ。」


広人と手合わせをしている、夏もである。

いや、広人もかもしれぬ。


「……今日は、これまでにしよう! さ、皆しっかり休め!」

「す、すみませぬ……」

「すまぬ……」


半兵衛は、修練を切り上げる。

頼庵も夏も、それには謝るばかりである。


「謝るこたあねえよ……」


半兵衛は後ろに手を振りつつ、母屋に引き上げる。

義常の死より、日がまだ浅い。


彼の子らも、まだ塞いでいると聞く。


「だよな……そっちが当たり前だよな。」


頼庵・夏・広人の今の有り様も、むしろ然るべきものといえる。


「俺は、何してんだろうな……」


むしろ、自らはなんなのかとすら思いたくもなる。







やがて、幾日か経ちし頃。


「くっ、どこにいる!?」

「は、半兵衛様あそこです!」

「ん……? あれか!」


半兵衛は頼庵の指差す方を眺める。

月明かりのみでは分かり難いが、妖の影が見える。


都のとある所にて。

妖の害の報があり、すぐさま半兵衛・頼庵・夏・広人は向かった。


そして今、相対しし次第である。


「よし……頼庵!」

「はっ! ……えい!」


頼庵は緑の殺気を矢の形に変え、翡翠に番える。

そのまま妖めがけ、放つ。


妖は低く鳴くが、また走り出す。


「何!? くっ、何で!」


半兵衛は妖を追いつつ、首を捻る。


妖の名は、野干(やかん)


姿は、狐の如くで妖気もそこまでは強く感じられぬ。

見し限りでは、そこまで力ある妖とは思えぬ。


何故――


「私が!」

「夏ちゃん……頼む!」


屋根伝いに妖を追う夏は、半兵衛を追い越し妖に迫る。


「そこか!」


しかし妖は。

夏の斬りをすんでの所にて、躱す。


「くっ、躱された!?」


夏は驚く。

何故、そのような――


「夏殿、案ずるな! ここは私が!」


次は広人が、打って出る。


「紅蓮、剣山!」


広人は叫ぶ。

たちまち殺気の剣山が地より生え、妖を狙う。


「どうだ!?」


しかし、またも妖は。

むしろ殺気の剣山すら足場とし、ひらりひらりと跳んで行く。


「くっ、何故か!?」

「皆……どうしたんだ?」


歯ぎしりする妖喰い使いらの中で、半兵衛は呟く。

まだ消えぬ悲しみが、妖喰い使いらの腕を鈍らせているのか。


しかし、今見し限りでは皆は、力を尽くし事に当たっている。


では。


「いや、あの妖がそこまでなのか……なら!」


半兵衛は、早く走り出す。


「半兵衛様!」

「皆は、俺がしくじった時に頼む! 俺が次はやる!」


半兵衛は頼庵らに言いつつ、飛び出す。


「しかし……小さいから逃げ足は早いな。……ならば!」


半兵衛は紫丸の刃先を向ける。

刃先より殺気の雷が出て、野干へ迫る。


が、野干はやはり素早く。

身を捩らせ、雷を躱す。


「避けたか……だがまだまだ終わらねえぞ!」


半兵衛は叫び、野干との間合いを詰めんとして更に走る。

屋根を伝い、空を駆ける。


「喰らえ!」


半兵衛は殺気の雷を絶えず放ち続ける。

しかしやはり野干は、悉く躱していく。


「ちょこまかと……ん!?」


しかし、ここに来て野干は不可解にも。

先ほどまでの半兵衛より逃げるがごとく走り回りし様から打って変わり、半兵衛にむしろ向かって来る。


「なっ……でもいい! 来てくれんなら手間が省けるってもんさ!」


半兵衛は紫丸を両の手にて構える。

そうして、自らに向かい来る野干を睨む。


野干が吠え、半兵衛に噛みつかんとする。


「えいっ!」


半兵衛は野干に向け、改めて殺気の雷を放つが。

野干はまたも、躱す。


「当たらねえか……まあいいぜ! 当たらねえなら直になあ!」


半兵衛は紫丸を振るう。

狙いは、野干である。


この素早き妖。

場合によりては避けられる――


しかし、ここで半兵衛はおかしき様を感じる。


「!? なっ……」


半兵衛が驚きしことに。


野干はその刹那のみゆっくりと動く。

半兵衛を喰い殺さんとしてというよりは、むしろ半兵衛に喰い殺されんとしてと言いし様である。


「まあ……いいぜ!」


半兵衛はそのまま、紫丸にて野干を斬る。

たちまちその身は引き裂かれ、血肉となり青き殺気の刃と混じりその色を名に負う通り紫に染める。


――大儀であった、一国半兵衛!


「……え?」


空耳か、妖喰いより放たれし妖を喰う時の嵐の如き叫びに紛れそんな声が聞こえた。




「……よし、今日はここまでですなあお子らよ。」


この有り様を遠くより眺めしは、長門三兄妹と向麿である。


「ああ。……よし、初めよしであるな。」

「ええ。……後は、このまま終わりよしであればいいですわね。」

「で、出来るはずじゃ! わ、我らならば!」


長門三兄妹は思い思いに言う。


「いいえ、高无兄上。この策が成るかどうかは、私たちの手よりも」


影の中宮はちらりと、半兵衛を見る。


「……不本意ながら、あの男にかかっていますわ。」






「さすが、半兵衛様!」

「あ、ああ……」

「? 半兵衛?」


頼庵らの元に戻りし半兵衛であるが、何やら浮かなき様を夏が訝しむ。


「どうか、したのか?」

「い、いや……ん!? 皆、離れろ!」

「!? ど、どうしたのだ!」


にわかに半兵衛は、皆をその場から抱えるようにし離れる。

そして。



「……うむ。久方ぶりであったか。」

「よう、死神の嬢ちゃん。……綾路ちゃん、よく来たな。」


現れしは、死神・綾路である。


「……この死神、十王の命により参った。」

「……へえ。」


半兵衛は間合いを取りつつ綾路と相見える。

綾路は自らの意によってではなく、現れしのみにても妖喰いを荒ぶらせてしまう。


然るに、あまり近づくことはしない方がよいのだ。

しかし、先ほど綾路は十王の命と言った。


半兵衛らにはそれはよく分からぬが、少なくともその十王が、綾路に命を下す立場にいるは分かる。


「……そこの者。今宵はそなたに、十王からの裁きがあったらしいぞ。」

「……えっ? 俺!?」


綾路は半兵衛を指差す。


半兵衛は仰天動地の思いである。

いや、それは頼庵らとて同じか。


「な、半兵衛様に!」

「なっ……」

「な、何をしたのだ半兵衛!」

「……ちょいと待て。まるっきり心当たりがないんだが?」


しかし半兵衛は驚きつつも、尋ねる。

その十王とやらに裁かれるなどと、全く心当たりはない。


しかし、綾路は構わず。


「十王より命が下っている。……六道輪廻転生の均衡破りの咎により、無限輪廻(むげんりんね)の罰に処す。」

「なっ……何!?」


半兵衛はまたも驚く。

有無を言わせず裁きを下すということか。


しかし、それを考える前に。

半兵衛は自らが眠りに落ちて行くのを感じ取る。


自らが後ろへ倒れる様も。


何やら頼庵らが自らを憂う声も聞こえるが、それらは深い闇に塗り潰されていく。


暗きよりもさらに深き、闇の中へ――


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