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京都の王  作者: 宇井九衛門之丞
第8章 剣璽(神器探求編)
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服喪

「……黙祷。」


帝の呼びかけにより、その場にいる者たち全てが目を瞑る。


所は半兵衛の屋敷にて。

帝をはじめ、太政大臣たる清栄や中宮嫜子ら。


名だたる者たちが参列しし、水上義常の葬儀である。

神器・剣が盗まれ、出雲・九州にあると目され九州に広人が送り込まれ半兵衛らが鬼の大将・鬼童丸と相対ししこの一件。


半兵衛・頼庵・夏・広人・義常に加え、かつて鬼童丸が父・酒呑童子を百余年前に葬りし泉頼松とその家臣たる四天王ら、それぞれの子孫らの戦いにより鬼童丸――が、終いに神器・剣の力にて変じし八岐大蛇――を退け、剣は取り戻された。


しかし、それと引き換えに義常は妖喰いとしての器を全うし死ぬ。


「……かくして、少しばかり形は変わりつつも。この十拳剣が草薙の剣を喰らい、新たな神器の剣となりしことをもってこの戦いは終わる。その勲は、ここにいる妖喰い使いら・泉頼益とその四天王らの力なければなしえぬ者であったことだろう。」


帝は目の前の棺に向かい、語りかける。

無論、義常の骸は残っていない。


その形見は、小刀である。

せめてもの代わりにと、その小刀が棺に入っている。


「……改めて。尾張守水上太郎義常よ、その武勲と生き様を我らは永遠に忘れぬ。何卒、来世に幸あらんことを!」


帝のこの言葉と共に、皆頭を深く下げる。





「半兵衛、そして……頼庵殿。その他妖喰い使いの皆よ。……悔やみの言葉を、申し上げる。」

「……はっ、帝。兄にも私にも只今の言葉、誠に身に余るものにございます。」


帝は葬儀の後、半兵衛や頼庵らに声をかける。

頼庵は礼を述べ、深々と頭を下げる。


半兵衛らも、皆深々と頭を下げる。




「誠に! 誠に……申し訳ねえ治子さん!」

「申し訳ない!」

「申し訳ない!」

「申し訳ない!」

「……皆様方、頭をお上げくださいませ。」


義常の妻・治子。

半兵衛らは、義常を逝かせてしまったことを跪き、治子に詫びている。


初姫・竹若は、今侍女に任せている。


「……夫・義常は、自らの意に従いしまでのことですわ。むしろ、そんな夫のわがままに終いまで付き添ってくれし皆様に、私はお礼をいくら申し上げても足りないほどでございます。」

「……治子さん。」


治子は次は、自らが半兵衛らに頭を深々と下げる。


「……治子。兄者の、辞世の句を伝えに参った。」

「……! 義常様の?」


頼庵はこくりと頷き、治子にその歌を詠み上げる。


花ぞ散る されど実を成し 種を成し

その種の花 見ることもなし


花散りし 後にぞ残る 一輪の

花のほほ笑む 様ぞうれしき


「二首、ですか……」


治子は歌を紙に書き、しみじみと味わう。


「恐らくは先の一首が、治子や初姫・竹若に。……そして後の一首が、私にと兄者が。」

「……なるほど。あの人もあながち、悔いばかりではなかったということですね。」

「……とんだ買い被りだ、兄者。」


頼庵は、あの時兄には言えず終いであったことを治子に言う。


まだ自らは、花などと評されるには早いと思ったのである。


「いいえ、頼庵。……あなたは、既に花です。あの子らは、まだ種かも知れませぬが。」

「……くっ!」


頼庵はしゃくり上げる。


「だから頼庵……おそらくはあの人にも言われたかも知れませぬが。もうあなたは、大きくなりました。だからもう、兄であるあの人に気後れすることなどないのですよ。」

「……違う、私は……」


大きくなったな――


兄の言葉が、蘇る。

しかし。


「私には、まだ……兄者がいなければならなかった……」


頼庵は言葉を吐き出す。

誠であれば、吐き出すべきではなかった言葉。


「頼庵。」

「……ううっ!」

「くっ!」


それを聞きし半兵衛は、声をかける。

広人・夏はつられて泣く。


「頼庵、私も同じだ……私も、自らの力の無さに腹が立つ……!」

「広人……」

「頼庵殿、私も……もっと義常殿に、武を習いたかった!」

「夏殿……」




「半兵衛、ここにいたか。」

「……氏式部さん、の姿の中宮様か。」


氏式部いや、中宮は頷く。

半兵衛は頼庵らが泣く部屋にいられず、外に出ていた。


「……情けねえよ、自らが。義常さんが望むなら、せめて悔いが残らないよう逝かせるべきだって思ったが。それも今となっては、正しいのか……」


半兵衛は話すが。

ふと中宮が半兵衛の右手に触れる。


「……中宮様?」

「……そなたの手は、黒ずんではおらぬな。」

「……ああ、俺にそんなこと起こらないさ。」

「……言い切れるのか?」

「……さあな。」


中宮は半兵衛の身を、憂いていた。


「半兵衛、私も……義常殿が屋敷を後にしし時、屋敷にいた。」

「……そうか。」

「……私は半兵衛らより更に、何もできず終いであった。だから、半兵衛らだけがそのことを背負い込まずともよい。」

「……かたじけない。」


半兵衛は中宮の言葉に、俯く。

そして自らの思いを、噛み締める。







「父上、お喜び下さい! 我らは黄泉比良坂を目覚めさせることができました。」


 

――うむ。これにて計略が進められるな。……して、伊末は。


「はっ、兄上も手傷は負われつつも大事はございませぬ。」


――うむ。


長門の屋敷にて。

父・道虚の、床に伏す部屋にて。


高无・冥子は跪き、事のあらましを話す。

伊末は高无の話にもある通り、手傷を癒すため向麿の手当てを受けていた。


いや、受けていたはずだったのであるが。


「ち、父上……」

「!? あ、兄上!」


這々の体にて、伊末は部屋へとやってくる。

右腕には未だ、布が巻かれし。


「あ、兄上! まだ動かれては」

「父上……この前の私の無礼、どうか……」


――もうよい。勝手にせよと申したであろう。


「……いえ、よくありませぬ!」


しかし伊末は、先ほど謝りながらも尚言い返す。


「あ、兄上!」

「私は! ……申し訳ありませぬ。前にはこの身、この命捨てる所存と申しておりましたが……今は、父上がかつておっしゃりし通り、生きたいと思っております。」

「! 兄上……」

「まあ。」


――……うむ、ようやく気づいてくれたか。


兄のこの言葉に弟・妹が、そして父にとりては息子のこの言葉に、頑なであった父の声も幾分か柔らかくなる。


「私は、先ほど高无が申しし通り。あの水上の兄と戦いました。そして、恥ずかしきことに……敗れました。」


――うむ。


「しかし私は、こうして生きております。……その時にこれまた、いえ。更に恥ずかしきことに初めて知りました。……私が生きているのは、()()()()()のことだと。」

「兄上……」


伊末の言葉に、高无は涙ぐむ。


「仇である者より教えられるなどと、さらにかような痛みを伴わねば知ることが出来なかったなどと……返す返すも、父上の言葉を素直に受け取れぬ自らの愚かしさ故と存じます。

……誠に、申し訳ございませぬ!」


伊末は深く、頭を下げる。

そのため顔はよく見えぬようになるが、声は少し涙声であった。


――よい、伊末! 分かればそれでよいのだ。……高无も冥子も、肝に銘じよ。皆努努、身を投げ出すなどと思うな!


「……はっ!!!」


長門兄妹は揃い、頭を下げる。


――まあ尤も、この後に私がすることを思えば。どの口がそれを言うかとの誹りを受けても止むを得ぬな!


「い、いえさようなことは!」


――……しかし、信じよ。私は必ず帰る! 全ては……そなたらと我が大願を果たすため、今は一度だけ"堕ちる"だけじゃ!


「……はっ、父上!」


再び長門兄妹は、揃い頭を下げる。






「……しかし、よかった。」

「何がよかったのですか? これより父上が、危なきことになりましょうに。」


長門屋敷の屋根の上にて、高无と冥子が言葉を交わす。


「それは……確かにそうであるが。しかし、父上もお喜びであっただろう? 兄上が、生きたいと願ってくれしことに。」

「ええ。しかし……一度は身をも捨てることも厭わぬとおっしゃりしことが、そうなると戯れであったのかとも思えてしまいますわね。」

「……冥子!」


妹のこの言葉に、高无は珍しく声を荒げる。


「すみませぬ兄上。さすがに言葉が過ぎましたわ。」

「……いや、よい。……しかし、冥子。前にも申したであろう? 我らは、母が違うとは言え」

「ええ、兄上。しかし、それが元ではございません。伊末兄上があの通りでしたら、それは仕方ありますまい?」

「……ううむ。」


高无は不仲を止めようと言い出すが、冥子の言葉に黙り込む。


と、その時である。


「失礼します。ご兄妹、仲良くお話しの所申し訳ないのやけど……」

「ああ、儀がなったのですね。……では行きましょう。」

「あ、ああ……」


向麿の呼びかけに、兄妹は応じる。

高无は未だ、少し名残惜しき様であったがさておき。




「……では、始めます。」

「うむ。」

「うむ。」

「はい。」


再び、道虚の伏せし部屋にて。

伊末・高无・冥子が再び集う。


儀を取り仕切るは無論、向麿である。


「……では鬼神様。行きますでえ?」


――うむ。では私も行こう。……我が子らよ、またも暫し心労をかけることになろうが。どうか信じ、待っていて欲しい。


「はっ、父上!!!」


父の言葉に兄妹は、頭を下げる。

これより父は、"堕ちる"のである――






「地獄の詮議を司りし十王。この死神め・綾路はここに。」


絶えず燃え盛る炎に囲まれ、闇より更に黒き空。

ここは、地獄である。


例え話ではない。

六道が一つ・地獄道である。


唐土の城の如き壁の中。

何やら屋形に囲まれしここの、周りには。


見渡す限り、十の屋形。

いくらかの襖に映りし影が見える。


いずれも冠を被りし姿。

これらこそ死神・綾路が仕える、十王たちである。


「何なりと、お申し付けください。」


綾路は跪く。



次回より、第9章 転生(無限輪廻編)が開始。

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