終喰
「兄者!」
「兄上!」
鬼神一派が妖使い・伊末と、妖喰い使いの一人・弓使いの義常。
二人の戦の行く末を、それぞれの弟たちが見極めていた。
神器・剣を巡る戦いにて。
出雲にありしその剣と、かつての鬼の大将・酒呑童子が子・鬼童丸が合わさり古の妖・八岐大蛇が蘇る。
今半兵衛が、その八岐大蛇と対峙している。
そしてこちらは、その裏にて行われし、先に述し伊末と義常の戦場である。
義常は太矢を、伊末は妖気の炎をそれぞれ放ち。
撃ち合いの形となる。
そしてその、行く末は。
「くっ……義常よ! そなた……わざと外しおったな!」
「ははは、何を……翁面よ、そなたこそ炎をわざと外しおって。」
「わざとでは、ない……」
伊末と義常は、互いに倒れつつ話す。
伊末が鬼の右腕より放ちし炎は、義常の殺気を纏いし太矢と力比べとなる形にてぶつかる。
そして炎は、真っ二つに割れ。
義常の太矢は伊末の鬼の右腕に当たり、その殺気にて鬼の右腕を貪り喰らう。
これにて二人の戦は、決する。
「ふん……そなたの勝ちだ、義常!」
「ふふふ……単に鍛え方の違いであるな!」
「……ふん。」
伊末は潔く、負けを認める。
「兄者!」
「あ……いや、翁面殿!」
「ん?」
「ふふふ……愚鈍なそなたにしてはやるではないか。」
そこへ刃白に乗りし頼庵らが、そして危うく兄上と口に出かかりし高无が。
それぞれの弟が、ここにて相見える。
「もう一人の、翁面か!」
「ふん……これで勝ったと思うな! たまたまそなたらに運が向いておっただけじゃ! それに八岐大蛇とて」
「止めよ、負け惜しみなどと見苦しいぞ!」
「!? は、す、すみませぬ!」
高无の言葉を、伊末が諫める。
「頼庵!」
「広人、夏殿! ……悪いが兄者を頼む。」
「心得た!」
頼庵の後ろにいし刃白より広人・夏が降り立ち義常を、持ち上げる。
「逃すか!」
「兄者に手を出すというか! そうはさせぬ!」
互いに後ろの兄を庇いつつ、高无・頼庵が睨み合う。
と、そこへ。
「おやめ下さいませ、翁面様方! 尻拭いをするは誰とお思いですか?」
「くっ!」
「くっ、影の中宮!」
今にも、妖もなしにぶつかりかねぬ兄たちを見兼ね、影の中宮が高无・頼庵の間に降り立つ。
「妖喰い使いたち、此度はこれまで……しかし、次にはそなたらに、地獄が訪れんことをこの場にて告げさせていただきますわ!」
「くっ、それは如何なる意か!」
「ふふふ……では、ご機嫌よう!」
影の中宮はそのまま、煙を出し消える。
「くっ……、逃げたか……」
頼庵は歯軋りする。
伊末と高无も、既にいない。
「くっ……何故頼庵、広人殿、夏殿……ここまで」
「!? 兄者……半兵衛様のお計らいよ!」
「……なるほど、終いまでありがたきことよ……」
「くっ……さあ、早く兄者を都へ!」
頼庵らは義常を刃白へ、床に伏せさせる形にて乗せる。
このままあの渦を通り、都へ――
「待て、頼庵! その前に……このお計らいをしてくれし主人様に、報いらんか!」
「なっ……兄者、まだ何かするつもりか!」
頼庵は兄に食ってかかる。
「もう兄者にやれることなど!」
「私は! ……既に侍・父・兄・夫としては務めを全うしたであろう。しかし……まだ主人様の家臣として、そして妖喰い使いとしては全うしておらぬ!」
「兄者……」
義常の絞り出さんばかりの言葉に、頼庵は返す言葉が無くなる。
「いや……まだ兄としても務めを全うできておらぬな! さあ頼庵! そして広人殿、夏殿も!」
「……応!!!」
これにより意を受けし刃白は、急ぐ。
半兵衛の元へと。
――……おや? ふふふあの翁面め、しくじったか!
「そうか、さすが義常さんだ……」
半兵衛は八岐大蛇の言葉より、伊末・義常の戦場の有様を知り呟く。
八岐大蛇は伊末の鬼の右腕と魂を繋いでおり、これにより有様を知ったのであった。
空の渦へ身体を引き摺り向かう八岐大蛇と、半兵衛は長く睨み合う。
今尚その身より頗る妖気の炎を出し続ける八岐大蛇。
そしておなじみの妖喰い・紫丸に加え、かつて八岐大蛇を退けし十拳剣を携えし半兵衛。
共に相手に、恐れを抱いているためである。
しかし。
「何びびってんだろうな……俺も負けていられねえ!」
――ふふふ……まさに飛んで火に入る夏の虫であるな!
先ほどまでの躊躇いを捨て半兵衛は、走り出す。
八岐大蛇は好機とばかり、八つの頭全てより炎を吐く。
「ぐうう!」
――はっはっは、妖喰い使いよ! そなたの身いつまで保つか……
八岐大蛇の凄まじき炎を、半兵衛はまたも十拳剣と紫丸による殺気の盾にて防ぐ。
しかし、これは防ぎ切れるか分からぬ。
――はっはっは、さあ! そのまま焼かれ尽くし……ぐっ!
「!? なっ!」
八岐大蛇も半兵衛も驚きしことに。
八岐大蛇の脇腹へ、数多の撃ち込まれし物が。
それは、無論。
「半兵衛様!」
「半兵衛!!」
「主人、様……!」
「……ったく、ここは俺に任せろって!」
半兵衛は尚も炎を防ぎつつ嫌味を返す。
撃ち込まれしは刃白より放たれし、殺気の矢・槍・爪であった。
「半兵衛様、ここまで来ればもはや……一人でなどと何と水臭い!」
「まったくその通りだ!」
「私たちも入れよ!」
半兵衛の後ろに来し刃白より、頼庵らが言う。
「くっ……いいのかよそれで!」
半兵衛はこれまた炎を防ぎつつ言う。
「主人、様……私の望み故に! どうか弟らは」
「……分かった、じゃあ行くぜえ!」
義常のこの言葉には、半兵衛も意を決する。
今かような炎に、かかずらっている場合ではない。
「喰らえ、あんたの好き好んでいる殺気の雷だぜ!」
――なっ!? 我が炎が……ぐああ!
たちまち半兵衛は、炎を防ぎし殺気の盾に雷を纏わせ。
それを玉にし、炎を押し返す形にて投げつける。
八岐大蛇もこれには驚くが、さらに息を吐く暇もなく。
たちまち押し返されし炎の中で殺気の雷が、爆ぜる。
八岐大蛇の周りにて、凄まじき土煙が立つ。
「さあて……皆行くぞ! これで……終いだああ!」
「……応!!!!」
その隙に刃白に乗り込みし半兵衛の呼びかけに、頼庵・広人・夏、そして。
義常が立ち上がり、力強く答える。
「頼庵は刃白の左の舷、広人は屋根、夏ちゃんは四つ脚、そして俺は首と尾を! ……そして義常さんは、右の舷を!」
「応!!!!」
半兵衛は更に、皆の持ち場を指図する。
たちまち刃白のあちらこちらより、殺気の筋が方々に放たれる。
――ふんっ! 小癪なあ!
しかし、八岐大蛇もまた素早い。
土煙の中より八つの頭が飛び出し、刃白より伸びる殺気の筋をそれぞれの頭にて捉える。
「ぐっ!」
――ぐはははっ!
八岐大蛇は高笑いする。
――愚かな、言ったであろう! 今の私ならば……十拳剣すら糧にできると!
八岐大蛇はそれぞれの頭にて相手する殺気の筋を、飲み込み始める。
「くうう……果たして、そうかな!」
――何? ふん、ただの強がりを……ぐうっ!
しかし、八岐大蛇はおかしき様を感ずる。
殺気が、飲み込めぬのである。
――くっ、何故か! 十拳剣どころか、他の妖喰いすらも
「これは……てめえなんかに喰わせるもんじゃねえ!」
――ぐああ!
八岐大蛇はそれでも取り込まんとし続けるが。
殺気が全ての口の中にて爆ぜ、慌てて首を仰け反らせる。
「ふん……見たか! しかし、まだ心許ないな……ん!?」
「なっ!」
「これは……」
「これは……何やら後ろから!」
八岐大蛇を退かせつつも、決め手に欠けし半兵衛らは頭を悩ませるが。
にわかに刃白の後ろより、何やら力を感ずる。
「くっ、かような時まで鬼神一派か!」
「いや、違う広人! ……これは、魔除か?」
半兵衛は気がつく。
これは。
「さあ四天王よ、まだまだ足りぬぞ!」
「はっ、頼益様!」
「妖喰いを持たぬ、我らとて!」
「このまま後ろで!」
「ただ指を咥えて見ておる、訳にはいかぬ!」
都の、半兵衛の屋敷の庭にて。
頼益・賢松・杖季・隆綱・義銀が各々の魔除の刃を重ね。
その力を空の渦越しに、出雲へと送り込んでいる。
「頼益さんたちか!」
「何と……これはありがたい!」
「よし……兄者あ!」
「うむ!」
「さあ行こう!」
「応!!!!!」
妖喰い使いらは、こうして勢いをつけ。
その意を受けし刃白が、今仰け反りし八岐大蛇に素早く迫る。
――なっ……おのれ! 小癪な!
八岐大蛇も気付き、すぐさま八つの首にて取り囲まんとする。
「さあて……行くぜえ!」
半兵衛は、刃白の尾より紫丸の刃を伸ばし。
雷を纏いし殺気の刃を、向かい来る首の一つに振りかぶる。
――ぐっ! ぐぬぬぬうあっ!!
八岐大蛇が、驚きしことに。
その刃はまさに雷鳴のごとく。
首の一つを容易く、斬り落とす。
「広人!」
「分かっておる! ……上なら任せよ!」
広人は、刃白の屋形の屋根より、数多の殺気の槍を生やす。
「紅蓮……旋風剣山!」
そのまま殺気の槍は、竜巻のごとく絡み合い上へ上へと伸びて行く。
無論、雷を纏いて。
――がああっ!
旋風の如く首の更に一つに達しし剣山は、そのままその首を、穿つかのごとく斬り飛ばす。
「夏ちゃん……目の前に二つ首が!」
「案ずるな!」
八岐大蛇は二つの首にて刃白の前を塞ぐが。
夏は刃白の脚の二つより、それぞれに長き殺気の爪を伸ばし。
――があああっ!
やはり雷纏いしその殺気を振るい、造作もなく二つとも首を斬り落とす。
「さあて頼庵……義常さん!」
「はっ、半兵衛様! ……さあ、兄者!」
「うむ……行くぞ頼庵!」
頼庵は溢れる心を抑え、右の舷の義常を見る。
義常は身体に黒ずみが広がり弱りし姿であるが、笑い頷く。
――おのれおのれえ! よくもお!
八岐大蛇の怒りは既に極まり、吠える。
たちまち、刃白をこれまた二つの首にて仕留めんとする。
「兄者!」
「頼庵!」
しかし首をそれぞれに、刃白の両の舷の水上兄弟が狙い。
雷纏いし殺気の矢を、伸ばし捉える。
――ぐああっ!
二つの首がさらに、八岐大蛇より落ちる。
――何故か……また私が封じられるというのか!
「封じるんじゃねえ……喰い尽くす!」
すると、半兵衛は徐に。
刃白の右の舷にある弩へ、飛び乗る。
「あ、主人様!」
「義常さん……俺をあいつの喉笛に、打ち出してくれ!」
「主人様……心得ました!」
半兵衛は、止めとばかり。
義常の終いの力を、借りんとする。
「これで……終いだなあ!」
「はい、主人様……終いでございます!」
「うおおお!!!!!」
義常はたちまち、弩より殺気の矢を打ち出す。
「お達者で……主人、様……」
「……ああ!」
「兄者!」
「義常殿!!」
義常はついに、倒れる。
半兵衛は叫び、両の手に持つ紫丸・十拳剣を構える。
「ありがとうな、義常さん……今も、これからも……これまでも!」
――くっ、もはや……これで終いじゃあ!
「ああ、あんたがなあ!」
半兵衛は刹那、目が涙にて曇る様を感じるが振り払い。
乗りし矢を、八岐大蛇の残る二つの首のうち一つに刺し。
そのまま紫丸にて、首を縦に斬りつつ上へ上へと駆け上がって行く。
――図に、乗るなああ!
八岐大蛇は、自らの身を覆いし妖気の炎を強める。
今だとて、首も妖気で覆われているのであるが。
半兵衛はまるで意に介さず、どころか首を駆け上がり切り。
首は、真っ二つとなる。
――……このおお!!
「これで……誠に終いだなあああ!」
半兵衛は先ほど真っ二つにしし首より飛び上がり。
空高くより斬りかかる。
残るただ一つの首は、そうはさせじと炎を吐かんとするが。
空より落ちる勢いは早く、時すでに遅し。
「はああああ!!」
――ぐああっ!
半兵衛は構えし紫丸、そして十拳剣にて。
首へ、落ちる勢いにて縦に斬りこんで行く。
みるみる刃は、滑る毎に。
首を、真っ二つにしていく。
「この先に……剣がああ!!」
首は真っ二つとなり、そのまま胴も真っ二つとしつつ。
尚も止まらず滑って行き、ついに草薙の剣が納められし、尾の一つへと至る。
「そこだああ!!」
たちまち十拳剣が、草薙の剣に当たる。
しかし、やはり勢いは止まらず。
何と、草薙の剣をも真っ二つにしてしまう。
「なっ! ……くっ、すまねえ帝おお!」
――がああ! くっ……おのれ、親子三代かけても……運命は、変えられぬか……
「……あんたはそもそも、抗ってなかったんだよ! 誰かさんみたいにはなああ!」
半兵衛は、八岐大蛇をついに引き裂き切る間際。
聞こえし鬼童丸の声に、そう返す。
――があああ!!!!!
たちまち、引き裂かれし八岐大蛇の身体は全て潰れ、夥しき血肉と化す。
そのままそれらは、あるものは蒼く、緑に、染まり。
またあるものは、刃白の尾の殺気を紫に染めて行く。
またあるものは、白く染まっていく。
その、白く染まりし中には。
真っ二つに引き裂かれし、草薙の剣もあった。
神器の剣すら引き裂かれ、白く染まり消えていく。
消えていく――
「……くっ! 魔除の刃が!」
京の都にて。
頼益らが刃白へ力を送り込みし刃は、あたかももはや用無しとばかり砕け散る。
「……やったのだな!」
「うむ……」
頼益と四天王らは空を、見上げる。
「兄者、兄者あ!」
「……ん、頼庵……」
義常は目を覚ます。
見れば、もうかの八岐大蛇もいない。
義常は伏せしまま。
閉じかけし空の渦の向こう、都に向かう刃白に揺られている。
「そうか……主人様が全て、喰われたのだな……」
「ああ、そうじゃ……だから兄者、もう、何も案ずることはない……」
頼庵は、涙を流す。
「義常殿……」
「よ、義常殿!」
兄弟の傍らにいし夏・広人は。
兄弟水入らずを邪魔立てすまいと、涙を堪える。
半兵衛も同じ考えか、ただ刃白の進む方にのみ目を向けている。
そして。
「うむ……では頼庵。これより辞世の句を詠む。」
花ぞ散る されど実を成し 種を成し
その種の花 見ることもなし
「あ、兄者! じ、辞世の句などと!」
「戯言ではない……頼庵、さあ……顔を見せよ。」
義常は頼庵の頬に、手を当てる。
「大きく……なったな……」
「何を、言っておる!」
「……そうか、頼庵よ。……もう一首はそなたに。」
花散りし 後にぞ残る 一輪の
花のほほ笑む 様ぞうれしき
「……よいと言っている!」
「頼庵。治子らを……頼むぞ……」
「……兄者ああ!!」
頼庵は、慟哭する。
義常はたちまち、頼庵の頬より手を放す。
いや、もはや手を上げられぬのである。
そのまま、義常の身体は。
全て黒ずみ、塵となり消えて行く。
消えて行く――




