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京都の王  作者: 宇井九衛門之丞
第8章 剣璽(神器探求編)
136/192

死力

「くっ! もう、逃げ場が……」

「……頼庵!」

「!? あ、兄者!?」

「! な、何い!?」

「よ、義常殿!」


再び、出雲にて。

刃白諸共、半兵衛らは追い詰められていた。


しかし、何と。


「兄者……まさか妖喰いの力を、使っておるのか!?」


聞こえるはずのない、義常の声が。

そう、既に妖喰いの力に耐えられず、器の保たぬ身の筈である。


「ああ……だが頼庵……時はそこまでない! ならば今の有様を伝えよ。」

「と、時がないなどと……よくも悪びれず……」

「……すまぬ。」


頼庵は涙ぐむ。


神器・剣が盗まれしことをきっかけとする、此度の戦。

しかし、剣は出雲にあり。


今、その剣と、かの鬼の大将・酒呑童子が子たる鬼童丸とが合わさり蘇りし八岐大蛇。


半兵衛らは、それと戦っている。

八岐大蛇に唯一つ抗える、かつて神・須佐男命が使いし十拳剣。


広人がそれを九州より持ち帰ったのであるが、今その広人は剣諸共、護りの隆綱・義銀と共に八岐大蛇が引き起こしし地割れに呑まれてしまった。



「義常さん! 今俺たちは……あの八岐大蛇に追い詰められている! そして広人たちが……あの地割れの中に。」

「は、半兵衛様!」

「頼庵。……こうなったら、もう腹括ろう。案ずるなよ、あんただけにこの重荷は背負い込ませない。俺たちも同じだ!」

「半兵衛様……」


頼庵は目に涙を浮かべつつ、刃白に乗る皆の顔を見渡す。


半兵衛・夏・賢松・杖季。

皆は頼庵と目が合うや頷く。


「皆……うむ!」


頼庵も、意を決する。


「……阿呆兄者あ! 今広人が持っておる、十拳剣……それがあれば、あの八岐大蛇を喰えるかもしれぬ! 広人らのことも気がかりだ、だから……兄者が!」

「……心得た!」


果たして義常より、威勢よく言葉が返る。


「よおし皆……こうなったら、一か八かだ! あの八岐大蛇に、突っ込むぞ!」

「なっ……応!!!!」


半兵衛のにわかなる言葉に、皆驚くが。

すぐに応じる。


たちまち妖喰い使い全てと賢松・杖季の意を受けて、刃白が八岐大蛇に向かう。


「はああ!!!!!」




「おお……何や、妖喰い使い共の式神らが!」

「八岐大蛇に……? 何を血迷ったのやら。」


向麿と影の中宮が、戸惑う。


「あ、兄上……これは」

「ううむ……わ、分からぬな。」


未だ手の震え治まらぬ伊末も、それを気遣う高无も、これにはただただ首を傾げるばかりである。




「くっ……広人、殿……」

「隆綱殿、義銀殿! あと少しじゃ」


――広人殿!


「!? よ、義常殿!」


広人は殺気を通じての義常よりの声に、驚く。

いつの間に、繋がっていたのか。


――広人殿、聞いてほしい。私が合図をしし時、広人殿は落ちてほしい。


「ああ、落ち……何!? どういう」


――くっ!


「! 義常殿?」


広人は義常の言葉にまたも驚くが、義常の苦しむ様に訝しむ。


広人は義常の今の有様を、まだ知らぬのである。


――……案ずるな、少し咽せた! さあ、広人殿後は頼む……今だ!


「なっ!? も、もうなのか……仕方あるまい!」


しかし義常も、時はもうないとばかりに。

そのまま合図を出す。


広人も戸惑いつつ、合図通りに落ちる。


「!? ひ、広人殿何を!!」

「すまぬ……後は野となれ山となれ!」

「うわああ!!」


広人に巻き込まれ、隆綱と義銀も落ちる。

そのまま、地の底へ――


――今だ広人殿、乗れ!


「の、乗れ……? な、何に……!?」


広人がまたまた、戸惑っていると。

下より、白き殺気の矢が放たれる。


「うおっ!」

「こ、これは……広人殿!」

「よし……矢に乗るぞ、隆綱殿、義銀殿!」

「こ、心得たあああ!!」


もはや、破れかぶれである。

義常の意と繋がりし、紅蓮の殺気が放たれ、それが弓の形となり。


そこより矢が、放たれたのである。


かつて、水上兄弟が流罪の道すがら長門兄弟率いる妖に襲われ囚われし時に、半兵衛が翡翠を操りしことと同じやり方である。


たちまち矢に乗り、広人・隆綱・義銀は地割れより出て来る。


「うむ、あれは!!」

「八岐の、大蛇か……!」


広人たちは恐れ慄く。

その妖気の炎は、辺りを震えさせ空をも曇らすほどである。


今はかろうじて、動きを鎮めているのが幸いか。


しかしさらに。


「あれは……都!? な、何故」


あまりにも見慣れぬことばかりが起きており戸惑う。


「広人!」

「!? 半兵衛、夏殿、頼庵!」

「賢松、杖季!!」


しかし、呆けてばかりもおられぬ。

広人らに、刃白が近づく。


「広人、よく達者だった! さあ、十拳剣を」

「うむ!」

「……させるか!」

「!? ぐっ!」


しかし、広人が十拳剣を渡さんとしし時。

広人たちのいし所と、半兵衛らの乗る刃白の間を引き裂かん勢いにて、()()が現れし。


「! お、翁面!」


翁面・伊末が。

その右腕には、更に腕がもう一つ生える。


いや、これは繋がったのである。

羅城門の鬼と茨木童子の恨みつらみ合わさりし、腕が。


「その十拳剣……ここでおいそれと渡す訳にはいかぬ!」

「くっ……」

「伏せよ!」

「!? くっ!」


しかし、そこへ天を引き裂かん勢いにて()()が、伊末へと撃ち込まれる。


何とか受け止めし、伊末であるが。

撃ち込まれし()()は。


「殺気の矢……そなたか!」

「さあ、もっと喰らえ!」

「ぐっ!」


さらに殺気の矢が次々と撃ち込まれ、伊末は一度退がる。

この殺気の矢の主は、無論。


「あ、兄者! ……くっ、何故ここに!」


義常である。

頼庵は涙を拭い、兄に尋ねる。


「ここには……()()()()来た!」

「……な、何?」


頼庵は呆ける。

この兄は何を。


「頼庵! 人はな……必ず死ぬのだ!」

「あ、ああ……分かっておる! なら、兄者も!」


しかし、次に紡がれし言葉には頼庵も、言い返す。

が、兄は止まらぬ。


「だが、いや、であればこそ! 人は自らの子……いや、それのみではないな。自らの意を継ぐ者を求め、残さんとする!」

「兄者……」

「私は……その者たちに恵まれることができた! 我が子らとそして……頼庵! そなたという、者にな!」

「兄、者……」

「だからこそ……私は! 死そのものには抗えずとも……せめて、死ぬその刹那まで抗い続ける! 自らの意を継いでくれる者たちに、見る影もなき姿は見せられぬ!」

「……何、を……」

「……御託は終わりか!」


義常の言葉についに泣き出しし頼庵。

しかしその時を邪魔立てするかのように、伊末が再び攻め入る。


「翁面!」

「戦場で兄弟仲良しこよしなどやっておる場合か! それに……八岐大蛇は再び動き出すぞ!」

「……くっ!」


伊末が言いし通り。

先ほどは何故か鎮まりし様であった八岐大蛇より、再び激しき妖気が噴き出す。


いや、そればかりではない。

八岐大蛇はその八つの首をくねらせ、重き身体や尾を引きずるようにて。


空の渦を目指し始める。


「くっ、彼奴! 都に」

「さあ、今こそ都を落とす絶好の機! そして水上の兄よ……能登での雪辱、まだであったな!」


伊末が高らかに叫ぶ。


「……主人様たち! 八岐大蛇を止めてくださいませ! ……広人、そなたは早く十拳剣を主人様に! 早く!」

「……承知した!」

「応!」

「兄者……!」

「頼庵……私はもう、兄としてそなたに伝えることはない。そなたはもう一人前じゃ、胸を張って行け!」

「くっ……ああ!」


頼庵は尚も、涙を拭いつつ。

そのまま目指す方に向き直る。


義常が伊末の前に立ちはだかりし後ろより、半兵衛・頼庵・夏らを乗せし刃白、広人が動き出す。


「そうだ……義常殿、これを!」

「ん! ……!? こ、これは太矢……」

「ああ……九州にてあの鎮西八郎と共に戦いあの十拳剣を得たのだが、それはいつの間にか荷の中に」

「御託はそこまでだ!」


義常が鎮西八郎の名に驚く暇もなく、伊末の攻めが三度来る。


「くっ! 広人殿、矢はかたじけない! 使わせてもらう!」

「ああ……そなたならきっと、使いこなせる!」


そう言うや、広人は先に走り出しし刃白を追う。


「ふん、水上の兄よ! 今の私に一人で、おまけに先ほどの弟御への別れの言葉とは……死ぬつもりか?」

「……まあ、その覚悟ではある!」


義常は伊末のこの言葉にぴくりとなりつつ、伊末の、鬼の右腕による攻めを翡翠にて受け止める。


そう、もはや悔いはない。

義常は激しく、殺気纏いし翡翠を鬼の右腕に打ちつける。


「くっ!」

「私にはもはや迷いはない! そなたには……まだ有りそうであるな!」

「……何!?」


伊末は義常のその言葉に、揺らぐ。

先ほどの自らの震えを、思い出したからである。


「隙ありである!」

「……ぐっ!」


その隙を義常は見逃すはずもなく、翡翠より殺気の矢を次々と射る。


伊末は間合いを、取らざるを得ぬ。


「……おのれえ!」


しかし、伊末にも人の兄であるという誇りがある。

そうだ、それでも自らがあの慄きを振り払えしは。


単に、この男。

水上義常と戦いたいと思ったからである。


「水上の兄……いや、尾張守水上太郎義常! 私は自らの仇としてそなたを……ここにて討つ!」


伊末もまた迷いを、振り払う。


「そうか……ならば読んで字の如く、死合おうぞ!」





「半兵衛!」

「応! ……確かに、十拳剣は受け取ったぜ!」


ようやく刃白に追いつきし広人は、刃白に乗り込み剣を半兵衛に渡す。


「では、妖喰い使いの方々……すまぬが、あの渦より我ら四天王を都へ送ってくれぬか? 我らは都の守りに、徹したいのだ!」


隆綱・義銀も刃白に乗り込み、隆綱が四天王を表して言う。


「分かった……じゃあ、都の守りは任せた!」

「……かたじけない!!!!」


半兵衛のこの言葉に、ようやく揃いし四天王らはこれまた揃い礼を言う。





――あれが……京の都か! ……忌々しき帝の住まう所……許せぬ!


八岐大蛇は空の渦の中に都の姿を見つけ、その鬼灯の如き目にて睨みつける。


そして炎を、八つの口より放つ。


「させるかよ!」


――!? くっ、おのれ!


しかし、空の渦の前に飛び上がりし刃白が割って入り。

八岐大蛇の炎を、背の屋形より出る白き殺気の盾にて防ぐ。


「今だ、四天王の人たち!」

「これはありがたい!」


半兵衛の合図により、同じく屋形に控えし四天王らが、空の渦へと飛び込む。


「おうりゃ!」


――ぐううっ、おのれえ!


八岐大蛇は自らの攻めを防ぎ切りし刃白を、睨みつける。


「よし半兵衛様、今こそ!」

「待て! 頼庵・夏ちゃん・広人……俺をここに置いて、義常さんの所へ行ってくれねえかな?」

「!? なっ!」


しかし半兵衛は、頼庵らににわかにそう告げる。

これに最も驚きしは、無論頼庵であった。


「な、頼む!」

「……はっ! ありがたき幸せ!」

「頼庵……」

「頼庵……」


頼庵は半兵衛に礼を言い、夏・広人もさような頼庵を見つめている。


――……はああああ!!!


「……!? っと!」

「くっ!!!」


しかし、話してばかりもいられぬ。

八岐大蛇からはたちまち、先ほどよりも強き炎が。


半兵衛は刃白より飛び降り、刃白の前に立ちはだかりてこれを防ぐ。


「半兵衛様!」

「行け、皆! ……義常さんを、よろしくな!」

「……応!!!」


半兵衛の言葉と共に刃白は、離れて行く。





「はああ!」

「ぐっ……ぐっ!」


再び、義常と伊末。

伊末は鬼の右腕より、八岐大蛇に似し炎を放つ。


義常もそれに負けじと、殺気の矢を放ち続けるが。

八岐大蛇に似し力に、却って追い詰められてしまう。


「ふん、義常よ! それしきか!」

「くっ……あれが何故、八岐大蛇と同じ力を……!」


義常が唸る。


伊末の、鬼の右腕。

その大元は、羅城門の鬼。


しかし、それより切り離され。

その弟たる、茨木童子の手に渡る。


やがて、今の伊末の如く腕を繋げし茨木童子には。

さらに、八岐大蛇の孫たる鬼童丸の血も、注がれていた。


それ故に鬼の右腕は、八岐大蛇と同じ力を持つのである。


「くっ……ぐうう!」

「ははは! 何じゃ、先ほどより何やら黒ずみ弱ってきておるな……もはやここまでか! とんだ買い被りであったことよ。」

「くっ……」


義常は、もはやこの日幾度したか分からぬ、歯軋りをする。

もう、身体の弱りは極まっている。


やはり、私は。

もう、何もできぬのか……


「案ずるな……今、楽にしてやろう!」

「くっ……!」


伊末は鬼の右腕より、先ほどとは比べ物にならぬほどの炎を放つ。


義常、あわや――


「くっ、もう……ん!?」

「ぐっ、ぐわああ!」


しかし、にわかに義常より光が放たれ。

それにより炎は、打ち消される。


「くっ……何が!?」

「これは……鎮西八郎の太矢!」


先ほど広人伝てに渡されし太矢より、殺気の光が放たれたのである。


私とかつての京での大乱にて渡り合いし弓使いが、聞いて呆れる――


義常は、心なしか鎮西八郎にそう言われている心持ちがした。


「……ふふっ!」

「くっ、何がおかしい……かはっ!」


思わず笑いし義常に、眉を顰めし伊末であるが。

にわかに血を、吐き出す。


「くっ……やはりか!」

「よくは分からぬが……どうやら、弱りしはそなたとて同じのようであるな!」

「ぐっ……!」


義常は再び立ち上がる。





「あ、兄上!」

「おやおや……だから、ムキになるこたあない言うたんですがなあ。」

「まあ、これまでですかね。」


向麿・影の中宮は呆れ顔にて見つめる。

高无は、憂慮の色を見せる。






義常は、今一度太矢を見る。

太矢から、妖喰いの殺気は消えている。


予め込められし力は、既に使い切ったということか。


「ならばよい、翁面! 次で終いとしようではないか!」

「ぐっ……ふふふ! そなたにしてはよきことを言う……お互いに渡りに舟ということか!」


義常と伊末は、改めて対峙する。

義常は先ほどの太矢に、緑の殺気を纏わせ。

翡翠に、番える。


伊末は鬼の右腕に、あるだけの妖気を溜め込む。


「はああっ!」

「うおお!」


二人は時同じくして、互いに放つ。

義常の太矢と伊末の妖気の炎が、宙にてぶつかり合う。


そして――



「兄上!」

「ほう?」

「まあ。」


高无は息を詰め、向麿・影の中宮は静かに見やる。




「兄者!」

「義常殿!」

「義常殿!」


義常のいる所に近づき。

刃白の上より、頼庵・夏・広人は戦場を見る。





「くっ……」


義常は、その場に倒れる。


「くくく……はははは!」


伊末は、勝ち誇りし笑いを浮かべる。
































「……ぐああっ!」


しかし次の刹那。

伊末の鬼の右腕を、義常の太矢が抉り、貪り喰う――

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