道筋
「さあ、何をくたばりかけておる! まだ戦は始まりしばかりぞ!」
「ったく……だから、遅いんだって!」
半兵衛は意気揚々とする広人に、嫌味を返す。
――十拳剣……我が身には不倶戴天の仇である! 捨て置くものかあ!
「おおっ! さあ、来るのだ!」
八岐大蛇は狙いを広人へと変え、身を捩らせ八つの首を全て彼を――正しくはその手に握られし十拳剣を――滅さんと伸ばす。
神器・剣が盗まれ、出雲と九州にその剣と目されしものがそれぞれ持ち込まれしという知らせがあり。
今、半兵衛らが戦っているこの出雲にこそ、その神器の剣はあった。
しかしその剣を事もあろうに闇に染め、かつての鬼が大将・酒呑童子が子である鬼童丸が自らの武具として振るっていた。
その力のみにても、凄まじきものであったが。
それのみならず、剣の力が程々に強まりし時を狙い向麿は。
これまたこともあろうに、その剣を鬼童丸の身体に突き立て古の妖・八岐大蛇を蘇らせてしまった。
その力たるや、これまで妖を喰う側であった妖喰いの殺気が、却ってその糧となってしまう程であった。
半兵衛らはその力に、なす術なしかと思われたが。
「紅蓮、十拳剣……剣山!」
――ふんっ! これしき……くっ!
広人は九州にて、かの地を再び治めしあの鎮西八郎より今握る剣・十拳剣を貰い受けていた。
この十拳剣はかつて、八岐大蛇を退けしもの。
先ほども八岐大蛇自らが言いし通り不倶戴天の仇と言える、帝の祖たる天照大神が弟神・須佐男命が使いし剣である。
――がああっ!
果たして、その言い伝えや名にし負う通り。
何故か妖喰いとなりしその刃より出し白き殺気は、地より生え鋭き剣山となり八岐大蛇を串刺しにする。
「なっ……俺たちじゃ手も足も出なかったのに!」
半兵衛は息を呑む。
あれぞまさに、広人が持つ十拳剣の力か。
しかし、そう思いし刹那であった。
「……っぐ!」
「!? 広人!」
「広人!」
頼庵と夏も広人の身を案ずる。
にわかに広人は、その場に崩れ始めたのである。
「広人殿!」
傍らにいし、隆綱や義銀も広人を案ずる。
――何じゃ? これしきで終わりか!
「ぐっ!」
無論、この隙を見逃す八岐大蛇ではない。
たちまち、剣山により串刺しにされし八岐大蛇がその身より妖気の炎を放ち剣山を焼き尽くし、囚われより抜け出す。
「くっ、義銀!」
「心得ておる!」
広人を守らんとして、隆綱・義銀が前に出る。
すかさず、魔除けの刃を引き抜き。
「甚だ邪なる妖よ!」
「退散せよ!」
刃に己の強き意を、込める。
たちまち魔除けの刃より光の刃が伸び、八岐大蛇を狙う。
――ふんっ! 十拳剣でもなきそなたらの刃などどうということもない!
「ぐぐっ!」
「ふぐっ!」
しかし、八岐大蛇は意に介さず。
たちまち頭の一つを捩らせ、隆綱・義銀に向け炎を放つ。
その力は、魔除けの刃など容易く押し切り。
そのまま更に、隆綱や義銀に迫り行く。
「ぐうっ、隆綱!」
「義銀、揺らぐな! 元よりこの命、妖喰い使いの方々を守れとの命に捧げるべきものであろう!」
しかし隆綱・義銀も退かぬ。
そのまま尚も、広人の前にて壁となり立ちはだかる。
そして八岐大蛇の炎が、二人を襲う。
「ぐううあ!」
「くっ……なっ!? 隆綱殿、義銀殿!」
「広人殿か!」
「ここは我らが引き受ける、早く落ち延びよ!」
倒れし広人が目を覚ませば。
目の前には自らを守らんとする、隆綱と義銀の姿が。
二人は、尚も魔除けの刀より光の刃を伸ばし防がんとしているが。
炎は既にそこまで迫っており、防ぎきれるものではない。
「早く、広人殿!」
「我らも、長くは……」
「……嫌である。私が、守る!!」
「!? な、何!?」
しかし、広人は意を決する。
目の前にてもう誰かを失うは嫌である。
だから守ると。
たちまちその広人の意を受けてか、その手に握られし十拳剣と紅蓮より、互いに白き殺気が溢れる。
白き殺気は、広人自らと隆綱・義銀を包む。
「こ、これは!!」
――な、何い!?
その殺気の盾に、八岐大蛇の激しき炎が当たる。
しかし十拳剣の殺気は炎を防ぐ。
やがて炎の方が、殺気の白に染められていく。
――くっ、おのれ!
八岐大蛇ももはや出し惜しみは無用と、残る七つの頭を広人に向けんとするが。
――ぐううっ!? ……な、何だ!
「俺たちを忘れんな!」
半兵衛らの乗りし刃白から、殺気の刃と矢、爪が叩き込まれる。
更に、これまた刃白に乗りし賢松・杖季の魔除けの刃より光の刃が伸ばされ、八岐大蛇に届く。
――くっ……ふん、なんてな。所詮妖喰いの攻めなど効かぬ! ……しかし、真に恐れるべきはやはり……あの十拳剣よ!
八岐大蛇はその鬼灯のごとき目を見開く。
睨みつけるは今、自らの炎を防ぎ切る殺気の盾である。
――さあて……しかしそなたらだとて、十拳剣を使いこなせてはおらぬと見える。ならば根比べと行こうではないか!
八岐大蛇はより、吐く炎を強めていく。
「うむ……広人殿、何故か! 我らが守る故そなたは」
「言っておろう! 私は……もう見とうない。目の前にて人が死ぬ様などと!」
「広人殿……」
殺気の盾の中。
隆綱・義銀が戸惑う中、広人は力強く言い放つ。
「……と、言いたき所であるが。すまぬ、あの八岐大蛇が申しし通り私ではどうにもこの力御し切れぬ。これを扱えるは我らの向こう側にて八岐大蛇を相手取りし、あの半兵衛でなくてはならぬ!」
「……そうか。」
「我らは、如何にせん。」
しかし、広人も素直になる。
意地など張っている場ではない。
ここは一刻も早く、所詮は使いこなせぬ自らではなく恐らくは使いこなせるであろう半兵衛に渡さねば。
広人のその意を受け、隆綱・義銀も彼の言葉に耳を傾ける。
「私を……半兵衛の元へ連れて行ってくれ!」
「……承知した!!」
隆綱・義銀は頷く。
「ほほほ、あの小僧あないな身に余る力をよくぞ使うとるなあ!」
「鎮西、八郎……」
戦場より離れし所にて見物する、長門一門。
向麿は笑い、影の中宮は面越しに顔に触れる。
九州にて自らを太矢にて襲いし、鎮西八郎。
その時に顔にて負わされし傷は、すでに治しているが。
それでも、屈辱は残る。
できれば、ここにてその屈辱を晴らしたき心持ちであったが。
当の鎮西八郎がここにいぬとあらば、止むを得ぬ。
ならばせめてもの、八つ当たりである。
「薬売り。恐らくあの槍使いは、自らの手に余る十拳剣をあの一国半兵衛に渡さんとしているのでは? ならば、今渡してもよいのですか?」
影の中宮は向麿に尋ねる。
「な、何やて! それは困るわあ。今はまだ、"道筋"が経っとらんさかい。もしそれで、八岐大蛇が敗れたら……」
向麿は手元の鏡を見つつ答える。
しかし言葉こそ焦っているが。
言い方は白々しく、芝居じみている。
明らかに、長門兄妹を嗾けんとしている。
影の中宮はそれにて、広人を潰すことによりせめてもの八つ当たりとしたいのである。
「なっ! どうすれば……」
「ならば薬売りよ! ……かの腕を寄越せ、今こそ私が!」
果たして、その嗾けに応じる形にて。
高无は目に見えて震え、伊末は今にも戦場に出んとしている。
向麿はこれを受け、もはや隠しもせずにやりと笑う。
「ううん……じゃあないなあ。」
「あ、兄上!」
「……ふっ。始めから大人しく出していればよかったものを。」
「喰らええ!」
広人が殺気の盾にて隆綱・義銀を守る間。
刃白より半兵衛らは、破れかぶれに攻めを加える。
ある時は尾の刃を。
ある時は両の舷より矢を。
またある時は四つ脚より爪を。
「炎を止めよ!」
「広人殿や隆綱・義銀を助けよ!」
そしてやはり刃白に乗る賢松・杖季らも。
魔除けの刀より光の刃を伸ばし、八岐大蛇を攻める。
しかし、鬱陶しいとばかり。
八岐大蛇は身体を、妖気の炎にて燃え上がらせる。
これにより、尽く半兵衛らの攻めは無に帰すのである。
「く……」
半兵衛らは刃白にて逃げ回りつつ、歯ぎしりする。
やはり、十拳剣でなくばならぬのか。
――はははっ! 所詮はそれが精々か。よかろう……直に持ち堪えられぬ十拳剣より先に、そなたらからだ!
「くっ!」
八岐大蛇は捩らせ炎を吹いている首を除く、七つの首を方々にくねらせ。
ちょこまかと動く刃白を、捕えんとする。
「ったく! 何て器用な奴だ!」
「ここにて、首の多さを活かすとは」
「くっ、この!」
「はっ!」
八岐大蛇のその有様に、半兵衛らは思い思いの様を吐き出しつつ尚も刃白にて逃げ、そして殺気の攻めを放つ。
――効かぬ攻めばかり……何と愚かな!
無論八岐大蛇には効かぬが、その煩わしさには怒り心頭に発している様である。
このまま何とか、広人らより気を――
そう半兵衛らが思いし、矢先であった。
――……!? ふぐあっ!
にわかに地より殺気の剣山が生え、再び八岐大蛇を串刺しにする。
いや、剣山は先ほどよりも多く、尚且つ高い。
それにより八岐大蛇は宙吊りのごとくになり、炎も止む。
「!? な……十拳剣の、殺気の剣山!」
「ま、まさか広人が!?」
夏が呟き、半兵衛が広人らのいるはずの所に目を向ければ。
なんと、既に広人らの姿はない。
「ど、どこに!」
「は、半兵衛様あれを!」
「!? ひ、広人!」
刃白にて走りつつ頼庵は、広人の姿を見つける。
半兵衛や夏も見れば、広人はぐったりとし。
今は隆綱の背に担がれ、義銀が守りつつ刃白の所まで運ばれんとしている。
「半兵衛殿! 広人殿が、自らの手には余るこの剣を、代わりにと!」
「!? わ、分かった! ……刃白、広人たちを拾ってくれ!」
半兵衛は戸惑いつつも、刃白に命ずる。
刃白はその意を受け、広人の元へ急ぐ。
ほんの僅かな間である。
見ればまだ、八岐大蛇は先ほどよりも強き十拳剣の殺気による剣山により身動きを取れずにいる。
今ならば――
と、その刹那であった。
「ぐっ!」
「!? う、うわ!」
「た、隆綱! 広人殿!」
にわかに地割れが起き、刃白と僅かな間であった隆綱・広人・義銀はその罅の中に落ちてしまった。
無論、十拳剣も。
「広人! 隆綱さん、義銀さん!」
半兵衛は刃白にて救わんとするが、その時。
地割れを起こしし、その大元を見やる。
「!? くっ、八岐大蛇が!」
何と、先ほど伸びたかに見えし八岐大蛇は。
これまでより更に、その身より激しき妖気の炎を吹き出し。
それが十拳剣の殺気の剣山を瞬く間に消し去り、それにより地に再び降り立ちし勢いにより地割れを引き起こしたのである。
いや、地割れや地の揺れはまだ続く。
どころか、より勢いを増していた。
「広人!」
「広人お!」
「夏ちゃん、頼庵! 離れなけりゃ、俺たちも巻き込まれるぞ!」
半兵衛は広人の身を案ずる二人を宥め、刃白に八岐大蛇との間合いを取らせ、地割れより逃げることを急がせる。
「おお、これは!」
「なんと……思いしよりも更に、素晴らしき力ですわ!」
「くっ……私の出るまでもないではないか!」
長門兄妹は八岐大蛇の強すぎる力に、恐れ慄いている。
そして向麿は。
「ふふふ……はーっははは! ようやった……黄泉比良坂が目覚めたでえ! これで、これで"道筋"は開かれたんや!」
甲高く、笑い喜ぶ。
そして。
「かような所で徒らに使うつもりはなかったんやが……これはちいと試したいわ! さあ……さあ、試しに都への"道筋"よ開かれい!」
尚も笑いつつ、念じる。
そしてその意に応え。
「!? あ、あれは!」
「はあっ、ははは! 素晴らしいわ……これやこれやがな!」
長門兄妹は驚き、向麿は高笑いを止めぬ。
「なっ、何だあれは!?」
尚も八岐大蛇と間合いを取りつつ、半兵衛らも空を見上げ驚く。
それは――
「!? くっ、何事か!」
「氏式部殿、退がられよ!」
「治子、子らを母屋へ!」
「はっ!」
翻って、京の都。
にわかに激しく風が渦巻き、義常・頼益が空を睨む。
そこに見えしは。
「なっ……あれはもしや、古の妖!?」
空の渦の中には都よりは見えるはずのない、出雲の八岐大蛇の姿が。




