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京都の王  作者: 宇井九衛門之丞
第8章 剣璽(神器探求編)
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八蛇

「あ、あれが!」

「や、八岐大蛇……?」

「くっ、蘇ったというのか!」


半兵衛らは話としてのみ聞いていた八岐大蛇の恐ろしき姿に、恐れ慄く。


神器・剣が盗まれ、出雲と九州どちらかにあると目され九州に広人が、そして今出雲に半兵衛らが攻め入り戦となっている。


此度鬼神一派と手を組みしは、かつて名将・泉頼松とその家臣たる四天王に討たれし鬼・酒呑童子が子である。


その子は鬼童丸といい、その手に神器・草薙の剣を持ち手駒たる鬼共を半兵衛らに差し向け自らは後ろに引っ込んでいたが。


自ら戦えぬことに痺れを切らし、ついに自ら戦場に出て半兵衛らと対峙する。


その神器を妖気に染めしことによる攻めは強く、半兵衛らも押され気味であった。


しかし、その妖気が程々に強まりし時を狙い向麿が動き出す。


鬼童丸自ら、その身に剣を突き立てさせしままで妖傀儡の術をかけたのである。


たちまち、術を受けし鬼童丸の身体は血肉の塊となってからかの古の妖・八岐大蛇の形を成し、今に至る。


かくして蘇りし、八岐大蛇。


その悍ましさは、これまで数多の妖を見、屠って来た妖喰い使いである彼らをして目を疑わせる程であった。


八頭八尾、さらに鬼灯を思わせる目。

そして妖傀儡の術にて生み出されし――いや、正しくは蘇らされし――妖には付き物である、爛れし身体。


これだけならばまだ、これまでの妖とさして変わらぬと言えるかもしれぬ。


しかし、何より悍ましきはその身より溢れ出るかつてなきほどの凄まじき妖気である。


その妖気は、これまで数多の妖を前にしし妖喰い使いをして相手取りしことのなき凄まじさ、悍ましさなのである。


「は、はざさんが言っていた八岐大蛇を目覚めさせるってのは……こういうことだったのか?」


半兵衛は首をかしげる。

しかし。


――呆けておれば死ぬと申ししは、そなただったな!


「ぐっ! 皆、来るぞ!」

「応!」


いつまでも呆けている場ではないと八岐大蛇自らが、そして今この場の有様が告げ、戦を再び始めさせる。


たちまち先ほどと同じく、刃白の尾・左舷・四つ脚、更に賢松・杖季が伸ばす魔除けの刃が八岐大蛇を迎え討つ。


――ふんっ、小癪な! この八岐大蛇に、出し惜しみしておる場合か!


「ぐうっ!」

「がっ!」

「くっ!」

「ぐうっ!」

「うぐっ!」


しかし、それで防ぎ切れるほどには八岐大蛇は甘くなく。

たちまち差し向けられし八つの頭より、より多くの妖気が吹き出し妖喰い使いたちを襲う。


「こ、このままでは……」

「くっ、また間合いを取る! 少し退くぞ!」


――ふふふ……逃がしはせぬぞ!


「ぐあっ!」


退こうとしし半兵衛らであるが、そうは問屋いや、八岐大蛇が下さぬ。


その八つの頭は刃白を、そして賢松・杖季を捕らえんとする。


「この……妖めえ!」


――はっはっは! 精々吠え面をかいておけ!


抗う妖喰い使いたち、そして賢松・杖季を八岐大蛇は嘲笑う。


彼らが抗えば抗うほどに、八岐大蛇は自らの身体にて尚も硬く締め付ける。


「くっ……半兵衛、様!」

「頼庵! 有りったけの矢を。夏ちゃん! 刃白の爪を更に研ぎ澄ませろ! ……賢松さん、杖季さん! まだいけるよな?」

「はっ、半兵衛様!」

「半兵衛、心得た!」

「ふん、半兵衛殿!」

「我らを、何と心得ておる!」


しかし締め上げられ、身動きがよく取れぬ様になりつつも。

半兵衛らは再び、乗りし刃白の尾・左舷・四つ脚から殺気を伸ばし。


そして賢松・杖季も刃白の傍らより魔除けの刃を伸ばし自らを捕らえる八岐大蛇の首を斬り刻まんとする。


「うおおお!」


――はっはっは! 囚われても抜け出せばいいと申すか……甘えるな!


「ぐうっ!」


しかし、八岐大蛇の力は一筋縄に組み伏せられるものではなく。


刃白と魔除けの刀より放たれし刃にても喰い切れぬ妖気が溢れるその身は、却って殺気の方すら喰らわんとする。


「くっ、妖喰いでも……喰い切れねえってのか!」

「おのれえ!」

「この!」

「はっ!!」


妖喰い使いたちと、賢松・杖季は自棄にも見えし抗いを尚も見せるが。


それにより放たれし殺気は、また更に八岐大蛇の糧になるかのごとく、むしろ妖気の勢いを強めて行く。


「くっ、この!」


――はははっ! ああ旨い……これが、我が同胞らを数多屠し妖喰いの殺気か!


「な……旨い、などと! 戯れおって!」


――戯れではない。……しかし、そなたらには喰わせてくれた礼をせねばな。この炎でどうか!


「なっ……うわっ!」


八岐大蛇が言いつつ、首の一つをもたげ。

刃白の真上にて、口を裂けるほどに開き炎を激しく吐く。


「ぐうっ! ……ん?」


――何?


「な……これは!?」


半兵衛らが、驚きしことに。

八岐大蛇の炎は、刃白の周りにて防がれる。

結界によって。


「はざさん……! そうか、はざさんが!」


――ふんっ! 忌々しい……ならば!


八岐大蛇はこれで足りぬならばと、残りの首にて刃白を捕らえつつ、その先端となる頭を次々ともたげ。


全ての頭より、炎を吐く。


「ぐっ! ……これじゃ!」


如何に刃笹麿の結界とはいえ、ここまでの妖気の炎には耐えられぬであろう。


どうすればよいか。

半兵衛は考えあぐぬく。






「な、何と……」

「ふむ、あれが古の妖か……」

「素晴らしき、力でございますわね。」


長門兄妹は遠巻きに戦場を見、そこにて暴れ回る八岐大蛇の姿を褒め称える。


「ほほほ! どや? それがしの術は相変わらず見事なもんやろ?」


向麿は図に乗りし様である。


「うむ、薬売り……癪に触るが、認めざるを得ぬな。」

「え、ええ……し、しかし薬売り! な、何故あの鬼の童よりかの古の妖が蘇ったのだ?」


伊末の言葉に頷きつつ、高无は恐らく妖喰い使いたちも抱いているであろう問いを口にする。


「ほう? 高无様にしては良い問いやな。」

「そ、そうかははは……いや待て! 私にしてはとは如何なる意か!」


高无は嘲られたと感じ、声を上げる。


「ああ、確かに高无にしてはいい問いである。」

「そうですわね、高无兄上にしては」

「ああ、もう! 兄上はともかくも影の中宮、そなたもか!」


しかし、それに続けて兄と妹まで同じように言うため、高无はすっかり紅潮してしまう。


「まあ、申し訳ないでえ! ……まあ、そこまで混み入った話やない。ただ、あの鬼の童の父親がかの酒呑童子……そして、その酒呑童子の父親が八岐大蛇やったということや!」

「なっ!」

「ほう。」

「まあ。」


向麿の言葉に、高无は大きく声を上げる。

伊末・冥子も同じく驚きつつも、こちらは高无と違いただ少し声を出ししのみであった。


「その八岐大蛇から、あの剣が盗まれてそれを、帝が代々神器やなんて銘打って使うとったんや。せやからそれがしはあれを盗み、八岐大蛇の血い引くあの鬼の童に持たせたいうことや。」

「な、なるほど……あの剣は、そのためのものであったか……」


高无は立ちすくむ。

その話を聞いて尚更、あの古の妖が恐ろしくなったのである。


「し、しかし……よくあのような強大に過ぎる力を手懐けたな?」

「はい? ……はははっ! 何をおっしゃいますやら。手に余っとりますでえ?」

「……はああ!?」


戯けし向麿のこの言葉に、高无は腰を抜かす。

手に余っている?


「ははは、弟よ! さすがに気づいておると思っていたが……御し切れておる妖が、あのような暴れ方をするものか!」

「ええ、高无兄上……相変わらずですわね。」

「め、面目もございません……」


高无は兄と妹の言葉に、萎れる。

兄と妹はやはり賢い。


あの八岐大蛇が御し切れぬこと、分かっていたのだから。

高无も此度ばかりは、自らの愚かしさを嘆くばかりである。


「し、しかし! 御し切れぬならば……まさか、我らにも!?」

「ほほほ! まあその恐れは……ないとは言えん、むしろある恐れが強いや言えるやろな!」

「!? ……くっ!」


未だに戯け、案じねばならぬことすら笑い飛ばすこの向麿に、高无は歯ぎしりする。


「薬売りい!」

「おやおや! すぐ手が出るんはあかんなあ高无様! 悪い所やで?」

「そうであるぞ高无!」

「!? あ、兄上……しかし」


しかし、掴みかからんとする高无を、伊末が止める。


「なあに、案ずるな! その時は素早く逃げるか隠れるかすればよい。」

「な、なるほど……」

「そうですわね……妖がなければ話になりませぬ兄上方は、どうぞそうなさって下さいまし。」

「何?」


影の中宮のこの言葉には、伊末がぴくりと眉根を寄せる。


「そなたならば、あの古の妖の攻めを防ぎ切れると申すのか?」

「はい。……兄上方よりは。」

「……ふんっ!」


妹の相変わらず不遜な様に、伊末は鼻を鳴らす。


「高无、先ほどの言葉は取り消そう……案ずるな! この兄がそなた一人くらい守ってやろう。」

「はっ、兄上! ありがたき幸せ……」

「さあ薬売り! あの腕を寄越せ!」


伊末は高らかに弟に告げし後、向麿にあの羅城門の鬼の腕を求める。


「おやおや……やはり、あの力に頼るんですかい?」


向麿は呆れ顔である。

とどのつまり、そなたの妹の言いしままではないか、と。


「いずれにせよ、私自ら戦場に出るは同じこと! さあ寄越せ。」

「ふうん……どうしたもんかなあ……」

「早う寄越せ!」

「……おや? あれは。」


伊末に迫られし向麿は、ふと声を上げる。


「ふん! さようなことで話をすり替えようなどと」

「いえ兄上。あれを。」

「ふん妹よ、そなたもか。」

「あ、兄上え! あれを。」

「!? た、高无そなたまで……ん!」


騙されまいと身構えし伊末であるが、向麿に続き妹、弟まで同じ方を眺めるとあらば致し方なく、自らも同じ方を見る。


そこに、いしは。


「どうやら……材が揃いしようですわね。これで、御膳を立てられるというもの。」

「う、うむ……」





「な、何だ!?」


半兵衛らは訝しむ。

にわかに八岐大蛇が、炎を吐き出すことを止めたのである。


いや、それどころか少し、苦しんでいる。

これは、またとなき機である。


「頼庵、夏ちゃん、賢松さん、杖季さん!」

「応!!!!」


半兵衛は仲間に呼びかける。

再び刃白より殺気の刃が八方に放たれる。


それは八岐大蛇を斬るには至らぬが、そのまま賢松・杖季を更に乗せし刃白が抜け出すことは出来た。


「皆、大事ないな!」


半兵衛は皆に呼びかける。


「はっ!」

「無論!」

「応!!」

「よし。……しかし、誰が……って! 遅いんだよ!」


皆の無事を確かめし半兵衛が、見る先。

それは、今八岐大蛇が睨む先でもある。


――ううむ。これまで同胞を葬りし妖喰いの殺気! ……我のこの力をもっても糧に出来ぬそれは、十拳剣か!


「如何にも。これぞ、そなたを一度は葬りし剣だ!」


それは八岐大蛇の後ろを取り、かつての須佐男命のごとく十拳剣の刃をその身に叩き込みし者。


「広人!!」

「隆綱!」

「義銀!」


それは九州よりようやき参りし、広人らであった――

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