邪剣
「なるほど……これが、神器の重みかい!」
「神器い? はっはっは、何のことか? これは、蛇の剣である!」
「何? 蛇の剣だと?」
刃白より伸ばしし紫丸からの殺気の刃と、鍔迫り合いをするは鬼童丸が持つ神器・草薙の剣より伸びし妖気の刃である。
その草薙の剣が盗まれ、初めはそれと目されし剣が九州・出雲に共にあったため、どちらが誠の剣か分からずひとまず九州に広人が送り込まれた。
しかし、のちに九州にある剣は剣は剣であっても、かつてかの須佐男命が使いし十拳剣と分かり。
ならばと、真の神器たる草薙の剣を奪い返すため出雲に、こうして半兵衛・頼庵・夏ら妖喰い使い、更に泉頼益が家臣四天王のうち二人・賢松と杖季が送り込まれ今戦になっておる次第である。
そして数多の鬼らを掻き分け、ついに。
草薙の剣を携えし、かつての酒呑童子が子・鬼童丸がこうして姿を現したのであった。
「はっはっはっ、知らぬのか愚か者め! これはかつて打ち倒されし八岐大蛇の中から」
「……まあ、知っているけどな!」
「ぐっ!」
勝ち誇りが如く剣の所以を語らんとして、鬼童丸が僅かに気を緩めし隙を突き半兵衛は、自らの刃に込めし力を強める。
「くうっ、図ったな!」
「戦場で気い緩めたら、死ぬぜ当たり前だろ!」
しかし鬼童丸も負けじと、妖気の刃に更に、力を込める。
「ぐっ!」
「はっはっは!」
「賢松!」
「うむ、杖季行くぞ!」
「はっはっは……ん?」
「はあっ!!」
またも勝ち誇りしが如く高笑いする鬼童丸であるが、次には渋き顔をする。
今、半兵衛が受け止めし妖気の刃先に、賢松・杖季が自らの魔除けの刃を打ちつけて来たのである。
「ふふふ……はっはっは! 何だその鈍は? 何を血迷っておる!」
鬼童丸は妖気の刃には不釣り合いな、いかにもありふれた刀にて抗わんとする賢松・杖季を嘲り笑う。
「ふんっ! 鈍、か……」
「ならば……見せてやろう! かつてそなたの父・酒呑童子の首を取りし刃の力を!」
「はっはっは……何?」
しかし、賢松らのこの言葉に鬼童丸は、眉根を寄せる。
「かような鈍でだと!? ふん、戯れ言を」
「行くぞ、賢松!」
「応! 杖季! ……さあ、その真の武を見せよ。陰陽師殿による最上の魔除けよ!」
「はっはっは、これまた戯れ言を……ん?」
またも嘲り笑う鬼童丸であるが、何やらおかしき様を感じる。
「はあっ!!」
「ぐっ、ま、眩しい!」
何と、それまで鬼童丸自らが鈍、鈍と嘲りし彼らの刃が、眩く光りだしたのである。
「へえ……やっぱりすごいな、はざさんの魔除けは!」
ならばこちらも負けじと、半兵衛も俄然勢い付き。
殺気の刃に、さらにさらに力を込める。
「おうりゃあ!」
そして。
「な、何だあ!?」
「! こ、これは!」
次には鬼童丸が、さらには半兵衛らも驚きしことに。
たちまち賢松・杖季の構えし刃より、光の刃が伸び。
それが紫丸の殺気の刃に絡みつく。
「これは……いや、でも……これならいける!」
「ぐっ……小癪なあ!」
半兵衛は戸惑いつつも、その力にかつてなきものを感じ、振り切る。
「ぐっ! おのれえ!」
「があああ!」
鬼童丸もそうはさせじと妖気の刃をより強めるが、力負けしすんでの所にて避ける。
強まりし殺気の刃を喰らいしは、鬼童丸の後ろに控えていた鬼共であった。
「ふんっ、雑魚共が!」
「自分の仲間にそんな言い草してんじゃねえ!」
「ぐっ!」
怒りし半兵衛の殺気の刃が、再び鬼童丸を襲う。
かろうじて、再び妖気の刃を伸ばしこれを受け止める鬼童丸である。
「さあて……そろそろ終いにしようぜ、鬼童丸さんとやら!」
「終い……? 戯れるなっ! 鬼童丸、怒った!」
「はあああ!」
半兵衛の言葉に鬼童丸は怒り心頭に発し、妖気の刃をより強める。
「ぐうう! ……なあるほどな、さすがは神すら苦しめた古の妖の力だぜ!」
「半兵衛様、私も!」
「私も!」
思いの外未だ力を残しし鬼童丸に半兵衛は驚くが、頼庵と夏に力を貸されしことにより殺気の刃は持ち直す。
「うおりゃああ!」
「くっ……何だ、このっ!」
殺気の刃は、翡翠の緑の殺気と蒼士の蒼き殺気が絡みつき勢いを湛える。
妖気の刃は、少し押され気味である。
「そもそもその剣はなあ……帝から帝へと受け継がれる、この国の主人としての証だ! そんな風に妖気に染めていいものじゃねえんだよ!」
半兵衛は尚も殺気の刃を刃白より伸ばしつつ、鬼童丸に怒る。
「はははっ! 帝の証? これは滑稽なことよ! かつて人共にとって忌むべきだった古の妖より出たものを、奉っていたというのか!」
「ぐうっ!」
しかし、鬼童丸も負けじと言い返す。
その意の強さ故か、それまで押され勝ちであった妖気の刃は再び勢いを増す。
そして。
「! くっ、頼庵・夏ちゃん! 賢松さん、杖季さん!」
「応!!!!」
にわかにおかしき様を覚え、半兵衛は各々にそれぞれの持ち場に戻るよう言う。
そして、まとまりし殺気の刃が再び各々に分かれし刹那。
「ぐううっ!」
妖喰い使い・そして四天王を襲いしは、なんと八岐に分かれし妖気の刃であった。
「はははっ! どうした妖喰い使いとやら共よお! 先の威勢はただのはったりかあ?」
「くっ……何のこれしき!」
「左様、これしきで!」
「ふぐっ!」
「ぐぐぐ!」
八岐に分かれし妖気の刃は、それぞれ刃白の左舷・尾・四つ脚、更にその傍らにいる賢松・杖季の魔除けの刃により受け止められている。
「ふふふっ、ははは! なあるほど……今は防ぐのみにても精一杯かあ、腰抜け共があっ!」
しかし、鬼童丸の妖気はより激しさを増す。
八岐に分かれし妖気の刃も、それにより研ぎ澄まされて行く。
「くっ! この……」
「はははっ!」
「……今頃、出雲ではどうなっているか。」
「……私には、既に気にしても詮なきことでございます、頼益殿。」
「……うむ。」
翻って、京の半兵衛の屋敷にて。
京を襲う妖に備えるべく、頼益が来ていた。
その頼益の言葉に、義常は素っ気なく答える。
その義常の、目の先には。
「父上え! ご覧ください、初は矢を的の真ん中に当てられるようになりました!」
「おお……ははは、初よ! そなた、武に向いておるかもしれぬな!」
「むう……ちちうえ! たけわかも、より強くなりとうござりますっ!」
「竹若はまだ幼い。姉上には勝てませぬよ?」
「むむむ!」
庭にいる、幼き姉弟――義常自らの娘と息子に愛おしげに向けられている。
未だ幼いながらも、姉弟は文武に励んでいた。
「ははは……いやあ、私も我が子らが小さかった頃を思い出す。」
「はい……」
頼益は笑う。
義常は、少し悲しげに目を落とす。
「……弟君のことも気になろう。しかし、何より気にされているのは……お子らのこと、かな?」
「……はい。」
頼益は義常の心持ちを、言い当てる。
「お子らや奥方には、そなた自らのことは?」
「奥には申しました。奥もまた、侍の娘であり妻。いざとなれば腹を決めるは難しくはないと存じます。しかし、子らには……」
義常は項垂れる。
いかに侍の娘・息子であってもまだ幼い。
父の運命を受け入れろなどとは、義常には言えなかった。
「頼益殿には、それは弱きことに思われるかもしれませぬが……」
「いや、そなたは侍であるより前にあの子らの父。侍としてはともかく……それは子の父としては当たり前であろう。」
「! あ、ありがたきお言葉……」
義常は驚く。
自らのこの行いは、謗りを免れぬものと思っていたからである。
「しかし……それでよいのか?」
「……え?」
しかし次には、頼益より来るは問いであった。
「お子らに話さぬことそのものは良い。しかし……そなたの主人から禁じられしとはいえ、そなたは今戦に出られぬ身である自らをお子らに見せたままでよいと言うのか?」
「……それは……」
義常は再び、頼益から心の内を言い当てられ言い淀む。
まさに、それこそが義常の悩みであった。
「侍として死ぬべきか、はたまた兄として父として振る舞うべきか悩んでいたのであるな……しかし、もはや私に言えることはここまでである。義常殿。」
「……はっ、頼益殿。」
義常は深々と、頭を下げる。
と、その刹那であった。
「たのもう! 陰陽師・阿江刃笹麿が参った!」
「たのもう! 中宮様からの使いとして、氏式部内侍が参った!」
「!? 阿江殿、氏式部殿……どうされた?」
にわかなる来客に、義常は戸惑う。
「あ、いやまずは……中宮様から何と?」
「あ、はい……今、義常殿や皆様がどうなさっているか見に行くようにと。」
刃笹麿に先を譲られ、氏式部は答える。
無論、言うまでもなくこの氏式部は中宮自らが扮しし姿であるがさておき。
「あ、ああ……私たちは達者である。そう、中宮様にお伝えせよ。」
「あ、ああ……かたじけない。」
氏式部は頭を下げる。
後は、分かるならば出雲に行きし半兵衛のことも聞きたき心持ちであるがそれは飲み込む。
「では、阿江殿は?」
「うむ、私は。出雲に送りし我が式神・刃白を介し出雲のことを見聞きしているのであるが。何やら、おだやかならぬ様でな……」
「おだやかならぬ様?」
「!? あ、阿江殿! い、出雲の有様が分かるならば」
しかし、刃笹麿の言葉を受け氏式部が彼に半兵衛のことを聞かんとしし時であった。
「ぐっ!」
「!? あ、阿江殿!?」
「どうされた、陰陽師殿? 誰か、誰か水を!」
にわかに苦しみ出しし刃笹麿を、義常・氏式部、さらにその有様を遠巻きに見し頼益も気遣う。
「く、来る……あの古の妖が!」
「!? な、何!?」
しかし、この刃笹麿の言葉には、その場にいる皆が驚く。
「がっ……がああっ!」
「!? な、何か分からぬが……妖気の刃が弱った!」
「よ、よし半兵衛! 今のうちに!」
「いや待て! 何かおかしい。」
再び、出雲にて。
都の刃笹麿と同じく、鬼童丸がにわかに苦しみ出ししことにより妖気の刃が、何やら弱まる。
――ははは、鬼の童よ! ……そこまで剣の力を強めたんやったら、ここにて古の妖を蘇らしたるさかいに!
「くっ……何?」
にわかに頭の中に響きし声は、向麿の声である。
「わ、分かった! ……さあ、我が祖父を蘇らせるにはどうすればよい?」
――……こう、するんや。
「何? ……ふっ!? ぐぐぐ!」
鬼童丸が問い、向麿がそれに答えし刹那であった。
たちまち、鬼童丸の腕が、彼自らの意に逆らい剣の刃先を自らの腹に向け、構える。
「な、何をする!? ま、まさか……この鬼童丸に、自害せよと申すのか!」
――自害? ほっほっほっ! 何を戯れ言を。分かっとる癖に。お前様の体には、祖父様の血が流れとんのやろ?
「あ、ああ……そうだが。」
――そや、お前様の中の、祖父様を蘇らすさかいに、さあ今こそ……祖父様から奪われたそん剣を祖父様にお返しするんや!
「ぐっ……き、聞いて、おらぬぞ……おおお!!!」
鬼童丸は未だ、抗いみせるが。
その意に腕は更に逆らい、ついにその身に自ら剣を突き立てる。
「なっ、なんだ!」
その有様を半兵衛らは先ほどの鬼童丸自らと同じく自害と思うが、さにあらず。
その次には、鬼童丸の体はその元の姿も留めぬ程にぶくぶくと膨れし、血肉の塊と化す。
「!? あ、あれは!」
半兵衛にとりては、忘れもせぬ様。
いや、頼庵・夏、更にこの場にはおらぬ義常・広人にとりても、忘れたくもできぬもの。
それは――
――さあ、鬼童丸に秘められし古の血よ! かつて奪われし汝の剣、今こそ返さん……さあ、力を取り戻したならば蘇れ! 妖傀儡の術!
妖傀儡の術により、変化するさなかの妖の姿である。
そして、みるみる肉の塊より八つ、肉紐が這い出す。
いや、八つばかりではない。
更に八つ、肉紐が這い出す。
それらの内八つは、首筋を伸ばすかのごとく刃白の方を向き。
残る八つは、刃白とは対の方へ伸ばされる。
やがて刃白に向け伸ばされし八つの肉紐の先は、蛟を思わせる頭の形を成し。
さらに目蓋をそれぞれ、ギョロリと開く。
頭が八つに尾が八つ。
そして今しがた開きし、その目は鬼灯のごとく。
それこそ。
「ははは! 見よったか妖喰い使い共、それぞ古の妖・八岐大蛇や! さあ、とくとその恐ろしさ見ろや!」
向麿のその言葉に応えるがごとく、蘇りし八岐大蛇は猛々しく、甲高く吠える。