出雲
「半兵衛様!」
「頼庵、夏ちゃん! ……ひとまず、妖喰いをくれてやれ!」
「はっ!」
「応!」
頼庵と夏は半兵衛の命を受け、たちまち力を刃白に込める。
刃白からは矢が放たれ、さらに青く染まりし脚の爪より肉紐に斬りつける。
神器・剣が盗まれ、その剣をめぐる争いにて。
ついにこの出雲に、誠の神器・草薙の剣があると分かり、半兵衛は頼庵・夏、さらに泉頼益の家臣たる四天王のうち二人・卜目杖季と碓木賢松を引き連れ攻めいる。
そして、おそらくは出雲にて待ち構えし鬼・鬼童丸の先手として。
妖の肉より作られし紐のごとき物がにわかに地より這い出て、半兵衛らを襲う。
それに対し半兵衛らは、今乗りし式神・刃白の力に自らの力を上乗せし抗っている。
「さあ、どうだ!」
放たれし殺気の矢と、殺気の爪により肉紐は細切れとなり、緑と青の殺気にそれぞれ染まっていく。
しかし、次には。
「ぐっ! まだ来るぞ!」
「くっ!」
半兵衛の察しにより、刃白はまたも素早く避ける。
再び、いや、此度は先ほどよりも多く。
地より肉紐が這い出る。
「こりゃあ……後で切りがなくなる流れか?」
「うおう!」
「!? な!」
刃白の外より、杖季や賢松の声がし、半兵衛が見れば。
そこには、いつの間にか湧き出しし鬼らが群がり。
杖季らが、死にもの狂いにて戦う。
「杖季さんたち!」
「いかぬ! 妖喰い使いの方々よ、ここは我らが!」
「し、しかし!」
「……分かった。任せる!」
「は、半兵衛様!」
半兵衛は杖季らの言葉を受け、自らの乗る刃白を再び差し向ける。
「さあて……肉紐ちゃんたち! かかって来いや!」
言いつつ半兵衛は、刃白の尾より蒼き殺気の刃を生やす。
「おやおや……中々に追い詰めてますなあ!」
戦場を遠くより眺める、長門一門。
向麿は戦を、にやけつつ見つめる。
「ふん……あれしきとはな。出し惜しみにも程がある!」
「ええ、さようですわね……私も行きましょうか?」
伊末はもどかしげに言い、影の中宮はそれに続けて言う。
「ははは、まあそう焦りなさんなや! まあそうやな……もう少しは、あの鬼童丸に任せてくれな!」
向麿は長門兄妹を宥める。
「さあて……後はこの、黄泉比良坂やな。」
向麿はちらりと、手元の鏡を見る。
そこに映りしは、何やら道であった。
それは出雲のとある所にある、黄泉比良坂なる道。
この黄泉比良坂こそ、かつて道虚が言いし"堕ちる"ことの要となる所なのである。
しかし、"堕ちる"ことの仔細を聞かされし時は、さしもの向麿も心底驚きしものであった。
――奥州は、違うのであるな?
「は、はい。となると鬼神様、もしや……」
――うむ。出雲が怪しいか……
かつて、奥州より帰りし時の向麿と道虚のやりとりである。
まったく、"堕ちる"などと、到底正気の沙汰とは思えぬ。
それをやってのけんとする当たり、道虚はただの酔狂の一言では片付けられぬ男なのだろう。
さておき。
「おい、薬売り!」
「!? はい?」
「そなた……聞いておらぬのか!」
伊末は怒る。
向麿が道虚についての話に一人浸っている間に、繰り返し話しかけていたらしい。
「ああ、申し訳ないでえ! ……で、伊末様。何と?」
「ふん、始めから聞いておれ! 私が奴らを一息に潰すから、あの腕を寄越せと申しておるのだ!」
伊末は鼻を鳴らしつつ、向麿に言い放つ。
「ふふふ……」
「!? な、何だ! 何がおかしい!」
「伊末様……あんた様、忘れとるやろ? この戦の目当ては、彼奴らを一息に潰すことやないと。」
「くっ……」
伊末は言葉に詰まる。
「この戦の目当ては……お父上が、"堕ちる"ために支度することや! それが分かっとらんと……腕はやれんやあ。」
「くっ、おのれ!」
「お止めください、伊末兄上。此度ばかりはその薬売りの申す通りですわ。」
言うに事欠き掴みかからんとしし伊末を止めしは、影の中宮である。
「ふん……そうであるな、私とししことが。」
「ほほほ! ……まあ、そう焦りなさるなと、先ほども申し上げたやろ? 急いているんは伊末様だけじゃないんやで?」
「くっ!」
向麿は伊末の落ち着きに笑みを浮かべると、目を伊末より更に遠くに移す。
そこにいしは。
「早く、お父上の仇が討ちたくてたまらんのやんなあ……鬼の童よ?」
かつての酒呑童子が子・鬼童丸である。
「……いや。」
向麿は、再び醜い笑みを浮かべ言い直す。
「祖父様と、お父上の仇……と言った方がええかな?」
「えいっ!」
「はあっ!」
「はあー!」
半兵衛・頼庵・夏は各々に、刃白の尾・両の舷の弩・そして四つ脚の爪に殺気の力を上乗せし、迫り来る肉紐を迎え討つ。
「ふっ!」
「くっ! これも我が主人・頼益様よりの命。そして我らが祖より続く、断ち難き縁の為せる業である!」
杖季・賢松も各々の持ちし魔除けの刃を煌めかせ、攻め入る鬼らを一つ、また一つと斬り伏せていく。
「がああっ!」
「ぐあっ!」
しかし、鬼らも中々にしぶとい。
斬り伏せたかに思えば、また息を吹き返して来る者もいたり。
また、真っ二つに斬られてもすぐに元通りとなる者すらいたのである。
「くっ! 此奴らの目……杖季、これは!」
「ああ、賢松! これはあの、茨木童子に似し有様……あの陰陽師殿が言っていた、草薙剣の力か!」
賢松・杖季は戦いつつ言葉を交わす。
茨木童子の時は、その身よりかの古の妖・八岐大蛇の如く八つの蛇頭を伸ばしし姿であったが。
この鬼らはその力の顕れし形こそ違えど、力の源が同じであることは刃を交えれば分かる。
この出雲は、全てあの酒呑童子が子の手の内なのかとすら思えるほどに、目の前の力は大きい。
「賢松! 少し退くぞ! ここにて力を出し切る訳にはいかぬ、我らの狙いはあくまで神器と、それを持つ鬼童丸である!」
「う、うむ! 承知した!」
賢松と杖季は、鬼らに抗いつつ、退いて行く。
「! 半兵衛様、杖季殿と賢松殿が!」
「くっ、やっぱり……下の奴らも手強いらしいな!」
「助けねば」
「待て、夏ちゃん! ……俺たちも少し退こう、どうもこのままでは、分が悪そうだ。」
「う、うむ……」
夏は渋るが、刃白は半兵衛の意により退がり始める。
「おうや? 見てくだされ、仇共は! 尻尾巻き始めましたでえ!」
「ふうむ、数で勝る妖共に恐れを為したか……」
「薬い、売りい!」
「はい?」
向麿らが戦場を眺めるさなか。
指を咥え見ていることについに痺れを切らししためか、鬼童丸が長門一門の屯しし所にやって来る。
「おやおや、鬼の童……いけませんなあ、まだ」
「いつまで、いつまで待たせるのかあ! 鬼童丸、もう耐えられん!」
向麿の宥めも聞かず、鬼童丸はつらつらと訴える。
「うーん……さあてどないしたものか……」
「もういい! 鬼童丸行く!」
「……ありゃ。」
向麿が悩んでいる間に、鬼童丸は勝手に行ってしまう。
「よかろう? さあ……私も!」
「ああ、あなた様は止めてくださいな! ……それがしが鬼神様にどんな目に合わされるか。」
「ならば、尚更……と、言いたき所であるがそれは杞憂というもの。今の私は、父上より勝手にしてよいとおっしゃられているのだからな。」
「あ、兄上!」
兄の自らを顧みぬ言葉に、高无が声を上げる。
「誠であろう?」
「し、しかし」
「まあまあ、落ち着かれや伊末様! ……それが誠やとしても、今は……あの鬼の童の独壇場になりましょうなあ。そこに食い込もうなんて、野暮や思いませんか?」
「……ふん!」
さような伊末を宥めつつ、向麿は戦場を見る。
少し早いが、ここにてあれをお披露目せねば――
「うがーっ!」
「うああ!」
「な、何だ? 鬼共が」
「……ったくよ! 俺たちが退がったことをいいことに勢い付いているみてえだぜ!」
雄叫びを上げる鬼共を、半兵衛が苦々しく睨む。
鬼共は先ほどの妖喰い使いや賢松・杖季の退きにより、図に乗ってしまっているようである。
「図に乗りおって……この!」
「半兵衛、こちらも!」
頼庵・夏は鬼や未だ勢いを湛える肉紐を睨む。
「賢松、もはや妖共に舐められっぱなしでは済ますまい!」
「うむ、杖季!」
賢松・杖季も鬼共を睨む。
「ああ、さあてここから……!? 待て、何か来るぞ!」
「!? こ、この力は」
「あ、頭が……」
にわかに大きな力が迫りし様を感じ、半兵衛ら妖喰い使いは苦しみ出す。
これまでにも、感じしことのなき大きな力。
これは――
「がああっ!!」
「!?」
しかし半兵衛らが、更に驚きしことに。
その大きな力は、先ほどまで勢い付きし鬼共の上に落ちる。
「お、おいおい……」
やがてその力は、土煙よりゆらゆらと姿を現す。
「ふんっ、雑魚共め! これしきのことでぶっ倒れおって!」
それは、鬼共の中にいて一際目立つ高き背と、何より。
力の源たる、草薙の剣を右手に持ちし者。
「あ、あれは剣!」
「だとすればあんた……酒呑童子の子とやらか!」
半兵衛が気付く。
「あ? ああ、いかにも。……この鬼童丸、手前共に屠られた酒呑童子が子じゃあ!」
「……ぐうっ!」
酒呑童子が子・鬼童丸。
妖喰い使いらには初めて、その名を名乗ると共に、右手の草薙の剣を勢いよく振るう。
たちまち激しき風が起こり、妖喰い使いらや賢松・杖季らに吹き付ける。
「ふっ、ははは! ……何だ、こんな風が恐ろしいんか!」
「ぐあっ!」
再び、鬼童丸は剣を振るう。
此度は風ではなく、剣の刃より凄まじき妖気が溢れ、それが長き刃となって妖喰い使いらに襲いかかる。
「ふふふ……ん?」
「なるほど……鬼童丸さんとやら! 思っていたよりも更に手練れだなあ!」
しかし、草薙の剣より出し妖気の刃は。
刃白の尾より半兵衛が伸ばしし、殺気の刃により受け止められる。
「ふふふ……はあっはっはっは! これはよい、少しは手応えがある!」
鬼童丸は笑う。
かくして、神器の剣を使う鬼童丸と妖喰い使いたち。
その戦が、ようやく今始まったのである。