二剣
「というわけだ。俺と、夏ちゃんと頼庵。……それから」
半兵衛はちらりと、義常を見る。
「……それから、刃白。これははざさんから借り出す。後は頼益さんから、杖季さんと賢松さんを借り出す。それが、出雲攻めの内訳だ。……いいな?」
「……はっ、半兵衛様。」
「うむ……」
頼庵や夏も、ちらりと義常を見やりつつ言う。
神器・剣が盗まれ、剣と目されしものが出雲と九州で見つかり。
ついに九州にある剣が、神器ではない剣・十拳剣であると明らかになる。
そして出雲にある誠の神器の剣・草薙の剣を取るべく、今出雲攻めの話し合いが行われていた。
内訳は今話にありし通りである。
この内訳に義常がいないのは、無論すでに永くは保たぬためである。
「……まあ、義常さん。言うまでもないが。」
半兵衛は、次にはちらりとではなく、正面より義常を見据える。
「……すまねえ。一度は腹づもりを問うような真似をしておきながら、いざその時を前にして尻すぼみなんかして。」
「半兵衛様……」
「いえ、主人様にお気を使われる道理は全くありませぬ。私は……確かに侍としての性では、戦場で果てたいというのが素直な所。」
義常も、半兵衛を正面より見つめ返す。
「しかし……子のおります身として、この命少しばかり惜しきこともまた誠。しからば……主人様や皆のお気遣いに、ありがたく甘えさせていただきたき所存でございます。」
義常はそう言い、深々と頭を下げる。
「兄者……!」
「義常殿……」
頼庵と夏は、ほっとしたような寂しげなような顔になる。
「ああ、そうか……じゃあ義常さん。おとなしく留守を守っていてくれ。」
「はっ!」
半兵衛のこの言葉に、義常はまた頭を下げる。
「頼もう! 中宮様より使いとして参りました。」
「あ、ああ氏式部さん! さ、入って。」
屋敷には、この日来客が。
中宮の侍女・氏式部。
無論、ここにいるのはそのなりをしし中宮であるが。
「……中宮様。どうした?」
「うむ、その……義常殿のことは聞いた。まさか、あの者が……」
「ああ。……ありがとう、心配してくれているか。」
「そうだ。……そして、半兵衛。」
「ん? ……おっ!」
半兵衛が、驚きしことに。
中宮はにわかに、半兵衛の右手を握ったのである。
「お、おい……ちょっと……」
「……よかった。」
「……え?」
「そなたの手は……黒ずんでいないのだな。」
「……ああ。」
中宮は安堵する。
半兵衛には、まだ妖喰いの力による器の衰えは来ていないらしい。
「……案じなさんな。此度だって、俺が……いや、俺たちがどうにかして見せるからよ。」
「……うむ。」
「広人、行っちまうだか?」
「ああ。……この剣は、我らに要る物だからな。」
薩摩の浜辺にて、船に今にも乗らんとする広人をツカヤやセクマが見送る。
影の中宮が差し向けし妖との戦より幾日か経ち。
隼人の民や鎮西八郎の計らいにより新たな船が支度され、広人らが九州を発つ目処が立ったのである。
「鎮西八郎にも、礼を言っておいてくれ。」
「ああ、言っておくだ!」
広人の言葉に、ツカヤは笑う。
「しかし……この船と引き換えに、鎮西八郎を見逃さねばならなかったとは不覚である!」
隆綱は船の中にて支度をしつつ、漏らす。
「仕方あるまい……我らがあの剣を得られしのみにても、ここは天の助けと思うべき所よ!」
「ううむ……」
義銀が、隆綱を宥める。
「……広人殿! こちらは支度が整った。」
「あっ、ああ承知した……ではツカヤ。私たちはこれにて。」
「ああ。広人、達者で!」
「ああ、セクマもな。」
「う、うむ……」
広人は船を出さんとする。
セクマは泣き出しかけているのを堪えている。
「では、ツカヤ、セクマ! 達者でな! またいずこかにて会えることを!」
「ああ、広人も達者で!」
「ひ、ヒロト!」
ツカヤとセクマは、手を大きく振っている。
船は見る見る、浜辺を離れて行く。
「……ふん。広人、か……惜しむらくは、もっと手合わせできなかったことよ……」
物陰より鎮西八郎は、船を見送りつつ言う。
「主人様! そんな所隠れていないで出て来るだ。」
「ははは……知っておったか。」
ツカヤの呼びかけにより、鎮西八郎が出て来る。
「見送りしないでよかっただか?」
「ああ、所詮私はあの者らにとりてただの仇。見送る義理などない。」
「ふうん……」
ツカヤは鎮西八郎の顔を見る。
何か、他に思う所がないか探る目である。
「さて、我らも行こうぞ! ツカヤ、セクマ!」
「へ……? どこへ行くだ?」
ツカヤとセクマは首を傾げる。
「此度は見逃されたとはいえ、帝が私を放っておきしままとは思えぬ! ……ならば、遠くへ行くしかなかろう。そうであるな、この九州の北に行けば都。ならば……より南は、琉球と洒落込もうではないか!」
「り、琉球!?」
鎮西八郎の言葉に、ツカヤとセクマは耳を疑う。
琉球――さような知らぬ地に、誠に行けるというのか。
しかし、さような懸念など知らぬとばかり鎮西八郎は。
「さあ、船を支度し始めよ! 南は琉球へ。たとえ誰がいようとさような者らは……この鎮西八郎の名の下に滅ぼしてくれるわ!」
「は、ははあ!」
穏やかならぬ言葉を発し、それによりツカヤとセクマを震え上がらせ急がせる。
この後琉球に渡りし鎮西八郎は、先の言葉通り誠に琉球王の父となるのであるが、それはまた他の物語である。
――伊末よ。何故、誓いを破った?
「ち、父上! あ、兄上は」
――高无! 今はそなたに聞いていない。さあ答えよ、伊末。
「……申し訳ございませぬ。弟が妖を一人で使うと聞き、いても立ってもいられなかったのでございます。」
――……ううむ。伊末よ。
「……はっ。」
珍しく、父より厳しき言葉にて咎められし長門兄弟は、さすがに少し縮こまっている。
所は長門の屋敷。
あの毛見郷近くでの戦より帰りし早々、兄弟――正しくは、兄・伊末の方であるが――はこうして咎められることとなった。
かつて、父の目指すもののためならばこの身を捨てるも厭わぬと言いし子らに、父は自らと子らは一心同体であるからそう言うなと言い聞かせ宥めた。
此度はまさに、その誓いを破りし子が父より、咎められる場なのである。
――伊末、どうやらそなたは他ならぬ、自らの意で自らを捧げんとしておるな?
「はい、父上。件の誓いの場にては申しづらく黙っておりましたが……いざとなればこの身、父上の刀にも盾にもならねばなるまいと思ってのこと。」
――ふむ……私がいつそう言った?
「言われてなどおりませぬ、これは私自ら決めしこと。」
――……伊末!
「ひ、ひいい……兄上!」
父の剣幕に震え上がりしは、渦中の伊末ではなく高无である。
――自らの身を気遣えと私は言った。その私が……いざとなれば、その命を捨てろと言うとでも、思うてか!
「も、申し訳ございませぬ父上え! 兄上はこの通りお考えを改められていらっしゃいます故、どうか!」
――高无……そなたには聞いておらぬ!
「そうだ高无! その上私の心を勝手に決めるでない!」
「ひ、ひいい!」
兄を庇いしつもりが、父からもその兄からも叱咤を受けし高无は更に震え上がる。
「父上。無論、父上よりこの命を捨てろなどと言われしことはありませぬ! しかし……これは私自ら決めしこと! 戦においては何が起こるか、父上の慧眼を持たれても全ては見通せませぬ故に、その時は私がやらねばと!」
――ふうむ……もうよい。好きにせよ。
「はっ、ありがたきお言葉。……では、失礼いたします。」
「あ、兄上!」
父のこれまでになき投げ槍な言葉を受け、伊末は頭を下げるとそのまま部屋を後にする。
高无も、慌てて後を追う。
「伊末兄上……父上にご無礼を働かれるとは、感心しませぬね。」
「ふん……妹よ。そなたとて、しくじりし身でありながらのこのこ逃げ帰るなどと、感心せぬな!」
「あ、兄上!」
前門の虎、後門の狼というべきか。
伊末は先ほどの父に続き、妹の冥子とも言い争う。
高无はさような兄を見て、おろおろするばかりである。
と、その時。
「おやおや……かような時に親子や兄妹で争われるとは、感心しませんなあ。」
「!? く、薬売り!」
にわかに響きし、このふてぶてしき声は。
薬売り・向麿である。
「ふんっ! 何じゃ? 出雲にいるのではなかったのか?」
「ほほほ……もう、鬼童丸さんは妖喰い使い共を迎え討つ構えできとんねん。せやからそれがしは、自らの支度を。」
「なるほど、な……」
向麿に、伊末は言いつつ含みのある目を向ける。
「何や? それがしに何か」
「……先ほど、父上よりお許しをいただいた。勝手にしてもよいと。」
「……ほう?」
「あ、兄上!」
高无は兄に、異を唱えかける。
先ほどの父の言葉は、お許しではないと。
しかし、向麿は。
「ははは! そうですかい……そらええわ! ……実は、こんなんが手に入ってましてねえ……」
「!? そ、それは!」
言いつつ向麿が差し出ししものは、布に包まれし鬼――あの茨木童子――の腕である。
「そ、それは……」
「はははっ、さあ伊末様どないなさいます? これ、止めときまっか?」
「……使わぬ訳がなかろう!」
「……よう、おっしゃいました。」
「あ、兄上!」
躊躇いなく伊末は、再び妖の力を使う腹づもりであった。
向麿と笑い合うその姿に、高无は憂いを極める。
「……さあ、行かねばな! 父上を京都の王と成し申し上げるため、今こそ!」
「はっ、兄上。」
「はっ、ははあ! 兄上……」
何はともあれ、長門兄妹も出雲の戦にあたり、まずは心の備えを整えたのであった。
「ふう、おかしな心持ちであるな。」
「ああ……まさか、刃白により行軍するとは。」
夏と頼庵は、戸惑う。
都を発ちし半兵衛らであったが、頼益より借り出しし四天王のうち二人・杖季と賢松には馬で進んでもらい、半兵衛ら妖喰い使いはこうして刃白にて進んでいるのである。
「半兵衛様、広人は……」
「ああ、発つ前にも言った通り。何事もなく、件の十拳剣を得たらしい。今、出雲に向かっているそうだ。」
「はい、そちらはよかった。」
頼庵は安堵する。
しかし、これからの戦のことを思えば安堵してばかりもいられぬと、気を引き締める。
「……そろそろ、でございますね。」
「……ああ。」
半兵衛らは前を見る。
いよいよ、出雲である。
これまで、道中横槍が入ってばかりであったため、それらがないことが却っておかしかったが。
戦場に横槍なしに行ければ、それに越したことなどあるはずもなく、半兵衛もさようなことを気にするゆとりはなかったのである。
「……何もない、原っぱ?」
頼庵は拍子抜けする。
そこは彼の言葉通り、見晴らしがよく何もない原っぱだったのである。
「周りに気をつけろ! 妖共がどこに潜んでいるか」
さような半兵衛の話を、聞きつけたのか。
「!? 皆、何か……地の中から来る!」
「! ち、地の中から……?」
「避けるぞ!」
「うわっ!」
半兵衛が原っぱより、自らを含め妖喰い使いの乗る刃白を避けさせてすぐ。
果たして半兵衛の言葉通り、地の底より何かが這い出る。
「大蛇……? いや、違うこれは!」
地の底より這い出し、何か。
それは、長き様こそ大蛇のようであるが。
おそらくは妖傀儡の術により作られし、肉紐である。
「これは……」
「先手を打とうってことらしいな……こりゃあ歓迎されているのやら、お呼びでないのやら!」
半兵衛らは目の前の肉紐を、睨む。




