喰剣
「おのれ! またあの力を」
「ツカヤ、セクマ! そなたらは退がれ。そしてできうる限り遠くへ逃げよ!」
「わ、分かっただ!」
にわかに変じし妖を前に鎮西八郎は、ツカヤやセクマを遠くへと逃す。
既に他の隼人の民も、遠くへと逃れている。
神器・剣が盗まれ、それと思しき物がそれぞれ出雲と九州にあると見做された。
その剣を取り戻さんと、九州に今広人が来ている。
そしてその剣と思しき、何故か妖喰いとなりし剣を持つ者がここにはいた。
それは鎮西八郎。
かつての京における大乱に際し、上院方に味方しし侍である。
しかし今は。
その鎮西八郎と広人、そして広人と共に来し渡部隆綱・坂口義銀とで力を合わせ。
目の前の妖・禍に挑まんとしている。
その禍も、使い手たる影の中宮により、その血を与えられ化狐のごとき姿に成り果てている。
「ふふふ……さあ行きなさい、禍!」
影の中宮の命により。
禍は口を大きく開け、たちまち旋風を吐き出す。
「くっ!」
「怯むな! 奴は襲い来るぞ!」
「ぐっ!」
「!? 隆綱殿!」
風に怯む中広人は、声が聞こえし隆綱の身を案ずる。
「なんの、これしき!」
「くっ! さ、さようか……しかし、これでは分の悪きことこの上ないな!」
広人は隆綱の言葉に安堵しつつ、歯ぎしりする。
風にこうも風を受けつつでは、周りが見えぬ。
「円陣を組め! くたばらぬようにな!」
「分かっておる、大罪人め!」
「ここにて小競り合いしておる場合か!」
互いに軽口を叩きつつ、広人・鎮西八郎・隆綱・義銀は円陣の形となる。
「えい!」
「ふんっ、甘い!」
「ぐっ、舐めるな!」
「はっ!」
風の中を縦横無尽に動く禍であるが。
円陣を組むことにより立て直しし広人らにより、ことごとく受け流される。
「なるほど……中々にできますわね。しかし、私の血を受けし妖が、これしきだとでも?」
空に浮かびつつ、影の中宮は微笑む。
「くっ!」
「ぐっ!」
「ぐあっ!」
「くう! な、何だこれは……」
広人らが、驚きしことに。
にわかに風の中を走る禍より、九つの尾が広人らに伸び彼らを捕らえる。
「これは……尾か!」
「ほほほ……こうなれば、風は要りませぬわね!」
影の中宮の意を受け、先ほどまで吹き荒びし風が刹那にして収まる。
「くっ、鬼神一派あ!」
「さあ、止めを刺しなさい! 禍!」
締め上げられつつ恨み辛みを漏らす鎮西八郎もよそに、影の中宮は妖に命ずる。
と、その時。
「待つだ、妖とやらあ!」
「? おや……命知らずにも、かような所にまだ隼人の民が!」
にわかに声が響き、その方を影の中宮が見れば。
そこには、ツカヤの言葉が。
「ツ、ツカヤ! 何故逃げぬ!」
「逃げる? おらだって、一時は戦った隼人の民だ! ここで逃げるなんて、できねえ!」
ツカヤは、広人の問いかけに言い返す。
「ツカヤ……」
「ふふふ、御託を……ならばお望み通りにして差し上げますわ!」
「!? ツカヤ!」
しかし、左様なツカヤの言葉を嘲笑い、影の中宮は妖に命ずる。
たちまち余りの妖の尾が、ツカヤを襲わんとする。
「ツカヤ!」
鎮西八郎もツカヤを助けんと踏ん張るが、妖の尾に捕らえられては何もできぬ。
しかし。
「……これで、幾度目か。」
「……何?」
「……これで幾度目か! 隼人を失いかけるのは……もう懲り懲りである!」
「くっ!」
「!? な、これは何ですの!?」
広人の呟きを聞き訝しむ鎮西八郎であるが、たちまち広人は喚く。
そうして、その広人の思いに応えるがごとく。
広人の持つ妖喰い・紅蓮のみならず鎮西八郎の剣、さらには妖喰いですらない隆綱・義銀が持つ魔除けを施されし剣すらも、光る。
いや、光るのみではない。
「!? 禍!」
影の中宮が、驚きしことに。
なんと、広人・鎮西八郎・隆綱・義銀を捕らえし妖の尾が細切れとなり、彼らは解き放たれる。
さらに、ツカヤを攻めんとする尾も、ツカヤに達する前に細切れとなる。
「ぐうう!」
「ツカヤ!」
広人・鎮西八郎・隆綱・義銀はツカヤの前に降り立つ。
「ひ、広人。かたじけないだ!」
「いや、私こそ。そなたがいなければ私は、力を出せぬままであったからな。」
「広人……」
「睦み合いは、誠にやめていただけませぬか!」
ツカヤと広人の話を遮り、影の中宮は情け容赦なく刀を振るう。
「くっ! ……ち、鎮西八郎!」
「まあツカヤよ、そして広人とやらよ! 戦場での睦み合いなどと、確かに侍の嗜みではあるまい?」
「す、すまぬ……」
影の中宮の攻めを剣にて防ぎ切り、鎮西八郎は広人に向かいにやりとする。
「まあよい……さあ、これを使え!」
「うおっ! こ、これはそなたの……いや、神器かも知れぬ剣か!」
鎮西八郎は剣を渡す。
広人は戸惑いつつも受け取る。
「ふうむ、鎮西八郎? そなたが使うよう申したはずですが?」
「今しがた私との誓いを破りし者の申しつけなど、聞くに値せぬ!」
影の中宮が呈す苦言に、鎮西八郎は鼻をふんと鳴らし答える。
「なるほど……ならばよいでしょう! 禍、出し惜しみは無用ですわ!」
影の中宮はため息を吐き、すぐさま禍に命ずる。
たちまち禍の周りに、激しき風が吹き荒れ始める。
「ぐっ! ……鎮西八郎、隆綱殿、義銀殿! ツカヤをお願いする!」
「無論!!!」
広人は鎮西八郎らを一瞥し、すぐに禍へと向かう。
「くっ、この剣の力! 確かに強いしかし……ここまで強き力、私には長く扱い切れぬな。」
広人は右に紅蓮を、そして左手に剣を構え禍に向かいつつ呟く。
広人は知らぬことであるが、今時同じくして義常の身に起こりしことを鑑みれば。
これはあながち、ただの弱音ではなく、的を射し見立てと見るべきであろう。
「しかし……長く保たねばすることは一つ!」
広人はそのまま、禍の渦の中へと飛び込まんとする。
「紅蓮、そして……剣、剣山!」
広人が叫ぶや、たちまち広人の周りを包むがごとく数多の殺気の槍が、剣が生え、空高く伸びんとする。
「うおお!」
「ふん、一息に決めるおつもりですか……甘えぬ方がよいのでは!」
広人が禍を攻める間に、影の中宮も素早く駆け、ツカヤに迫らんとする。
しかし。
「行かせぬ!」
隆綱・義銀が魔除けの刃にて立ちはだかる。
「くっ! ……なるほど、妖喰いの元となりし陰陽師が魔除け、その模倣。しかし、所詮は模倣なれば!」
「くっ! 侮るなあ!!」
「!? な、何ですと!」
影の中宮は自らの刃を受け止めし隆綱・義銀を押し切らんとするが。
思いの外強きその刃にて、却って自らが押し切られてしまう。
「かつてはかの頼松公が、酒呑童子をも退けし力!」
「そなたこそ、甘えるな!」
「くっ……図にも乗らぬ方がよいのでは!」
力強く言い放ちし隆綱・義銀に影の中宮は、再び攻めんとするが。
「ならば……真の妖喰いであればどうかな! 伏せよ二人よ!」
「何!? なっ……」
「何が……くっ!」
にわかに隆綱・義銀の後ろより声と共に、太き矢が放たれる。
隆綱・義銀はかろうじて避けるが、影の中宮は避け切れず。
顔を矢が翳め、そのまま顔の面が少し欠け、下の肌に傷が付く。
「ぐああっ!」
「ち、鎮西八郎!」
「さあこれにて……借りは返した、鬼神一派!」
「くっ、ぐっ……この!」
顔を傷つけられし怒りにより、影の中宮は再び鎮西八郎らに向かわんとするが。
「今だ、広人とやら!」
「何ですの? くっ!」
影の中宮は鎮西八郎の声により、自らのしくじりに気付く。
そう、今影の中宮は僅かに気を緩めた。
これにより、操られし禍の風もほんの、刹那、弱まる。
それを広人は、見逃さぬ。
「うおお!」
たちまち、それまで天高く飛びし禍の風を防ぎつつそこに至らんとして、伸ばしていた殺気の剣山より踊り出る。
「これにて、止め!」
「させませぬ!」
「我らの言葉だ!!!」
「くっ!」
広人を邪魔立てせんとする影の中宮であるが、鎮西八郎・隆綱・義銀に阻まれる。
そして。
「うおおお! 妖い!」
広人はそれぞれの手に持つ紅蓮と剣に、殺気の雷鳴を纏わせる。
たちまち広人そのものが雷を帯び、禍を斬らんとする。
「ぐあああ!」
広人の疾きこと、迅雷の如く。
激しきこと、さらにまた迅雷の如く。
「くっ!」
「くっ、眩い!」
その激しき光は瞬く間に、禍を斬り捨て。
周りを光の中へと包む。
紅蓮の白き殺気は禍の血肉により紅く染まり。
翻って剣の白き殺気は、禍の血肉を自らの殺気の色に染めて喰らう。
やがて光は、止む。
「くっ……」
「くっ……」
影の中宮と鎮西八郎・隆綱・義銀は暫し、睨み合うが。
「ふふふ……まあよいでしょう。これにてあの剣は目覚めた。……それでよしとしましょう!」
「なっ! 待て!」
影の中宮は、これにてドロンする。
「……逃したか。」
「皆、大事ないか!」
「! 広人殿!」
未だ紅蓮と剣を持ちしまま、広人は皆へ駆け寄る。
「広人!」
「ツカヤ! ……よかった、大事ないな。」
広人は自らに駆け寄りしツカヤを見つめる。
亡き友はもう守れぬが、ツカヤは守り切れた。
「……さあて。」
隆綱と義銀は振り向く。
その目の先には。
「さあ鎮西八郎! 助けてもらいしことには礼を言わねばな。しかし……それにて神器を勝手に盗み出しし罪が、雪がれる訳ではあるまい?」
鎮西八郎が立っている。
「……ふふふ。」
「な、何がおかしい!?」
しかし徐に笑い出しし鎮西八郎を、隆綱らは訝しむ。
「それは、そこの広人とやらにはもう申したが……ただの剣である。」
「なっ! そなた、この期に及んでまで罪を逃れんと!」
隆綱・義銀は憤る。
しかし。
「待て、隆綱殿、義銀殿! この剣を振るいし私には分かる。これは……少なくとも、神器ではあるまいな?」
「! 広人。」
広人が鎮西八郎に尋ねる。
「ふふふ、ああその通り!」
「しかし……ただの剣、とは大嘘であるな? これは妖喰いであるぞ!」
広人は尚も、鎮西八郎に尋ねる。
「ああ。その剣には名はあると聞いておる。……十拳剣、とな!」
「!? と、十拳剣!?」
隆綱・義銀は驚く。
「そう、かつてその八岐大蛇を打ち滅ぼしし須佐之男命が剣こそ、十拳剣! そして……打ち滅ぼされし八岐大蛇の尾より出しものこそ、神器の一つたる草薙の剣だったのです!」
「なっ……神器が、妖の中から出て来た物だって!?」
刃笹麿の言葉に半兵衛は、さらに驚く。
ここは清涼殿。
今しがた刃笹麿により、此度の鬼神一派と酒呑童子が子・鬼童丸との目当てが、先ほども述べし古の妖・八岐大蛇を蘇らさんとすることであろうと推し量られ。
ただでさえ清涼殿は混迷の中である。
「ああ、だからこそ彼奴らは草薙の剣を狙ったのであろう。そこに宿りし、八岐大蛇の力を自らの手に入れんとしてな。」
「うむ、刃笹麿よ。……ならば、今神器は。」
「はっ、帝! ……今神器は、出雲にあろうかと。」
「……うむ。」
刃笹麿の言葉に、帝は頷く。
「ま、誠かよ!」
「ああ、あの茨木童子とやらの姿! あれに変じる際には、あの翁面は出雲に呼びかけていた! あの姿が出雲より送り込まれし剣によるものであるとすれば……それより他は考えられまい?」
「あ、ああ……」
半兵衛も、刃笹麿の言葉に頷く。
「ならば……我らのすべきことはただ一つですな、帝。」
次には清栄が、声を上げる。
「一刻も早く……出雲に妖喰い使いらを出陣させ、酒呑童子が子を倒し神器の剣、帝に改めてお納めするのだ!」




