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京都の王  作者: 宇井九衛門之丞
第8章 剣璽(神器探求編)
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喰剣

「おのれ! またあの力を」

「ツカヤ、セクマ! そなたらは退がれ。そしてできうる限り遠くへ逃げよ!」

「わ、分かっただ!」


にわかに変じし妖を前に鎮西八郎は、ツカヤやセクマを遠くへと逃す。

既に他の隼人の民も、遠くへと逃れている。


神器・剣が盗まれ、それと思しき物がそれぞれ出雲と九州にあると見做された。


その剣を取り戻さんと、九州に今広人が来ている。

そしてその剣と思しき、何故か妖喰いとなりし剣を持つ者がここにはいた。


それは鎮西八郎。

かつての京における大乱に際し、上院方に味方しし侍である。


しかし今は。

その鎮西八郎と広人、そして広人と共に来し渡部隆綱・坂口義銀とで力を合わせ。


目の前の妖・禍に挑まんとしている。

その禍も、使い手たる影の中宮により、その血を与えられ化狐のごとき姿に成り果てている。


「ふふふ……さあ行きなさい、禍!」


影の中宮の命により。

禍は口を大きく開け、たちまち旋風を吐き出す。


「くっ!」

「怯むな! 奴は襲い来るぞ!」

「ぐっ!」

「!? 隆綱殿!」


風に怯む中広人は、声が聞こえし隆綱の身を案ずる。


「なんの、これしき!」

「くっ! さ、さようか……しかし、これでは分の悪きことこの上ないな!」


広人は隆綱の言葉に安堵しつつ、歯ぎしりする。

風にこうも風を受けつつでは、周りが見えぬ。


「円陣を組め! くたばらぬようにな!」

「分かっておる、大罪人め!」

「ここにて小競り合いしておる場合か!」


互いに軽口を叩きつつ、広人・鎮西八郎・隆綱・義銀は円陣の形となる。


「えい!」

「ふんっ、甘い!」

「ぐっ、舐めるな!」

「はっ!」


風の中を縦横無尽に動く禍であるが。

円陣を組むことにより立て直しし広人らにより、ことごとく受け流される。





「なるほど……中々にできますわね。しかし、私の血を受けし妖が、これしきだとでも?」


空に浮かびつつ、影の中宮は微笑む。




「くっ!」

「ぐっ!」

「ぐあっ!」

「くう! な、何だこれは……」


広人らが、驚きしことに。

にわかに風の中を走る禍より、九つの尾が広人らに伸び彼らを捕らえる。


「これは……尾か!」

「ほほほ……こうなれば、風は要りませぬわね!」


影の中宮の意を受け、先ほどまで吹き荒びし風が刹那にして収まる。


「くっ、鬼神一派あ!」

「さあ、止めを刺しなさい! 禍!」


締め上げられつつ恨み辛みを漏らす鎮西八郎もよそに、影の中宮は妖に命ずる。


と、その時。


「待つだ、妖とやらあ!」

「? おや……命知らずにも、かような所にまだ隼人の民が!」


にわかに声が響き、その方を影の中宮が見れば。

そこには、ツカヤの言葉が。


「ツ、ツカヤ! 何故逃げぬ!」

「逃げる? おらだって、一時は戦った隼人の民だ! ここで逃げるなんて、できねえ!」


ツカヤは、広人の問いかけに言い返す。


「ツカヤ……」

「ふふふ、御託を……ならばお望み通りにして差し上げますわ!」

「!? ツカヤ!」


しかし、左様なツカヤの言葉を嘲笑い、影の中宮は妖に命ずる。


たちまち余りの妖の尾が、ツカヤを襲わんとする。


「ツカヤ!」


鎮西八郎もツカヤを助けんと踏ん張るが、妖の尾に捕らえられては何もできぬ。


しかし。


「……これで、幾度目か。」

「……何?」

「……これで幾度目か! 隼人を失いかけるのは……もう懲り懲りである!」

「くっ!」

「!? な、これは何ですの!?」


広人の呟きを聞き訝しむ鎮西八郎であるが、たちまち広人は喚く。


そうして、その広人の思いに応えるがごとく。

広人の持つ妖喰い・紅蓮のみならず鎮西八郎の剣、さらには妖喰いですらない隆綱・義銀が持つ魔除けを施されし剣すらも、光る。


いや、光るのみではない。


「!? 禍!」


影の中宮が、驚きしことに。

なんと、広人・鎮西八郎・隆綱・義銀を捕らえし妖の尾が細切れとなり、彼らは解き放たれる。


さらに、ツカヤを攻めんとする尾も、ツカヤに達する前に細切れとなる。


「ぐうう!」

「ツカヤ!」


広人・鎮西八郎・隆綱・義銀はツカヤの前に降り立つ。


「ひ、広人。かたじけないだ!」

「いや、私こそ。そなたがいなければ私は、力を出せぬままであったからな。」

「広人……」

「睦み合いは、誠にやめていただけませぬか!」


ツカヤと広人の話を遮り、影の中宮は情け容赦なく刀を振るう。


「くっ! ……ち、鎮西八郎!」

「まあツカヤよ、そして広人とやらよ! 戦場での睦み合いなどと、確かに侍の嗜みではあるまい?」

「す、すまぬ……」


影の中宮の攻めを剣にて防ぎ切り、鎮西八郎は広人に向かいにやりとする。


「まあよい……さあ、これを使え!」

「うおっ! こ、これはそなたの……いや、神器かも知れぬ剣か!」


鎮西八郎は剣を渡す。

広人は戸惑いつつも受け取る。


「ふうむ、鎮西八郎? そなたが使うよう申したはずですが?」

「今しがた私との誓いを破りし者の申しつけなど、聞くに値せぬ!」


影の中宮が呈す苦言に、鎮西八郎は鼻をふんと鳴らし答える。


「なるほど……ならばよいでしょう! 禍、出し惜しみは無用ですわ!」


影の中宮はため息を吐き、すぐさま禍に命ずる。

たちまち禍の周りに、激しき風が吹き荒れ始める。


「ぐっ! ……鎮西八郎、隆綱殿、義銀殿! ツカヤをお願いする!」

「無論!!!」


広人は鎮西八郎らを一瞥し、すぐに禍へと向かう。


「くっ、この剣の力! 確かに強いしかし……ここまで強き力、私には長く扱い切れぬな。」


広人は右に紅蓮を、そして左手に剣を構え禍に向かいつつ呟く。


広人は知らぬことであるが、今時同じくして義常の身に起こりしことを鑑みれば。


これはあながち、ただの弱音ではなく、的を射し見立てと見るべきであろう。


「しかし……長く保たねばすることは一つ!」


広人はそのまま、禍の渦の中へと飛び込まんとする。


「紅蓮、そして……(つるぎ)、剣山!」


広人が叫ぶや、たちまち広人の周りを包むがごとく数多の殺気の槍が、剣が生え、空高く伸びんとする。


「うおお!」

「ふん、一息に決めるおつもりですか……甘えぬ方がよいのでは!」


広人が禍を攻める間に、影の中宮も素早く駆け、ツカヤに迫らんとする。


しかし。


「行かせぬ!」


隆綱・義銀が魔除けの刃にて立ちはだかる。


「くっ! ……なるほど、妖喰いの元となりし陰陽師が魔除け、その模倣。しかし、所詮は模倣なれば!」

「くっ! 侮るなあ!!」

「!? な、何ですと!」


影の中宮は自らの刃を受け止めし隆綱・義銀を押し切らんとするが。


思いの外強きその刃にて、却って自らが押し切られてしまう。


「かつてはかの頼松公が、酒呑童子をも退けし力!」

「そなたこそ、甘えるな!」

「くっ……図にも乗らぬ方がよいのでは!」


力強く言い放ちし隆綱・義銀に影の中宮は、再び攻めんとするが。


「ならば……真の妖喰いであればどうかな! 伏せよ二人よ!」

「何!? なっ……」

「何が……くっ!」


にわかに隆綱・義銀の後ろより声と共に、太き矢が放たれる。


隆綱・義銀はかろうじて避けるが、影の中宮は避け切れず。

顔を矢が翳め、そのまま顔の面が少し欠け、下の肌に傷が付く。


「ぐああっ!」

「ち、鎮西八郎!」

「さあこれにて……借りは返した、鬼神一派!」

「くっ、ぐっ……この!」


顔を傷つけられし怒りにより、影の中宮は再び鎮西八郎らに向かわんとするが。


「今だ、広人とやら!」

「何ですの? くっ!」


影の中宮は鎮西八郎の声により、自らのしくじりに気付く。

そう、今影の中宮は僅かに気を緩めた。


これにより、操られし禍の風もほんの、刹那、弱まる。

それを広人は、見逃さぬ。


「うおお!」


たちまち、それまで天高く飛びし禍の風を防ぎつつそこに至らんとして、伸ばしていた殺気の剣山より踊り出る。


「これにて、止め!」

「させませぬ!」

「我らの言葉だ!!!」

「くっ!」


広人を邪魔立てせんとする影の中宮であるが、鎮西八郎・隆綱・義銀に阻まれる。


そして。


「うおおお! 妖い!」


広人はそれぞれの手に持つ紅蓮と剣に、殺気の雷鳴を纏わせる。


たちまち広人そのものが雷を帯び、禍を斬らんとする。


「ぐあああ!」


広人の疾きこと、迅雷の如く。

激しきこと、さらにまた迅雷の如く。


「くっ!」

「くっ、眩い!」


その激しき光は瞬く間に、禍を斬り捨て。

周りを光の中へと包む。


紅蓮の白き殺気は禍の血肉により紅く染まり。

翻って剣の白き殺気は、禍の血肉を自らの殺気の色に染めて喰らう。


やがて光は、止む。





「くっ……」

「くっ……」


影の中宮と鎮西八郎・隆綱・義銀は暫し、睨み合うが。


「ふふふ……まあよいでしょう。これにてあの剣は目覚めた。……それでよしとしましょう!」

「なっ! 待て!」


影の中宮は、これにてドロンする。


「……逃したか。」

「皆、大事ないか!」

「! 広人殿!」


未だ紅蓮と剣を持ちしまま、広人は皆へ駆け寄る。


「広人!」

「ツカヤ! ……よかった、大事ないな。」


広人は自らに駆け寄りしツカヤを見つめる。

亡き友はもう守れぬが、ツカヤは守り切れた。


「……さあて。」


隆綱と義銀は振り向く。

その目の先には。


「さあ鎮西八郎! 助けてもらいしことには礼を言わねばな。しかし……それにて神器を勝手に盗み出しし罪が、雪がれる訳ではあるまい?」


鎮西八郎が立っている。


「……ふふふ。」

「な、何がおかしい!?」


しかし徐に笑い出しし鎮西八郎を、隆綱らは訝しむ。


「それは、そこの広人とやらにはもう申したが……ただの剣である。」

「なっ! そなた、この期に及んでまで罪を逃れんと!」


隆綱・義銀は憤る。

しかし。


「待て、隆綱殿、義銀殿! この剣を振るいし私には分かる。これは……()()()()()、神器ではあるまいな?」

「! 広人。」


広人が鎮西八郎に尋ねる。


「ふふふ、ああその通り!」

「しかし……ただの剣、とは大嘘であるな? これは妖喰いであるぞ!」


広人は尚も、鎮西八郎に尋ねる。


「ああ。その剣には名はあると聞いておる。……十拳剣(とつかのつるぎ)、とな!」

「!? と、十拳剣!?」


隆綱・義銀は驚く。






「そう、かつてその八岐大蛇を打ち滅ぼしし須佐之男命が剣こそ、十拳剣! そして……打ち滅ぼされし八岐大蛇の尾より出しものこそ、神器の一つたる草薙(くさなぎ)の剣だったのです!」

「なっ……神器が、妖の中から出て来た物だって!?」


刃笹麿の言葉に半兵衛は、さらに驚く。

ここは清涼殿。


今しがた刃笹麿により、此度の鬼神一派と酒呑童子が子・鬼童丸との目当てが、先ほども述べし古の妖・八岐大蛇を蘇らさんとすることであろうと推し量られ。


ただでさえ清涼殿は混迷の中である。


「ああ、だからこそ彼奴らは草薙の剣を狙ったのであろう。そこに宿りし、八岐大蛇の力を自らの手に入れんとしてな。」

「うむ、刃笹麿よ。……ならば、今神器は。」

「はっ、帝! ……今神器は、出雲にあろうかと。」

「……うむ。」


刃笹麿の言葉に、帝は頷く。


「ま、誠かよ!」

「ああ、あの茨木童子とやらの姿! あれに変じる際には、あの翁面は出雲に呼びかけていた! あの姿が出雲より送り込まれし剣によるものであるとすれば……それより他は考えられまい?」

「あ、ああ……」


半兵衛も、刃笹麿の言葉に頷く。


「ならば……我らのすべきことはただ一つですな、帝。」


次には清栄が、声を上げる。


「一刻も早く……出雲に妖喰い使いらを出陣させ、酒呑童子が子を倒し神器の剣、帝に改めてお納めするのだ!」



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