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京都の王  作者: 宇井九衛門之丞
第8章 剣璽(神器探求編)
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対蛇

「器が、保たぬ……?」


夏は信じられぬという目で、まじまじと義常の右手を見つめる。


その手は、黒ずんでいた。

盗まれし三種の神器を巡る戦にて。


その盗まれし神器、剣は今二つの所にある。

出雲と、九州である。


その内、出雲へと向かうさなか。

奇しくも夏の故郷・毛見郷の近くにて妖喰い使いらと鬼の魔軍がぶつかり合う。


しかし、その出雲の鬼・鬼童丸により"剣"の力を与えられし魔軍の大将・茨木童子は八つの大蛇がごとき首を背より生やし半兵衛ら妖喰い使いのみならず、共に戦いし泉頼益や四天王らをも捕らえる。


窮地に陥りし半兵衛らであったが、刃笹麿の式神・刃白に乗り現れし義常により救われる。


しかし、そこにて一行は今驚いている。

それは、今しがた義常よりありし言葉。



妖喰いの器として保たず、長くない――


「如何なる意か、兄者!」

「……主人様。今は囚われし、頼益殿らを助けるが先かと。」

「兄者!」


頼庵の問いかけには答えず、義常は半兵衛に言う。


「ああ、そうだな……しかし、あいつは首が多い。しかも、斬ったところですぐ傷を癒しちまう。どうする?」

「は、半兵衛様!」


義常の問いに、半兵衛も事も無げに答える。

頼庵はさような半兵衛にも慌てる。


「すまねえが頼庵……今は、四の五の言っている場合じゃないんでな。ここは、義常さんの力を借りないといけねえ!」

「ううむ……し、承知しました!」


半兵衛の言葉に、頼庵はこう答えるより他なし。


「し、しかし……」

「夏殿も! ……すまぬ、私の身を案じてくれしはありがたいが。どうか、今は戦に。」

「……ううむ。」

「!? 来るぞ!」


渋る夏であるが、戦は待ってなどくれぬ。

間合いを取っていたとはいえ、やはり未だ勢い衰えぬ様にて茨木童子が迫っていた。


かろうじて、妖喰い使いらの乗る刃白が避ける。


「ぐっ! 兄者……」

「頼庵! 今頼益殿らを盾にされては矢が放てぬ! 戦の趨勢はくれぐれも、自らで見極めよ!」

「お、応!」


兄の言葉に頼庵は、兄に目をやりたき心を堪えぐっと前を向く。

今はただ、戦をやるのみである。





「あ、兄上!」

「高无、掴まれ!」


にわかに、自らにも向けられし茨木童子の攻めに。

高无は慌てふためくのみであったが、伊末は自らに合わさりし妖の翼を広げ。


高无を連れ、その場を後にする。


「あ、兄上……」

「案ずるな、これしき!」


未だ血の滲む口元を上げ、伊末は弟に笑みを向ける。

が、しかし。


「ぐっ!」

「あ、兄上!」


大蛇の首は飛び立たんとする兄弟を捕らえんとし、伊末に合わさりし妖の脚に絡みつく。


「兄上!」

「ぐっ、この……妖よ、そなたが主人が分からぬか!」


伊末はまず、茨木童子に呼びかける。

妖を操る術こそ、彼の得手である。


いや、そのはずであったが。


「ぐう……かはっ! ……この私にも御せぬのか……」


伊末は茨木童子の力に、押し返される。

やはり、鬼童丸と"剣"の力を受けし妖。


その強さは、並の妖の比ではない。


「兄上! すみませぬ……またご無理を」

「案ずるな! ……陰摩羅鬼(おんもらき)、そなたの力これしきか!」


伊末は弟を宥め、自らに合わさりし妖・陰摩羅鬼に命ずる。

たちまち陰摩羅鬼は、翼をさらに伸ばし。


そのまま力強く、さらにさらに羽ばたき。

やがて大蛇の首を、振り切る。


「やりました! 兄上、抜け出せ」

「ぐっ……」

「あ、兄上!」


しかし高无が驚きしことに。

伊末は苦しみ出す。


「案ずるなと言っておる! ……しかし、少し休ませよ。」

「兄上!」


再び茨木童子より間合いを取り、長門兄弟は地に降り立つ。


「くっ……もう少しばかり、保つと思ったが……これは、なかなかよ。さて、どうしたものか……」

「あ、兄上!」


伊末は考えを巡らせるも、その時高无が叫ぶ。

見れば、先ほど間合いを取りしはずの大蛇の首がもう迫っている。


「なっ……これが、鬼童丸の力か!」


伊末は歯ぎしりする。

元より侮っていた訳ではないが、よもやこれほどとは。


万事休すか――

と、その刹那だった。


「あ、兄上!」

「ん……? こ、これは!?」


弟の叫びに、伊末が前を向く。

すると、何やら大蛇の首――ひいては、その大元たる茨木童子が身悶えし様が見えた。




「な、何だ!?」


刃白に乗りし妖喰い使いらは、にわかに動きを止めし茨木童子に驚く。


「半兵衛殿ら!」

「! 頼益さん!」


声の方を見れば。

そこには、大蛇の首に絡め取られし頼益、さらに賢松・杖季が魔除けの刃をその大蛇に突き刺しし様が見える。


「我らが喰い止める! さあ、早く!」

「……かたじけねえ!」


半兵衛らは俄然、活気付く。


「行くぜ! 義常さん、頼庵、夏ちゃん!」

「応!!!」


彼らの意を受け、刃白は備えし武具の矛先を茨木童子に向ける。


そのまま。


「頼庵!」

「う、うむ!」


まず、水上兄弟が両の舷の弩より数多殺気の矢を放つ。

矢は茨木童子より伸びし大蛇の首を捉える。


「がああ!」


茨木童子より、激しき叫びが上がる。

捉えられし大蛇の首を、殺気の矢が緑に染め上げ喰らったのである。


傷がすぐに癒える憂いがあったが、それは杞憂に終わる。

魔除けにより、止められているためか。


そして次に、刃白は茨木童子のがら空きたる胴を狙う。

刃白の四つ脚は夏の爪のごとく蒼く染まり、そして尾は未だ血に染まらぬ紫丸のごとく蒼く染まる。


「行くぞ、夏ちゃん!」

「応!」


そのまま刃白の爪が茨木童子の胴を守らんと突き出されし腕を切り裂き、尾がそのまま胴を狙う。


「はああ!」


尾より伸びし蒼き刃が、たちまち茨木童子の胴を切り裂きし血により紫に染まる。


しかしその時、茨木童子の胴の向こう川より半兵衛は、何やら手ごたえを感じた。


「義常さん! 茨木童子の向こう側から何か来る、頼む!」

「はっ!」


半兵衛が義常に呼びかけし、その刹那。

茨木童子の向こうより現れし、それは刃白の左の舷を翳める。


「翁面!」

「水上の兄か……」


それはほんの刹那であったが。


飛び出しし二人の翁面――伊末と高无。

そして刃白に乗りし水上兄弟――義常と頼庵。



二つの兄弟は、睨み合う。

しかし、長門兄弟はすぐ離れて行く。


「待て!」

「ふふふ……妖喰い使い共よ! 今日の所はこれまで……では!」


そのまま瞬く間に、長門兄弟は見えなくなった。


「あれは……二人の翁面か!」

「いつの間にもう一人……」


水上兄弟は、長門兄弟の去し跡を眺める。

が、すぐに目を周りに移す。


茨木童子は、喰い尽くされていた。


「あ、妖喰い使いの方々よ!」

「あ、頼益さん方よ! 大事ないみたいだな!」


半兵衛は刃白より降り、頼益らに駆け寄る。


「兄者、さあ。……帰った後には洗いざらい話してもらう。」

「うむ……」

「義常殿……」


刃白に乗りしまま、頼庵と夏は。

黒ずみし手の義常を、憂いを帯びし目にて見つめる。





「隼人……隼人!」

「痛た!」

「あ、ああ……すまぬ。……おや? 私は……」


にわかに目覚めし広人は、飛び起きし時の勢いにて傍らで看ていてくれていたツカヤの顔に自身の顔をぶつけてしまう。


ここは九州。

奪われし三種の神器が一つ、剣があると思しき二つの所のうちの一つである。


もう一つの所、出雲に攻め入らんとする道中にて半兵衛らが鬼・茨木童子と戦っている。


この九州には、泉頼益が四天王のうち二人、渡部隆綱・坂口義銀と共に広人が来ていた。


「ええと、私は……ん!」


広人ははっとする。

そうだ、自らはこの地に剣を持ち込みし泉為暁もとい、鎮西八郎より剣を奪うべく戦を挑み――


「目覚めたか。」

「!? そ、そなた!」


にわかに響きし声に、広人はびくりとする。

その声は、鎮西八郎であった。


「ほほ、まあそこまでびくびくせずともよい。ここで獲って食おうというのではないのだからな。」

「は、はあ……」


笑いつつ手をひらひらと振る鎮西八郎に、広人は疑いの眼差しを向け続ける。


放り投げられし上に、殺されかけしことは忘れはせぬ。


「と、言われてもまあ、にわかには信じられぬか……しかし、誠に案ずるな。今のそなたになぞ戦を挑めど面白くもないことは知っておる。」

「……そうか、よかった。……いや、何か傷付くな。」


広人は鎮西八郎の言葉に、少し拍子抜けする。

そして、戦を挑めど面白くなくて悪かったな、と嫌みでも言ってやりたき思いである。


「何はともあれ! 先刻までの無礼はお許しいただきたい。そなたはお客人、傷が癒えるまでゆっくりとお休みいただいて構わぬ。」

「は、はあ……どうも……」


鎮西八郎は笑みを広人に向ける。

その目には何やら、含みのある光が宿りしことが気になったが、そのまま鎮西八郎は行ってしまった。


「ヒカヤ、案ずるなや。傷もさほど深くわねえ、今日しっかり休めば、きっと癒えるだ。」

「う、うむ……かたじけない。」


自らに優しく言葉をかけるツカヤを、広人は見る。

見れば見るほど、やはりその顔は亡き友に瓜二つである。


ここで、広人は。


「なあ、ツカヤ。……一つ、尋ねてもよいか?」

「何だ?」


これまで気になりしままであったことを切り出さんとする。

ツカヤはそれを不可思議そうに見つめる。


「隼人――それが、そなたらのかつての呼び名と聞いた。あれは、どういう意だ?」

「……ああ、それは」


ツカヤは語り始める。


「昔、おら達の祖は。大和の帝に従わん暮らしをしとっただ。でも……しまいには負けて、帝に従った。」

「なるほど。……いわゆる、まつろわぬ民という者か。」


ツカヤの話に、広人はようやく合点する。

なるほど、隼人とはあの奥州の蝦夷たちと同じであったか。


いつかセクマが話していた、聞きしこともなき言葉。

あれを聞き広人は、ツカヤ達を蝦夷と間違えた。


あながち、間違いではなかったということか。


「それでも、幾人かは習わしを守ろうとして……こうして山で暮らしていただ。おら達はその祖たちの、子孫だ。」

「なるほど……しかし、何故あのちん……いや、主人様と暮らしているのだ?」


広人は再び、尋ねる。

さすがにそのまま鎮西八郎と呼ぶのは憚られたため、慌てて出掛かりし言葉を飲み込む。


「ああ、おら達はあのお方に見つけてもらっただ!」

「見つけて、もらった……?」


ツカヤは、笑みを顔に浮かべる。

広人は首を傾げる。


「おら達の所にある日、あのお方がやって来ただ。……3年ほど、前だったか。始めはおら達も、大和の奴だと勇んでただけど……あのお方は、そこで倒れちまっただ。」

「た、倒れた?」


広人は驚く。

まさか、隼人の民の地で行き倒れるとは。


とても、あの鎮西八郎の有様とは思えぬ。


「それで、今の内に首を掻こうと言う奴もいただ。けど……皆あのお方を放っておけなくて、手当てしただ。」

「ふ、ふむ、……それで、あのお方がそなたらの主人になったと?」

「ああ。」


ツカヤはまた、喜ぶ。


「おら達をこの礼として、守ってくれるて言うてくれただ。あのお方はだから、おら達を見つけてくれた。」

「うむ……」


広人は曖昧に頷く。

今一つ、ツカヤの言う『主人様』と、広人の知る鎮西八郎とが繋がらぬ。


「どうしただ? ヒカヤ。」

「あ、いや……何でもない。」


しかし、この考えをツカヤに話してもどうにもならぬと、広人は口を噤む。






その、夜のことであった。


「主人様? 及びですかだか?」


ツカヤは眠りし広人のいる洞穴を抜け出し、鎮西八郎に呼びつけられし所に来ていた。


「ああ、よく来てくれた……ツカヤ。」

「いや、そんな……!?」


ツカヤは振り向き様に、驚く。

そこに立ちしは、鎮西八郎。


しかし、その右手には件の剣が握られている。

さらに、その左手には。


「せ、セクマ!」

「ケ、兄者(ケセケ)……」


弟のセクマが捕らえられている。

思わず隼人の言葉が出てしまうほどに、彼は揺らいでいた。


「ツカヤ……許せ。頼みを聞いて欲しいだけじゃ。まあ、そなたが私の頼みを無碍に断るとも思えぬが……どうか聞いてほしい。」

「こ、断るわけねえ! おらが主人様の頼みを! ……だから、セクマだけは!」


事も無げに言う鎮西八郎に、ツカヤは膝を付き手を付き頼む。


頼み事をされているのは自らであるのに、である。


「ふふふ……よい、すまぬセクマ、ツカヤ。では、お頼みいたそう。」

「あ、ああ……」


ツカヤは尚もしゃがみつつ、震えつつ鎮西八郎の言葉に耳を傾ける。





「お、お客人! い、一大事だ!」

「う、うん……? そなた、セクマ……」

「は、早く来てくださいだ!」

「う、うわ! わ、分かった! そう急かすな。」


セクマは広人を叩き起こし、そのまま袖を引き連れて行く。

連れて行きし、所は。


「ここは……昨日の戦場か!」


広人は周りを見渡し、叫ぶ。

そこは、紛れもなく昨日鎮西八郎と相対しし所であった。


「これはこれは……よくぞやったセクマ! さあ、そなたは退がれ。」

「は、はっ!」

「! そなたは……鎮西八郎!」


やはりというべきか、これまた昨日を繰り返すかの如く。

鎮西八郎が、戦場にいた。


セクマはそのまま、藪に消えて行く。


「そなた……何を!」

「何を、か……もう、答えるまでもあるまい?」


そう言うや鎮西八郎は、剣を掲げる。

たちまち、刃に殺気が灯り、鎮西八郎の後ろを照らし出す。


そこには。


「つ、ツカヤ!」


高き柱に括り付けられし、ツカヤが。


「そなた、ツカヤに何をした!」

「何もしてはおらぬ……しかし、この後にはツカヤは傷付くやも知れぬな。そなたの出方によりては!」

「な、何!?」


鎮西八郎の言葉に、広人は眉を顰める。


「さあ、槍の妖喰い使いよ……今一度私と手合わせ願おう! ツカヤを……そなたが救いたければな!」

「くっ……」


爛々と輝く剣を掲げしまま、鎮西八郎は広人に叫ぶ。

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