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京都の王  作者: 宇井九衛門之丞
第8章 剣璽(神器探求編)
124/192

八方

「うがあああ!」

「くっ、これは!?」


にわかに苦しみ出しし茨木童子に、妖喰い使いらは戸惑う。


盗まれし、帝が代々受け継ぎし宝・三種の神器が一つ、草薙の剣。


それは今、九州と出雲の二つ、どちらかにあるという。

今九州には広人が剣を探しに行っている。


そして出雲には、半兵衛・夏・頼庵が向かっている。

頼庵の兄・義常は半兵衛よりとある訳により出陣を禁じられ都にて留守を預かっている。


九州と出雲にはそれぞれ、お付きの者として。

かつて、百年より更に前、魔除けの武具のみにて鬼・酒呑童子を退けたという侍・泉頼松とその家来たる四天王。


その子孫らが、付いて行っていた。

そうして、出雲へ半兵衛らと頼松が子孫・頼益率いる四天王のうち二人が向かう道中。


かつての夏が故郷・毛見郷にて、待ち構えし茨木童子と鬼神一派らとの戦となる。


そしてそのさなか。


「があああ!」


先ほどまで知恵を備えし位高き妖であった茨木童子は今や、目を光らせ唸るのみの獣と化す。


「ふん! さあ妖喰い使い共よ……兄の受けし礼を返さんとする弟の力、とくと味わうがいい!」


翁面・高无が叫びを上げる。

半兵衛らにはその面にて分からぬが、その目は。


いつもの、穏やかなる目とは違う。

兄を傷つけられし礼、この場にて返し漏らす手はなかろうという激しき憎しみの炎が揺れ動いている。


「何か分からねえが……こっから先、この村で勝手は許さねえ!」

「応!」


半兵衛も叫び返す。

それにつられ、頼庵や夏も叫ぶ。


「があああ!」

「一息に斬りかかるぞ!」

「応!」


見境なく三つに増えし腕を四方八方に振るい、茨木童子が暴れ回る。


「おりゃあ!」

「がう!」


半兵衛は紫丸にて斬りかかるが、右腕にて受け止められる。


「うおお! ……くっ、当たらぬ!」


頼庵は翡翠より殺気の矢を数多射り続けるが、此度は一つ増えし腕により悉く防がれる。


「おのれえ!」

「ぐああ!」

「くっ!」


夏は宙より爪にて斬りかかるが、次は左腕にて防がれる。


「くっ……しかし皆、既にこの鬼は俺たちの方が捕らえているんだ! そのまま逃がすな!」

「応!」


半兵衛は叫ぶ。

確かに、先ほど増えし腕も含め茨木童子の全ての腕は、妖喰い使いの攻めを受け止めている。


それは裏を返せば、茨木童子は防ぐことで手一杯であろうということである。


「うおお!」

「うおおおお!」

「がっ……がああっ!」


そのまま半兵衛らは攻めの手を緩めず、どころかより強める。


それは少しずつではあるが茨木童子の守りを、確かに破っていく。


「くっ! ……さすがは妖喰い使い。何かと我らを手こずらせてくれる……今も!」


高无は悔しがる。

自らの妖力では足りぬというのか。


この、羅城門の鬼の怒り加わりし茨木童子の力をもってしても。


「くっ! いや……兄上、ご覧ください! あなた様が愚鈍な弟である私めであっても、かような奴らごとき!」


高无は首を振りつつ、今この場にはおらぬ兄に言う。

ここにて敗れる訳にはいかぬ。


兄が、心安らかにいられるように。


「うおおおお!」


高无は自らの妖力を、更に茨木童子に注ぎ込む。





「!? くっ、また押され始めた……」

「くっ!」

「このっ!」


半兵衛は先ほど茨木童子を押しし時とは、逆さまの意での手ごたえを感じる。


茨木童子は再び、にわかに力を振るい始めたのである。

目はより激しく光り、更に肉身はより堅牢さを増し。


妖喰い使いらに、抗い見せる。


「くっ……この!」

「ははは! さあ、このまま」

「……半兵衛殿ら、代われ!」

「えっ……くっ!」


半兵衛らが、驚きしことに。

にわかに後ろより出でし人影が三つ。


それぞれに半兵衛・頼庵・夏を押し退ける。


「!? よ、頼益さん!」

「賢松殿!」

「杖季殿!」


それは泉頼益、そして四天王のうち残りし碓木賢松・卜目杖季であった。


そのまま、茨木童子は自らの動きを止めし者がにわかにいなくなったため、これ幸いとそのまま攻めを強める。


その攻めの先にいるは、半兵衛らを押し退け入れ替わりし頼益・賢松・杖季である。


「頼益さん!」


そのまま彼らは、茨木童子により――


「ふんっ!」

「やっ!」

「はっ!」

「がああっ!」

「……え?」


茨木童子によりやられ、とはならず。

むしろ頼益らは、差し出されし攻めの腕を魔除けの刀にて斬りつける。


それは、茨木童子の三つ全ての腕を深く抉った。


「くっ! ……なっ、これは妖喰いとも違う……何故!」


高无はにわかには、信じられぬ。

先ほどまで妖喰いには抗えていた茨木童子が、元々それよりも力が及ばぬはずの魔除けの武具にて激しく痛がるなどと。


「何をしている、今である半兵衛殿ら!」

「……!? よし、夏ちゃん、頼庵!」

「応!」


半兵衛らも高无らと同じ訳にて呆けるが、すぐにはっとなり、再びの攻めに移る。


「くっ、おのれ! ……かくなる上は!」


高无はこれを見、腹を決める。

もはや、出し惜しみは無用ということか。


「聞こえておるか、鬼童丸(きどうまる)殿よ! 汝の持つ剣の力……今こそ、そなたが僕! 茨木童子に与えよ!」


高无は叫ぶ。

それは出雲にて待つ、酒呑童子が子・鬼童丸に向けてである。


果たして、意が鬼童丸に伝わりしか。

たちまち茨木童子より、先ほどにも増して凄まじき妖気が溢れ出る。


「ぐっ、半兵衛様!」

「くっ、これは……何だ!」

「ひとまず、皆、下がって」


半兵衛らにもそのただならぬ様は伝わり、攻めより一転し一度引かんとするが。


その時であった。


「ぐうう!」

「なっ! これは」

「ぐっ! 皆、大事ないかい!?」


にわかに何やら茨木童子より、()()()()()()()が生え出て半兵衛らを襲う。


「な、何とか!」

「くっ、私もだ!」

「よかった……頼益さんたち!」

「我らも大事ない!」

「案ずるな!」

「何の!」


半兵衛の問いかけに頼庵・夏、さらに頼益や賢松・杖季も威勢よく答える。


半兵衛らはどうにか、その腕のごときものを受け止めたのであるが。


「!? こ、これは!」


半兵衛らは自らの受け止めしものを見て、絶句する。

それは腕かと思えば、さにあらず。


むしろ、()というべきか。

茨木童子の背中より生えしもの、それは。


半兵衛らに受け止められて尚、その長き手首――いや、()をしならせ自らの方へ引き戻さんとする。


「ぐうっ! ……皆、次が来るぞ! ……って、これは!?」


その()も、一度引いてまた迫り来るかと思えばさにあらず。


その()の、先に付きたるは。


「これは……ぐっ! 大蛇(おろち)か!」


半兵衛はその先に付きたるものを見、驚く。

それは、角や牙が備わり、ギラギラと光る赤き目を備えし顎の裂けし獣――蛇の顔である。


「半兵衛様!」

「皆! 頭にゃ気をつけろ!」

「お、応!!!!」


半兵衛は皆を案じつつも、やることといえばそのように声をかけるのみであった。


「ぐうっ! この」


妖喰い使い、そして頼益や四天王らは、この大蛇の首に攻められ守りに徹するより他なし。


彼らは今自らの周りに気をとられ、その仇たる茨木童子の姿の全ては見えぬ。


だが、遠くより戦いを見つめる高无にはその姿が全て、見てとれた。


「首を八つ持ちし、大蛇とな……?」


しかし高无も、その異形なる姿にはやはり絶句する。

茨木童子は先ほど、兄たる羅城門の鬼の腕を与えられしことにより、腕が三つに増えしことに加え。


その背中より、今高无の言いし通りに大蛇の首が八つ生えし姿である。


「この姿にこの妖気……薬売り! この鬼童丸殿の力とは……そして、三種の神器のうち剣とは何なのだ!」


高无は自らの中に宿る問いを、恐れを、そのまま口にする。


これまでも、恐ろしき力は幾度も目にしてきた。

父・道虚の纏いし最上の妖喰い・宵闇。

そして、少し前に海賊に授けし頗る大きな妖・赤鱏。


しかし、これはそれらとはまるで異なるものを感じさせる。


何やら、神の域にでも届くかのような――


「くっ、かようなものは見たことがないぞ、薬売り!」


高无は分かり切っていたことではあるが、答えの返らぬであろう者に問い続ける。


薬売り向麿は今、仕込みとやらで留守であるという。

しかし。


「くっ……まあ、返らぬならよい。何にせよ……こやつの力をもってすれば、もはや妖喰い使いらや泉頼益らなどと虫を潰すも同じこと!」


高无はひとまず、自らを落ち着ける。


「ならば……茨木童子よ! その力でもって今こそ、其奴らを平らげよ!」


高无は茨木童子に自らも走り寄りつつ、命を出す。





「くっ、おのれ猪口才な!」

「くっ!」

「おのれ!」


半兵衛ら妖喰い使いらも、頼益と賢松・杖季も戦うが。

大蛇の首は、半兵衛らの刃を受け流すべく首を自らに引き寄せしと思えば、次にはしならせ半兵衛らを押し出したり。


さらにはまた引き寄せたりと、先の読めぬ動きにて皆を弄ぶ。


「くっ、おのれえ!」


頼庵が苛つきつつ、さらに攻めんとする。

しかし、この大蛇の面倒なる所は。


その捉えどころの無さのみならず、そもそもの地力もであった。


「ぐっ!」

「頼庵! くっ……ま、まずい!」


半兵衛が驚きしことに。

頼庵は改めて攻めんとした大蛇より、返り討ちにあい飛ばされる。


たちまち頼庵は、地を転がる。


「頼庵! ……くっ、邪魔するな!」


半兵衛はすぐにでも助けたき心持ちであるが、やはり他人を構っている場合ではなかった。


大蛇の首は半兵衛ら一人一人に、巻きつかんとして来ているのである。


「くっ、この!」

「頼庵殿!」


夏や頼益、賢松や杖季もこの大蛇の攻めに手詰まりにて、頼庵を守ること能わず。


頼庵にも、大蛇の頭が二つ迫る。


「くっ!」

「頼庵!」


半兵衛は未だに、頼庵を案じる。

この大蛇の八つの首のうち、七つは半兵衛ら妖喰い使い・そして頼益と四天王に迫っている。


「ぐっ!」


そして、残る一つは先ほど茨木童子に走り寄りし高无にも襲いかかったのである。


尤も、半兵衛らには気づかれておらぬが。


「くっ……茨木童子! 見境をなくしたか!」


高无は叫ぶ。

しかし、茨木童子は先ほどより既に、高无の手駒となりし身。


元より見境など、茨木童子そのものからは奪われている。

そう、これは高无の手に余る力であるがため、御せていないのである。


しかし、さようなことも考える暇は与えぬとばかり。

高无に大蛇の首が、迫る。


「くっ!」


頼庵にも今まさに、二つの大蛇の首が――





「大事ないか、頼庵!」

「ああ……何?」


顔を上げし頼庵は、驚く。

自らを襲いし大蛇の首は、大きく後ろに仰け反っていた。


見ればその各々の額には、太く長き殺気の矢が。


「なっ……まさか!?」


頼庵は振り返る。





「何をしておる、高无!」

「……っ! ……え?」


こちらも目をつぶっていた高无が、にわかに聞こえし声に目を開け前を見れば。


「なっ……」


()()()が、大蛇の首より高无を守っていた。




「兄上!」


高无が叫ぶ。




「兄者!」


頼庵が叫ぶ。




頼庵の後ろには式神・刃白に乗りし義常が、高无の前には妖と合わさりし伊末が。


弟を、守りに来ていたのである。


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