鬼弟
「何故、妖喰いが!?」
「これは……ただの剣と聞いている!」
「何……?」
妖喰いの槍・紅蓮にて広人が受け止めし鎮西八郎の剣は、今その名に違い白き殺気を纏う紅蓮と同じく、白き殺気にて刃が染まる。
九州に、泉頼益が四天王・渡部隆綱と坂口義銀と共に入りし広人。
しかし、間もなく妖・禍に襲われ、自ら妖に突っ込み何とか隆綱や義銀、更に船に乗りし従者らを助けた。
そうして自らは、海の藻屑となりかけし所を。
辛くも鎮西八郎に救われ、その従者たる、かつての死せる友・隼人に似し若者・ツカヤにより眠りから覚まされる。
かくして、その夜に。
この地に流れ着きしという鎮西八郎が持っているであろう、盗まれし三種の神器が一つ・草薙剣を探し求めれば。
そこへ現れしが、今まさに刃を交えている鎮西八郎であり、その剣は今こうして、白き殺気を纏っている。
「私は……その剣を、欲している!」
広人は高らかに叫ぶ。
この剣が、誠に神器・草薙剣かは分からぬが。
いずれにせよ、持たねば調べることもできまい。
「ふふふ……ははは! しかしこれは今や我が物ぞ? それを欲し、こうして刃を向けしということはそなた、人の物を盗まんと言うか?」
鎮西八郎も笑いつつ返す。
「くっ……ああ、その他に何があろうか! それが神器なればそなた、帝に背きし大罪人ということ! 分からぬか?」
鎮西八郎の勢いに引きつつ、広人は努めて気丈に返す。
「ほう……ならば奪ってみよ! 帝に背きし大罪人? もとより私は、帝に背きし者よ!」
「くっ!」
広人のハッタリも効かず、どころか鎮西八郎は更に攻めの手を強める。
「ふんっ、先ほどの威勢は口ばかりか! これしきにて私より剣を奪おうなどと……笑止千万である!」
「な、何を!」
広人は鎮西八郎の絶え間無き攻めを、死にものぐるいにて全て受け止める。
しかし。
「かかか……槍か! たしかに少し離れし相手にはよかろうしかし! 近すぎれば手も足も出ぬな!」
「ぐっ、ぐうあ!」
これが、かつて義常を引かせし鎮西八郎か――
悔しいが広人は、そう認めざるを得ぬ。
自らの攻めが効かぬばかりが、そもそも自らを守ることにすら力及ばぬ。
それでも。
「我ながら情け無いが……私は!」
「ほう?」
破れかぶれではあるが広人は、身を乗り出し鎮西八郎の剣に紅蓮を打ちつける。
僅かであるが鎮西八郎は、後ずさりする。
「どうだ!」
「少しは争いみせるか……しかし甘い!」
「何! ……ぐっ!」
しかし、やはり相手は鎮西八郎である。
なんと、自らの剣に打ちつけられし紅蓮ごと、それを持つ広人を剣を振るうことにて持ち上げる。
そしてそのまま。
「ふんっ!」
「ぐああ!」
広人は投げ飛ばされ、岩壁にぶつかり土煙を上げた。
「ふん……少しは楽しませて欲しかったが、口ほどにもない!」
「くっ!」
鎮西八郎は吐き捨て、剣に纏わせし殺気を振るう。
それは一筋の光として、凄まじき勢いにて地を割りつつ広人に迫る。
「くっ……ん!?」
「ははは……何!?」
「何やってるだヒカヤ! 主人様!」
しかしその時。
広人も鎮西八郎も驚きしことに、なんとツカヤが広人を殺気の刃より守らんとする――
「ツカヤ!」
「ヒカヤ、逃げるだ!」
「……なっ!?」
刹那、ツカヤの姿は。
白き殺気の光に、呑まれんとして――
――広人。
「……隼人!? 再び、逝くなど……許すものかあ!」
しかし広人も、また動く。
たちまち、紅蓮からも白き殺気が。
そして。
「くっ! ……ツカヤ! ん? な、何!?」
眩き殺気の光に目が眩みし鎮西八郎であるが。
次には、剣を握る手に凄まじき手ごたえを覚える。
「ぐっ、ぐうう!」
その勢いたるや、鎮西八郎の腕の力をもってしても取り落としかねぬほどである。
いや、その更に次には取り落とした。
「ぐあっ!」
そうして、先ほどのものとは比べ物にならぬほどの土煙が上がる。
「くっ……つ、ツカヤ!」
目を抑え噎せつつ、鎮西八郎は煙の中のツカヤに呼びかける。
と、その時である。
「くっ! に、にわかに土煙が晴れた……?」
鎮西八郎は周りを見渡す。
土煙が、晴れていくのである。
それを晴らししは、白き殺気である。
「……!? つ、ツカヤ!」
「あ、主人様……ひ、ヒカヤが!」
「何?」
白き殺気に包まれし中より、殺気も消えツカヤと、彼が抱えし広人も出て来る。
「ツカヤを、守らんとしたのか……?」
鎮西八郎は言いつつ、自らの手を見る。
それは刹那であったが、自らが求めし手ごたえ。
あの、京の大乱にても得られずじまいであったもの。
「……くくく、ははは! ……そうか、これか!」
「あ、主人様……?」
「ははは……ツカヤ。すまぬが、そのお客人を再び。」
「う、承りましただ!」
鎮西八郎の声にツカヤは、広人を抱えしまま背筋を伸ばす。
「さあて皆! 妖喰い使い共である。いかなる味か、とくと味わうがよいぞ!」
「応!」
翻って、京の近く・毛見郷にて。
「よだれ垂らして支度できた所悪いが……あんたらは喰われる側だろ!」
「ぐああ!」
迫り来る鬼の魔軍を、頼益や四天王を守る半兵衛ら妖喰い使いが斬り倒す。
こちらはもう一つ・神器と思しき剣があるという出雲へ兵を進めし矢先。
夏のかつての故郷・毛見郷にて、もう一人の翁面・高无と鬼の魔軍に迎え討たれんとして抗っていた。
「夏ちゃん……大事ないかい!?」
半兵衛は尚も紫丸を振るいつつ、夏を気遣う。
この前の翁面に続き、よりにもよってこの地とは――
しかし。
「何のことだ半兵衛? 自らを気遣え!」
「そうかい……杞憂って奴か!」
夏は宙を舞いつつ鬼を屠っていく。
半兵衛はその夏の言葉に笑みを浮かべ、鬼らに突っ込む。
「くう! この!」
頼庵は近づく鬼らを刀に纏わせし緑の殺気にて屠り、遠くの相手には翡翠より殺気の矢を放つ。
「ぐああっ!」
「があっ!」
矢に当たりし鬼らは血肉となり、殺気の色に染め上げられていく。
「よおし……え? ちょっと、賢松さん!」
半兵衛らの囲いをすり抜け、四天王の残りし二人のうち一人・碓木賢松が飛び出す。
「かような雑魚ら……妖喰い使いの方々ばかりに戦わせるほどでもない!」
「何を!」
「生意気にも、人の子ごときがあ!」
「はあっ!」
「ぐああ!」
聞きようによっては傲慢極まりなき賢松の言葉も。
その言葉に違わず鬼を、魔除けの刃にて斬り捨てしことによりなるほどと感嘆させられる。
「すげえ……魔除けだけで。」
半兵衛はまたも感嘆する。
この前の、羅城門での戦にても見しことがあったが、今こうして改めて目の前にて見ると、やはり違うものである。
「感心しておられる場合ではない! 言っておろう? かような雑魚共は我らで事足りる、そなたら妖喰い使いは大将を!」
「おおっと! かたじけない。」
賢松の言葉に半兵衛は我に返り、前へ進む。
「くっ! ……おや?」
「ぐああっ!」
「水上殿、大事ないか?」
「頼益殿!」
頼庵が討ち漏らしし鬼らに、魔除けの矢が降り注ぐ。
矢を射かけしは、頼益だ。
「さあ、ここは我らで引き受ける! 早く」
「承知した! かたじけない。」
頼庵も、鬼の大将の元へ向かう。
「ぐっ! この……おや?」
「伊尻殿!」
夏が迎え討つ鬼をその後ろより一刀両断し、卜目杖季が現れる。
「ここは我らに!」
「……ありがたい!」
夏は杖季に後を任せ、走る。
「さあて! 何故か生きている羅城門の鬼さんよ!」
「ふんっ! 羅城門の鬼とは……これのことか?」
「!? あれは!」
鬼の大将・茨木童子の元へ辿り着きし半兵衛らは相対すが。
茨木童子が掲げしものは。
「これぞ、貴様らに斬り捨てられし我が兄・羅城門の鬼が腕である!」
その右腕に握りしめし、斬られし右腕である。
「さあ、兄者……再び、主人に報いらん!」
「!? う、腕が!」
そのまま羅城門の鬼の腕は、宙に放り投げられる。
たちまち茨木童子の右腕より、獣の下顎のごとき物が。
「!? あいつもか!」
半兵衛らは驚く。
あの翁面のみならず、この妖までもよりにもよってあの虻隈を思わせんやり方とは。
半兵衛らの心に、それによる怒りが刻まれし間にも。
茨木童子の右腕へ、放り投げられ次には宙より落ちる羅城門の腕が吸い寄せられていき。
たちまち、斬られし腕の方にも獣の下顎のごとき物が生え、それが茨木童子の下顎と噛み合わさる。
茨木童子の目も、前より更に妖しき光を宿し。
髪はより振り乱され、身体は所々盛り上がっていく。
右腕を二つ備えし、奇しき妖がここに現れる。
茨木童子はそれにて、咆哮する。
「ぐっ……これは!」
またも虻隈を思わせるやり方に向かいし半兵衛らの怒りには、凄まじき妖気への恐れも混じる。
「素晴らしい……さあ、神妙にして喰われよ!」
「ああ、あんたがな!」
半兵衛・頼庵・夏は茨木童子に飛びかかる。
「おうりゃ!」
「えい!」
「はあっ!」
「うがあ!」
各々の妖喰いにてかかるが、茨木童子は目を光らせながらそれらを、ことごとく押しのける。
「ぐっ!」
「皆、大事ねえか?」
「ああ、まだまだ!」
「そうかい……ならまだやれるな!」
「応!!」
半兵衛からの呼びかけに夏・頼庵は勢いよく答え、そのまま茨木童子に再び斬りかかっていく。
「ふふふ、妖喰い使い共よ! 我に宿りしこの兄の恨みつらみ、幾重にも重ねてお返し申そう!」
「謹んでお断りする!」
茨木童子は尚もギラギラ光りし目にて周りを狙い、寄る妖喰い使いたちを退けていく。
形としては腕が一つ増えしのみの茨木童子であるが、妖力は先ほどよりも遥かに増しているようである。
「くっ! この」
「がははは! これはいい、たんと楽しませて頂こう!」
「待て、茨木童子よ!」
「……おや?」
図に乗り、はしゃぐ茨木童子を咎めるはもう一人の翁面・高无である。
「そなた、自らの兄の仇を取るのではなかったのか! 目の前の妖喰い使いらがさぞ憎く、目障りであろう? ならば、さっさと潰してしまえ!」
「ふん……ああ、確かに憎い。だが、存外骨のある者共! これは少し楽しませてもらいたきものよ!」
「……まったく。」
高无の言葉も耳に入らず、茨木童子は好き勝手に暴れる。
「ぐっ!」
「おのれ!」
「くっ!」
妖喰い使いらは、追い詰められる。
「……ふん、茨木童子よ? 悪いが、兄の仇を取りたきはそなただけではないのでな。」
「あ? ……ぐ、ぐああ!」
「くっ……ん!? 何が起きた?」
半兵衛らが驚きしことに。
茨木童子の身体はぱたりと、攻めを止める。
かと、思えば次には。
「う、うがあ!」
にわかに唸り声を上げ、目覚める。
が、その目の光は先ほどよりも強まり、より一層の猛々しさを湛える。
そのまま再び、力を振るう。
「くっ! 何かおかしいぞ!」
半兵衛が訝しむ。
確かに力は増したが、今や茨木童子は咆哮を上げるのみにて言葉は発さぬ。
ただただ、目の前を壊すのみの輩に成り果てし。
「ははは……それでよいのだ! 妖に戦を楽しむゆとりなど要らぬ。悪いが茨木童子……我が恨みつらみを晴らす器となってもらう!」
高无は言う。
その面の下には、激しき憎しみの光を宿す目を備えて。




